六日目 村人会議 【4】
「村……人? は? おい……お前、まさか」
「理解が早くて助かるよ。 そのまさかだ、俺はお前を嵌めたってわけ。 食われるのはクレアでも西園寺さんでもなく……あんただ、桐生院さん」
全ては、このときのために。 真実を暴き出すために。 まぁそうは言っても、俺は提供された策に乗っただけ。 その提供者は、俺の後ろで口角を上げている少女だ。
「成瀬君が、村人……だと? 待て、待てよ!!」
「そうだよ、自己紹介ご苦労。 人狼の桐生院さん」
これが、人の騙し方。 そして獣の騙し方。 上手いこと乗せられたこいつは、まんまと自分の正当性を証明した。 普通の流れでは滅多に起きない「人狼である」ことを。
「俺を……嵌めた、だと? 待て、待て待て待てッ!! だったらなんだ!? そこの女もグルだったということか!?」
桐生院は叫ぶように、クレアを指差す。 対するクレアは薄っすらと笑みを浮かべていた。 だが、そんな桐生院の顔を見て、口を開く。
「当たり前じゃないですか。 あなたに深く思考をさせないために、私はあなたと無意味な言い争いをした。 そして頭に血が上ったあなたは、私の穴だらけの理論を完膚なきまでにぶち壊した。 お見事でしたよ?」
もっと言うと、クレアの目的は桐生院に勝利だけに目を向けさせるようにしたと言っても良い。 そのおかげもあって、俺の明らかに見え透いたハッタリにも引っかかったのだ。
別に、それは示し合わせていたわけではない。 だけど、クレアはその場を作ったのだ。 良く知りもしない俺のことを信頼して、この場を作り上げた。
とんでもない奴だよ。 俺ですらこの流れにしようと考えたのは、クレアの狩人日記を見たときだ。 こいつの日記は全て、感情で動いていたんだ。 だが、もしもクレアがそれを全て見越して、俺と昼間に話したあの瞬間から見越していたのだとしたら……。
こいつは、とんでもない化け物だ。
「あ、ああああアアアアアアアアアッ!? 俺が、俺が負けたのかッ!? ふざけるな、ふざけるなよお前らッ!! 負けるわけがない、この俺が嵌められた……だと!?」
「見苦しいですねぇ。 だから言ったじゃないですか。 あなたの負けだと、詰んでいるんですって、教えてあげたじゃないですか」
「いつ、からだ。 いつからこれを考えていたッ!? そんなわけがない、俺が、俺がこんなにも無様な負け方をするだなんて……あり得ないんだよ!! 絶対に、絶っ対にありえねえんだよ!!」
俺に詰め寄り、俺の胸倉を掴み、桐生院は怒鳴りつけるように言う。 そんなこいつを見ながら俺は、答えた。
「決まってるだろ、最初からだ。 最初の最初、初歩の初歩、一番初めの一手で、お前の負けは決まっていた」
なんてな。 俺が気付いたのはさっきも考えたようにクレアの狩人日記を見たその瞬間だ。 クレアが本当に伝えたかったメッセージがそれにはしっかりと記してあって、だからこそ俺は、気付けた。
こと西園寺さんに関して言えば、恐らくその策までは頭になかっただろう。 それでも、俺を信用してくれた。 驚きはしたものの、信用してくれた。 けれど、俺がさっき話したときにほっとしたような顔付きをしていたことから考えるに、恐怖はあったのかもしれない。 だとしたら、やっぱり悪いことをしてしまったよ。 こうしてまた、俺の中で彼女に対する罪悪感は蓄積される。 少しずつ、ゆっくりと。
……もしかしたらいつか、俺も痛い目を見る日が来るのかもしれない。
「最初……だと? ふ、ふはは! 踊らされたのか、俺が。 は、あはははは……そうか、俺は負け……たのか」
「もう一度言っておきましょうか? チェックメイトです、桐生院」
「は、ははは! あーっはっはっは! 覚えてろよ、覚えてろよチクショウめッ!! いつか、絶対に食ってやる。 噛み殺してやるッ!! う、ぅぅウウウウウウウぁあああああああああ!!」
クレアのその言葉に、桐生院は崩れ落ちるようにその場にうずくまる。
……決着、だな。
仲間を見捨てようとした桐生院。 こいつが今までそうしてきたことが、最後にこうして「仲間だと思った奴に頼った」ことによって、崩れたんだ。 しっかりとそれを貫き通していれば、そうなることもなかっただろうに。 一瞬だけそれが見えなくなってしまったのが、こいつの敗因だ。
