表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
57/173

エリアA奪還作戦 【4】

「……結局、戻って来ずか」


ディジさんが腕組みをして言い、それを聞いて王場(おうば)さんは若干不機嫌そうな顔付きをする。 そんな雰囲気の中、時計の針はゆっくり進む。 テーブルを囲う全員の表情は、若干緊張しているように見えた。


している話は、(かしわ)さんと玲奈(れいな)さんの話だ。 俺と西園寺(さいおんじ)さんとクレアは結局顔合わせをすることができないまま、作戦決行の時刻となっている。 そして今は地下の中央部屋で待機中。 弥々見(ややみ)さんから連絡があり次第、俺たちもエリアAへと突入する算段だ。


重要な戦力の二人らしいが、エリアBの戦いに比べたら幾分か楽な相手だとのこと。 というのも、エリアBの能力者は『未来視』という能力を持っていて、五秒先までの未来を正確に見ることができる能力者だったからだ。 理論的には絶対に負けはしない能力にも思えるが、数の力で押し切ったという。 いくら未来が見えたとしても、それに対処できなければ意味がないということ。


「あいつら、怖気づいたってわけじゃーねぇよな? なんか嫌な予感がして、顔を出さないってわけじゃ……」


沈黙の中、痺れを切らして口を開いたのは王場さん。 このアライブでは気さくな性格で、短気な部分を除けばみんなの良い兄貴分だとのディジさん談。


「ないと思いますよ。 柏さんも玲奈さんも、実力では王場さんや武蔵(むさし)さんと同等くらいじゃないですか。 それに僕が作った武器もありますし、二人が戦意を失うなんてことはないですよ」


その王場さんの発言に落ち着いた声色で返すのは守矢(もりや)だ。 武器製造の腕はずば抜けており、各々の個性ある武器を製造したのも守矢だ。 王場さんの自立型のグラムや、白羽(しろは)さんの物理干渉型のアッキヌフォート、そして武蔵さんの武器だ。


武蔵さんの武器はミョルニル……北欧神話の神器だな。 その性能は相手との距離を自動で見極め、その距離にあった大きさへ変化するというもの。 その射程は最大で五十メートルにも及び、武蔵さんの意思のみで柄も伸びるということもあり、狭い場所での運用も可能な優れものだ。


「来なくとも、作戦は実行する。 そういう手筈となっているはずだ。 それより、マサからの信号はまだないのか?」


予定されていた時間は、既に過ぎている。 そろそろ武蔵さんの言う通り、連絡が来ても良い時間だが……。


「まだないですね……っと、すいません。 丁度来まし――――――――え?」


パソコンを見ていた白羽さんは、息を飲む。 送られることになっているのは、弥々見さんの位置情報だ。 その点は色で決められており、青ならば通常通りに決行。 緑ならばその場で待機。 黄色ならば作戦の中止。 そして。


「……赤信号です。 皆さん、至急エリアAに向かってください」


赤ならば、緊急事態だ。




「……どういうことだ? テレポート能力でも、危機になるほどの相手か?」


いくら加速ができると言っても、瞬間移動には勝てないはずだ。 それに、弥々見さんの力はエリア内ならどこへでも移動可能……そんな簡単に追い詰められるとは思えない。 何かが妙だ、俺たちは何かを見過ごしてしまっている気がする。 それとも、もっと単純なことを見落としているか。 状況が悪化するというのは、その可能性が高い。 作戦を実行する上での土台的部分が機能していなかった可能性だ。


「分からん! とにかく今は急ぐぞッ! 各員生眼の剣(イーター)を持ち、エリアAに繋がる通路を行けッ!! 外に出次第、信号の位置を確認し現場へ向かえッ!!」


「あいよ! へへ、やっぱ、いざってときの姉御は頼りになるぜ! おら行くぞッッ!!」


ディジさんの響き渡る声に真っ先に反応したのは、王場さん。 それを追うように、武蔵さんとディジさんが続いて行く。 こういう事態に慣れている感じとも言える。


「私たちも行きましょう。 成瀬(なるせ)西園寺(さいおんじ)


