五日目 夜 ~ 六日目 朝
俺、か。
そんなことを考え、部屋のベットで横たわる。 長い長い夢も、後二日でどう転んでも決着が付く。 いや、恐らく……決着は明日にでも付くだろう。 屋代さんが俺の白を知らせ、そしてクレアか桐生院のどちらかを吊る。 人狼がこの二人の内、どちらかを噛んでくれれば残った方を吊る。 それ以外を噛んだ場合でも、桐生院とクレアの二人を吊り上げれば終わるはずだ。
……思えば沢山の人を殺してきた。 沢山の人の願いだとか希望だとか、そういった色々なものがたったの数日で潰えていった。 呆気なく、儚く。
あの人たちもみんな、生きていたのに。 人の死を悲しみ、嘆き、憤怒する。 そういう、当たり前の感情を持っていたのに。 それぞれに思いがあって、願いがあったはずなのに。 それを俺は消していったんだ。 俺がそうして殺した人たちの中には、確実にただの村人だった奴もいたはず。 なのにどうしてだろう? どうして、俺はこうも冷静でいられるんだ?
ああ、それはきっと、感情を失ってしまったからだ。 俺がこの状況に慣れてしまったからだ。 人が死ぬのをなんとも思わなく、なってしまったからだ。 そうするしか進む方法はなくて、そうするしか生きられる方法がなかったんだ、仕方ないだろ? なんて言っても、誰もそんなことは聞いていない。 俺が俺にする言い訳でしかない。
それに、想いがあったのは何も人間だけではない。 俺たちには俺たちの立場があるように、あいつら……人狼たちにも、立場があったに違いない。 あいつらはあくまでも、ルールに則っただけで。
夢島と鮫島。 彼女たちはただ、人狼役として選ばれたに過ぎないんだ。 それが当たり前だというルールの元に動いていたに過ぎないんだ。 そういう風に考えると、今回に限っては被害者しか存在しないんじゃないだろうか? だけど、知っている俺は別……か。 だったら加害者は俺だけなのかな。
「……くそ」
顔が熱い。 虫唾が走る。 こんな異常を巻き起こしたあの男に対してではなく、それを受け入れてしまっている俺に対して。 やっぱり俺は、強くなんかないな。
一体、あの番傘の男の目的はなんだ? 俺と西園寺さんをこんなことに巻き込み、何を企んでいる? それだけが全然分からない。 読めないんだ、あいつの考えが。 それは西園寺さんも同じことを言っていたし、恐らく俺じゃあ理解するのは無理だろう。
とにかく。
今は、明日に備えるべき。 明日になれば俺が潔白だと証明されて、後は思い切った発言もすることができる。 そうなれば勝ちの目も大分目の前だ。 大丈夫、心配するようなことはないはず。
「……あ、れ」
どんどんと落ちていく思考の中、俺は一つの可能性を見つけた。 否、見つけてしまった。
これは、失敗だったか? すっかり会話のペースに飲まれて忘れていたが、大前提のルールが一つあったじゃないか。
人狼は夜の時間に一人を指定し、食うことができると。 そして今夜、食われる対象はまさか。
夢を見た。 昔の夢。
小学生……だっただろうか? 俺は一度、入院していたことがあったんだ。
理由はそんな大きなものではなく、ただの交通事故。 曲がってきた車に巻き込まれるように、俺は轢かれたことがある。 とは言っても大きな怪我もなく、念のための入院といったものだけども。
「陽夢! 陽夢大丈夫!?」
「だから大丈夫だって! さっきから何回も言ってるじゃん!」
母さんは俺のことを心配して、大慌てで病室へとやってきたんだ。 俺が何度も平気だと言っているのに、慌てふためいて、最後には看護師に取り押さえられる始末だったっけ。
あー、今思い出しても恥ずかしいなアレ。 その所為であの病院には行けなくなったんだよな。 今でも俺だけではなく家族で避けてる病院だ。 母さんは「ドンマイドンマイ」とか言っていたのが心底ムカつくな。
