迷い子は何処へ 【1】
「……夏ってどうして暑いんだろうな」
「公転と自転の関係で、この日本に太陽が近づくから」
「いやそういう真面目なアレを言ってるんじゃなくてな」
「……あ。 ふふふ、夏はこの地のダークァが増す。 故に潜在的使徒の我らは熱を感じ、同調を高めているのだ」
「そういう意味でもないけどな?」
夏休みに入り、少し経った頃。 俺は昼間の公園でベンチに座っていた。 そして隣に座るのはリリアだ。
どうしてこんなところにいるかと言うと、以前に話していたリリアからの頼み事を引き受けることにしたからである。 祭りの手伝い、正確に言うとリリアの友人の頼み事が回りに回って俺へと来たわけだが、今はこうしてリリアと二人で人を待っているという状態だ。
「クレアも来れば良かったのにな」
「惚気?」
「……お前なんかマセてきたよな。 そうじゃなくて、あいつ祭りに行ったことないって言ってたから」
そんなことをちょろっと言っていた気がする。 だから来れば良かったのに、何故か「喫茶店のお手伝いをします」と言い、祭りには不参加とのことだ。
「わたくしの推測、聞く?」
「一回百円な」
「……おねえにお金借りて払う」
「それ絶対俺殴られるやつじゃん! 分かったいいよタダで!」
何かとクレアを使い、俺を脅すリリアさんである。 虎の威を借る狐め……。 いつか痛い目に遭わせてやろうと心の中で誓う俺である。
「よろしい。 たぶん、おねえは陽夢おにいと一緒に行きたいんだと思う」
「……ん? それなら今回来れば良かったじゃん」
何を言っているんだと思い、俺は言う。 が、それを聞いたリリアは小さくため息を吐くと、俺に横目で視線を送った。
「陽夢おにいと二人だけでってこと。 だから今回はだめ。 それとおねえは意外と奥手」
「……えっと。 あー、なんだ。 つまり今回みたいに手伝いとか誰かと一緒とかそういうのじゃなくて、二人で行くならクレアは来るってこと?」
「そういうこと。 おねえも大概だけど、陽夢おにいも大概。 ちょっと携帯貸して」
「いやだってこう……付き合ってるからって何かが変わるわけじゃないし……携帯? はいよ」
お互いになんだかんだ付き合っている状態に困惑しているのかもしれない。 普段通りと変わらないと言えば変わらないが、話すことは以前より増えた気もするし、その内容についても以前よりも突っ込んだ会話が出来ている気はしている。 そんなことを思いつつ、俺は言われた通りにリリアに携帯を手渡した。
「なんの疑いもなく携帯を渡すって、少し怖いかも。 それより陽夢おにい……!」
「どうした?」
画面を見ながら、リリアは目を見開いて言う。 口も大きく空いており、その衝撃のほどが伺えた。 もしや何かあったのかと思い俺が聞くと、リリアはこう言った。
「えっちな画像がない……!」
「お前もうそれ返せ! 人のプライバシーを侵害すんな!」
と言っても、知られて困るようなプライバシーはほぼない俺であるが。 困るものと言えば僅かに刻まれた友人たちの個人情報くらいのものである。 電話番号とかメールアドレスとか、まぁ今では殆どアプリとやらで会話も済ませられるので、使いはしないが。
「冗談。 もう少し貸して」
「……別に良いけど」
リリアは俺の携帯の画面を軽快に叩く。 ゲームセンターに出没する音ゲーの達人のようだが、リリアやクレアにとってはこれが普通らしい。 俺は最近ようやくフリック入力を学習したところだ。
「おっけー、これで完璧」
「なにしたの?」
俺が尋ねると、リリアは人差し指を立て、自慢げに言った。
「おねえをデートに誘った」
「お前何してくれてんの!?」
慌てて携帯を確認。 どうやらアプリの方でメッセージを送ったらしく、数秒前に俺でない俺はクレアにメッセージを送っていた。 内容はこうだ。
「えーっと……今度二人でどこか旅行に行かないか……おい!!」
これは、さすがに急すぎるのではないだろうか。 もっとこう、事前にゆっくり話し合ってゆっくり時間を使ってゆっくりであるべきなのではないだろうか。
