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俺とルールと彼女  作者: 幽々
日常の世界
172/173

果たし状 【7】

「……」


 その後、俺とクレアは部室で正座をしていた。 その前に立つのは西園寺さんで、横に立つのは柊木だ。 ちなみにこの光景は良くある光景その壱なのだ。


 無論、内容は「俺とクレアが揃って遅刻した件について」だ。


「朝からイチャつくのは別に良いが、部活動で迷惑をかけるとはどういう了見だ」


「いや別にイチャついてたわけじゃ」


 柊木の言葉に、俺とクレアは声を揃えて言う。 そして顔を見合わせ、気まずい顔となる。


「えへへ、仲良いよね」


 それを見て、悪気なく言うのは西園寺さんだ。 こういった場合、西園寺さんの天然成分は恐ろしく空気を読まない。 場合によっては皮肉とも取れなくないセリフを大真面目で言うのが西園寺さんである。 そしてそのひと言は俺とクレアの心にグサグサと突き刺さる。


「やる気がないのなら止めろ、そうすればこの歴学部は私がよい方向に進むよう引っ張ってやる」


「え、それは」


 柊木が言うと、西園寺さんの顔色が少し変わった。 さすがの西園寺さんでも、今のまったりゆったりな歴学部が変わるというのは避けたいのだろう。 その表情が若干面白い。


「悪かったよ。 注意力が不足してた、俺が悪い」


 別に今ここで「リリアと話し込んでいて、更にクレアが寝坊して」と責任を押し付けても良かったけど、後でクレアにしばかれるのが目に見えている。 それに怯え、俺は言う。 きっとクレアから見たら「成瀬が私を庇ってくれた」と見えているのだろう。 これぞ俺の株を上げ、更に安全も確保するという戦略だ! 我ながら奥深い戦略だと感心せざるを得ない。


「ちなみに、先ほどリリアからメールが届いた。 内容は「陽夢おにいはわたくしとおねえの所為にしてたけれど、その通りだから信じてあげて」というものだ」


「あの野郎め……」


 これによりクレアからの暴力が確定し、俺の株は落ちることとなった。 踏んだり蹴ったりとはこういうことである。


「……全く。 で、急須盗難事件についてだが」


 柊木は言い、ソファーへと腰かける。 足を組み、正座をする俺たちに対する態度は高圧的である。 さながら悪のボスのような威厳だな……。


 そして入るのは本題だ。 雪原エリカに対する聞き込みであったが、結局柊木と西園寺さんに任せることとなってしまったそれだ。 しかし柊木は、俺もクレアも予想すらしていなかったことを口にした。


「無事に解決した」


「は?」


「え?」


 柊木は語り出す。 二日目にして解決したという事件の顛末を。




 柊木と西園寺さんが茶道部部室に入ると、そこには部長である小暮と部員である雪原の姿があった。 雪原は事前に話は聞いていたのか、柊木と西園寺さんの姿を見ると「いらっしゃーい」と言ったらしい。 その態度を受け、柊木は怒りを露わにしそうになったものの、西園寺さんがどうにか宥めたとのこと。 しかしその雰囲気を受け、雪原は大人しくなったという。 恐るべし柊木雀。


 そして、柊木は単刀直入に雪原へと尋問を始めた。 聞いたのは「犯人なのか」ということと「アリバイはあるのか」というもの。 柊木らしいと言えば柊木らしいことだったが、果たしてそれで真面目に答える奴がいるかは定かではない。 もっとも、遅刻をした俺に何かを言う権利はないな。


 雪原は当然、何も知らないと言った。 更にアリバイもある……それも友人と遊んでいたなどという適当なものではなく、新聞配達のバイトというしっかりしたものであった。


 朝の六時まで働き、そしてその足で学校へ行く。 茶道部でお茶を飲み、仮眠を取って教室へ。 いつもそういう流れとのことだ。


 だから雪原は犯人ではない。 誰の目に見ても明らかで、動機もない雪原のアリバイは完璧であったのだ。 雪原に関して言えば、犯行は不可能だと言える。


「まぁ私も夢花も雪原だけを疑っていたわけではなかったから、そこでひとまず他の者の話も聞いてみようとの流れになったのだ」


 だが、それはすることなく終わった。 一人の訪問者によって。


 一息つき、茶道部にて今後の流れを小暮と話しているときだった。 既に雪原は奥にある仮眠室に入っており、熟睡していたらしい。


 そんなとき、部室を訪れたのは東宗一郎だ。 彼は部室に来るなり、こう告げたという。


「急須を盗んでいたのは俺だ。 その急須で淹れたお茶はとても美味しく、家でも味わいたいという衝動に駆られて、つい……だとさ。 生徒会、及び風紀委員による資料だと問題児と認識されていた人物だが、まさか窃盗まで働くとはな」


