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俺とルールと彼女  作者: 幽々
ループの世界
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七月二日【3】

「やっと着いた……」


自転車で三十分ほどの距離。 夏でなければまだ大丈夫な距離だったが、七月の真夏日では辛すぎる。 今度もしも来ることがあったら、断固としてバスで来よう。 でないと俺が死んでしまう。


「楽しかったなぁ。 成瀬(なるせ)くんって静かだから、わたしも居心地良いかも」


「もし俺がそうだったなら、きっと暑さの所為だよ」


そして西園寺(さいおんじ)さんはどうしてそんなに元気なのか。 キャラとしてはお淑やかなお嬢様って感じだと思ってたのに、意外とパワフルだ……。 ああいや、お嬢様だからこそか? 普段から活力をあり余らせているからと考えれば納得か?


「それで成瀬くん、ここにあるのかな? その『大事な物』が」


西園寺さんは辺りを見回しながら言う。 この山頭(やまがしら)駅はこの辺りでは珍しい無人駅で、訪れる人も殆ど居ないことから、心霊スポットにもなっている場所だ。 人が居なくて不気味な場所だと、すぐにそういう噂が出るんだよな。


「もしもあの手紙にあった『高き場所』というのがここなら、だけどな」


正解ならばそれはそれで結構。 もしも違ったとしたら、また考えれば良いだけの話だ。 時間は皮肉なことに、呆れるほどにあることだし。


「よーし! それじゃあ、探そう! えっと……お花を探せば良いのかな?」


「うん。 それでその花の下にあるモノ……なんだけど、それがちょっと分からないんだよなぁ」


高き場所の花……これは山頭駅にある花だとして。 次は、そのすぐ下に種を芽吹かせるモノ。 そして、種を芽吹かせる……ここが少し分からない。 それにその次の、そのモノの下には生い茂る物があり。 その更に下に大事な物……か。 花の下の下の更に下ってことか?


「例えば、何か台みたいなのがあって、その上にあるお花のことを言っていて、それの下とか? 誰かが置いた花なら、そういうこともあるよね?」


なるほどね。 むしろそれくらいしかないか? 花の下にあるモノと言えば。 けど、何だろうか。 なんかこう、しっくり来ないんだよな。


「かもしれない。 とりあえずは手分けして探そう。 俺は駅の裏側に回って反時計で見て行くから、西園寺さんは表側からぐるっと時計周りで回る感じで」


俺が今この場で一番効率的かと思われるその案を出すと、西園寺さんは首を傾げる。


……いやいや、まさか理解できなかったわけじゃないよな? さすがにそこまでではないよな? 大丈夫だよな?


「えーと……俺が反時計回りで、西園寺さんが時計回り。 オーケー?」


言葉が通じない外国人に、なんとか伝えようと頑張っている状態の俺である。 ジェスチャーを交えながら必死に。 武臣(たけおみ)が得意としているそれだ。


「あ。 うん、成瀬くんが言ってることは分かるよ。 えへへ」


いやそこで照れられても。


しかし良かった。 西園寺さんが俺の言葉を理解できなかったという最悪の事態は回避できたようだ。 でも、それならどうして西園寺さんは首を傾げたんだ? 他に首を傾げる要素なんて、あっただろうか?


「なら、それで良いよな?」


そんな疑問を払拭するため、俺は再度問う。 しかし西園寺さんの口から出た言葉は俺の予想を遥かに上回るもの。


「うーん……。 せっかく一緒に来たんだから、一緒に探したいな。 お話でもしながら」


……これだけ楽観的で居られれば、この先どんなことが起きようとも、西園寺さんは立派に生きていけるだろう。




「へえー! 妹さん、まだそんな小さいんだ。 良いなぁ」


「そんなことはないって。 俺に懐いているせいで面倒見ろって言われるし……何より、このループのせいで一向に成長しないからさ」


小さい子供は苦手だ。 いくら聞かれたことに理由を付けて返しても、その理由の意味を尋ね返してくる。 そんなループを延々と繰り返すのだ。 俺や西園寺さんがループ世界に迷い込んでしまったように。


