エリアA奪還作戦 【7】
「チェックメイトだ」
後ろに居る芳ケ崎に言い、俺は振り返る。 全部予想通りとまではいかなかったけれど、大筋は外れていない。 クレアがこうしてここまで負傷することになったのは想定外ではあったがな。
「な……にをし、た。 て、めぇ」
膝を付き、芳ケ崎は両手を地面に付いている。 まるでそれは、何かに押し潰されそうにも見える。 上からの重さに耐え切れないように、な。
「成瀬!?」
芳ケ崎の力が解け、クレアはすぐに俺の元へとやってきた。 少しだけ潤んだ瞳で、俺の服を掴んで上目遣い。 狙っていないのだとしたら、相当手強いなこいつ……。 こういうときこそ、普段の素っ気ないクレアを思い出すんだ。 こいつは悪魔、こいつは悪魔、こいつは悪魔。
「な、何をしたんですか? 一体、何が」
「だからごめんって謝ったじゃん。 嘘を吐いてて」
「……嘘を?」
そう。 ここに誘導することがメインであって、クレアの奇襲や陽動は、全て囮でしかない。 とは言っても、全部が想定内で進んだわけじゃなかったけど。 クレアの奴が、あんな状態でも省みずに突っ込んできたのは大分想定外だったんだ。 芳ケ崎の気分が少しでも変わっていたら、クレアが殺されていた可能性もあった。 だから俺も必死に止めたんだけど、誤算だったな。
まぁ、埋め合わせはあとだ。 今は、芳ケ崎を倒すことを再優先に。
芳ケ崎の癖……攻撃を加えるとき、最初の一発は背後から攻撃するという癖だ。 そして、俺の背後には二メートルの空間がある。 二メートル……丁度、能力の範囲内だ。
「二人とも、大丈夫!?」
影から現れたのは、西園寺さん。 全てが、この瞬間のための罠だ。 もっとも、直接狙って能力を行使した方が早いとは思った。 だが、西園寺さんによると相当な集中力が必要らしく、狙った場所に正確に打ち込むことは難しいとのこと。
だから、俺は予め設置することにした。 半径一メートルの加重エリアを。
「ちょっと待ってください……私、もしかして騙されてました?」
「いや別に、そういうわけじゃ」
「……後でお話がありますので」
クレアの奴、相当怒ってるんじゃないかこれ。 一発二発、殴られるのは覚悟しておいた方が良さそうだ。 しかしそんな心配はとりあえず後に回すとして。
「俺たちの勝ちだ。 芳ケ崎」
「ぐっ……!」
動けはしないだろう。 芳ケ崎の能力はあくまでも、加速と減速。 これがクレアのような身体強化によるものだったら動けたかもしれないけどな。 芳ケ崎の加減速では筋力までは強くならない。 自身の体重がいきなり五倍になったら、そう簡単に動けはしない。
「……なる、ほど。 重力制御ってワケか……。 また厄介な能力者が居たもんだぜ」
芳ケ崎は言って、項垂れる。 長い長い戦いも、こうして終わる。 だけど、まだ始まったばかりでしかないんだ。 あとは……四人。 四人? 待てよ、倒すべき能力者は五人だったはずだ。 なのに、残されている奴は芳ケ崎を除き、三人だ。 ディジさんたちの組織が一人倒したことによって、倒すべき相手が減ったりしているのか? これって。
……それもまた、あの番傘男に会ったら確認しないとな。
「さて、こいつはどうするか」
「……わたしは、弥々見さんたちに任せるのが良いと思う。 もしもそれがこの人の命を断つことになっても、それほどのことをこの人はしたと思うから」
あの優しく穏やかな西園寺さんですら、この意見か。 それならばもう、俺は何も言えないな。
「私も西園寺と同じです。 あとはあいつらに任せましょう」
クレアは言いながら、トンネルの入り口を指さした。 そこに居たのは、弥々見さんとディジさん。 ディジさんは弥々見さんに肩を貸しながら、呆然と目の前の状況を見ていた。
「……勝った、のかい? あの、赤腕相手に」
「へへへっ、私の頑張りですよっ! と言いたいんですけど、殆ど成瀬のおかげですよ」
最初に口を開いたのは弥々見さんだ。 ディジさん同様、その顔は信じられないといった顔付き。 そこまで二人して驚かれると、少々心外ではあるけどな。
そしてクレア。 こいつはこんなことを言っているが、そんなことはないだろ。 クレアが居なかったら、俺なんて速攻死んでるっての。 それはこいつも分かっているはずなのに、変なところで謙遜するんだな。 遠慮しているのは胸だけじゃないらしい。