「動機がそれかよ。 信じたのか? それ。 西園寺さんから見てどうだった?」


「……うーん。 東さんは嘘を吐いているようには見えなかったよ。 本当にそう思ってるような言い方だった、かな」


 ……西園寺さんがそう言うのであれば、嘘は吐いていないということになる。 実際に会って話したのであれば尚更だし、動機は『その急須で淹れたお茶が美味しいから』か。


「でも、どうしていきなり名乗り出た? そのことについてなんか言ってたか? 東は」


「ああ、それについては「まさかこんな大事になるなんて思っていなかった」とのことだ。 よくある話だが、傍迷惑な話でもあるな」


 つまり、事態が大きくなっているのを察した東は危険を察知し、自首したということか。 まぁ教師陣に知れれば間違いなく処分されるだろう案件で、東自身いずれバレるかもしれないという危機感もあったのだろう。 そこで名乗り出ることにより、事態の沈静化を図ったってところか。


「……えーっと、ということは解決ですか? なんだかやけにあっさりですね」


「推理小説でもミステリー小説でもない、実際はこんなものだろう」


 柊木の言葉通り、実際起きた出来事ほど簡単に解決するものはない。 ましてやひとつの学校のひとつの部活内での出来事となれば、尚更だ。


「……ま、にしても上手く行き過ぎてる気もするけどな」


「ん? どうかしたか、成瀬」


「いや、なんでもない」


 結局その日は授業までの時間を部室で潰し、そしてそれからは何事もない一日、毎日へとなるのであった。




「なーんか納得いかないです。 いくら簡単にっていっても、相談した次の日に犯人が自首って出来過ぎじゃないですか?」


 数日後の帰り道。 今日は西園寺さんと柊木は用事があるらしく、クレアと二人きりでの帰り道だ。 そしてその途中、クレアはそんなことを呟く。


「確かにな。 俺もそうだと思って、少し考えてみた。 結論から言えば、最初から最後までうまいこと利用されたってとこだよ。 きっと西園寺さんも気付いていたと思う」


「利用……ですか?」


 あくまでも予想で、仮定の話だ。 そして人の気持ちに敏感な西園寺さんなら、この顛末に気付いていたんだと思う。


「果たし状については前に言った通り、あの内容自体にはなんら意味がない。 大事なのはそれを見抜くだけの探偵()()()と、協力姿勢がある部活だ」


「はぁ……それは聞きましたが。 でも、私たちがしたことと言えば雪原エリカからの事情聴取だけですよね?」


「まぁな。 だから調査力、行動力のある部活っていう肩書きが欲しかったんだよ。 そうじゃないと犯人が自首もできないからな」


「……自首もできない?」


 そう、自首をしたくても自首ができる状態へならない。 この俺が立てた推測でいくと、犯人が自首をすることによって全てが成立するのだ。


「犯人は小暮桜、協力者は東宗一郎だ」


 それが、可能性の一番高い答えである。 今回の件、端から俺たちの役割は『調査力があり、協力的な第三者』に尽きていたのだ。 その点で言えば、果たし状を出してきた小暮に全てうまいことやられたと考えるべきだろう。


「へ? で、ですが相談してきたのは小暮……ですよね? 一体どういうことですか?」


「小暮の役割は急須を盗み続けている犯人を探して欲しいと探偵役に依頼すること。 俺たちの役割は犯人を探す探偵役になること。 東の役割は頃合いを見て自首すること、だ。 でも調査開始の次の日に自首ってのは東も考えていなかっただろうけどな」


