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俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
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エリアA奪還作戦 【6】

やばい。


この状況は、正直言って想定外だ。 クレアに頼り切る戦術を練っていた俺だったが、そのクレアが欠けてしまった。 なんとかして、流れを元に戻さなければ。 クレアはきっと生きている、あの程度で死ぬような奴ではない。 だから、戻ってくるまでの間はこの場を凌ぐしかない。


「……おい、芳ケ崎(はがさき)。 最初に名乗りあったのは俺だろ? だったら、まずは俺とだ」


言って、俺はディジさんの生眼の剣(イーター)を引き抜き、弥々見(ややみ)さんの前へ立つ。 予想以上に軽いそれは、俺でも簡単に扱えそうだ。


「そーいやそうだったな。 雑魚すぎて忘れちまってたよ」


芳ケ崎は言うと、拳を構える。 瞬間、放たれる殺気が俺の身を貫いた。 何本ものナイフで全身を貫かれるような、そんな殺気だ。 それを受け、気を抜いたら一瞬で死ぬことを理解した。 知ったのだ、芳ケ崎の前で気を抜いたらどうなるのかを。


「付いて来いよ、ワタシの動きに」


「……ッ!」


芳ケ崎は消え、そして後ろに気配を感じる。 その気配だけを頼りに俺はディジさんの生眼の剣を振り、斬る。


「おお、多少はマシになったじゃねえか」


俺が振った剣を軽々と拳で抑え、芳ケ崎はまたしても消える。 ……いや、違う。 消えたわけではない。


消えたと思わせる速度で、こいつは動いているのだ。 それは限りなく同じことかもしれないが、違うこと。 切り開く道があるとするならば、やはりそこか。


「くっそ……!」


だが、防戦一方だ。 しかも、それすらギリギリでの防御。 芳ケ崎の気配を感じて、ここだろうという場所に俺は剣を振っている。 それはあくまでも勘でしかなく、作戦ですらない。 苦し紛れの攻防は、いつ終わってもおかしくはないのだ。


「なぁ、成瀬(なるせ)陽夢(ようむ)


「な……んだよっ!」


芳ケ崎の拳を寸でのところで防ぎ、一歩退く。 その一歩退くという行為すら、焼け石に水でしかない。 芳ケ崎にとってはそんな距離、あってないようなものだ。


「殴られる瞬間が分かるってのは、怖いよな?」


「……かも、な!」


再び背後から攻撃を加える芳ケ崎。 剣でいなすも、拳は俺の頬を切る。 今のは危なかった、あとコンマ数秒遅れていたら、もろに食らっていた。 一回一回の攻防が、全て命がけだ。


「へへ、だったらよ。 オマエはどんな顔をするのか見せてくれ」


芳ケ崎がそう言った瞬間だった。 世界の動きが、遅くなる。 俺の周りにある全ての速度が遅くなる。


腕を動かそうにも、足を動かそうにも、思ったように動かない。 強い抵抗を受けているように、自由が効かない。


まるでそれは――――――――減速したように。


「分かったろ? ワタシの能力は加速じゃねえ。 ()()()だ」


……加減速、だと? いや……そうか。 だから、テレポート能力のある弥々見(ややみ)さんでも逃げきれなかったのだ。 そして先ほど、クレアの動きが突然鈍くなったのも、その所為だ。


俺たちは根本から間違えていた。 作戦を立てる以前の問題だ、能力の見当違いという、最大のミスを犯した。 作戦の土台が揺らいだのはこれだ。


「なるほどね。 つまり、俺たちは根本的にお前の能力を勘違いしてたってわけか。 加速だけじゃなく、減速もできるってことか」


「ああ、そうだ。 ワタシを中心に半径十メートル以内に存在する全ては、能力の範囲内だ。 加速、減速、自由自在ってワケよ」


こりゃ、どうしたものか。 単純な格闘戦、近接戦では勝てる見込みはほぼない。 そして、遠距離からの攻撃を持ち合わせている奴もいない。 第一、遠距離からの攻撃を仕掛けても、芳ケ崎の()()の対象になってしまう。 こいつを倒す方法、このチート的な能力を前に勝つ方法。


