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俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
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エリアA奪還作戦 【3】

「では、作戦概要について話します」


白羽(しろは)さんが言い、パソコンの画面を再び俺たちの方へと向けた。 時刻は深夜二時、あれから約二時間ほどの会議を行った末、ようやくまとめへと会議は移る。


「今回の参加メンバーは九人です。 リーダー、ディジさん、王場(おうば)さん、武蔵(むさし)さん、守矢(もりや)君、私、成瀬(なるせ)さん、西園寺(さいおんじ)さん、クレアさん、そして今この場には居ませんが、(かしわ)さんと玲奈(れいな)さんも間に合えば参加となります」


白羽さんは言い、パソコンの画面を見ないまま、マウスを操作する。 慣れた手捌きだ。 その画面にはエリアAの地図が表示され、複数の白い点と一つの黒い点が映し出される。 白が俺たちで、黒が芳ケ崎(はがさき)ということか。


「私と守矢君はアジトからサポート、他の方はターゲットと戦闘をして頂きます」


トンネルの行き止まりまで誘導するのが、弥々見(ややみ)さん。 そして迎え撃つのがディジさん、王場さん、武蔵さん。 接触した段階で挟み撃ちにするのが、俺と西園寺さんとクレア、そして今は居ないが柏という人と玲奈という人が間に合えば、俺たち側での参加となる。 単純な作戦だが、芳ケ崎(はがさき)の能力からして一番有効な策でもあるな。


「それまでに柏さんと玲奈さんに連絡が取れない場合、成瀬さん側は三人となりますが宜しいですか?」


「ああ、問題ない。 というか、常に連絡を取れるようにしておくのは基本じゃないか?」


言ってから、俺はそういえば携帯を持っていなかったっけ。 まさに、自分のことを棚に上げてというやつだな。 クレアが呆れ顔で俺のことを見ているから痛感した。 だけど持とうとは思わない。


「悪いね、僕たちアライブは基本的には自由行動なんだよ。 とは言っても、重要な場面では全員自然といつも集まるんだけどね」


今回に限っては例外ってことか。 ま、だからどうというわけでもない。 俺は柏という人と玲奈という人が来れなかった場合のことも考えて、構築していけばいい。 本来するべき作戦と、最悪な状況に陥ったときの作戦を。


……そうは言っても、その策は既に練ってあるんだけどな。


まぁ、策というよりかは非常時の作戦だ。 こうならないのがベストだし、最善。 俺が考えるは最悪のパターンのときのこと。 根本的に全てが変わってしまったときのこと。 どんなときでも、どんな場面でも、そういうのは付き物だ。


「シミュレートでは、勝率は九割。 一割は決行時に全員の体調が優れないときですね」


「はっはっは! そりゃ心配ねーよ。 俺は生まれてこの方、体調を壊したことがねーからよ!」


そりゃなんとも羨ましいことで。 俺は隣で何かを言おうとしたクレアを止めるので精一杯だ。 王場さんを目の敵にしすぎだ、こいつ。 必死に口を抑えるも、尚何かを言おうとするせいでふがふが言っている。 犬かお前は。


「あはは、頼りになるね。 でも、体調不良の人が一人でもいたら作戦は中止だ。 後日、改めて実行するとしよう。 挑むときは万全の備えで、死者を一人も出さないように」


弥々見さんが最後にそう纏めて、会議は終わる。 やはり全員を率いているだけのことはあり、人望が厚そうな人物だった。




「お疲れ様です、成瀬」


「クレアか、お疲れ」


会議が終わり、長い階段を上り外に出て、夜風を浴びていたときだった。 同じく外に出てきたクレアはそう声をかけ、俺の隣に腰をかける。 風呂に入っていたのか、濡れた髪が頬に張り付いている。 どこかで艷っぽい姿を見て咄嗟に俺は視線を逸らすと、既に東の空は青みがかってきていた。