「何かあったらすぐ電話するのよ!? 救急車呼ぶから!!」
「いやだからここ病院だし……」
小学生のときの俺から見ても笑えるくらいに母さんは慌てていた。 今となっては笑い話でしかないと思うけど、もしかしたら母さんの過保護はそこから来ているのかもしれない。 当時の俺はうるさいなくらいのことしか考えていなかったけれど、今なら少し、違う気持ちも湧いてくるかな。
「……はぁ」
そして母さんが連れて行かれ、静かになった病室で俺はため息。 もう二度と事故に巻き込まれないようにしよう、だなんて考えていたときだった。
「お母さん、あなたのことが好きなんだね」
カーテンで仕切られた隣のベッドから、そんな声が聞こえてきた。
「びっくりした……聞いてたの? 迷惑なだけだよ。 俺、全然大丈夫なのにさぁ」
「わたしのお母さんが言ってたよ? 親はいつでも子供の心配をするものだーって」
声からして、俺と同年代くらいの女子のものかと思われる。 でもどこか、大人びた落ち着きを持っている声だったっけ。
「そんなもんかなー?」
「そんなものだよー」
そこで一旦、会話は途切れた。 でも不思議とその沈黙は嫌なものではなくて、心地良いものだったんだ。 そのときの俺は今みたいに捻くれてなくて、静かなのは好きじゃなかったのに、どうしてかその沈黙は好きになれそうだったのを覚えている。
「なあなあ、カーテン開けても良いか?」
「えー、どうしようかな?」
「ちぇ。 あ、そうだ! へへ、人と話すときは相手の目を見て話せーって、俺の父さんが良く言ってるんだぜー」
仕返しとばかりに俺は言う。 小さい頃から、頭の回転は早いと言われていたから。 今思えば、ただの生意気なクソガキだ。
「うーん……。 分かったよ、開けて良いよ」
「おう!」
そんな会話をして、俺はカーテンを開けたんだ。 こんな幼い頃から女子に対するマナーを会得している辺り、この頃の俺を褒めてあげたいね。
……ああ、事実は上の妹がその時期、なんだか女子っぽく振る舞う所為で、取り扱い方を覚えただけなんだけどな。
「初めまして」
その女子は丁寧に頭を下げて、挨拶をした。 顔は……あれ?
変だ。 俺はてっきり覚えていたと思ってたのに、思い出せない。 まるでそこだけくり抜かれたかのように、真っ白だ。 輪郭さえ、全く思い出せない。 ぼやけているとかそういう感じではなく、真っ白。 首から上が何も思い出せない。
「おう! 俺は成瀬って言うんだ。 成瀬陽夢! よろしく!」
「あはは、元気良いんだね。 わたしは米良。 米良明麻って言う名前です」
……そう。 名前は確か、そう言っていた。 珍しい名前だったから、それはしっかり覚えている……気がする。 駄目だ、あまり自信はない。
「ふうん。 珍しい苗字と名前なんだな」
「うん、そうなんだ」
ええっと、確かこんな会話だった気がする。 何しろもう何年も前の話だ。 鮮明に覚えている方が凄いだろ。
「それで、米良はどうして病院に居るの?」
「えーっとね、わたし、ちょっと体が悪いみたいなの。 今度、手術なんだー」
ほんわかとした感じで、米良はそう言ったんだ。 まるで何も怖くないかのように。 この世に怖いものなんて存在しないような、そんな言い方だった。
「怖くないのかよ? 手術ってあれだろー? なんか、ナイフとかで体を切ってってやつ」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だよ。 手術は寝ている間に終わるって、お医者さんもお母さんも言ってたから」
「うっそだぁ! ぜってー痛いって! だってお腹とか切るんだぞ!? 痛くないわけないじゃん! それに失敗したら死ぬかもしれないのに!」