 俺の言葉をクレアは黙って聞く。 とりあえず最後まで聞くというスタンスらしい。


「想定外だったのは俺たちの行動力だろうな。 早速次の日に雪原エリカに事情聴取ってなって、大事になるのを避けたいあいつらはすぐに行動で沈静化を図った。 犯人が自首したってなれば、俺たちが捜査を続けることはなくなるし。 事件が解決すれば探偵はお役御免ってのが常識だ」


 それを行い、まずは沈静化。 そしてそこからは小暮の思い通りに事は運ぶだろう。


「クレアさ、小暮に「今回のことは誰にも言わないで欲しい。 身内に犯人が居たって、知られたくないから」とかなんとか言われなかったか?」


「あ……確かに言われました。 その日の内だったと思います」


「それで口止め完了。 後は部員を集めて話すだけだ」


 東の動機は、お茶が美味しかったから……というもの。 冗談にしか聞こえない理由だが、茶道部という部活に身を置く以上、それなりにお茶というものは好きなのだろう。 そして上等な急須となれば、それは尚更だ。


 更に言わせてもらえば、西園寺さんから見て嘘を吐いている様子はなかったとのことだ。 となればその動機は本物。 嘘偽りない本心と見て間違いない。


「小暮は恐らくこんなことを部員に話したはずだ。 今回は残念ながら、犯人を見つけることができなかった。 でも、急須の管理について提案がある」


 茶道部全員、一部を除くが薄々身内に犯人が居るということは分かっていたのだろう。 全員が合鍵を持ち、全員が容疑者という茶道部員。 であれば、小暮が提案したことにすぐさま乗っかるのは目に見えている。


「私物の管理は各々しっかりとするのはもちろんのこと、急須の管理の方はみんなでしないか? 具体的にいうと、日毎に順番に持ち帰り、次の日に必ず持ってくる。 こういう提案をしたんじゃないかな」


「……えっと、つまりですよ? 小暮も東と同じ理由……ということですか? お茶が美味しいから、急須をプライベートでも使いたいという」


「さぁ? 東に脅されてやってたのかもだし、今クレアが言った理由かもしれない。 ただ、小暮が犯人側ってのは間違いないだろうさ。 俺たちっていう都合のいい探偵を見つけて、東という奴を使って、うまいこと目的を達成した。 全部が全部都合よく行き過ぎてるんだ、さすがにな」


 もしも小暮が一切関わりなく、東単独での犯行だった場合は、それこそおかしいのだ。 俺たちが調査した次の日の自首、それはあまりにも早すぎる。 接触すらしていなかった東の自首は、今回唯一の失敗だったと言っても良いほどに。 もしも東だけが犯人だった場合、そこまでの嗅覚を持った人間が自首をするということ自体がおかしい。 まだまだ逃げ道、逃げる方法はあったというのに、ここでの自首は事件を早く終わらせたいという意図が見え隠れしているのだ。


 そして、その際に得をする人間は小暮桜だ。 更に言えば依頼を持ってきたのも彼女であり、そんな彼女の狙いは『急須の順番管理』である。 東と協力しそれを達成することにより、お互いにメリットがあるのだ。


「でも、そんな回りくどいことをする意味ってあったんですかね? 最初から小暮がその提案をしていれば済む話じゃないですか? 私たちを巻き込まないで」


「信憑性を高めるためにだよ。 何事にも、一人からの言葉より複数からの言葉の方が人間は飲み込みやすいんだ。 それと一緒で、発信力のある人間を踏み台にすれば効果は上がる。 たとえばだけど……」


 俺はそう前置きをし、クレアに向けて言った。


「明日、教師たちの定例会議があるから学校休みだってさ」


「……いや、嘘ですよね? 明日、普通にあるはずですが」


「たとえばだよ、たとえば。 んじゃ、もう一回似たようなこと言うぞ」


 そう言うと、俺は同じセリフにひと言付け足し、言う。


「柊木から聞いたんだけど、明日は教師たちの定例会議があるから学校休みだってさ」


「ん……なるほど。 なんとなく分かってきました」


 この話をする際、発信力、信憑性を高めるためにもっとも効果的な人間は柊木雀である。 彼女なら学校の詳細まで熟知しており、彼女からの言葉となれば飲み込むのは容易だ。


「つまり、小暮はその発信力を私たちにした、ということですね」


「そういうこと。 俺たち探偵役を使うことによって、犯人が見つけられなかったと言えば、聞いた方は「駄目だったのか」と思う。 そこでさっきみたいな提案をすれば、ほぼ間違いなく受け入れられるだろうな。 何か行動を起こしたという実績は大きいんだ。 行動を起こしていない人間と行動を起こした人間、その違いは明確にある」