「乾かさないと痛むぞ、髪の毛が」


「そうですかね? 私はいつもこうですけど」


なのに髪質がそんな良いのか。 他の女子が聞いたら怒りそうな台詞だな。 特に俺の妹……上の方なんて、無駄にシャンプーとか買ってくるしな。 男っぽいくせに。 前に無断で使ったら見事にバレて殴られたし……我が家では俺の立場が一番下なんだ。


「そっか。 寝なくて良いのか? 明日だぞ、実行は」


「大丈夫です。 慣れていますので」


「……そっか」


作戦の実行は、明日の夕方になっている。 各自それまでは思い思いのことをしておけ、とのこと。 良く良く考えれば、死に間際の行動みたいだな。 そういう意味も、もしかすると多少含まれているのかもしれない。 能力者と戦うときはいつでも死の危険がある。 そういう、メッセージが。


「私がこういうことを話すとき」


「ん?」


いつもとは声色が違ったのを不審に思い、俺は外していた視線を再度、クレアへと向ける。 クレアは若干顔を伏せながら、言葉の続きを口にした。


「成瀬は何も聞かないですよね」


クレアは言うと、風に流される髪を抑えて、俺の方に顔を向ける。 その表情は――――――――触れたら壊れてしまいそうなものだった。 儚いという言葉がぴったり当てはまるような、そんな表情だ。 いくら人の気持ちを汲み取るのが苦手な俺でも、クレアが今……何かを言おうとしていることくらいは、分かった。


……初めてだ、クレアのこんな表情を見るのは。 喜怒哀楽、様々な顔を見せるこいつだけど、こんな顔を見たのは初めてだ。 笑うときも、怒るときも、こいつの顔はいつだって晴れ晴れとしているんだ。 それなのに今の顔は曇りに曇っていて。


「……ごめん、聞いても良いことか、分からなくて」


「そういうときだけ気が利くんですから面倒ですね。 良いんですよ、聞いても。 もう仲間じゃないですか」


そんな臭い台詞を言う姿はとても似合っていて、様になっている。 これほど格好良い台詞だとか姿が似合うのは、俺が知っている限りじゃこいつが一番だよ。


……俺も、流されてみるかな。 あの七月でしたように、考えるのを止めて、踏み込んで流されてみようか。 相手がこいつならきっと大丈夫だと思うから。


「そうだよな。 だったら、聞くよ。 過去に何があったのか」


「ありがとうございます。 そう聞いてくれるのを待ってました……とは言っても、気持ちの良い話ではないですよ?」


「良いさ、別に。 それでクレアが楽になるなら、俺はいくらでも聞くよ」


「ふふ、そうですか。 私じゃなかったら惚れているセリフですね、それ」


うるさい。 それに今のだけで惚れられるなら、俺はいつだってモテ男になれるぞ。 現に今、こうして寂しい独り身生活を十六年続けているのが表しているだろうが。


というか俺も俺で、こんなことをクレアに言うなんて思ってもいなかったよ。 でもさ、あんな顔をされてしまっては、言わないわけにはいかないだろうが。 いくら強くても、頼りになる奴でも、普通の少女なんだなって思わせるような顔をされてしまっては。


「私はですね」


言うクレアの口元は少しだけ、震えている。 それはきっと、寒さの所為ではない。


「私は、数え切れないほどの人を殺してきたんです」


「……人を殺してきた?」


最初のひと言。 たったそれだけの言葉で、この話がハッピーエンドには繋がらないことが分かってしまった。 たったひと言が全てを物語っているように、俺の中でこだまする。 何度も何度も跳ね返り、俺の中で渦巻いている。


