二日目 昼夜
「こんにちは。 すいません、少しお二人とお話がしたかったんです。 共有者さんのお二人と」
微笑むように笑って、有栖川姉は俺と西園寺さんが座っていた対面に腰をかける。 朝の会議から落ち着いたのか、取り乱している様子はなく、とても落ち着いているように見えた。 栗色の髪を指でとき、正面から俺と西園寺さんを見るその顔には、迷いが感じられない。
……明日の処刑先はこの人だというのに、そんな事実は微塵も感じさせないな。 自分の死が目前だというのに、この人は強い。
「ゲーム内の話は休憩時間中はなし。 そういうルールになってたと思うけど、有栖川さん。 それに残念ながら、俺の相方は西園寺さんじゃない」
俺が言うと、有栖川姉は「そうですね」と言い、太陽に手をかざす。 屋外テラスであるこの場所は、日の光が気持ち良い。 例えそれが夢の中の出来事でも、リアルな感覚は俺を包み込む。
「それで、お話ってなんですか? 弥音さんにとって、わたしたちは」
「殺したい存在」
そう言われても無理はないなと思った。 でも、有栖川姉は笑って言う。
「……ではないですよ。 私、今はとても安心しているんです」
その表情はとても清々しいもので、俺たちのことを恨んでいるようには全く感じられない。 何か、憑き物が取れたかのような……そんな顔だった。
「安心ね。 それは狂っているからか? 弥音さん」
「成瀬くんっ!」
挑発するように言う俺を西園寺さんが静止する。 分かっているさ、俺も酷いことを言っているってことくらい。 けど、今目の前に居るのは村人全員を殺そうとしている人狼側の奴なんだ。 それに、俺は嫌だったんだ。 そんな表情をしている弥音さんが嫌で嫌で仕方なかったんだ。 どうせなら、夢島のように恨んで欲しかった。 その方が断然、楽だから。
「あはは、そうかもですね。 私は本当に、狂っている。 心の底から狂っているんです。 それはもう、多分生まれた瞬間から」
言いながら、弥音さんは遠い目をしていた。 自分の正体がバレたというのに、この人はどうしてここまで落ち着いていられる? どうして、罠を仕掛けた張本人である俺を恨まない?
「しっかりと聞かせて欲しいな。 どうして出てくる言葉が「安心」って言葉なのか。 何故、俺を恨まない? 俺はあんたを追い詰めたんだぞ」
その気持ちは、俺には分からない。 きっと西園寺さんにだって分からないだろう。 いつだったか、西園寺さんは「話して触れ合って、それで気持ちが伝わってくるんだよ」と俺に説いたこともあったっけか。 その言葉の意味は、こういうときがあるからなんだな。 見ているだけじゃ、一生分からないことだってあるんだ。
「ようやく、私も死ねるからです。 でも、良かった……人狼に噛まれるなんて、痛そうだったから。 自分が死ぬ瞬間が分かるというのも、それはそれで楽ですね。 それに、これでようやく私の本音も消すことができる」
「本音……ですか?」
首を傾げて西園寺さんは尋ねる。 その言葉に、弥音さんは笑いながらこう返した。
「そうです。 ずっと、ずっとずっと私は弥生ちゃんに嘘を吐いてました。 唯一の家族である弥生ちゃんを騙していたんです」
弥生……ってのは、あのヤンキーのことか。 酷く正反対な姉弟だとは思ったが……嘘ってのは、何だろう。
「何を言っているんだ。 そんな顔ですね。 成瀬さん、西園寺さん。 私の言葉を聞いて下さい」
俺も西園寺さんも、弥音さんの言葉に頷いた。 そして、弥音さんはゆっくりと口を開く。
「……私、弥生ちゃんのことが好きなんです」
弥音さんから放たれた言葉は、そんな狂った言葉。 だけど、俺はそれをそうは思いたくなかった。 何故か、と問われれば答えることはできない。 俺の考えが、俺自身でも分からなかったから。
「……え? えっと……それって、家族として、ですよね?」
西園寺さんが尋ねるも、その質問に弥音さんは首を振って否定する。
やはり、そういうこと……か。
「いつからだったか、好きになってしまっていたんです。 あんな風にいつも暴力的な弟ですけど、二人っきりのときは優しいんですよ」
これは、作られた物だ。 作られた人物だ。 あの番傘の男によって、作られた奴らなんだ。 なのに、それは分かっているはずだったのに。
優しそうに笑いながら言う弥音さんの姿を見ていたら、そんなことは思えなくなっていた。
……人間だ。 一人一人、人間なんだ。 この人たちは。
「やっぱり気持ち悪いですよね。 でも、好きになってしまったものは仕方なかった。 こんな気持ち、殺してしまいたかった……だけど殺してしまったら、弥生ちゃんも一緒に消えてしまいそうで……だったら、私自身が死ぬのもありだと思うんです。 そうすれば、私も弥生ちゃんも傷付かないで済みますから」
