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俺とルールと彼女  作者: 幽々
日常の世界
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果たし状 【5】

「二人はどう思う?」


 茶道部で一連の話を聞いたあと、俺たちは一度部室へと戻った。 確認は取ったのだが、茶道部の部員は全員が合鍵を持っているとのことだ。 よって、誰かが容疑者から外れることはない。


「どうせ小暮が犯人ですよ、小暮が。 何事も言い出しっぺが悪いに決まってます! 言い出しっぺの法則です!」


「そのルールを適用すると世界は物凄く簡単に回るんだけどな、残念だよ。 クレアは考えなしと……西園寺さんは?」


 俺は部室に居る残り一人、西園寺さんに尋ねる。 ちなみに柊木はさすがの仕事の早さか、既に生徒会室で対象生徒の資料を漁っているところだ。 そんな詳しいところまでは出ていないはずだが……柊木の捜査能力は恐ろしいところがあるからな。


「うーん、まだなんともだけど……とりあえずは、みんなのお話を聞いてみないとね。 それで、何か分かるかもしれないし」


「だな。 この時間だとさすがに誰も残ってないだろうから、明日の朝、茶道部に行ってみよう。 小暮の言ってることが正しければ、雪原が居るはずだ」


「うん、了解! 確か、朝の六時だったよね?」


 学校が開くのはその時間だ。 つまり、朝六時から始業である八時五十分までに急須は盗まれており、次の日の朝には返って来ている。 合鍵は部員全員が持っており、部員全員が容疑者だ。


「雪原エリカって、西園寺さんとクレアは知ってるか?」


「わたしは分からないかな。 実は後輩のお友達って居ないから」


 ……まぁ、西園寺さんの場合はそうだろう。 向こうから声をかけづらい雰囲気もあるし、本人も自主的に絡んでいくタイプでもない。 何より西園寺さんは良い意味で浮いているから、仕方ない。


「うーん……私はどこかで聞いたような気がするんですよね。 雪原、雪原エリカ……あ」


 と、考えていたクレアがそこで小さく声を上げ、目を少し見開いた。 何か、思い出したのだろうか?


「そういえば、一度謝らせたことがありました」


「何その「一度話したことがある」みたいなノリ」


 これほど「一度謝らせたことがある」という一文が似合う女子は居ないだろう。 その文の節々から恐ろしい光景が浮かんでくるのは俺だけだろうか。 きっとその謝罪方法は土下座だ、間違いない。


「いや、実は前に廊下ですれ違ったことがありまして」


「え? お前ってすれ違っただけで謝られるの? 俺も謝った方が良いのかな」


「そんなわけないじゃないですか」


 びっくりした……。 俺たちの学年では「喧嘩を売ったら最後」と言われるクレアさんであるが、さすがにすれ違ったら謝られる存在にはまだなっていないようだ。 怖い怖い。


「ただ、肩がぶつかったので」


「……それで謝らせた?」


「ちっがいます!! 最初に向こうが言ったんですよ「チビ邪魔」と。 だから、私は怒りまして」


「ああ、そりゃ仕方ない」


 今風のギャルだと小暮は言っていたが、そういうタイプか。 大体の場合クレアが悪いのだが、今回に限って言えばそれは雪原という奴が悪いな。 西園寺さんも少々怒ったような顔をしているし。


「十回謝らせました」


「十回も!?」


 それがなかったら素直に「災難だったな」で済む話だったのに……どうしてこうなった。 十回も謝らせる図が簡単に浮かんできてしまうのがクレアの怖いところである。


「成瀬も「チビ」と言ったら、どうなるか覚えておいてください」


 やべ、この前言っちゃったよ俺。 ここはそのときのことを反省し、褒めるべきだ。


「いやぁ、クレアは背が高くて羨ましいな」


「褒めてるつもりならそれ皮肉ですからね」


「……そう言われるとそうだな」


 言われ、気付く俺であった。 俺よりもかなり小さいクレアは、今日も背を伸ばそうと必死である。




「面白いことが分かったぞ」


 そう言い、談笑をしていた俺たちの下へとやって来たのは柊木であった。 何やら手には紙を数枚持っており、得意気な顔をしている。


「雀ちゃんおかえり。 何してたの?」


「遅いですよ柊木。 一体どこで何をしてたんですか」


 二人は続けざまに言う。 それを聞き、俺もここぞとばかりに言ってやろうと思い、口を開こうとしたそのとき。


「……茶道部の部員を調べろと言ったから私は調べていたんだぞ!? 貴様らいい加減にしろッ!!」


 あ、あぶねぇ……。 そういえばそんなことを頼んでいたっけ。 すっかり忘れてたよ、俺。 言わなくて良かった。 命拾いとはこのことだ。


「だそうですよ、成瀬」


「おい、俺の所為にするな」


 隙きあらば俺の所為にするんじゃありません。 どうせ今から柊木の説教が始まるんだ、覚悟しておけ。


「全く……まぁ良い。 で、本題だが」


 ……西園寺さんとクレアの場合は説教ないんだね、いいな。


「東宗一郎、チャラ男だな。 このチャラ男だが、過去に一度喫煙で停学になっている。 成瀬と一緒というわけだ」


「お前人の過去の傷を抉るなよ。 それに俺は喫煙してたわけじゃないぞ」


「停学という罪は同様だ。 で、他にも暴力沙汰や授業のサボりなどなど。 ちょうきょ……教育し甲斐がありそうな奴だ」


 ねぇ、今もしかして「調教」って言おうとした? 言おうとしたよね? 俺の聞き間違いじゃないよな?