……あるっちゃある。 クレアとの戦い、そして俺が実際にやり合って、分かったことが一つだけ。 それを利用すれば勝てるとは思う。 その準備もどうやら、西園寺(さいおんじ)さんが既に済ませているようだし。


けど、問題は今のこの状況だ。 俺が動けるようにならなければ、その作戦は意味を成さない。 クレアがやられてしまったのは、やっぱり痛いな。


「そんじゃ、ネタばらしも済んだことだし一発食らっとけ。 死ぬんじゃねえぞ?」


「死なねえよ。 それに、勝つのは俺だ」


「口の減らねえゴミだ」


瞬間、芳ケ崎の拳は俺の背中に入る。 やっぱり、そこか。


「が……はっ!」


肺の空気は押し出され、そのまま俺は数メートルほど吹き飛ばされ、前方にあった壁へとぶち当たる。 骨がミシリと音を立て、歪む。 来るのは激痛、朦朧とする意識。 たった一発でこれほどの威力とは、さすがに強いな……。


「おうおう、気抜いてんじゃねえぞゴミ。 まだまだワタシは元気だぜえ?」


胸倉を掴まれ、芳ケ崎は俺の体を壁に押し付ける。 骨は軋み、全身は痛みに包まれていた。 押し潰されるような圧迫感と、吐き気までしてきやがった。


「……なぁ、芳ケ、崎」


呼吸がうまくできず、かろうじで俺は声を出す。


「あ?」


長々とお礼でも述べようと思ったが、残念ながらそこまでの余裕はない。 だったらせめて、これだけは言っておこう。 笑ってな。


「あまり舐めてると、足元を掬われるから気を付けとけ」


「な――――――――に?」


次の瞬間、芳ケ崎の体を刀が貫く。 急所は外したが、確実に大きなダメージを与えた。 俺の能力も、案外捨てたもんじゃないかもな。


「お疲れ様です、成瀬。 誘導ありがとうございます」


俺の前に立つのはクレア。 服はところどころが破け、額からは血が流れ落ちている。 そんな状態でもこいつは、戦う意思を持っていた。 その気持ちは俺の耳にしっかりと、届いていたのだ。


だからこそ、誘導した。 芳ケ崎のある癖を利用して、このクレアが吹き飛ばされた位置まで。


「が……ごほっ!」


芳ケ崎は急いで距離を取るも、負った傷は浅くない。 とは言っても、俺の方も戦えそうにはないか……。


「成瀬、一旦退きましょう。 掴まれますか?」


「ああ……それくらいなら、なんとか」


クレアは俺に手を差し伸ばし、それを俺は掴む。 俺が負傷している所為なのか、その温もりを感じる手はとても心地良かった。


「ま……てや。 てめぇら、卑怯な真似をしやがって……!」


「何を勘違いしているんですか。 戦いに卑怯もクソもないですよ。 それに、逃げるわけじゃありません。精々頑張って追っかけて来てくださいよ」


そして、クレアと俺は芳ケ崎が能力を発動させる前に離脱。 あの程度の傷なら奴もまだ動けるはずだ。 決着は、その先で付く。




「大丈夫ですか、成瀬」


「ああ、大丈夫。 それよりクレアは大丈夫なのか?」


「まぁ、私は頑丈なので。 それより、さっきの私の攻撃……考えは正しいですかね」


「だな、予想している通りだよ。 芳ケ崎は恐らく、意識している物の速度しか変えられない」


あいつの力は、半径十メートル。 その中の物の速度を加速、減速できるという力だ。 そして、さっきクレアの奇襲が成功したことから考えるに、意識している物でなければ調整できない可能性がある。 それならば、ここで迎え撃つことは可能だ。


俺たちが辿り着いた場所は、トンネル。 当初予定していた場所だ。 隠れる場所は少ないが、芳ケ崎をこの中まで誘導することができれば、後ろからの奇襲が可能になる。 チャンスは一度、奇襲をかけるのは、クレアの役目。


