一日目 昼
「良い天気だね、成瀬くん」
「だなぁ」
砂浜を歩く俺たち。 今日は天気も良く、風も気持ちが良い。 一つ文句があるとするならば、これが夢だということだけだ。
あれから、眼鏡の男……名前は確か桐生院と言ったか。 あいつの「会議までは自由行動にしよう」との提案で、流れのままにそうなっている。 本来ならば朝から夕方まで設けられている会議の時間だが、さすがに状況や体調、そしてそれぞれが心を整理する時間と称して、桐生院が気を利かせた形だな。 果たしてそれが正解か不正解かは分からないけども。
「西園寺さんはさ、割り切れるか?」
海の方を見ながら横を歩く西園寺さんへ向け、俺は問う。 西園寺さんは俺の言葉に目を細め、海を見ていた顔を若干下へと向けながら、返事をした。
「……無理だと思うな。 多分」
俺が聞いたのは、自分たちが勝つために他者を貶めることができるか、という問い。 それに対して、西園寺さんは俺の予想通りの返事。 そう思うのは当然だし、当たり前。 しかし、それでも。
「けど、やらないと駄目だ。 村人陣営か妖狐陣営が勝って、そのときに俺たちが妖狐の正体に気付いてなければこのゲームは終わらない。 それに、そのチャンスは一回だけだ」
「それだけじゃないよ。 下手をしたら、成瀬くんが死んじゃう……。 わたしは、それが一番嫌なの」
俺より少しだけ先を歩いていた西園寺さんは、そう言って振り返る。 そして俺は西園寺さんの顔を見て、少しだけ自分のしたことを後悔した。 もう少しだけ考えてから言えば良かったかなってな。
だって、西園寺さんは泣いていたんだ。
「……俺なら大丈夫。 ちゃんとした策もある」
「本当に?」
「本当だ。 そんな気休めだけは言わない」
西園寺さんの目を見ながら、俺は真っ直ぐに言う。 いつも、西園寺さんが俺に真剣な話をするときに、そうするみたいに。
「……うん。 信じてる、成瀬くんのこと。 けど、その成瀬くんが言う策をしっかりと聞いておきたいよ」
「ああ」
俺も軽薄な行動は少し控えた方が良いかもな。 あの男との問答で、ついつい踏み込み過ぎたのかもしれない。 俺はもう一人ではなく、西園寺さんが横に立ってくれているのだから。
「まずその前に、役職ってのを説明するよ。 人狼ゲームで、今回のゲームで配置されている役職だ」
「うん。 えっと、確か狼さんが三人、占い師さんが二人。 霊能力者さんが一人。 狩人さんが一人。 狂人さんが三人。 村人さんが四人……だったよね?」
「そ。 んで、それに狐一匹を加えて、十五人。 色んな人が居て、色んな役職があるんだ」
「えへへ、そうだね」
嬉しそうにしないで欲しいな……。 そんな良く知りもしない人たちの中で、俺は何も能力を持っていないってのに。 何かの能力を備えていたらやりやすかったけど、何の能力もない村人だ。 イージーモードと言えど、その辛さは変わらない。
「えーっと、まずは基本的なルールから。 このゲームは基本的に、一日ずつ進んで行くんだ。 今こうやって俺と西園寺さんが話している時間が、昼時間。 さっき起きてみんなで顔を合わせたときが朝時間。 んで、人狼が人を襲う夜時間。 基本的にこの三つに区切られる」
俺は指を三本立て、西園寺さんに見せる。 西園寺さんはそれを見ると「なるほどなるほど」と相槌を打っていた。 相変わらず、西園寺さん相手だと話しやすいな。
説明として、具体的に言えば朝時間と昼時間は一緒のようなものだけど。 だがまぁ、今回はこうやって会議までに大きな時間が空くこととなっているし、分けて説明した方が良いだろう。
「そのお昼の時間で、その日の怪しい人を投票で決めるって感じ……で合ってるよね?」
「そうそう。 なんだ、調べてきたの?」
「お部屋にルールブックがあったから、少しだけ。 それよりもわたし、成瀬くんのことが心配で心配で……眠れなかったの。 だから、せめて役に立とうって思って」
