果たし状 【4】
それから俺たち四人が連れて来られたのは、茶道部だった。 と言っても、部室内には誰もおらず、小暮は「適当に腰を掛けて」と言い、流し場へと行く。 茶道部の部室というのがまた面白く、床は畳が敷かれており、座布団と卓上テーブル、そして急須や湯呑があり、冷蔵庫や台所まで完備されている。 それにクーラーまで……なんだこの部活、夏を馬鹿にしているのか。 俺たち歴学部は汗水垂らして部活動に励んでいるというのに!
そう思い、俺は柊木のことを睨みつける。 部活の経費格差を目の前で見せつけられたからには、言い訳の余地はあるまい!
が、睨み返された。 俺は心の中で謝罪し、目を逸らすことにした。 ついでに現実からも目を逸らそう、部活格差なんてものは存在しない。
「何か飲みたいものはある?」
俺たちは今、畳の上でテーブルを囲み、全員が腰をかけている。 そんなところに台所から小暮の声がし、真っ先に反応したのは西園寺さんだ。
「なんでも大丈夫です。 できれば、お茶で」
模範的回答と言えるだろう。 なんでも大丈夫、という前提があってから、お茶という茶道部にとっては一番親しいワードを返す。 これぞ、西園寺さんの見ているだけで癒される効果だ。 今日の西園寺さんも癒やし効果は絶大である。
そして、次に口を開いたのはクレアだ。
「コーラで」
おい、ちょっと待て。 そんなジャンキーな飲み物がどうしてこの和空間に存在すると思った? 良いか、ここは茶道部だぞ、茶道部。 本当に理解しているのか。
「私は、アイスココアが良い」
お前も大概だなおい。 一番まともなお前がどうしてそんな回答をするんだ。 良いか、もう一度言うぞ? ここは茶道部だ。
「お茶に、コーラに、アイスココアね。 成瀬君は?」
「あるのかよ……俺はじゃあ、アイスコーヒーで」
「アイスコーヒーって……茶道部にあるわけないでしょ、そんな飲み物」
帰りたくなってきた俺である。
それから、俺たちは小暮から事の成り行きを聞かされる。 俺は結局、冷たいお茶を選んだ。 ちなみに全て冷蔵庫からペットボトルで出てきたものである。 この優雅な空間が、俺は実に羨ましい。
「部員は、全部で六人。 私が部長で……」
副部長、福庭総司。 真面目な性格だが、少々難がある性格らしい。 学年は三年、一応まだ暇があるときは顔を出しているとのこと。
部員、雪原エリカ。 言ってしまえば今風なギャル。 どうしてそんなのが茶道部にと言われると、実を言えばこいつが一番真面目に部活をしているらしい。 世の中は不思議が多いということを証明する事例である。 学年は一年、俺たちよりも一個下だ。
部員、水泉京香。 学年は一年、雪原エリカと親友で、こちらは殆ど顔を出さないとのこと。 所謂幽霊部員だ。
部員、東宗一郎。 学年は三年、チャラチャラした男子、とのこと。 部室には結構顔を出すが、大体は部活動ではなく暇潰しのため。 一応、お茶は好きらしい。
部員、獅子沢憐。 学年は二年、というかこいつの名前は聞いたことがある。 良く、噂に出る名前だ。 クレアと同じタイプ……と言えばいいのか? 喧嘩上等、目が合えば殴り合い、車を投げ飛ばした、電柱を蹴り折った、などなど。 本当にそれは真実なのかという噂が絶えない女子だ。 こいつとクレアは恐らく出会ったら殴り合いを始めるだろう。 本能的に。
そして、部長の小暮桜。 学年は三年、前部長が卒業し、なし崩し的に部長になったという。 小暮が部長になってからは自由な部活を目指しており、強制的な参加は皆無としている。 その日に集まった者たちで遊んだり、お茶を淹れたり、しているらしい。
「わぁ……わたしも茶道部に入ろうかなぁ……」
ちょっと西園寺さん? 今、思わずって感じだけど聞き捨てならないことを言いました? 一応、西園寺さんは我らが歴学部の部長ですからね。 その点、ちょっと理解して欲しいです。
「それで、一見すれば緩くて楽しそうな部活ですけど……何かあったんですか?」
クレアが言うと、小暮は顔を伏せ、口を開いた。
「うん、それが……急須が度々、誰かに盗まれているみたいなんだ」
「度々……?」
急須自体、俺が見た限りではあるが、それほど数のある物ではない。 だが、度々という言い方から考えるに、盗まれたのが一個や二個というわけではないだろう。 だというのに、何の対策も打っていないということか? というかそれこそ、教師たちに相談する案件ではないか?