「成瀬、死なないでくださいよ。 私はまだ、借りを返していません」


「心配すんな。 お前に負けるまで、誰にも負けねえよ」


「……はい。 それでは、また後で」


クレアは言い、トンネルの入り口へと駆けていく。 その背中を見送って、俺は息を大きく吸い込み、そして吐く。


ある意味で、賭けだ。 クレアは「余裕だ」とは言ったものの、確実にダメージは負っているはず。 可能な限り、俺が芳ケ崎の注意を引きつけなければ。


それから、待つこと数分。 剣を構えて前を見る俺の視界に、奴が映った。




「ハ、ハハ、アハハぁ。 テメェ、成瀬ぇ……やってくれやがったなクソ野郎がッ!!」


「痛そうだな、芳ケ崎。 でもさ、お前に殺された人たちは、そんな程度じゃなかったぞ」


「くだらねえなぁ! ワタシの命と虫ケラの命を同価値に捉えてるんじゃねーヨ! ワタシは能力者だッ!! ゴミと一緒にするんじゃねえ!!」


こういう奴に痛い目を見せるのは、全く嫌な気がしない。 心が痛むこともなければ、人を殺すという罪悪感に苛まれることもない。 そこまで考え、俺は行き着く。


――――――――俺もどうやら、だいぶ狂ってしまったらしい。


クレアは言っていたっけ。 人の死に慣れてしまったその瞬間、その人もまた、死んでいることになるのだからって。


だったら、俺はどうやら死んでいることになるようだ。 目の前に居る芳ケ崎を殺すことに、躊躇いなんて一切ないんだから。 いつからだったか、もしかしたら初めからかもな。


「お前の能力は把握した。 だから、お前に勝ち目はない」


「……ふ、ふは。 アハハハ! ハーッハッハッハ! 把握した!? ワタシの能力を!? おいおい成瀬ぇ、それマジで言ってんの? なあ?」


「……何がおかしい?」


芳ケ崎は大声で笑い、腹を抱える。 俺の言った言葉が的外れのように。 俺は、何かを勘違いしているのか? いやでも、そうだったとしても。


「テメェはきっと、こう考えているんだろ? ワタシの能力は()()()()()()()()()()()()って。 クハハ! けどよぉ、けどよぉ成瀬ぇ。 そりゃあ見当違いも良いところだぜぇ?」


「何が言いたい? お前の能力は、空間内の意識した物にしか使えない。 だからこそ、さっきのクレアの攻撃も防げなかった……そうだろ?」


「違うな。 だから言ったろ? ワタシの勝ちだって。 ワタシの力は、空間内全てに使えるんだよぉ! 普段はただ、疲れるからやってねぇだけだ。 だが、さっきのゴミ女の攻撃で腹ぁ立ったぜ。 だから、こうしよう」


芳ケ崎は顔を俺に向ける。 そして、空気が一瞬にして重くなった。 芳ケ崎を中心に十メートル、その範囲全ての動きが減速したのだ。 トンネル上部から滴り落ちていた水は、その範囲に入った瞬間に減速する。 風によって舞った木の葉は、芳ケ崎の周りでのみ減速する。 最早、停止と言っても良いほどの速度になっている。


「アハ、アひひ。 さぁ、さぁ殺すぞクソゴミがッ!! これでテメぇのお仲間のクソ金髪女も手出しできねぇ。 なぁ!? 見てるんだろぉ!? テメぇーのお仲間、今からブッコロしてやるからよぉ!」