「そうか……。 終わったのか」
ディジさんは独り言のように言い、芳ケ崎の目の前へと立った。 項垂れる芳ケ崎を見て、目を瞑る。
ディジさんにとって、芳ケ崎は仲間を沢山殺してきた奴なんだ。 それと、ディジさんの命を救った人を殺した敵なんだ。
「……赤腕。 覚えているか、私のことを」
「ハッ。 覚えちゃいねーよ、誰だ? ワタシが殺した奴の娘か? 友人か? 彼女か? 想い人か? 兄弟か? 教えてくれよ、アハっハハハ」
「いいや、私ですら名前も知らない奴を殺されたんだ……私の目の前でな。 お前の言うどれにも当てはまらないよ、きっと。 私とあいつは、結局ただの顔見知りに過ぎなかったから」
「そう、かよ。 なら、ワタシのことは見逃してくれねーか? そうすりゃ、またワタシはゴミどもを殺して回れる。 な? 良いだろ?」
芳ケ崎は笑って言う。 対するディジさんは、無表情で口を開く。
「ただ、私の目の前でお前は仲間を殺した。 あいつらは、本当に仲の良い二人だったんだ。 少なくとも、私は親友だと思っていた」
ディジさんが言っているのは恐らく、柏さんと玲奈さんのこと。 玲奈さんは無残にも、俺たちの目の前で殺された。 頭を踏み砕かれ、絶命した。 あの光景は、俺の脳裏にも焼き付いている。
「だからてめえらはヨエーんだよ。 よってたかって、頭を使ってどうにかすることしかできねえゴミどもだ。 一人じゃなんもできねぇ、クズの集まりだ」
「違う。 だから弱いんじゃない、弱いから集まっているんだよ。 お前にはきっと、一生分からないだろうな。 それに、分かって欲しくもないさ」
「そうかい。 けどまー、それでワタシが負けたってことは、ワタシが弱かったっつうだけだ。 最後くらい、大人しく死んでやるよ」
最後まで笑いながら、ディジさんを小馬鹿にするように、芳ケ崎は言い放つ。 そして、それを受けたディジさんは予想だにしないことを口走ったんだ。 遠慮なく言わせてもらうと、気が触れてしまったのかと思ったほど。
「……赤腕、私たちと一緒に戦わないか?」
……なに? ディジさんは今なんて言った? 一緒に戦わないかと言ったのか? それは要するに、仲間になれということ……だよな?
クレアも西園寺さんも、その言葉には驚きを隠しきれていない。 そして同時に、言葉を失っている。 弥々見さんは……えらく、平然としているな。
「あ? 冗談キツすぎるぜ。 それならワタシは、死ぬ道を選ぶ」
「そうか。 ではリーダー、後は任せた。 私は王場と武蔵を連れて、アジトに戻っているよ」
「ああ、分かった」
弥々見さんはもしかしたら、知っていたのかもしれない。 ディジさんがそう言い出すことを。 長い付き合いであろう彼なら。
「ディジさん、武蔵さんは……無事だったのか?」
「……いいや」
ディジさんはそれだけを言い残し、そそくさとその場を後にする。 奇跡的に助かることもない。 死ぬときに死に、あっさり呆気なくその人の物語は終わっていく。 弱い者は、生き残れない。
だから、ディジさんは死なないだろう。 殺したいほどの相手のはずなのに、ただの一発も殴ったりはしなかった。 罵声を浴びせることもしなかった。 そして今は、全てを弥々見さんに任せている。 それを弱さと言う人もいるかもしれない。 けれど、俺は確実な強さだと思う。
……そう言えば、戦っているときもそうだったな。 王場さんと武蔵さんの生眼の剣は、眼を半分ほど開いていた。 つまり、殺意がそれなりにあったというわけだ。 なのにそれに対し、ディジさんの生眼の剣は全くと言って良いほどに反応していない。 つまり、殺意がなかったということだ。
「彼女は、誰に対しても殺意は向けないんだ。 だから、生眼の剣使いとしては一番弱い。 それが彼女の強さでもあるんだけどね」
「それって、なんか」
悲しいな。 そう、言おうとした。 でもそれは本当に悲しいことなのかが分からず、寸でのところで俺は言葉を飲み込む。 誰に対しても、どんな奴に対しても、殺意を向けない。 それは本当に悲しいことか? 間違っていることか? もしかしたら、それこそが正しいことではないのか?