「全部、お前の考え通りか? クレア」
桐生院はもう何も言わない。 崩れ、負けを認めた。 長い長い悪夢のようなゲームも、これにて終わりだ。 そして俺は振り返り、尋ねる。 もしかしたら人狼よりも恐ろしい一人の少女に向けて。
「いえいえ、まさか。 たまたまですよ。 まぁ、成瀬の三文芝居をフォローするのには苦労しましたけど」
ひと言多いやつだな。 ほっといてくれっての……俺なりに結構頑張ったんだぞ。
「そうかよ。 けどクレア、一つ聞きたいことがあるんだ。 聞きたいことって言うよりかは、お前の本当の役職……正体についてだけど」
「……へぇ。 ふふ、面白いですが、何を言っているのか分かりませんねぇ」
口ではそう言うものの、クレアの表情はとても楽しそうだ。 まるでそれは、俺が西園寺さんやクレアに会ったときのように。 興味深いものが、目の前に現れたときのように。
「だったら勝手に言わせてもらう。 クレア、お前さ……俺たちと一緒だろ? あの男に連れてこられた人間だろ?」
「ふふ、ふふふ。 やっぱり何を言っているのか分かりませんねぇ。 ですがどうしてもと言うのなら、理由を教えてくださいです。 成瀬がそんなへんちくりんな結論に至った理由を」
「……理由か。 そうだな」
俺のやり方でそれは表しても良い。 だが、今この場でそれを伝えるとするならば……。
「なんとなくだよ、なんとなく」
今更な話だ。 クレアは恐らく、どの部分からその結論に至ったのか気付いているはず。 直感的な能力が高いクレアなら、そのくらいは容易にできて不思議ではない。 そう考えると、狩人って役職はクレアにはぴったりだな。
「……ふふ、やはり間違っていませんでしたね。 あなたの言うとおり、正解ですよ」
「そっか。 それじゃ、お疲れ様ってわけだな」
そうか。 やっぱり、そうなんだ。 こいつも俺たち同様、異常な現象に巻き込まれてしまった奴なのだ。 巻き込まれてしまった、被害者だと……俺はその一瞬、そう思った。 しかしこのクレアという奴はその遥か上を行くことを言い放ったのだ。
「いえ、最初の一回はそうですよ。 気付いたらここに居ました。 ですが、私はもうこのゲームをクリア済みですので。 だから言わば、好き好んで私はここに居るのです」
「……え?」
既に、クリア済みだって? いや、いやいや待てよ。 その言葉、真実だとするならば。
「人狼に食われるかもしれないのに、か?」
「ふふ、私から言わせて頂きますと、噛まれる人はそれなりの発言をしてしまっているんです。 吊られる人はそれなりの行動をしてしまっているんです。 そうされないように立ち回れば、全然楽しめますよ」
たったそれだけを信じて、こいつは敢えて脱出をしなかったのか? 何度も何度もこのゲームをクリアしたというのか?
「けど、人が死ぬのは嫌だって言ってたじゃないか。 それなら、なんで」
「単純なことです。 確かにそれは嫌ですけど、こうしてスリルを味わいたいという気持ちが上回っただけです。 こんな体験、中々できませんからね」
「は、はは……狂ってるな、お前」
「酷いです。 可愛らしい女子相手にデリカシーのない発言は慎みやがれです」
どこに可愛らしい女子がいるんだよとツッコミそうになったが、我慢。 別に気を遣ったわけじゃない、俺の身を案じてだ。 だって、こいつ馬鹿力なんだもん。 殴られたら絶対にただじゃ済まないって。
「あ、一応コツがあるんですが、聞きます? 何かの役に立つかも知れませんし」
「コツか。 一応、聞いておこうかな」
俺の言葉を聞くと、クレアはほぼ垂直な胸を叩いて言う。
「えっとですね、大事なのは空気です。 ぴりぴりした感じと、ひやひやした感じと、ゆらゆらした感じですね。 それで、ぴりぴりしたときは頑張れって思って、ひやひやしたときは頑張ろうって思って、ゆらゆらしているときはやったるぞー! って思うんです。 これでまず負けません」
「聞いた俺が馬鹿だった。 ていうか、それで今まで良く勝てたな……」
「ふふん。 聞いて驚け、です。 私の人狼ゲームでの勝率は十割です。 負けたことも引き分けたことも、ただの一度もありません」
マジかよ。 いくら思考ゲームだと言っても、さすがにある程度運にも左右されるんだぞ? なのにその勝率が十割だと?