ううむ……。 蓄積されていく罪悪感だ。 俺ももうちょっと、西園寺さんという人の心情を汲み取れるようになりたいな。
「心配要らないって。 それで西園寺さんが理解している役職って、どこまでだっけ」
俺と西園寺さんは会話をしながら、砂浜にあった手頃な岩へと腰をかける。 見渡す限りの海が、俺たちが今とんでもない空間に居ることを嫌でも実感させるような、そんな光景にも見えてしまう。 普段ならば素直に綺麗な光景だと思いそうなそれも、心からそう思えないのがあれだが。
「えっとね。 狼さんと村人さん、それに狐さんくらいかな?」
「そっか。 それなら、まずは占い師からかな」
言って、俺は説明する。
占い師とは、村人側の役職。 夜時間の間に選択した一人の対象を白か黒、つまりは人間か人狼かが占える。 ゲームを進める上での重要ポジションだ。 故に、人外によって騙られる場合……ようは役職偽り。 そうやってミスリードに持っていく際に、利用されることが多い役職でもある。 そして今回のゲームでは特殊ルールによって起こり得ないことではあるが、通常、妖狐を占った際は次の日の朝に妖狐は死体となって現れる。 妖狐の死因、占われたら死亡するというのはこのことだ。
「へぇええ。 占い師さんはすごいんだね。 わたしも占い師さんが良かったなぁ」
「その分、人狼に噛まれる確率もグンと上がるけどな」
噛まれる、要は夜時間の間に食われる対象となりやすいというわけだ。 人狼にとっては驚異的な存在である占い師、それを如何に手っ取り早く排除するか、または敢えて残すか。 そういう心理戦が常に巻き起こる。
「な、成瀬くんは占い師さんじゃないよね?」
「何言ってるんだ……俺は村人だよ」
「えへへ、だよね」
屈託なく笑う姿はやはり似合う。 素直にそう感じた。 だから、俺も頑張らないと。 俺も西園寺さんに劣らないようにしなければ。
「……それじゃ次。 霊能力者」
霊能力者とは、村人側の役職。 その日に投票によって処刑された村人が白か黒かを夜時間に知ることができる。 占い師との組み合わせによって、その占い師が本物か偽物かを判断できる場合が多い。 そしてこの役職もまた、人外によって騙られることが多い役職だ。
「なんだかすごい村人たちが集まってる村なんだね」
「まぁ……そうだな。 ゲームだし」
西園寺さんの言うことも一理ある。 確かに言われてみれば、凄い集団だよな……。 お前ら村に閉じこもってるなよと言いたくなって来た。
「けど、人狼陣営にもそれなりの役職があるんだ。 それが狂人」
狂人とは、人狼側の役職。 村人でありながら人狼を崇拝する狂人は、人狼陣営の勝利が自身の勝利となる。 そのため、人狼側の勝利を引き出すのが仕事だ。 場を掻き乱し、疑心暗鬼に持って行き、人狼に村を食わせる。 そしてこの役職には一つ、面白い特徴があるのだ。
それが、占い師や霊能力者による判定に白と出ること。 つまり、占いや霊能力で狂人は区別することができない。 立ち回りによっては、人狼ゲームでもっとも楽しい役職だと言う奴も少なくはない。
「なんだか難しい役職さんだね。 成瀬くんが得意そう」
「西園寺さんってなんか俺のこと勘違いしてないか?」
人を騙してゲラゲラと笑っているようなイメージを持たれていそうだ。 さすがにそこまで酷いイメージは持たれていないと思うけども。 だって、そこまで西園寺さんに対して酷いことをした記憶もないし。
「うーん、わたしの中だと成瀬くんって、人を騙してゲラゲラ笑っているイメージなんだ」
「最悪のパターン当たっちまったよ!!」
マジかよ……。 俺ってそんな酷い発言をしていたっけ。 人を騙してゲラゲラ笑ったことなんて一度もないのに。 ここまで盛大に勘違いをされていると、もういっそのことそうなってしまいたいよ。
「だって、成瀬くんいっつも酷い冗談を言うんだもん」