おいおいマジか。 常時発動とは、さすがにそこまでは読み切れなかった。 これは、俺のミスだ。 だったら、俺が取る選択は。


「クレア来るなッ!! みんなを連れてエリアAから出ろッ!!」


俺は叫ぶように言う。 芳ケ崎の声を遮り、クレアに届くように。 トンネル内で響く声は、外に聞こえているはずだ。 これで、クレアも……。


〈私のことをもし、仲間を置いて逃げる奴だと本気で思っているのなら、後でボコボコにするしかありませんです〉


……ああ、そうだった。 クレアはそういう奴だったよ! くそ、状況はこの上なく最悪だ。 クレアの奇襲は確実に失敗する。 そして、芳ケ崎はゆっくりと俺との距離を詰めている。 逃げるにしても、このトンネルは行き止まりだ。 俺の背後には残り僅か()()()()()ほどの空間しか存在しない。


「アヒヒヒ! 死ねッ!!」


芳ケ崎の後ろに、影が見える。 しかし、その微かに見えた影も芳ケ崎の近くへと入った瞬間、止まった。


「おうおうおう! やっぱり隠れていやがったか。 テメぇは後でたっぷり痛めつけてやるよ。 まずは、オトモダチが殺されるの見とけや」


「こんの……!!」


さすがに身体強化があるだけのことはあり、減速されている中でもある程度クレアは動けている。 でも、芳ケ崎の動きとはやはり比べ物にはならない。 それに……能力の過度の使用が原因なのか、先ほど芳ケ崎に殴られたダメージなのか、一歩踏み出す度にクレアの体は血を流す。


「頑張れよ、金髪女。 ワタシは気が長くねえから、とっとと殺っちまうけどなぁ? アッハッハ!」


「黙れ、黙れ黙れ黙れッ!! 私はもう、友達を死なせない! 仲間を死なせないッ!! 絶対に私が守りますッ!!」


「反吐が出るぜ。 人は死ぬ、簡単に死ぬんだよ。 それこそ、虫ケラみてえにな。 なぁ知ってるか? 人の頭をちぎるとよぉ、すっげえ血が出るんだぜ。 それがワタシは好きなんだ」


クレアは地面を踏み付け、一歩ずつ。 対する芳ケ崎は、その間に数歩は進んでいる。 絶対に追いつけないことは分かるはずなのに、クレアから伝わってくる想いには、諦めなんてものは一つもなかった。


〈嫌です〉


ああ、この戦いで、一つだけ悔いることがあったな。


〈もう、私の所為で友達が死ぬのは嫌です〉


俺にとっても大切な友達に、そんな思いをさせてしまったこと。


〈……私は、諦めないです。 絶対に、助けないと〉


それだけは、後悔しておこう。 今ではもう、クレアも西園寺さん同様、俺にとっては大切な仲間だ。 そして、同時に負けたくないライバルなんだ。


〈嫌です、嫌です嫌です嫌です! もう、嫌なんです〉


「見せてやるよ、金髪女。 オトモダチの血が飛び散るところを」


芳ケ崎は言う。 そして、俺のことを見据えてニタリと笑った。


「クレア」


「……なん、ですか。 今は、それどころじゃ……ないん、ですが」


未だにクレアは歩き続ける。 こいつの辞書にはきっと、諦めるなんて言葉はないんだな。


「ごめんな」


「どう……して」


クレアは目に、涙を浮かべていた。 初めて見たそれは綺麗で、そんな顔をさせてしまったこともまた、俺は後悔しなきゃならないだろう。


「あばよ、ゴミ」


芳ケ崎は消え、そして俺の後ろへ回り込む。 クレアはもう、間に合わない。 いくらあいつが強くても、この距離を一瞬で埋めるのは不可能だ。 芳ケ崎の減速がある以上、もう間に合わない。


ごめんなと、もう一度心の中でクレアに謝る。 それが届いているかどうかなんてことは分からない。 クレアが今、どんな気持ちなのかも気付けない。 だけど。


俺が死んだら、クレアはきっと泣いてしまう。 それはなんとなくだけど、分かったんだ。 あんなにボロボロになるまで、懸命に俺を助けようとしてくれているのだから。 綺麗な金髪は泥だらけで、真っ白な肌は血で濡れていて、遊ぶときに着ている恐らくはお気に入りの服もボロボロで。


そんな姿を見て、心の中で俺はもう一度だけごめんなと言って、目を閉じた。

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