「いや……なんでもない」
「そうかい」
何が正しくて、何が間違いか。 神田さんが俺にしてきた問題も、そんなことだったっけ。
正しいことと、間違っていること。 正しいのはどっちか? という、質問。 その答えは未だに……分からない。
「さて、最後に聞いておこう。 赤腕」
「ん、なんだよ弥々見。 まだなんかあんのか? へへ」
「お前が、殺してきた人たちに対する最後の言葉は?」
「ハッ。 ゴミ掃除をした感想を言えってことか? そりゃもちろ――――――――」
言葉を最後まで聞くことなく、弥々見さんは芳ケ崎の額を懐から取り出した銃で撃ち抜く。 その弾丸は減速することなく、芳ケ崎の額へと命中した。
「さようなら、赤腕。 僕たちの街は返してもらうよ」
ここに辿り着くまでに、一体何人が死んだのだろう。 いくつの犠牲が、払われたのだろう。 たった一人の能力者を倒すために、多くの命が奪われた。 俺の目の前で二人、知らないところでは数え切れないほどの命が奪われた。 この世界での能力者という存在は、そういうものなのだ。 或いは兵器、或いは殺人者、或いは化け物。 そんな、存在。
そしてこの世界に限っては俺たちもまた、そんな奴らと同じ……能力者だ。
「……帰ろうか。 僕もそろそろ、腕が痛いよ」
笑って、弥々見さんは言う。 軽いジョークのつもりで言ったその言葉に俺は、何も言うことができなかった。 とてもじゃないが、弥々見さんのように笑えるほど……俺は強くない。
「皆さん、お疲れ様です」
アジトに戻り、それぞれが治療を受け、そして夜。 再び集まった俺たちが全員椅子に腰をかけたところで、白羽さんが口を開いた。
「作戦は失敗でしたが、結果的には成功です。 協力して頂いた成瀬さんらには、頭が上がりませんね。 被害は……柏さんと、玲奈さんと、武蔵さんとなります」
二人はどうやら、偵察中に襲われたらしい。 弥々見さんが芳ケ崎の姿を捉えたときには既に、生き残っていたのは玲奈さんのみ。 そして、その玲奈さんも俺たちの目の前で殺された。
助けることは、できなかったのだろうか? あの時点で俺がその状況まで頭が回っていれば、策を練ることができていれば、助かる道もあったかもしれない。 だが、遅すぎる。 あまりにもそれに気付くのが遅すぎた。 今になって考えても、何も帰ってくるものはない。 失われた命は二度と戻って来ない。
「二人のためにも、落ち込んではいられません。 明日は負傷の少ない者たちでエリアAの探索をします。 私たちが暮らしていた頃に比べたら荒れ果ててしまっていますが、使える物はあるかもしれません」
得られた物は、一体何だったのだろう。 沢山の人が死に、エリアAの守人であった芳ケ崎も死に、残ったのは……荒れ果てた、街だけ。
その街に一体どれほどの思い入れがあるのかは、俺には分からない。 でも、果たして本当にここまでして、取り返すべきものだったのだろうか。
「各自、今日は疲れていると思いますので……何か意見がなければ、今日は終わりにします。 それと、玲奈さんと武蔵さんの遺体は墓地に埋めました。 柏さんは残されたのが武器だけでしたので、玲奈さんの隣に一緒に埋めてあります。 一度、行ってあげてください」
冷静にも見える。 そして、冷たいようにも見える。 けど、真っ赤に染まった白羽さんの目を見たら、誰も何も言えなかった。
そりゃ、そうだ。 悲しくないわけなんてないんだ。
「……何もないようですね。 それでは、また明日」
白羽さんの言葉に、それぞれは部屋へと戻る。 王場さんもディジさんも、何も言わずに部屋をあとにした。
……さて、俺はどうしようか。
体は全身筋肉痛のようになっているが、動けないことはない。 色々と疲れる一日ではあったけど……それ以上に、寝る気分にはなれないよな、やっぱ。