「そうなると、素行から見てそいつが黒ですね。 今から殴り込みに行きますか?」


「いかねえよ。 確かに悪さをしているかもだけど、だからと言って急須を盗んだ犯人って確定したわけじゃないだろ?」


「仲間は庇う……か。 なるほど、成瀬……貴様も共犯だったとは」


「おい」


 柊木は残念そうにため息を吐きながら言う。 俺が共犯だったとして、残念がってくれるのは若干嬉しくもあるが、誠に残念ながら俺は犯人ではない。 というか些細なことで嬉しさを感じてしまう俺の扱いって一体なんなのだろう……。


「でも、成瀬くんは犯人じゃないとわたしは思うかな」


 おお、さすがは西園寺さん。 俺が犯人だというミステリー小説でありそうな展開、しかしノックスの十戒に反するトリックを前提としているのが気になるが、西園寺さんが俺を疑っていないというのはありがたい。 これぞ一緒に七月のループを抜け出した信頼関係だ!


「だって、成瀬くんがわざわざ急須を盗むなんて面倒そうなこと、するかな?」


 あれ。


「しないな、絶対」


「しませんね」


「だよね?」


 俺、帰ってもいいかな? いいよね?


「……とにかく。 明日まとめて事情を聞こう。 西園寺さんが居れば大体のことは分かりそうだし。 明日の朝六時、校門前に集合しよう」


「えへへ、頑張るね!」


 そんなこんなで、俺たち歴学部による調査は始まるのだった。




 その日の夜。 家へと帰った俺は、ソファーで寝転がる真昼に声を掛けてみた。 ちなみにノースリーブに短パンという女子からぬ格好だ。


「おう真昼、元気か」


「なんだよ気持ち悪いな」


 酷くない? 折角、俺が自ら声を掛けたと言うのに返ってきた答えは「気持ち悪いな」というひと言だぞ? こいつは挨拶すらできない哀れな生き物になってしまったのか。


「まぁそう言うなよ。 実はさ、今歴学部でひとつの事件に取り組んでるんだけど」


「事件!? おお、それでこのあたしを頼ったってわけか! 良いね良いね、冴えてるじゃん。 この名探偵真昼ちゃんに任せとけ!」


 ……こいつ、多分推理もののドラマか何かを見たんだろうなぁ。 馬鹿だからなぁ。 ものの数分ですぐ影響受けるからなぁこいつ。


「茶道部の急須が盗まれるって事件があったんだ。 で、その犯人を見つけてくれって依頼」


「キュウス? ふぅん……」


「お茶を淹れるやつな。 そんで容疑者は五人の茶道部員で、副部長と部員四名。 全員が合鍵を持っているから全員が容疑者なんだ」


 そう言い、俺は容疑者たちの名前と簡単なプロフィールを真昼に話す。 というのも、真昼のぶっ飛んだ思考回路なら俺が通常導き出せない答えも出せるかもしれない、という希望的観測からだ。


「なるほどね。 んーでもそうなると、兄貴が犯人って説が一番面白いかも。 ……あでも兄貴がそんな面倒なことするわけないか」


 ……俺が悪いのか? これって俺が悪いのか!?


「あたしの予想だと、犯人は水泉京香って人かな!」


「それは新しい意見だな。 理由は?」


「雪原エリカって人と親友なんでしょ? 水泉さんは。 で、そんな親友を茶道部に取られたことからの逆恨み! 雪原さんと親友なら、合鍵を手にするのも簡単だし」


「お前にしてはまともな理由でビックリした。 けど、わざわざそんな回りくどいことするかな」


「おいおい兄貴、女ってのは案外執着心が強いんだよ。 それに強く言えないからこそそういう手にも出ちゃうんだ」


 ふうん。


「ならお前も?」


「あたし? あたしは……兄貴に対して執着心剥き出しだ! 兄貴大好きっ!!」


「いて、いてててて痛い痛い痛いッ!! お前マジで骨折れるから!!」


 真昼は俺を抱き締める。 力一杯。 ちなみに真昼の力一杯はスチール缶がヘコむくらいである。 死んじゃう。


「んだよあたしの抱擁だぞ。 喜べよ」


「うるせえ良いから離れろッ!! はぁ……はぁ……」


 なんとか真昼の抱擁という処刑から逃れ、俺は数メートルの距離を取って言う。 さながら窮地をくぐり抜けたアメリカドラマの主人公のようである。


「まったく妹知らずな兄貴だな。 でさ、女って意外と思慮深いからあり得ると思うよって意見かな。 真相は複雑怪奇なり! ってやつだ」


「ま、参考程度には覚えとく」


 そして奇しくも、事件は次の日に()()()()のだった。 真昼は複雑怪奇と言ったものの、今回の事件を正面から見れば、それは単純怪奇という言葉になってしまうほどに。

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