「おねえは無理やり押し切るくらいが良い。 すぐに恥ずかしがって殴ってくるから」
「お前クレアのこと良く分かってんな……」
主にすぐ殴ってくるという部分である。 本気で当てはしないが、当たったら致命傷の攻撃が常日頃から打ち出されている。 命の危機を感じることも少なくはないのだ。
「返事きた?」
「そんな早くは来ないだろ、あいつだって暇人じゃないん……来たわ」
「はや」
というわけで、俺はその内容を確認する。 リリアが横から覗き込んでいたが、送った張本人はリリアなわけだし一応、止めはしなかった。 そしてその内容は。
「いきなりなんですか? 頭がおかしくなったのならドンマイですけど、その前にどこか遊びに行くとか、そういう段階的なものってやっぱり私としてはあると思うんですが。 それに「どこか」ってどこですか? 計画性のない男は嫌われますよ。 まず場所と時期、予算とかそういうのもありますし、ただ闇雲に声をかければ良いというわけじゃないと思います。 成瀬はいつもそんな感じなので慣れましたけど、適当っぷりはもうちょっと直した方が良いと思います。 で、いつ行きます?」
「なが」
……確かに。 というか最終的にこれはオーケーなのか? それならそうとなんでこんな前置きがなげーんだよあいつは! 普通に「いつですか?」だけで良いじゃん! 俺の欠点突きまくってくるんじゃねえ!
「おねえはきっと、今頃ベッドでゴロゴロ転がってる」
「それちょっと見てみたいな……。 それで、マジで行くことになってるんだけどどうすんのこれ」
「無問題。 我に任せなさい、迷える子羊よ」
リリアは言うと、可愛らしいクマのリュックサックから何やら取り出す。 何冊かの冊子だ。
「このリュックは次元保存異空間へと繋がっており、いつ何時でも必要な場合に応じて必要なものを取り出すことができる。 迷える子羊よ、旅行パンフレットを授けよう」
「限られた状況すぎだろこれ! お前絶対分かってて持ってきただろ!」
「そんなことはない。 子羊が欲しいと念じたからこそ取り出すことができた」
「ならリュックの中見せてみろ」
「それはいけない。 下手をすれば次元保存異空間へと取り込まれ、次に陽夢おにいが必要だと誰かが念じなければ陽夢おにいは一生出てくることが叶わなくなってしまう……は! そうだ、そのときはクレアおねえに任せれば……!」
「その芝居じみた言い回しやめろ、なんかムカつくから」
俺は言いつつも、しっかりと受け取った。 後で参考に読ませて頂こう。
「お手伝いが終わったらおねえと話し合えば良い。 おねえきっと喜んでる」
「……ま、確かにこれくらい無理やりやらないと駄目なのかもな。 疲れるな」
なんだかんだ言いつつ、リリアの方法が正しいのかもしれない。 意外にもクレアは乗ってくれたし、もしもリリアが居なければ旅行の話題すら出なかっただろう。 二人でどこかへというのも、なかったかもしれない。
「……疲れるの?」
「ん、ああ違う違う。 そういうんじゃなくて……まぁ、疲れるけど楽しいよ、俺は」
心配そうな顔をしてこちらを見てきたリリアの心情を察し、俺は言った。 そして、それは本当のことだ。 いろいろ疲れることも多いけれど、嫌だとは思わなかったし。 クレアに関することは、そういうことが多い。
「ならよし。 それより陽夢おにい、まだ来ないの?」
「そういや遅いな……お」
ちなみに、俺たちが待っているのはエレナである。 リリアには「親戚の奴」で通しているエレナだが、一応同じ家に居る……ペットとして、だが。 同じ家に居るというのは、バレたらなんだかマズイ気がするのだ。 呪いの現象で一度は触れ合ったエレナであるものの、今ではそれはみんなの記憶では消え去ってしまっている。 エレナという存在が、ないことになってしまっているのだ。
……これもいつか、せめてクレアにだけはしっかりと話さないといけないことだ。 あいつには極力、隠し事はしたくない。
公園の入り口、見慣れた銀髪を見つけ、そんなことを思う俺であった。