六日目 村人会議 【1】
「遅かったじゃないか」
「悪い、ちょっと考えごとをしていてな」
屋代さんの死体がないことから考えるに、朝早い内にクレアがどうにかしてくれたのだろう。 こう言うのは屋代さんに失礼かもしれないけれど、さすがに死体がある中で話し合いをする気にもなれないから。 それは全員同じことを思っているはずだ。
とは言っても、何度同じことが起きても慣れないものだ。 心底、気分が悪い。
「あはは。 それは言い訳かい?」
「かもしれない」
少々楽しそうに、桐生院は言う。 その言葉の意味はもう、考えなくとも分かることだ。
今日の流れは恐らく、俺の立場をどう見るかということになる。 そして、ここで俺が殺されてしまえば今日の夜に一人噛まれ、明日の人数は三人。 人狼と狂人がいるであろうこの状況でのそれはすなわち、負け同然。 確実に落とせない日……ということだ。
「俺が疑われているのは分かってる。 でも言わせてもらうぞ、これは罠だって」
「そ、そんなわけないですよ……。 成瀬さんが人狼で、それがばれてしまうから占い師の屋代さんを噛むしかなかった……。 普通なら、そうじゃないですか……?」
体を震わせながら言うのは椿。 そもそもの話、こいつが今日この日まで生き延びていることが妙なのだ。 もう片方の霊能は殺されたというのに、こいつだけが当然のように生きている。 普通の流れなら、絶対にあり得ない。
「それも計算済みなんだろ。 それより昨日の結果を聞きたい。 念のためにな」
「け、結果ですか……。 え、えーっと、鮫島さんは……その……黒でした」
「ま、当然ですね。 逆にそこで白を出されたら、あなたを処刑していたところですし」
「ひ、ひぃ!」
腕組みをし、椿に向けてクレアは言う。 相変わらず、その腕にはウサギのぬいぐるみがしっかりと抱きしめられていた。 よほど、大事な物なのだろうか? 会ってからというもの、こいつは常にそれを持っていることから考えるに。
……ああ、また余計な思考だ。 今は、そんなことを考えている場合じゃない。
「わたしは、成瀬くんと同じ意見だよ。 これは罠だと思う。 わたしが狼さんだったら、同じことをしていたはずだから」
「なるほどなるほど。 まぁその可能性も捨てきれないね。 万が一、成瀬君が本当に潔白で本当に村人側なら、俺たちは窮地に追い込まれていることになる」
「ど、どういうことですか? 桐生院さん……」
「気付いていないのかい? パワープレイだよ。 今日の吊りは、狂人が生きていることも考えて行わなければならない。 確実に、人外を処刑しなければ明日でゲームオーバーだ」
そうだ。 だからこそ、外すわけにはいかない。 今日はとりあえずグレーを吊って、なんてことはできないのだ。 俺たちに残された余裕はない。 そしていつの間にか、こんな状況へと追いやられていた。
あり得ない。 俺なら、気付けたはずだ。 いや、そもそも俺じゃなくても気付けたはず。 なのに不自然なほど、誰も気にしなかった。
……まさかな。 あいつが、何かをしたってことか?
いや……考えるだけ無駄だ。 真実なんて分からないのだから考える必要もない。 今するべきことは、この状況をどうするかなのだ。 ならどうする? 答えはこう。 今日でこのゲームに決着を付ける。 隠れている人狼を引きずり出す。 それしかもう、生き残る術はない。
「ところでさ、俺としては桐生院さんのカミングアウトを聞きたいな。 昨日の最後の発言からして、何かあるんだろ?」
なんとかするために、考えよう。 俺が気付いた事実をどう使うか、どの場面でこの切り札を切るか。 そして、どう人狼を乗せるか。
「……そうだね。 もう隠す必要もないか。 とは言っても働きを見せられなかった以上、恥ずかしいんだけどね」
桐生院は座っていた椅子から立ち上がり、言う。
「カミングアウトだ。 俺が今回、狩人だった」
狩人……? この、タイミングでか? いや待て、それは余りにも変だ。 だって、それならどうして今日、屋代さんが死んでいる? ここで狩人のすることと言えば、占い師の護衛ではないのか?