「……だ、大丈夫だよ。 もしも死んじゃっても、人の心にはいつまでも残るって、お母さんが教えてくれたもん」
その言葉は、今思い出した。 死んだらそれで終わりだと思っていた当時の俺は、その言葉の意味が全然分からなかったんだっけ。 今になって分かるけど、こんな状況だから分かるけど。
その言葉こそが、もしかしたら真意なのかもしれない。 死んでも、人は生き続ける。 関わった全ての人に忘れられない限り。
「だってさ、手を切ったりしたら痛いだろ? それよりももっと深く切るんだから、痛くないわけねーって!」
「え、え……。 で、でもお父さんも言ってたし……」
「嘘嘘! 騙されてるだけだって!」
「う……嘘じゃないもん。 本当に、大丈夫だもん……う、うう」
子供の頃の俺殴りてぇ! 手術を控えた奴に何言ってんの!? デリカシーというか、そもそも常識なさすぎだろ!? あーくそ、こんなことはしっかり覚えていやがる。 こっちの方を忘れたかったよ、俺は。
「う、うう……! だいじょうぶだもん! うわぁあああん!」
そして、泣き出す米良。 無論、俺が看護婦にこっぴどく叱られたのは言うまでもないことだ。
それから数日が経って、米良が言っていた手術の日がやってきた。 あの日以来、米良とは全く話していない。 病室は変わらず一緒だったけど、泣かせてしまったことと、謝りたくても小学生の変なプライドがそれを許さなくて。 恥ずかしさとか、照れ臭さとか、それと意地があったんだと思う。 素直に謝ればそれで終わる話なのに、それがうまくできないから、子供なんだ。
「陽夢、ほら、帰るわよ」
そして、丁度その日が俺の退院日だったんだ。 米良の手術は午後からで、母親が迎えに来たのは午前の内で。
「ん、あ、うん」
持ち込んだ漫画やらを鞄に入れて、病室を出て。 カーテンで仕切られたベッドを横目で見て。 それでも俺は、何も言えないで。
そのまま、もう会うことはないんだなって。 そんな風に思いながら、病院から俺は出て行く。 空はこれでもかというほどに、晴れていたのが記憶に焼き付いていた。 そして、母親の車に乗ろうとしたときだ。
「なーるーせーくーんー! 悪いことをしたら謝らないと駄目だって、お母さんが言ってたんだよー!」
病院の二階。 俺が入院していた病室の窓から、米良が突然にそんなことを大声で言い出したんだ。 このときは本当に驚いたよ。 お前本当に体が悪いのかってツッコミをしたくなるほどさ。 それと同じくらい、俺と米良の間に出来てしまった壁を呆気なく壊したこいつを凄いと思ったんだ。 俺とは違うなって、そう思ったんだ。
「……」
「なーるーせーくーんー!」
「あー!! 分かったよ!! 悪かったごめん!! これで良いかー!?」
「えへへ、うん! また会おうねー!」
本当に短い間だったけど、その出来事は今でも覚えている。 普通だったら、そこまでしようとは思わないだろ? 仮にも俺は米良に酷いことを言ったのに、また会おうだなんて。
それは少なくとも、小学生のときの俺でも、凄い奴も居るんだなって思うくらいには印象的なことだったんだ。
まぁ、それでも。
それ以来、この少女と会うことは、再会を果たすことは、現段階ではできていないんだけれど。
『六日目の朝となりました。 屋代元さまが無残な姿で発見されました』
しまった。
失敗だ。 この状況は正直に言って、マズイ。 会話の流れに流されるまま、昨日の占い先を俺に指定させてしまった。 そして俺を占うことを周知させたその日に、屋代さんが殺された。
これじゃあまるで、俺が占い結果を伏せるために屋代さんを噛んだかのようではないか。 いや、俺が違う立場だったとして、今の俺を見たら……間違いなく、疑っている。 最早、その疑念を避けるのは不可能。 どうする? どうすれば、この問題をなくせる?