「成瀬くん」
ボーっとしていた俺に声をかけたのは、西園寺さんだった。 彼女は変わらず、笑顔で俺の隣に腰かける。
「……西園寺さん。 大丈夫か?」
色々な意味を込めての、その言葉。 西園寺さんはそれに笑って「大丈夫だよ」と、いつも通りに返す。 西園寺さんの思考は……聞こえないな。 やはり、ランダム性が強すぎるか。
「わたしはね。 成瀬くんが、守ってくれたから」
「俺が、か」
そんなことはないってのに、西園寺さんは言うんだ。 今日は二人に守られて、俺は生きているのに。 いや、今日に限った話じゃないか……。
俺はきっと、守られ続けているんだ。 西園寺さんに、クレアに。 それは正しいことなのか? 俺の考える作戦も、結局は二人の力に頼る部分が多すぎる。 俺にも何か、戦力になれることができれば良いんだけど。
「成瀬くんは、スーパーマンじゃないんだよ」
「……ん?」
「この世界に、ううん。 わたしたちが本来居るべき世界でも、なんでもできる人なんて居ないんだよ。 誰もが欠点を持っていて、それを補うために、いろいろな人が居るんだよ」
「俺からしたら、西園寺さんとかクレアには欠点なんてないけどな」
頭も良く、状況判断も優れている。 俺にできて二人に出来ないことは、きっとない。 だからたまに、思ってしまうんだ。 俺は二人と一緒に居ても良いのか、なんてことを。 役に立てているのか、必要とされているのか、そんなことを考えてしまう。
「あるよ。 成瀬くんだって知ってると思うけど……わたし、お料理が苦手なの。 えへへ」
「それとこれとは……ああいや、それも今じゃそうでもないだろ?」
話が違うと言っても、どうせ西園寺さんは「一緒だよ」と言うに決まっている。 それくらい、もう分かる。
「うん、そうかもしれない。 でも、それは成瀬くんが教えてくれたから。 成瀬くんが居たからだよ。 成瀬くんがいなかったら、今でもわたしは一人だったと思うんだ」
西園寺さんのその言葉は、どうやらしばらくの間は心に残りそうなものだった。
「俺が居たから……か」
そう言ってもらえるのは、嬉しい。 何と言っても西園寺さんからの有り難いお言葉だ。 嬉しくないわけがないんだけども……なんだか、いつものように心から喜べない。 今日の戦いを通して、俺の非力さを痛感したからか。 西園寺さんは前線に出ることがなかったから、無傷ではあった。 でも、もしも前線に出ていたとしたら……俺は守ることができただろうか? 一緒に戦ったクレアのことすら、守れなかったというのに。 約束をしたのに、守れなかったんだ。 俺の目の前であいつは傷付いて、それでも立ち上がって、自分の命すら、投げ出して。
「オラ」
「いっ……! つめたっ! お前何すんだよ!?」
ロビーにあるソファーに腰をかけていたところ、服の背中側から氷を入れられた。 分かっていても冷たいというのに、不意打ちでするなこのチビめ。
「何がチビですか、へたれ」
「……悪かったな。 あれ、口に出てたか今の」
「いいえ、なんとなくそう思っていそうだと感じました。 で、正解だったみたいですね」
隣に腰をかけるのは、クレア。 所々に巻いている包帯が、どれほどの傷を負ったのかを実感させる。
「……悪い。 いろいろと」
「そこでへこまないでくださいよ、さすがに気分が悪いです」
「だったら言ってくれるなよ。 傷は大丈夫か?」
「ええ、余裕ですよ。 全身痛いですけど、成瀬と腕相撲をしても勝てるくらいには余裕です」
ほう。 そこまで言われたらやるしかない。 やるぞ、冗談だったとしてもやるぞ。 今なら勝てるからやるぞ。
「……おしやるか。 言っとくけど、能力使うなよ」
「お、珍しくやる気ですね。 人が弱っているところで乗ってくるとはさすが成瀬です。 それでこそ卑劣野郎です」