……そういやそうだった。 すっかり忘れてたな。 いやまぁ、これから頑張ってその癖を治していこう。 悪癖は克服せねば。 後数十年か数百年の内に治せば良いな。
「あーっと、んじゃ次の役職な。 次が最後だけど……狩人だ」
狩人とは、村人側の役職。 夜時間の間に一人を指名し、狩人は人狼の襲撃から対象人物を守ることができる。 その動きによって村人側に大きな貢献をすることができ、逆に考えなしに動くと人狼を護衛したりなどの愚行をする場合がある。 良くも悪くも、頭を使う役職だ。
一見かなり強い役職にも思えるが、自身は護衛できないので無防備となる。 そのため、自らの役職は伏せておく場合が多い。
「格好良いんだね、狩人さん」
「そうだな。 時と場合によっちゃ、英雄にもなれる。 まぁ、本当に状況判断をしっかりできてこその役職だけどな」
「おぉー」
手をパチパチと叩いて、西園寺さんは感嘆する。 一見理解していないようにも思えるけど、頭の中ではきちんと理解しているだろう。
「あ、それで成瀬くん。 成瀬くんが今言っていた「伏せておく」っていうのは、どういうこと?」
「あー、それか」
自分に割り当てられた役職は人狼を除けば、自分以外は知らない。 人狼陣営は夜時間でお互いに会話をすることができ、自身の相方は誰かを把握することができるが、村人側にはそれができない。 それは狂人も同様で、狂人は人狼が誰なのかを知ることはできないし、人狼も狂人を知ることはできない。 全ては、村人会議の中で判断していくしかないのだ。
つまり、一番重要なのが昼の村人会議。 そこで役職持ちは自らの役職をカミングアウトする。 占い師ならばカミングアウトと同時に誰を占ったのか、霊能力者ならば、前日投票で処刑とした奴は白なのか黒なのか、といった具合に。 そして狩人の場合はある程度の日数が経過するまで、自分が処刑されそうになるまでそれを伏せていることが多い。 勿論それは他の役職にも言えることで、占い師が潜伏している場合も霊能力者が潜伏している場合もある。 といった具合だ。
「……それが、ゲームをより複雑にしているんだね。 なんだか頭がパンクしちゃいそうだよ」
「説明だけだとやっぱり難しいかもしれない。 だから実際にやってみるのが手っ取り早いんだけど……命賭けてるからな。 慎重にやらないと」
何より厄介なのが……俺が一番危険視しているのは、多数決の暴力だ。 いくら正論を振りかざしても、いくら証拠を並べても、一度他の意見を信じきってしまった人にはそれが通用しなくなる。 そして正しい意見が殺される場合があるのだ。
それがつまり、俺が苦手とする動く問題。 人の意思ってやつだ。 これ以上に厄介なものは、この世に存在しないと言っても良い。
「だよね。 わたし頑張るから、成瀬くんも頑張って。 思ったことはどんどん言った方が良いんだよね?」
「怪しまれない程度にな。 下手をしたら、俺が人狼側だと思われて処刑される場合もある。 西園寺さんの場合は、処刑される心配も人狼に噛まれるって心配もないから、まだ良いけど」
「問題は成瀬くんの方……ってことだよね。 成瀬くんが疑われて処刑されたら本当に死んじゃうから。 それに有能だと思われて、狼さんに噛まれても死んじゃう。 わたし、やっぱり嫌だよそんなの」
そう言う西園寺さんは、とても悲しそうな顔をしていた。 俺の顔を見て、俺の頬に手を差し伸ばしながら。
「そのための、策だ。 西園寺さん、俺の策を聞いてくれるか」
俺はその伸びてきた手を掴んで言う。 それをゆっくりと西園寺さんの膝へと降ろして、西園寺さんが俺の顔を見ているように、俺も西園寺さんの顔を見て。
「……うん。 教えて欲しい、成瀬くんの策」
そして、俺は教えた。 俺が考える、俺にしかできない作戦を。 俺と西園寺さんの配置されている役職を知ることができるという、最大限有利な立場を利用した策だ。