「……ああ」


クレアは返事をした俺を見て、走り出す。 もしかしたら死ぬかもしれないというのに、恐れる様子はなかった。 小さいその背中は途方もなく遠いものにも思えてしまう。


「強いね、クレアちゃん」


「だな」


そりゃ、そうだ。 クレアがこれまで見てきたのは、本当の地獄なんだ。 そしてあいつは口癖のように、慣れているから大丈夫だと言ってくる。 俺から言わせれば慣れてしまったその時点で、絶対に大丈夫なんかじゃないってのに。


だから、守ってやらないと。


「行こう、西園寺さん」


「うん。 成瀬くん、守ってね?」


「……おう」


どちらかと言えば、能力的に俺が守られる立場になりそうだが……。 それでも絶妙な角度で首を傾げて言われてしまったら、断ることなんてできやしない。 同じことをクレアに言われたら腹が立ちそうだけど、やっぱ西園寺さんは違うなぁ。


「成瀬くん? どうしたの?」


「ん……ああ、いや。 なんでもない」


西園寺さんの能力が思考を読み取るというものじゃなくて良かったと、このとき心の底から思う俺であった。




「クレア!」


エリアAに繋がる通路を駆け抜け、階段を上る。 その行き止まりには、天井に設置された鉄の扉……鉄の蓋、と言った方が正しいか。 そしてその重い鉄の蓋を押し開けると、目に入ってきたのは崩れている建物、人気のない住宅街、真っ赤な夕日だ。 荒廃してしまった世界の風景は痛ましくも俺の視界に映ってくる。


そしてクレアはそんな夕日を見つめ、そこに立ち尽くしていた。 思うことはきっと同じだろう。 俺たちが居た世界がそのまま鏡写しにされたようなこの世界での光景は、想像以上にダメージを与えるものだ。


「やっと来ましたか。 成瀬、西園寺」


「みんなは? もう向かったのか?」


俺が聞くと、クレアは一点を指して言う。


「ええ、どうやらあっちみたいです。 私たちも行きましょう」


クレアは日本刀を抜き、俺と西園寺さんの前に立つ。 男の俺よりもよっぽど男らしく、格好良い奴だ。


「気を付けてください。 とても嫌な予感がしますです」


「お前の勘は本当に当たるからな……けどさ、クレア」


横を見ると、どうやら西園寺さんも考えていることは同じらしい。 俺同様に、西園寺さんはクレアの真横へと立つ。 背中をいつまでも見ているだけじゃ、駄目だ。


「死ぬときは一緒だ。 だから勝手に死ぬんじゃねえ」


「そうだよ。 怖いけど、クレアちゃんはもうお友達だから。 わたしにとって、成瀬くんとクレアちゃんはとても大切な人なんだ」


「……はい」


クレアは笑って、俺たちを見る。 もうこいつが悩むことも、傷付くこともない。 このときの俺は、そう思っていた。 絶対に守れると、そう思ってしまってたんだ。


「……よし、それじゃあ行くかって言いたいところだけど、その前に聞いて欲しい話がある。 聞いてくれ」


俺がするべきは、頭を使うこと。 俺の能力じゃ戦闘のサポートにも限度がある。 だから、俺は俺のやり方で二人の力になればいい。


今から二人に話すのは、最悪のパターンが起きた場合のことだ。




「おーう、久し振りじゃねえか。 まだ生きてたんだな、テメェら」


そこに着くと、居たのは芳ケ崎(はがさき)紅刃くれは。 通称、赤腕だ。 その呼び名の通り、芳ケ崎の両腕は真っ赤に染まっている。 他でもない、人の血によって。


「リーダー! 無事か!?」


芳ケ崎からは少し離れた場所で、弥々見さんは蹲っていた。 そんな弥々見さんの近くに行くのは王場さん。 この状態、やはり。


……やはり、事態は最悪だ。 だけど予想外ではない。 まだ、俺がした予想の範疇だ。 俺は俺がするべきことをするのみ。


「貴様……今すぐ玲奈を離せッ!!」


叫んだのは武蔵さん。 そう叫んだだけで、空気が一瞬にして引き締まったのを感じた。 王場さんと遜色はないほどの猛者ってだけはあるな。 しかし、その顔は焦りに満ちている。 武蔵さんだけではない、その場に居る全員の顔は一緒だ。