「今日、屋代君を守らなかったのは言ってしまえば遊びだね。 確かに成瀬君の潔白を証明するにはそれしかない。 でもさ、それだと」
そして、桐生院は続ける。
「面白くないだろう? 折角の命を賭けたゲーム、楽しんでいかないと」
同じだ。
そのとき俺は、そう思ったんだ。 こいつは俺と同じだと。 今回のこれをゲームだと捉えていて、そして心のどこかで楽しんでいる。 それが全く、俺と同じなんだと。
「な、何を言ってるんですか? 桐生院さん、あなたのそれは明らかな人外カミングアウトじゃないですか! う、裏切ったんですか……僕たちを」
「そう思うかい? 椿君。 なら俺を吊れば良いよ、その先にあるのは村人側の負け、全滅だけどね」
確かに怪しい。 明らかに妙だし不自然すぎる。 けど、こいつが狩人だとすると……人狼から噛みづらいポジションに入ったのも納得がいってしまう。 会話に積極的に参加し、人狼に「もしかしたら狩人に護衛されているかも」と思わせるポジションだ。 人狼としては噛み失敗は避けたいところで、だからこそ、桐生院を噛むことができなかった。 万の一の可能性を考えて。
「聞き捨てなりませんね、桐生院。 残念ながら私にもカミングアウトがあるんですよ?」
そう言ったのは、クレア。 そして、宣言する役職は当然。
「狩人カミングアウト、です。 私も一度も護衛を成功できなかった身で言うのもあれなんですけどね。 ですが偽物が出てきた以上、宣言するしかありませんので」
ここに来て、狩人が二人。 つまりどちらかが偽物。 クレアの奴、さも何の役職にも付いていないような言い方をしておいてこれか。 同じグレーの奴が狩人をカミングアウトして、焦ったのか?
「……ほう」
明らかに見下した風に、桐生院はクレアを見てそう呟く。 対するクレアは怖気付くことなく、返す。
「そして、これで成瀬の潔白は証明できましたかね? 私とあなたのどちらかが偽物である以上、三人が疑わしい状況から二人が疑わしい状況になり、成瀬の白はかなり濃くなりましたし。 あれ、白なのに濃いって変ですか?」
「あはは、そうだね。 どうやらそのようだ。 まさか、対抗が出るなんて思いもしてなかったよ」
思わぬ助け舟により、俺の助かる道が多少広がったな……。 けれど、状況は大きく変わったわけではない。 あくまでも、今日の処刑を外せないということには変わりないんだ。
「あ、あのう……お二人が狩人さんなら、あるんですよね? 狩人日記」
手を挙げて、恐る恐る椿は言う。 そうだ、それがあったか。
……狩人日記。 狩人が夜の間に付ける日記だ。 その日の護衛対象と、護衛の理由を記しておく日記。 本物の狩人としての判断材料にもなる、貴重なもの。 人狼が狩人を騙っていた場合でもそれを付ける場合が殆どだけど、どういうものであれ、それは作られた日記に過ぎない。 偽りの記録で、騙すためのもの。 どこかしらに綻びは見えるはず。
「勿論、あるよ。 俺以外に狩人が出るとは思ってなかったから、出すことになるとは考えていなかったんだけどね。 けど対抗が出てしまった以上は仕方ない」
桐生院は言い、懐からメモ帳を取り出す。 そして、その内容を俺たちに見せる。
一日目、夜。 護衛先は鈴見羽実。 理由は黒出しの占い師だから。
今回は初日犠牲がないゲームだから、一日目の夜からのスタートだね。 彼女が本物ならば、ここをまずは抑えるべきだ。 なんにせよ、今日は人狼もグレーの中から選ぶだろう。 四人の占い師の中には人狼以外に、狂人が隠れている可能性も高い。 かと言って、十四分の一の可能性に賭けるよりも、安全策。
二日目、夜。 護衛先は屋代元。 理由は鈴見よりも頭が回りそうだったから。
占い師二人の真はほぼ確定と言って良いかな。 それは人狼も分かっていることだろうし、もしも占い師が噛まれたら厄介だ。 確実に勝つために、ここはやはり外せない。
三日目、夜。 護衛先は屋代元。 理由は前日と同じ。