「成瀬くんっ!」
「……西園寺さん」
廊下に出ると同時、西園寺さんが駆け寄って来た。 西園寺さんも今の状況がどれだけマズイのかは分かっているはず。 つまり、俺のことを心配してくれているのだろう。
「どうしよう。 やっぱり今日、私が共有者だってことを……」
「いや、それは止めた方が良い。 言うにしても今更すぎるし、人狼を炙り出すためにも、俺のポジションは重要なんだ」
「で、でもそれだと成瀬くんが……」
西園寺さんは、目に涙を浮かべていた。 俺にもこうして、心配してくれる友達が出来たのは嬉しいよ。 そこまで人に心配されたのは、家族を除けば初めてかもしれない。
「死ぬ、かな。 最悪、そうなるかもしれない。 でも、大丈夫だよ」
「……死ぬのに、怖くないの?」
「思い出したんだ。 昔会ったことがある女子が、言ってたんだよ。 もしも死んでも、人の心に残るから怖くないって」
いつまでも、想い出としてそれは残る。 あるときは呪縛のように、けれどあるときは、綺麗なものとして。
「それって……」
「だから西園寺さん。 もしも俺が死んだら、西園寺さんは生きてくれ。 それでこう言うのはなんだか恥ずかしいけど……俺のこと、覚えていてくれたら嬉しい」
まるで遺言だな、なんて思って笑えてくる。 だってよ、俺ってまだ十五歳だぞ? 高校一年で人生これからだってのに、こんな変なことに巻き込まれて、死ぬかもしれないだなんて。 それがもう、目前まで迫っているだなんて。 笑わずにはいられないって、さすがに。
あーあ、こんなんだったら、もっと思いっきり生きておくべきだったかな。 やりたいことやって、最高に楽しんで、悔いのないように生きておくべきだったかな。
ま、今更言っても仕方ない。 そろそろ腹を決めようか。
「嫌だよ! わたし、成瀬くんが居ないと嫌だよ! もしも成瀬くんが死んだら、忘れちゃうもん! 忘れるから! だからお願いします、成瀬くん、諦めないで……」
忘れちゃうもんって。 そんな様子で言われても、絶対忘れそうにないじゃないか。 なのにそんなことを言うなんて。 ほんっと、面白いなぁ、西園寺さん。
「成瀬くんなら大丈夫だよ。 成瀬くん、思い出して。 会話を全部、しっかりと。 ヒントはちゃんとあるはずだから。 わたしじゃ分からないけど、成瀬くんなら分かるはずなんだよ」
「良く自信満々で言えたなそれ……。 西園寺さん自身で分かってないのに」
「……えへへ、だって、成瀬くんは凄いんだもん。 わたしは、成瀬くんのことを信じてるよ? しっかりと答えを見つけてくれるって」
にっこりと、笑顔で西園寺さんは言う。
……久し振りに見たな、西園寺さんの笑顔。 けど、その瞬間に色々なことに踏ん切りが付いた。
可能性は限りなく低いけど、失敗の道は馬鹿らしくなるほどあるけど。
最後の最後、俺のためではなくて西園寺さんのために。
少し、やってみるか。
「……分かった。 やれるだけやる。 少し一人で考えるから、先に行っててくれ」
「うん。 ロビーで待ってるね」
そう言い残し、西園寺さんは歩いていく。 その後ろ姿を見て、俺はゆっくりと目を閉じた。
さてと、やるか。 まずは西園寺さんの助言通り、会話を思い出すところから。 一日目から今日に至るまでの会話を全て思い出せ。
俺と、西園寺さん。
矢郷矢取、鈴見羽実、屋代元、八代木葉、有栖川弥生、有栖川弥音、桐生院庄司、鮫島憐、椿薫、夢島夢子、クレア・ローランド、加賀共恵、加賀研二。
十五人全員の言葉と会話を思い出せ。 確実に、答えに結びつくものを見つけるんだ。 一言一句、何気ないものから重要なものまで。 全てを思い出し、全てを見ろ。
集合時間まで、あまり時間は残されていない。 必死になれ。 考えろ。 思考回路を焼き切るほどに使え。 集中しろ。 一人一人の言葉、一人一人の思惑、一人一人の思考を読むんだ。
何故、どうして、原因は、理由は、真実は……どこか。 今までの流れと、会話。 そして、こうなった切っ掛け。 誰が死んで、誰が生きて、誰が喜んで、誰が泣いて、誰が怒って誰が笑った。
「……」
やがて、何かがはまる音が聞こえた。 耳の奥、頭の奥で。
一つのピースを見つければ、後は芋づる式だ。 それはまるで、元ある形に物が戻るかのように、俺の頭の中で組み込まれる。
「……よし」
考えが正しければ、人狼はあいつだ。 そしてそう考えると、この状況になった原因にも納得がいく。 まずは、様子見。 ここからは全てを騙していこう。 ありとあらゆるものを偽っていこう。 生き延びるために、このゲームを終わらせるために。 騙しの物語は、幕を開ける。
これで駄目なら、俺の力が足りなかったと言うことだ。 まぁ、情けなくても最後まで足掻いてやろう。 折角、本来の課題である妖狐の居場所はとっくに見つけてあるんだからな。
俺が生き延びて、帰るんだ。 俺と西園寺さんの日常に。 全ての奴を騙してやろう。