「物心が付いた頃には、銃を持っていました。 同年代の子が積み木やぬいぐるみを持っている中、私が持っていたのは銃だったんです」


クレアは言い、手に持っていたぬいぐるみを抱き締める。 会ったときから、常に持っていたウサギのぬいぐるみを。


ああ、そうだ。 クレアの場合はそれが逆転してしまっているんだ。 今こうして、小さい子供が持つようなぬいぐるみを持っているということは。


「生まれた場所は分かりません。 ただただ、銃を持って教えられた外見と同じ人を撃ちました。 殺しました。 両親は、死んでしまいました。 顔は覚えていません、名前も覚えていません。 ただ、父親は私の頭を撫でてくれたことは、覚えています」


「……紛争地域だったってことか?」


「恐らくは。 私と同年代の子も、沢山居ました。 一つの部屋に押し込められ、ゴミのようなご飯を食べ、部屋を出たら人を撃つ毎日で……気持ち良く眠れる日なんて、一日もありませんでした」


クレアの手は震えている。 俺はそれを見て、その手をそっと握った。 クレアは小さく「ありがとうございます」と言い、話を続ける。


「私たちが居た場所が襲撃されることも、あったんです。 その度に何人かが死んで、また新しい子供が来て。 次は私が死ぬのではという恐怖もありましたけど……幸いなことに、私は普通の人より勘が良かったので、しぶとく生きることができました」


笑ってクレアは言う。 けど、俺にはそれが笑顔には見えなかった。 とてもじゃないが、笑顔と言って良いものではなかった。 笑いながら、クレアは泣いている。 涙こそ流さないものの、こいつは泣いている。


「私の勘が良いのは、知ってますよね」


それは、生き残るため。 クレアが死にたくないと思って、そう強くなるしかなかったのだ。 そんなのは、きっと正しいことではない。 だけど、それしか道がなかった。 与えられたのは生きるか死ぬか、それだけで。


だが、クレアの話は続く。 事実はもっと、残酷なものなのだ。


「ですがね、成瀬。 いくら勘が鋭くても、何が起きるか分かっていても、どうしようもないことだってあるんです」


「……何があったんだ?」


「ふふ、簡単なことですよ」


クレアの話はこうだ。


ある日、クレアたちが押し込められていた場所に男がやってきたらしい。 恐らくはクレアが居たゲリラ部隊の上層部の人間だ。 そして、その男はクレアと同じ部屋に居た子供一人を連れ出した。 君は自由だよ、と優しい声をかけて。


それが何日か続き、クレアは不審に思ったという。 軽い身のこなしを使ってこっそりと後を付けたクレアが目にしたのは……聞くだけで、得体の知れない感情が込み上げてくる話だった。


「必死に逃げ回る子供を追い回し、部隊の誰が止めを刺したかというゲームでした。 人の命で遊ぶ、クズみたいなことをしていたんです。 使っていた武器は手榴弾で、私の前で一人の友達が死にました。 どんなに辛くても笑っているような、前向きな子でした」


「……」


「後から知った話ですと、そのとき既に私たちの勢力は相当追い詰められていたようです。 そのゲームも、ただの憂さ晴らしだったのかもしれません」


人の命は等価値だと言うけれど。 その話を聞いた後では、とてもじゃないがそんなことは思えないし言葉にできない。 この世界には絶対的なルールがあって、弱者はそれに従うしかないのだ。


「だから、ですね。 戦場には安全な場所なんてないんですよ。 弱者は殺され、強者は笑う。 それがあそこのルールです。 私はそんなルールが、大っ嫌いです」


だから、クレアはさっき言ったのか。 子供たちがこの地域に居ると聞いて、賛同できないと。 他にどうしようもないことだが、この地域に子供が存在すること自体、クレアにとっては許し難いことだったんだ。


「その後、私が選んだ道は……その場に居る奴を一人残らず殺すというものです。 何人も何人も、一人残らず。 殺した人数なんて覚えていません。 気付けば血溜まりの中で蹲っていたらしいです」