人狼の動きが気になる。 違和感と言っても良いかな? 狂人だと分かっている有栖川弥音を噛んだ理由はなんだ? 邪魔だったから……だろうか? うーん、それに成瀬陽夢の動きも気になる。 彼は本当に共有者なのだろうか? それならば、人狼に噛まれても良いポジションになるけれど……。 護衛対象を彼に変えるべきか? いや、共有者の相方の行方が判明してからでも、遅くはないか。 まずは占い師を生かすこと。 それだけを考えよう。
四日目、夜。 護衛先は同上。
失敗をした。 まさか、ここで占い師の片方を噛んでくるとは。 場慣れしている……のか? 鮫島の様子からして、そして今日この段階でゲームが終わらないことを考えると、人狼はまだ生き残っている。
それに少しずつ、人狼の居場所が見えてきた気がする。 一番怪しいのは、クレア・ローランドという少女かな? どこか達観したような様子と、余裕に溢れている雰囲気。 それらが人狼だと告げているようだ。 でも、怪しさで言えば成瀬陽夢も変わりない。 そういえば今日の占い先は、成瀬陽夢だったか。 なら、ゲームを少し盛り上げようじゃないか。 面白い方に転がるように。
五日目、夜。 護衛先はクレア・ローランド。
これが俺なりの、盛り上げる方法。 だが、占い師をほぼ狙ってこないことを考えると……今日も、可能性はなくはない。 第一、人狼視点で狩人が生きている可能性なんて薄いはず。 なのに、占い師を噛まないところを考えると、奇策好きな人狼って感じかな? とにかく、今日は護衛を変える。 盛り上がるんじゃないかという期待と、もしかしたら護衛成功を出せるかもしれないという期待に賭けて。
「以上だよ。 屋代君の護衛を外した途端に噛まれるだなんて、俺も運がないね。 いや、運がないのは噛まれてしまった屋代君の方かな」
悪びれる様子もなく、桐生院はそう締めくくった。 一体誰の所為でこんな状況になっていると思っているんだ、こいつめ。
「次は私ですね」
クレアは言い、どこから取り出したのか、ひらひらした服に手を突っ込むと、メモ帳を取り出す。 服装や手に持っているぬいぐるみの趣味からは考えられないほどに、シンプルなメモ帳だ。
一日目、夜。 護衛先は西園寺夢花。 理由は同じ匂いがしたから。
同族嫌悪という言葉が日本にはあるようです。 でも、私は類は友を呼ぶの方が好き。 同族嫌悪は単純に考えれば仲間外れ。 類は友を呼ぶは仲間を集めること。 だから私は彼女を護衛する。
おいおい、なんて思う。 こんな適当な理由で良いのかよ。 桐生院のそれよりもよっぽど怪しいぞ。
二日目、夜。 護衛先は八代木葉。 理由は特になし。
小さい子は守らないと! それに、占い師が白を出したということは悪くて狂人ですし……。 小さくて可愛い子は正義なのです。
こいつ、駄目だ。 てっきり狩人ならば深い理由でもあるかと思ったのに、てんで駄目だ。 直感的すぎるだろさすがに!
しかし、三日目。 俺が何かを感じたのは、その三日目からの護衛先。
三日目、夜。 護衛先は成瀬陽夢。 理由は、信じると決めたから。
昼間、彼と話をしました。 そこで分かったこと、彼と言葉を交わして見えたこと、直感的に感じたこと。 私は信じる、彼のことを。
四日目、夜。 護衛先は成瀬陽夢。 理由は一緒。
揺るがない。 私の仕事は彼を守ること。 他の誰が死んでも構わない。 彼ならきっと、このゲームを最高のやり方で終わらせることができる。 例え私が死んでも、構わない。
五日目、夜。 護衛先は成瀬陽夢。 理由は一緒。
人が、死んでいく。 何人も何人も、死んでいく。 こればかりはどうにも慣れない。 沢山の死を見てきた私でも、慣れないんです。 でも、それは多分良いこと。 人の死に慣れてしまったその瞬間、その人もまた、死んでいることになるのだから。 慣れてしまったその瞬間、人は人ではなくなるから。 もう、それに慣れてしまいそうですけど。
「これが私の狩人日記です」
クレアの淡々とした様子と、綺麗な青い瞳。 俺はその瞬間に、こいつの正体に気付いたのだ。