しっかし、結局一緒に駅周りを一周しようとの結論になっているし……。 ある意味では、西園寺夢花(ゆめか)という少女は俺の妹よりも厄介かもしれない。


「それにしても、この駅って結構広いよねぇ。 無人駅なのに」


「いや、だからこそ大きいんじゃないかな」


俺が言うと、横で歩く西園寺さんは腕組みをして考える。 一々考える辺り、向上心は高いと見える。


「……降参。 どうして「だからこそ」なの? 成瀬くん」


西園寺さんは足を止め、俺の目の前に回り込み、聞いてくる。 これはあれだな……余計なことを言ってしまったか。 けどまぁ、一度やったことには責任を持とう。


「無人駅って、駅員が居ないから無人駅だろ? そういう場所にはさ、悪いことをしようって輩も出るんだよ」


「悪いこと……。 あ、もしかして落ちてるお金を拾ったり?」


……。


悪いことの規模が小さすぎるっ! いや確かにそれは悪いことだけどな!?


「キセルだよ。 無賃乗車」


「まさか、そんな大犯罪」


開いた口を両手で押さえながら、西園寺さん。 西園寺さんにとって殺人事件とかの大事件は一体、どれほどの大事件なのか少し気になる。


「人が見ていないところだと、そういう()()()をする奴が必ず出る。 それを防止するための、駅の広さなんだ」


俺が言うと、西園寺さんは再び腕組みをして思考。 その癖は俺も持っている癖だから、なんか嫌だな……。


「分かった! もしかして、敢えて人目に付くように!?」


「そう。 そうやって、無人駅を有人にするんだ。 近くを通りかかった人たち全てが、監視役ってこと」


「はぁああ……。 そんな深い理由があるんだね。 凄いなぁ、成瀬くんはそんな話、どこで聞いたの?」


どこで聞いたか、か。 残念ながらそれには答えられない。 だって。


「今考えた」


「……えん?」


呆気に取られたのか、面白い声を出す西園寺さん。 それだけでも咄嗟に適当な理由をでっち上げた甲斐があるというものだ。


「今考えて、今俺が作った」


淡々と言う俺の横顔を見て、西園寺さんは慌てながら顔の前で手を忙しなく動かす。 一々反応が愉快な人だ。


「え、え。 待って、成瀬くん。 もしかして……わたしを騙した?」


「いや、騙したと言うよりはからかった」


「……」


視線。 視線。 視線。 そんな視線に耐えきれずに、並んで歩いている西園寺さんの方に一瞬だけ視線を。 すると、頬を膨らませながら俺を見続ける西園寺さんの姿が。


西園寺さんはどうやら怒っている様子だが、俺は不覚にも……本当に一瞬だけ、そんな子供っぽい仕草をする西園寺さんが、可愛いと思ってしまった。


「なーるーせーくーんー」


言いながら、俺にどんどん詰め寄る。 つうか毎回毎回その距離が近すぎるんだって!!


「ごめんごめん! 冗談だって! 一応広く見えることについては、ちゃんとした理由があるからさ!」


慌てて俺は西園寺さんとの距離を作り、返す。 これは嘘じゃなく本当のことだ。 広いと感じていることに関しては明確な根拠はある。 何より、一刻も早く西園寺さんとの距離を取りたかった。 別にそれが不快だとか、そういう感情からではない。 どちらかと言えば、恥ずかしさ的なアレだ。


「それも冗談だったら、わたし怒りますから!」


「冗談じゃない冗談じゃない。 マジでマジで」


既に十分怒っているじゃないか……まぁ、それは置いておこう。 一々それに突っかかっていたら、それこそこのループから抜け出せない。 何より、こうして距離をどんどん詰められていたら俺も平常心を保てない気がする。


「……んっと、まず大前提として、この駅の大きさは他と大して変わらないんだ」


「ふーん」


……いつもとはまるで違った反応だ。 それだけで、西園寺さんがどれほど怒っているのか分かるな。 これ以上からかうのは止めておこう。


もしかしたらだけど……騙されるとか、からかわれるだとか、そういうのをされたことがないのかもしれない。 だから、酷い仕打ちを受けたとショックを受けているのかも。 だとすると少し、悪いことをしてしまったな。


「西園寺さんが感じてるそれは、錯覚なんだよ。 西園寺さんってさ、普段はどの駅を使ってる?」


「……わたし? わたしは、えっと……学校は歩いて行ってるから、あまり使わないよ。 でも使うとしたら、浜無駅(はまなしえき)かな」


「だろうな」


まぁ、これは別に深く考えなくとも分かることだ。 浜無駅はこの辺り一帯では一番大きな駅であるし、地下鉄やらも通っている一番利用者が多い駅だ。 かくいう俺も、一番使う駅はどこか? との質問をされたら、真っ先にそこを答えるだろう。