そして、武蔵さんの叫び声を合図に、芳ケ崎を取り囲むように俺たちは構える。 中心に居るのは芳ケ崎と、そして……玲奈と呼ばれた女性。


「ああん? ワタシはここに住んでいるだけなのに、ちょっかい出して来たのはテメェらだろうが。 まーとは言ってもよ、元を正せば奪ったのはワタシだけどよ。 アッハッハ!」


「……げて。 みん、な」


芳ケ崎に首を掴まれ、玲奈さんは弱々しく言う。 俺たちが動けば、玲奈さんは間違いなく殺される。 だから全員、迂闊に動けない。 この状況を打破する方法……何がある? 玲奈さんを無事に助けだし、芳ケ崎と戦う方法だ。 最善は仕切りなおすことだが……この状況では少し、難しいな。


「どうしますか、成瀬」


「……弥々見さんが能力を使えれば良いんだけど……あれだと、それは難しそうだな」


見るからに弥々見さんは怪我を負っている。 これじゃあ当初の作戦通りに誘導もできない。 最早言うまでもなく、作戦は失敗だ。


問題は当初の作戦を遂行することを考えるのではなく、新しい策を練ること。 そして、それを実行すること。 その二つ。


「くそ……!」


武器を構え、悔しそうな声を漏らすのは武蔵さん。 全員が家族みたいなものだと言っていた彼にとって、この状況は最悪だろう。 全員が無事で、芳ケ崎を倒す。 それがこの状況下では最善か。


「おい化け物!! 俺の命と玲奈の命、お前はどちらを取る!?」


「んー? なんだ、この女の代わりになるってのか?」


チャンスだと思った。 瀕死の玲奈さんと武蔵さんのポジションが変われば、チャンスはいくらでも生まれる。 芳ケ崎にとっても、この動きがない状態は好ましくないはず。 ならばこの取り引きにも乗る可能性は高い。


そう、可能性。 あくまでもそれは可能性で、確定された未来ではない。 俺はそれを痛感することとなる。


「そうだ。 俺は無抵抗でそちらに行く、だから玲奈を解放してくれ」


「へへ、良いね良いね。 そういう仲間想いの奴は好きだぜぇ」


言って、芳ケ崎は玲奈さんを離す。 そして。


「けどよぉ、それじゃワタシがつまらねぇじゃんか。 ワタシは楽しく楽しく戦いてぇんだ。 そりゃもう、本気のテメェらとな。 だ、か、ら」


芳ケ崎は歯を剥き出しにして笑って、片足を上げる。 舌で唇を舐め、芳ケ崎は足元に転がる玲奈さんを見た。 何をする気だと言葉にする前に、芳ケ崎は。


「両方ブッコロだ」


玲奈さんの頭を――――――――踏み潰した。


「き……貴様ぁああああああああッッッ!!」


びくんと体を動かし、玲奈さんは絶命する。 砕かれた衝撃で、辺りに血が飛び散る。 その血で芳ケ崎は足も赤く染め、体にも大量の血が付いていた。 そんな中で、芳ケ崎は笑う。 虫を潰すように人を殺し、返り血に染まりながら。


こりゃ……甘く、見過ぎていた。 こいつはこの状況をなんとも思っていなかったんだ。 そして、人の命もなんとも思っていない。 弄ぶように、虫を踏み潰すように、こいつは人を殺す。 それがもしかしたら、能力者が非能力者に対して持っている感情なのかもしれない。 それがこの世界だ。


「……殺るぞ。 王場」


「ああ……さすがの俺も、あいつとだけは分かり合えそうにねーわ」


ディジさんの言葉に、王場さんは剣を抜く。 武蔵さんは既に芳ケ崎の元へと向かっている。 ここで、俺が取るべき行動は。 落ち着け、後悔するのも恨むのも、悲しむのも後ですることだ。 このパターンで取るべき最善の行動を取れ。 俺が今ここで芳ケ崎とやり合うのは最悪だ。 考えろ。