「ふむむ。 では、どうします? 殴り込みですか?」


「そうじゃないから落ち着け」


 拳を突き出したクレアの手を下に降ろし、俺は続ける。 何かとあれば力ずくのクレアさんである。 頼もしいんだけどな。


「俺が出した結論は「まぁいっか」だよ。 小暮はまさかここまで読まれたとは思ってないだろうけど、言ったところで「そんなわけない」で済むひと言だしな。 結局、証拠がないただの妄想なわけだし。 あくまでも「もしかしたら」っていうのが今回の話だ」


「むー、でもなんか癪ですね。 うまく利用された感じで」


「だから最初に言ったろ? あの果たし状に乗った時点で負けだって。 あんな捻くれたものに乗った以上、こういう目に遭うのは分かってたしな」


 そう言うと、クレアは未だに納得がいかないようで、俺の肩を何発か殴ってきた。 と言っても、本当にじゃれ合う程度、行き場のない何かをそれに乗せているだけのような感じだった。


「誰も傷付いているわけじゃないし、良いと思うけどな、俺は。 小暮はその点、うまくやったと思ってるよ」


 何の気なしに、俺は言う。 ただ思ったことをそのまま口に出しただけの言葉は、何故かクレアの中にあるものを溶かしたようだった。


「……ふふ、成瀬、変わりましたね」


「ん? どこがだよ……。 それを言うならお前も変わったじゃん、前までこんな真隣歩いてこなかったし」


「は、はぁ!? な、なな、何を勘違いしてるんですかっ!? これは私ではなく成瀬が近づいてきただけですっ!! 今すぐ離れてくださいっ!!」


「……」


 言われた通り、俺はクレアから少し距離を取る。


「……ちょっと遠くないですか?」


 結局、いつも通りに帰る俺たちであった。






 それから。


 それから俺は、家へと帰る。


 夜になり、家へとかかってきた電話は西園寺さんからであった。 そしてどうやら、今回の顛末は西園寺さんも同じ結論に辿り着いているようだった。


 話し合いの結果、柊木には伏せておくことにした。 もしもあいつが知れば、真っ先に処罰するべしと動き出すのは分かりきったことである。


 ちなみにどうでも良いことだけど、西園寺さんは俺に電話をかける度に「クレアちゃんには許可取ったから」というのを止めて欲しい。 クレアは全く気にしていないのが真実なのだが、律儀すぎて俺もクレアも感心するほどである。 クレアも別に俺に対しそこまで何かを要求するわけじゃないしな……というか結局、付き合った日から今に至るまで二人で遊んだことがなかったり。 なんだかんだ、いつもの四人で遊ぶわけだし。


 とまぁ、そんな電話を終え、自室のベッドに寝転がったとき。


「聞きましたよ! お祭りがあるんですか?」


 喋る猫が現れた。 エレナである。 なんか久し振りだな……。


「七月の終わり頃にな。 どっから情報得たんだ?」


「それはもう、近所の猫から伺いました。 美味しいものがたくさんある、と」


「なんだよそのネットワーク……」


 銀色の猫は嬉しそうにごろごろとしている。 猫たちが言っていたという美味しいもの、多分残飯なんだろうけど良いのかな……良くないと思うが言わない方が良いこともこの世の中にはあるか。


「陽夢様はクレア様と行くのですか?」


「ん? あー、今年は手伝いで駆り出されそうなんだ。 お前も来るか? 遠い親戚設定で」


「本当ですかっ!? 是非行きます! お祭り体験してみたいです!」


 というわけで、俺がサボれそうな人員を確保することに成功した。


 そして、余談。 次の日、俺が学校に行くとクレアが無断欠席をしていた。 そしてそして、柊木から呼び出された俺はこう告げられた。


「私の名を使い嘘を吹き込むなど、随分とナメた真似をしてくれたな、成瀬」


 ……あいつ、絶対俺を利用してサボっただけだろ。 正座をしながらそんなことを思う俺であった。

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