「どういうこと? 浜無駅を使うと、この山頭駅が広く見えるって錯覚をするの?」


「その通り。 簡単なことだよ、浜無駅は常に人が溢れていて、この山頭駅には人が殆ど居ない。 何と言っても、無人駅だから」


人が溢れるほどに居る場所と、人気がまったくと言って良いほどにない場所。 だからこそ、その錯覚が起きたのだ。


「分かりやすく例えると……体育館にさ、全校集会とかで集まるときとクラスで体育のときに使うのとを比べれば良い」


「……ふむふむ。 全校集会の時と、体育の授業だね」


西園寺さんは頭を右へ左へ揺らしながら、考える。 それを数秒続け、手をパンと叩いて口を開いた。


「ほんとだ! 人が居ないと、広く見えるかも! へぇえええ……だからなんだぁ!」


「だからこの駅も広く見えたんだよ。 実際は、浜無駅よりも小さいだろうね」


「えへへ、ありがとう成瀬くんっ!」


言うと、西園寺さんは俺の手を取り顔を近づける。 やっぱり近すぎる。 いつかこれに慣れる日は……来ないだろうなぁ。 ていうかお礼ってな。 一応俺は騙した側の人間なんだけど。


そして、そしてだ。 その顔を近づけるという、思春期の俺に向かって大変危険なことをしている西園寺さん。 だが、そんなことよりもマズイ事態が発生していた。 顔を近づけることを()()()()()と言ってしまえるほどの重大案件だ。


「……」


今、俺は西園寺さんに手を握られ、にこにこ笑顔の西園寺さんに詰め寄られている。 そして、季節は夏だ。 つまり、西園寺さんが上に着ているのはワイシャツ一枚。 俺よりも西園寺さんは背が小さいので、俺は西園寺さんを見下ろす格好。


そのときに何が起きるか。


もう結論を言おう。 ワイシャツの胸元から、思春期にとっての危険物が見えそうになっている。 というか若干見えている。 落ち着け落ち着け落ち着け。 落ち着け俺ッ!!


「成瀬くん?」


「へ? ハイッ!?」


あ、アブねぇ!! あぶねえ……見ているのがバレるところだった。 マジで危機一髪だ。 百歩譲って、ループしていない人だったらまだ良かったが……西園寺さんはループをしてしまっているしな。 バレたらそれこそ最悪だ。 クソ……なんか悔しいぞ。


「あはは、面白い返事。 今日はこれから頑張らないとなんだから、しっかりしてね」


俺が何を思っているのかも知らずに、西園寺さんは綺麗に笑う。 なんだこの物凄い罪悪感は。 例えるなら、小さい子供が似顔絵を描いてくれて、その絵を「何これ宇宙人?」と言ってしまったときのような罪悪感だ……。 思い出すのは俺がループに入る前の六月、下の妹にやってしまった事例である。 ごめんな我が妹よ。


いやでも、高校一年生の男子に向けてその無防備さは恐ろしい……。 世の中、俺みたいな健全すぎる男だけじゃないからな。 その性格で今日に至るまで、ここまで純粋に生きて行けているのは尊敬しよう。


「って言っても、ここまで何もないと本当にこの場所で合っているのか心配になってくるよ」


駅周辺は整備もされており、自然に咲いている花は皆無。 植えられている花も皆無。 西園寺さんと調べ始めてから、既に駅の半分以上は回り終えている。 状況的に、俺がそう漏らすのも無理はない。


「大丈夫だよ! 成瀬くんの考えは合ってるから、大丈夫大丈夫」


「だと良いけど……」


俺を信頼してくれるのは結構だが、それをされてしまうと、この一つの予想が的外れだった場合に落胆されてしまう。 それはなんというか……別に西園寺さんにどう思われようが構わないのだが、高校生男子のプライド的な何かが嫌がっている。 なのでなんとか……せめてヒントくらいはこの場所で見つけたいな。


「よし、頑張ろう西園寺さん」


「おぉー!」


パチパチパチと拍手。 やはりなんか恥ずかしい。


しかし結局、一周目では何も見つけることはできなかった。


いや、一周目どころか二周目、三週目も同様で。


昼になり、夕方になり、夜になり。 最終的には俺も西園寺さんも諦めて、明日はどうしようかとの話し合いを始めたときに、それが起きた。

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