「うっせ! 今くらいじゃないとお前に力勝負で勝てないからな!」
「……自分で言って恥ずかしくないんですか、それ」
うるさいうるさい。 俺は今でも覚えてるぞ、にこにこしながら俺に部室で「私、腕相撲は弱いんですよねぇ」とぼやいて、しめたと思って挑んだ俺の腕を思いっきり机に叩き付けたあの日のことを。 三日くらい手が赤くなってマジで痛かったんだからな。 やられっぱなしは嫌なんだ。 ぎゃははと笑ったあの日のことを俺は一生忘れない。
「一本勝負だからな。 負けても恨みっこなしだ」
「仕方ないですね。 一回だけですよ」
そして、始まる腕相撲。 怪我人相手に容赦しない俺。 結果は。
「……クレア、もう一回やらない?」
「……嫌ですよ。 一本勝負だって言ったの成瀬じゃないですか。 それより私は、腕相撲をするために来たんじゃないんですけど」
勝敗は言わない。 ただ、俺の手が少し赤くなっただけ。 ちくしょう……。 今度は風邪でも引いて弱っているときを狙うか。
「お前覚えとけよ……」
「そりゃ勿論です。 成瀬の雑魚っぷりは覚えておきますよ。 というか、私は怪我を負っていて、更に腕が一本なのに負けるってどういうことなんですか……ちょっと衝撃ですよ」
やかましい奴だ。 元より俺は力勝負も力仕事も好きじゃないんだよ。 言わせてもらえば、力という言葉が付く全てのことが嫌いだと言い切っても良い。 ああでも、色男金と力はなかりけりということわざは好きだ。 俺のこと言っているみたいだしな。 そうでもないか? そうでもないな。
「で、腕相撲するためじゃないって言うなら何のために?」
「私の頭の中に腕相撲しかないみたいに言わないでください。 今日のこと、謝ろうと思いまして」
……謝るって。 謝るのは俺の方だっていうのに、どうしてこいつはこう……ああくそ、言いたい言葉が浮かばない。
「あー、ちょっと外出ないか? ここ、暑いし」
「ええ、分かりました」
なんだかこっ恥ずかしくなってしまい、俺はそう提案する。 ちなみに部屋の中は寒いくらいだったのだが、ツッコまないのはクレアなりの優しさだったのかもしれない。
「ここは気持ち良いですね」
それから、以前クレアと話した場所に俺たちは来ている。 風通しが良く、月も綺麗に見れるここは俺も好きだ。
「……なぁ」
「はい? 何でしょう」
風に靡く髪を抑え、クレアは月を眺めている。 そんな姿がとても格好良く見えて、俺は聞いてみることにした。
「クレアはさ、どうしてそんなに強いんだ?」
「……ふふ、何かと思えば、また随分面白い質問ですね」
仕方ないだろ。 どう聞けば良いのか、言葉が上手く思い浮かんで来なかったんだ。 どうしてそこまで強くいられるのかが、気になって仕方がない。 それを知れば、もしかしたら俺も多少は強くなれるかもしれないから。
「ですが、どうしてと言われると難しいです。 私自身、私が強いと思ったことはないですし」
「……そうなのか?」
「ええ、勿論。 いつも、頼ってばかりですよ。 一人でも戦えるときはありますけど、最近教えられて理解したことがあるんです」
クレアは言い、俺の方を見て笑う。
「成瀬が教えてくれたんですよ。 あの人狼の世界で」
「俺が?」
俺が、一体何を? 俺がやったことと言えば、クレアを出し抜くことくらいで……。
「私に負けを教えてくれました。 とても、悔しかったんです。 何度も殺してやろうと思いましたよ」
「……怖いなお前」
どれだけ恨まれていたんだ。 夜道に気を付けた方が良いのか。 いやもう警察呼ぼうかな……。
「ふふ、冗談です。 でも、悔しかったのは本当です」
とことこと歩き、クレアは俺の隣で止まる。 そして地面に座り込み、再び空を眺め始めた。