「……クレア、三人のサポートに行けるか?」


「ええ、任せてください。 とは言っても、サポートは他の方になりそうですけど」


こいつは本当に、冷静だ。 状況をしっかり考え、直感的に最善の選択を取れるはず。 だから俺も安心して、頼むことができる。


「西園寺さんは、俺がさっき言った作戦の準備。 何があっても動かないで待っててくれ、西園寺さんの存在がバレたら、それこそ終わりだ」


「うん! 分かった!」


西園寺さんは言い、走り去る。 ここで一人になるのは辛いかもしれないが、今は耐えて欲しい。 西園寺さんはこの作戦を行う上で、もっとも重要なピースだ。


さて、と。


……とは言ったものの、マズイな。 下手をしたらここで全滅なんてことも余裕であり得る。 まずは……ディジさんたちがどこまでやれるか、だ。 彼女らがどれだけ時間を稼げるかにかかっている。


「へへ、冷静になれよ髭男。 虫ケラが()()潰れただけだろ? どうして怒る?」


「貴様……もしや、柏も」


「あいつの武器……生眼の剣つったっけか? あれは中々楽しかったぜ。 命を使って、ワタシの髪一本落とせたんだ。 上等じゃね? アっハハハぁ」


「……最早、話す価値もないな」


言って、武蔵さんは剣を抜く。 いや、巨大なハンマーだ。 相当な重量がありそうなそれを片手で持ち、武蔵さんは芳ケ崎と向かい合う。 王場さんと同じタイプの武器、自立して動く武器だ。


「良いぜ、ハンデだ。 最初の五分は能力なしでやってやるよ。 お前ら四人足して、丁度良いくらいだろ?」


芳ケ崎の後ろにはクレアとディジさん、そして芳ケ崎の正面に王場さんと武蔵さんが付く。 この時点で倒せれば良いのだが、俺が気になるのは見落としの可能性だ。 そもそも、当初の予定ではこの状態になること自体があり得ない。 何かのイレギュラーが起きたとしか思えないんだ。


「言ってくれますね、ババアが。 私のライバルはこういうとき「あまり舐めていると足元を掬われるぞ」と言っていましたっけ」


クレアは言い、刀を構える。 クレアに関してはただの刀だが、あいつは能力を持っている。 身体強化の能力は、クレアの基礎能力と相まって相性は良い。 頼んだぞ、クレア。


「ハッ、ガキを殺すのは趣味じゃねえんだけどな。 そーんじゃ、始めっか」


そして、ディジさんたちと芳ケ崎は衝突する。


「成瀬……すまない」


「……弥々見さん! 大丈夫なのか?」


すぐ横に、いつの間にか片腕を抑えた弥々見さんが居た。 どうやら、見た感じだと左腕が折れているようだ。 この状態では、戦いに参加するのは不可能かと思われる。 テレポートなしで、勝たなければならない戦いだ。 能力者一人を削られても、こちら側に居る能力者は二人。 勝算はまだある。


「僕がもっと強ければ、二人を助けられたかもしれない……。 弱い自分が憎いよ、僕は」


「責任を感じるのも、終わってからだ。 それより、どうして誘導に失敗した?」


「僕も分からないんだ。 ただ、芳ケ崎の加速能力が予想以上に強かった……のかもしれない。 テレポートを使う前に、僕は吹き飛ばされていたんだ」


能力を、使う前に。 弥々見さんの能力は即時発動タイプだ。 それでも間に合わないほどの加速をしたってことか……?


「はぁ……はぁ。 生眼の剣はね……殺意と共鳴することができる」


「殺意と?」


「そうだ、殺意と。 持ち主の殺意によって、強化される」


生眼の剣は、殺意と共鳴する。 向かい合った対象に向ける殺意の大きさによって、生眼の剣も真の力を発揮するらしい。 武器にも個々の個性があり、個々の強さがある。 王場さんと武蔵さんの武器は、破壊力にかけては随一とのこと。 そしてディジさんの武器については……不明らしい。 各武器の柄には文字通り眼が埋め込まれており、殺意が強ければ強いほど、それは開くとのこと。 そして現在、王場さんと武蔵さんの武器の眼は半分ほど開かれていた。


「王場も武蔵も、すぐに頭に血が上るからね……。 その点で言えば……生眼の剣使いとしてはぴったりなんだ。 しかしそれでも、完全に開かれたことは一度もない。 そこまでいけば……逆に殺意に飲み込まれかねないから……良いのかも、しれないけど」


「それで……勝てるのか? 能力者に」


「は、はは。 成瀬、あまり僕の仲間を舐めないで欲しいな」


事実、俺が目の前で起きている戦いに目を向けると、倒れていたのは芳ケ崎だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