「……詳しい戦績は?」
恐る恐る聞く俺。
「三百二十一戦三百二十一勝です。 今回ので三百二十二戦三百二十二勝です」
自信満々に答えるクレア。
……とんでもない化け物だ。 いくら俺が本気で取り組んでも、西園寺さんが本気で取り組んだとしても、そんな数字は絶対に叩き出せない。 それこそ、天文学的な確率でも引かない限りは。
「もう何も言わねぇ。 ちなみにさ、今回はどんな雰囲気だったんだ? 場の空気ってやつ」
「今回ですか? 今回はそうですね……ぐらぐらって感じです」
参考にならねぇ!! それにどのみち、することは「頑張れ」なんだろ? 馬鹿と天才は紙一重って本当だったんだな……。
「失礼なことを考えていますね」
「……さぁ、どうだろう?」
「一応言っておきます。 私の直感的なそれは、成瀬の考えているようなちんけなものではないです」
何を言ってるんだこいつ。 俺は最大限、こいつのその力を評価しているんだぞ。 俺や西園寺さんにはない、その力を。 なのに、それを否定するなんて。
「だから違うんです。 私のそれは、ほぼ未来予知なんです。 分かります?」
……未来予知、だと? いやいや、さすがに現実味がそれじゃあなさすぎる。 あり得ないと言っても良い。 だから、俺は言う。
「そんなの、誇張表現だろ?」
言ってから、俺は全身に鳥肌が立ったのを感じた。 何故かって、クレアが一瞬で理解できる方法でそれを見せつけたのだから。 俺の今の台詞をこいつは、まったく同じタイミングで口にしたのだ。
「ね? だから言ったじゃないですか。 成瀬が次に言う言葉くらいなら、空気と流れと雰囲気で分かるんですよ」
「……上等だ」
なんか、負けたくなくなってきた。 こんな挑戦的で舐められた態度を取られてしまったら、勝負するしかない。 今に見てろよ……。 要するに、俺が絶対に言わない台詞をここで言えば良いんだよな? クレアに予測されないような台詞を。 ならば簡単だ。
「良いか? 行くぞ?」
そんな初めの台詞にも、クレアは寸分のズレもなく合わせてくる。 なんだか自分を全て見透かされているようで気分が悪いなおい。 だけどな、次の言葉はさすがにお前でも真似はできないだろ。
「クレア、お前のことが好きだ」
はっきりと、目を見て言う俺。 そして、その言葉をクレアは――――――――――ひと言も、合わせることができなかった。
よし! よっしゃ! 勝った! どうだざまぁみろ! 俺の勝ちだ!!
「ごめんなさい、会ったばかりの人に告白されても困りますです」
……あれ? なんかおかしくね? そういう意味で俺は言ったんじゃないぞ? なんか、勘違いみたいになってないか? これ。
「いや、そうじゃなくて今のは勝負で……」
「振られたら話を逸らすんですか。 尚更あなたとは付き合えません。 ごめんなさい」
「いやだから!!」
「酷い人です。 駄目だと分かったらすぐにポイですか。 男の風上にも置けませんね」
なんだこれ!? なんだよこれ!? なんか俺、罠にかけられてないか!? クレアの奴、絶対に分かってやってるだろ!? 人生初めての告白がこんなところで消費されるのは嫌だぞ俺!?
「と、どうでも良い話はここまでにしましょう。 成瀬の彼女が怒ってますので」
そんなことを言い、クレアは踵を返して椅子に座る。 その振り返る一瞬に指さした先には、西園寺さん。 彼女じゃないんだけどな。
「……酷いよ成瀬くん。 わたしのことを放って、クレアちゃんと楽しそうにお話するんだもん」
「違うって! そういうのじゃなくて!」
どうやら騙したことを根に持っている様子だ。 そんなわけで不機嫌になった西園寺さんを宥めることに労力を割くことになる俺であった。