「あのときの成瀬は、強かったです。 西園寺と一緒に居るときが一番強いんですよ。 それは多分、守るべきものが成瀬の中にあるからじゃないですか?」
「……だとしても、守れてないよ。 俺は、守られてばっかりだ」
「私もそうですよ。 守られてばかりです」
「そんなこと」
そこで、クレアは寝転がる。 月明かりで照らされた顔は清々としていて、とても凛々しい。
「ありますよ。 成瀬、私も一緒です。 私は弱いと思って、守られてばかりだと思って、それで成瀬と西園寺のことがとても強く思えるんです。 私には持ってないものを持っているんだなって、思うんです」
「……」
「一緒、なんですよ。 私も成瀬も、西園寺も。 思っていることは一緒で、考えていることも一緒です。 だから、成瀬だけがそうというわけじゃありません。 なので」
「今日は、足を引っ張ってごめんなさい」
クレアは右手を顔の前にやり、そう申し訳なさそうに言った。 俺は何かを勘違いしていたのか? クレアの言っていることが本当ならば、俺が思い悩んでいることはクレアも西園寺さんも同じで、そんなことに悩む必要はないって。
「謝るなよ。 俺も一緒だから」
「いひひ、そうですか」
いたずらっぽく笑って、クレアは再度立ち上がる。 子供っぽい仕草が少しだけ可愛い。 あ、違う。 そうじゃない、そうじゃねえ。 可愛いなんて、思わない。
「でも、痛かったです」
「……そっか」
「殴られたりするのは、割りと慣れてるから良いんですけどね。 成瀬が死んでしまうと思ったら、痛かったんです」
「悪いな、それは」
そんな気持ちにさせてしまったこともまた、俺が後悔しなければならないことのひとつだ。
「良いですよ、別に。 ほら、あれです、あれ」
言いながら、人差し指を立て、それをくるくると回す。 クレアの小さな癖だ。 クレア自身が若干恥ずかしがってるときと、記憶を掘り起こしているときにこの癖が出る。 本人にはまだ言っていないけどな。
「あれって?」
「昨日、言われたことです。 私と成瀬は友達ですので」
「……はは」
俺が言った言葉をそのまま返されてしまった。 これじゃもう、俺は何も言えないな。
「成瀬、私はここを守りたいです。 ここには子供が居て、その子たちを守りたいです」
「気に入られてるもんな、お前」
「魅力ある少女ですからね」
またしてもクレアは子供のように笑って、右手で自身の顔を指す。 月明かりの所為か、絵にもなりそうな光景だった。
「子供たちには、未来があります。 それを大人の都合で消してしまうのだけは、嫌です」
「……」
目を細め、クレアは過去を見ていたんだと思う。 過去、沢山消えていった未来のことを。 その言葉はどこまでも重く、俺なんかではとてもじゃないが計り知れない。 最悪を知っているクレアだからこそ、口にできる言葉なんだ。
「だから、私たちが守りましょう。 それで、私たちは私たちを守りましょう。 絶対に生きて帰りましょう。 私のお気に入りの服も駄目になっちゃったので、新しいのが欲しいですし」
「よし、分かった。 それじゃあ約束だ。 子供たちを守る、俺たちを守る、そんで……帰ってクレアの服を買う。 約束だ」
「奢ってくれるんですか!?」
「ちげえよ! 買い物に付き合うって意味でだ!」
「チッ……分かってますよ。 それじゃあ、西園寺も誘って行きましょう。 成瀬もその方が嬉しいですよね?」
「……いや、別に俺は」
「またまた、嬉しいくせに何を言っているんですか。 それをするためにも、三人とも無事で帰りましょうね。 約束です」
こうして、俺はクレアと指切りをする。 目標でもある約束を。 守ろうという誓いを。 俺とクレアの、自分たちに課すルールを。
――――――――その日の月は、赤かった。