「だから、安心しているってことなのか? 自分が死んで、その弟に対する気持ちを殺せるから」
「ええ、そうです」
それが正しい気持ちなのか、悪い気持ちなのか、判断はできない。 少なくとも人の気持ちなんてまともに考えないような俺では、判断しては駄目だ。 西園寺さんが言うところの「人を騙してゲラゲラ笑っている」ような俺ではな。
「駄目です」
少しの沈黙が訪れたあと、口を開いたのは西園寺さんだった。 力強く弥音さんのことを見て、力強く言葉を紡ぐ。
「確かに間違っています。 叶ってはいけない想いです。 でも、その想いを伝えては駄目だなんて、誰にも言えません。 弥音さん、わたしは」
笑顔で、西園寺さんは言う。 西園寺さんが感じた、西園寺さんの気持ちを。
「一人が一人を想うことは、素敵なことだとわたしは思いますよ」
……まったく迷いがないな。 本当にこれだから、西園寺さんは底が計り知れない。 その真剣さと純粋さは、誰も持てないものだ。 西園寺さんにしか持てない、綺麗なものだ。
「そう言ってくれる人に出会えたことが、私の人生で一番素敵なことだったかもしれない。 ありがとうございます、成瀬さんと西園寺さん」
言って、深々と頭を下げる弥音さん。 その姿からは、狂人だという雰囲気は微塵も感じられない。 ただの、人間。 そういう役回りになってしまった、人間。
「私、想いを伝えてみます。 明日の処刑の前に、しっかりと気持ちを伝えます。 せめて死ぬ前にそのくらいのワガママは許されますよね?」
「……ああ、勿論」
俺の言葉に弥音さんは笑って、再び頭を下げて帰っていく。
俺が追い詰めたというのに、俺の所為であの人は死ぬことになるというのに、どうしてああも笑っていられるのだろう。
多分、そんな気持ちは俺に一生理解することはできないんだろうな。
『二日目の夜時間となりました。 投票先をお選びください』
ロビーへ戻ると同時に、そんなアナウンスが聞こえてくる。 昨日と同じように現れたパネルとボタン。 そしてその周辺から若干離れた距離に固まっている集団。
「予定通りで行こう。 今日の処刑は夢島君だ。 占い師たちは適当に狐が出そうなところ、後は怪しいところを占ってくれ」
投票時間の前に桐生院はそう言っていた。 無論、俺や西園寺さんがここで投票先をずらすことはない。 人狼でさえ、票は集めてくるだろう。 だから問題は、明日だ。 明日からは占い師が自由に動ける。 その結果を見て、話し合っていくしかない。
パネルへと最初に足を運ぶのは桐生院。 そしてそれに習うように、俺たちは次々と投票を終える。 順番に投票を終えて、最後に俺が投票を終えて。 画面に、結果が表示される。
成瀬陽夢→夢島夢子。
西園寺夢花→夢島夢子。
矢郷矢取→夢島夢子。
鈴見羽実→夢島夢子。
屋代元→夢島夢子。
八代木葉→夢島夢子。
有栖川弥生→夢島夢子。
有栖川弥音→鈴見羽実。
桐生院庄司→夢島夢子。
鮫島憐→夢島夢子。
椿薫→夢島夢子。
夢島夢子→成瀬陽夢。
クレア・ローランド→夢島夢子。
結果。 夢島夢子さまが十一票となりましたので処刑です。 お疲れ様でした。
ロビーには一つ、でかい扉がある。
そこにはでかでかと『処刑ルーム』と書かれているだけだ。 昨日はここに加賀共恵さんが入っていき、そして今日は。
「……恨むぞ、恨むぞ成瀬ッ!! お前の所為で俺は死ぬッ!! 一生恨んで忘れねぇえええぞ!! てめぇのツラと声、しっかり覚えたから覚悟しとけよクソ野郎ッ!! あぁ……アぁあああああああアアアア!!!!」
そんな言葉を怒鳴り散らしながら言う夢島の姿から、俺は目を逸らさない。
例え狼だったとしても、村人を襲っていた人外だったとしても。
今は一人の、人間なのだから。 多数決によって少数を殺す。 ひょっとしたらそれは、その行為はもう。
人のすることでは、ないのかもしれない。
「……成瀬くん、大丈夫だよ。 大丈夫だから、ね?」
「ああ……そうだな」
西園寺さんは俺の手をしっかりと握り、そうやって声をかけてくれる。 それだけで充分に、心が安らぐというものだ。
「わたしたちは、ヒーローじゃないんだ。 結局、誰かを貶めて上を目指す人間なんだよ。 忘れようとは言わない、思い出すななんて言わない。 けどね、成瀬くん」
そのひと言ひと言は、心地良いもので、疲れがまるでなくなるようで、そして、安心できる言葉だった。
「約束、なんだよ。 わたしは成瀬くんのこと信じているから。 成瀬くんが「大丈夫だ」ってわたしに言ってくれたように、わたしも同じように言うしかないから」
「だから大丈夫だよ、成瀬くん」
決して、俺たちがしたことを正当化するわけでもなく、西園寺さんは受け止めながらも前に進む方法を知っている。 創りだされた命だと否定もせず、夢の中だと言い訳をすることもせず、真っ直ぐにひたむきに、いつだって西園寺さんはそうなんだ。