「……らしい、ってのは?」


「あまり覚えていないんですよ。 どうやら、私を保護してくれた軍の方が向こうの孤児院と繋がりを持っていたようで。 あ、孤児院の話もしてませんでしたっけ?」


「いや、それは神田(かんだ)さんから聞いたよ。 そこから神田さんに引き取られたって。 クレアと、もう一人」


「そうですか。 なら、話は早いですね。 そんな風に、私は今ここに居るんです。 何人も殺してきた身でありながら。 もう一人というのは、私の妹ですね。 血の繋がりはないんですけど、孤児院で一番仲良くしていた子です。 似ても似つかない妹ですけど」


笑って、クレアは締め括る。 救いなんて一つもない話を。 だから、決めた。 俺にはその傷を埋めることはきっとできない。 癒してやることもできない。


けれど、その傷から目を逸らさせることはできると思う。 善人は、正しい奴らはそれは逃げだと言うかもしれない。 間違っていることだと言うかもしれない。 だけどさ、それって悪いことなのか? 見る度に痛む傷を見なければならないのか? そうやって自分の身を守ることが、どうして駄目なんだ?


俺には分からない。 理解もしたくない。 綺麗事なんて吐きたくない。 だから、俺はこいつの目を逸らす。 後ろから、前へ。


「クレア、俺にはそれを分かってやることはできないよ。 俺は、平和ボケしたこの国で生まれて、この国で育ってきたからさ」


「でしょうね。 私が日本に来て一番驚いたのは、全員何も警戒せずに歩いていたことですよ。 私からしたら、あり得ない光景でしたね」


「かもな。 でもさ、クレア。 俺はお前と友達だぞ。 何を背負って生きていても、お前が何人殺してきたとしても、俺はお前と友達だ。 勿論、西園寺さんだってそうだよ。 西園寺さんが良く教えてくれたんだけどさ、そういうのには友達って関係ないんだとよ」


「……そうですか。 人殺しと友達だなんて、後悔しそうですね」


言うクレアの頭に、軽く手を当てる。 馬鹿なことを言ったから。 そんなの、俺だって分かっていることだよ。


「って……何するんですか!」


「そりゃするだろうな。 こんなとこで、嘘は言わねえよ。 だけど俺は、お前と友達になれないことの方が後悔する。 だからそんなこと言うな」


「……馬鹿ですか」


そうして伝えて、クレアは俺に背中を向ける。


人の気持ちは難しい。 そして自分の気持ちもまた、難しい。 言葉にできないこともあれば、言葉にできることもある。 素直に気持ちを伝えれば恥ずかしいし、照れ臭くもある。 それに、そうやって伝えた気持ちが相手に届くのかどうかすら、分からない。 絶対にこれだけは、予測を立てることなんて不可能だ。 それぞれに思うことがあって、それぞれに悩みがあって、それぞれに言われて嬉しいこと、嫌なこと、腹が立つこと、幸せになることがあって。


その一つ一つが噛み合って、ようやく気持ちは相手に伝わる。 だけど、それが正しく伝わるかどうかもまた、分からない。 クレアに対してもっと良いことは言えたと思うし、後になって考えればもっとちゃんとした言葉だってあったはず。 だけど、俺はそのとき自然と出てきた言葉をそう伝えたんだ。 それでクレアが楽になるとか、幸せになるとか、そんなことは考えていなくて。 ただただ、俺が言ったそれだけは伝えたくて。


「馬鹿だよ俺は。 だからお前が居てくれて、良かったよ」


言いながら、クレアの頭を俺は撫でる。 代わりにはなれないけれど、そうしたかった。 それで、クレアが少しでも楽になるのなら、俺はそれが一番良い。


偽善でも、一時的なものでも、今のクレアが楽になってくれるのなら、俺はそれで良い。


「……」


真っ白な肌に、綺麗な金髪。 そして流暢な日本語で、クレアは俺の方を見ずに、こう言った。


「……私も、成瀬が居てくれて良かったです」


人の気持ちは難しいし、苦手だ。 でも、このとき俺は不思議とそれが嫌な感じではなく思えたんだ。 最後に見せてくれた表情は、いつものクレアの笑顔だったから。

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