「待て、それはおかしいぞ小暮」
そこで口を開いたのは、柊木である。 タメ口も俺は驚いたが、呼び捨てかよ……クレアとは違って礼儀というのを知らないわけではないはずだから……多分、学年と風紀委員とを天秤にかけ、風紀委員長という方が偉いと判断したのだろう。 恐ろしい奴だ、こいつ。
「生徒会に出される部費や経費の計上で、貴様ら茶道部は昨年となんら変わらない計上だ。 その急須の窃盗自体、去年からあったものなのか? 盗まれているならその分経費も増えるだろう?」
「お前、そんな生徒会の仕事みたいなことまで覚えてるのか……?」
「当たり前だろう。 学園の風紀を保つために必要な情報だ」
凄い奴だとは思っていたが……ここまでとは。 そんな細かいデータまで頭に入っているなんて、恐ろしいにも程がある。 この分では経費を多くもらうような真似をしたら、直ちに部活ごと潰されかねない。
「ううん、違うよ。 これが、この事件の妙な部分なんだ。 急須が盗まれる頻度は、週に一度ほど。 その週によって曜日も違うから、規則性はなし。 けどね、急須は盗まれたその次の日の朝、必ず戻されているんだ」
「盗んだ急須が戻される……ですか。 妖精の仕業ですかね?」
「あ、そうかも!」
クレアが言った冗談に、大真面目で返す西園寺さんである。 最近、俺は西園寺さんの将来が段々と心配になってきた。 大丈夫かな、西園寺さん。
「この茶道部に妖精さんはいないかな、あはは」
「いたらそっちの方が大事件ですよ……それで、時間は?」
大事なのは、盗まれた時間だ。 その時間が分かれば、大体は絞り込むことができる。 そう思い、俺は聞いた。
「朝だね。 私と雪原さんは毎朝、ここでお茶を一杯飲むことにしているんだ。 急須で温かいお茶をね。 でも、確かゴールデンウィーク明けくらいだったかな? 急須が盗まれるようになったんだ」
「朝、ゴールデンウィーク明けか」
俺は思考する。 事の発端は、ゴールデンウィーク。 恐らくそこに原因はない。 盗む切っ掛けになった出来事、所謂動機はそこに存在はしないだろう。
「当然、ある程度のことは調べてますよね?」
「もちろん。 それでも解決しなかったから、ああして回りくどい方法で君たち歴学部に頼んだんだよ」
となれば、そのゴールデンウィーク周辺のことは調査済みだ。 そして、容疑者は恐らく部員全員……ということだろうな。
「柊木、茶道部の部員で過去に非行をした奴とか分かるか?」
「さすがにそこまでは把握していない。 まぁ、調べれば分かるから調べておこう」
「任せた」
六人、その内の誰かが急須を盗んでいるか、それとも外部の人間か。 しかし盗んだとしても、次の日に返す理由はなんだ? 盗むことと返すこと、なんのためにそんな危険を繰り返す? そこにメリットがあるとは思えない。
「ええっと……確か、学校の物は持ち出し禁止、だったよね?」
「ああ、基本はな。 許可を取れば可能だが、部員全員と顧問の許可が降りればだ」
「へ!? そうだったんですか!?」
……今、明らかに一人「ヤバっ」という顔をした奴がいる。 誰かは言うまい、俺は何も見なかったし聞かなかったのだ。
「ごめん、調査をする前に一つだけお願いがあるんだ」
「聞けることなら」
俺が言うと、小暮はそのお願いを口にする。
「今回の件、私としては穏便に済ませたいんだよ。 もちろん部員の誰かがやってるなんて思いたくないし……けど、もしも部員の中に居たときは、まずは私に教えて欲しい。 最悪の場合って退学でしょ? そういうのは嫌なんだ」
「……ま、小暮先輩がそれが良いなら」
正直そこは、デリケートな問題だろう。 部員に対する説明もしなければいけないだろうし、その後のことを考えれば……当人にとって、当人の意思を尊重することこそが、本当の優しさではないだろうか。 まぁ、窃盗は罪だ。 許されて良いことではない。 しかし、それを裁くのは俺たちではないことは、明白だ。 俺たち歴学部がするのは、犯人を見つけること。 そして、その犯人を小暮へと受け渡すことだ。