「……ありがとう、西園寺さん」
それで俺がどれだけ救われているかだなんて、言葉で言い表せるわけはない。 どんなに長い言葉で伝えても、それはきっと伝わらない。
だから、俺は精々行動で示すまでだ。 俺は大丈夫だと、前を向いて歩いていると、しっかりと行動で示すまで。 それが俺のできる精一杯の伝え方だ。
「……よし」
部屋に戻り、真っ先に目に入ってきたのはノート。 俺がここへ来て、一番最初に見たノート。 またしてもあの番傘の男の仕業と気付く切っ掛けとなったノートだ。
そこに俺はメモを起こしており、考えなどをまとめている。 分かりやすく理解するためにも、書き起こす作業は結構重要だったりするんだ。
そんなメモに、俺は目を通す。
一日目、役職カミングアウトは占い師のみ。
鈴見羽実、屋代元、夢島夢子。 もっとも怪しいのは夢島ってところか? うまいことあいつが罠にかかってくれれば楽なのだが。 まぁさすがにそこまで馬鹿ではないだろう。
それぞれの占い結果は……。
屋代が八代木葉に白出し。
鈴見が夢島夢子へ黒出し。
夢島が有栖川弥生に白出し。
俺はここだけの話、占い師ではないから除外だ。 そしてこれらの結果から考えられること。 人外が一人以上含まれているのは確定だ。 俺以外の三人が全員人外だとはさすがに考えづらいから、多くても二人、一番可能性があるのは一人の場合だが……。
そして、その一人を炙り出すことができれば一気に有利になる。 占い師の真が限りなく濃厚になり、その占い師が二人生存だ。 この形に持っていくことができれば、勝ちは決まったようなもの。 目指すべきはその形。 その後はグレー部分を占ってもらい、残りの狼を引きずり出す。 だが……いまいち、引っかかる。 これだとあまりにも簡単すぎではないだろうか? あの男の仕掛けた『課題』がそうも簡単にクリアできるものなのか? まぁ、妖狐を探すという条件ではあるが。
……それに、気になる奴が一人居る。 桐生院という男も相当に頭が回る奴に思えるが、それよりもあのクレア・ローランドという奴だ。 的確な指示と、人の表情を見抜く洞察力。 あいつには警戒をしておいた方が良い。 もしも敵の場合なら、早急に排除が望ましいだろう。
とにかく、勝負は明日。 俺の張った罠にかかれば良いが。
二日目。
占い師は三人。
屋代元。 初日は八代木葉に白。 二日目は夢島夢子へ黒。
鈴見羽実。 初日は夢島夢子に黒。 二日目は屋代元に白。
夢島夢子。 初日は有栖川弥生に白。 二日目は俺に黒。
夢島の人外が確定した。 俺に黒を出すとは、相当感情で動くタイプと思われる。 しかし、予想外だったのは有栖川姉の行動だ。 俺は未だにあの行動の意味を図り兼ねている。 有栖川姉は、その行動の意味を昼間に俺と西園寺さんで話したときはああ言っていたが……真偽は不明だ。 けど、あの人が抱いていた想いは本物だと思う。 あの人が俺と西園寺さんに打ち明けたときの顔は、西園寺さんが俺に真剣に気持ちをぶつけるときの顔とそっくりだったから。 追い詰めた側である俺が言える義理ではないかもしれないが、ここに記しておくくらいなら良いだろう。
届くと良いな、その想い。
明日の処刑まで、時間はまだある。 それまでにしっかりと伝えられるだろう。 西園寺さんが言っていたように、一人が一人を想うことは悪いことではない。 俺も今ならそう思える。
さて、問題は妖狐探しの方だが……。 こちらは進展なし、そして同時に問題もない。 俺たちの勝利については、問題はなさそうだ。 西園寺さんが良い場面で牽引してくれるし、俺も確定白が周知されたことによって相当動きやすくなった。 しかし、そこで出てくる問題は俺が襲撃されるリスクということだ。 さすがに狩人がまだ生きていたとしても、確定白というだけの俺を護衛はしないだろう。 占い師のどちらか……より本物と見える屋代さん辺りを護衛しているだろうな。
もしかしたら、これを書くのも最後かもしれない。 そう思うと、色々思うこともある。 誰にも見られないこういう形でからこそ書けることでも書いておこうかな……。
そうだな、本人に聞いてもきっと、答えてくれないことを書いてみよう。
西園寺さんは、俺がもしも死んだら泣いてくれるのだろうか? なんて。
そして、朝が来る。
何事もなく朝を迎えられたことをこれほどまで嬉しく感じるのは、今までにない経験だ。 貴重な経験だけど、二度は体験したくはない。
前日とは違い、少し早めに起きていた俺はその日のアナウンスで起きることはなかった。
だが、その所為でアナウンスの内容をしっかりと聞いてしまったのだ。
『三日目の朝になりました。 有栖川弥音さんが無残な姿で発見されました』




