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俺とルールと彼女  作者: 幽々
日常の世界
166/173

果たし状 【1】

「……うぃーっす」


 季節は移り変わる。 春が終われば訪れるのは夏。 そんな四季の移り変わりを感じて、感慨深い気持ちになれるほど、残念ながら俺は詩人ではない。 あっついんだよ馬鹿。


「あ、成瀬(なるせ)くんだ」


「……おう、成瀬くんだ」


 部室に居たのは、西園寺(さいおんじ)さんただ一人。 どうして涼しい顔をしているんだろう? 俺不思議だよ。 この世の神秘ってやつをひとつ見つけてしまったよ。 西園寺さんの体内にはエアコンが付いているに違いない、それか類まれなる技術の結晶で、冷却機能が完備されているに違いない。 じゃなければ、この目の前にある神秘に説明が付かなくなってしまう。 西園寺さんに関しては生き、歩く度に様々な伝説や神秘、果ては未知なる発見まで生まれてしまうからな。


「なんだか元気ないね」


「そりゃ……七月だろ? で、この暑さ。 それでも元気があるのは西園寺さんくらいだな」


「そうかな?」


 言いながら、西園寺さんは俺から校庭に視線を向ける。 何かあるのかと思い、俺もそこへ視線を向けた。 すると、目に入ってきたのは今さっき西園寺さんが言った「そうかな?」という言葉を裏付けるもの。


「……なんであいつら追いかけっこしてんの?」


「クレアちゃんが、(すずめ)ちゃんを怒らせちゃって。 それで、さっきまで二人ともここに居たんだけどね」


「この暑さの中あいつらは馬鹿か……。 怒らせたって一体何言ったんだ、あいつ」


 にしても元気が良いこった。 クレアの底知れぬ体力もそうだが、柊木(ひいらぎ)も柊木で身体能力高いからなぁ。 あいつが木刀を持てば、たぶん人が平気で死ぬレベル。 今思えば、異能の世界にあいつが居ればどれだけ心強かったことか……恐らくクレアと柊木の二人で余裕だっただろうな。 人間というか化け物の類である二人だ。


「……ん。 ん、ん」


 と、横で唐突に西園寺さんが咳払いをする。 夏風邪でもひいたのかと思い俺は声をかけようとしたのだが、それよりも先に西園寺さんが口を開いた。


「まぁ確かに柊木は私よりも成績は良いですけど、女子力としては断然私の方が上ですね。 だってほら、私には彼氏がいるので」


「……急にどうしたの?」


「えへへ、クレアちゃんの真似。 似てた? 最近ね、クレアちゃん成瀬くんの話ばっかなんだよ」


 ああ、そういうこと。 というか今の言葉を柊木に言ったのか、あの馬鹿は。 俺のいないところで何恥ずかしいことを言っているんだよ……まぁ良いけど。 それよりも西園寺さんのモノマネ芸が段々と腕を上げている気がする。 これは俺も負けてはいられない。


「だな。 ならば私と貴様でどちらが実力は上か、試すとしようか」


「……急にどうしたの? 成瀬くん」


「柊木の真似。 どうせこんなところだろ、あいつが言ったとしたら」


「わ、すごい。 そっくりそのままだったかも。 成瀬くん、すごいね」


「うん全然嬉しくない」


 言いながら、俺はようやく席へと腰をかける。 そして鞄を今日は物が散らかっていない机の上に置いたとき、思い出した。 この暑さにやられているのは俺だけではないと思って、飲み物を自分の分含め、四つほど買ってきていたんだ。 この俺が! 自主的に! 皆のことを思って! 飲み物を買ったのだ! これはもう、ノーベル平和賞も狙える出来事である。 平和の使徒、成瀬陽夢の誕生である。


「ほら、お茶」


「え、良いの? 明日は雪かな……ありがとう」


 西園寺さんはお茶を受け取ると、遠くを見るように外を眺める。 なんだそれ、すごく失礼じゃありませんか? 俺が気を利かせるのがそんなに変か? 今すぐそのお茶を返上しろ。


「降れば俺も嬉しいけどな」


 そうして、俺も自分の分を取り出し、喉を潤す。 暑さがこもった部室の中で飲むお茶はまた格別だ。 このときのために一日頑張っていると言っても過言ではない。 第一、気温が三十度を超えているというのに平気で授業を行うのはどうかと思うのだ。 クーラー付けろクーラー。 それが駄目なら休校にしてくれ。 大体そんな文句を言うと「昔はクーラーなんてなかった」ともっともらしい返事をされるが、それを言うなら昔は服なんて着てなかっただろと俺は言いたい。 文明の利器を活用してこその人類だろう、発展を遂げてこその人間だろう。 そんなことを思いつつ、依然として涼し気な西園寺さんを眺める。


「……別にあいつら待たなくて良いだろ。 ぬるくなったら勿体ない」


「かな? えへへ、それじゃあ……いただきます」


 お茶を持ち、窓の外を眺めていた西園寺さんに向けて言う。 西園寺さんはそれでようやく動き出し、まだ冷たいお茶に口を付けた。 律儀というかなんというか……結局簡単に言ってしまえば優しい、ということになるのかな。


「夏だね」


「……そうだなぁ」


 こうして、西園寺さんと二人で居るとどうしても思い出してしまう。 去年の七月、その幾度となく繰り返された七月のことを。 きっとそれは西園寺さんも同じで、だからこそ一年が過ぎ去って訪れた七月は、新鮮だった。


 異常。 あの番傘の男が出してくる課題は、春以降はない。 束の間の休憩というべきか、今までだとすぐさま次の課題が来ていたのだが、それが同時に警戒心を高めてしまう。 きたらきたで文句を言い、来なかったら来なかったで不審に思う。 それも無理はないことだが、人間ってどうしてこうも我侭なんだろう。


「あ、そうだ。 そういえばね、活動することあるんだ、実は」


「ん? 部活としてってこと?」


 思考の海に身を委ね始めたそのとき、西園寺さんが口を開く。 そして言いながら、鞄からA4用紙を一枚、取り出した。 綺麗に畳まれたそれを西園寺さんは俺へと突き出す。


「そう。 なんか、ちょっと変な内容なんだけど……」


 それを西園寺さんから受け取り、俺は目を通す。 変な内容というのが気になったし、どのみち部活としての要件ならば、目を通さないわけにはいかない。 サボれば間違いなく柊木に叩かれる。 怖い。 痛い。


「果たし状……捨てて良い?」


「だめ! 折角来たお手紙なんだから、捨てちゃだめだよ!」


「いやでもこれ、明らかに誰かのいたずらだろ。 こんなのに付き合ってる暇はない」


 言いながら、俺は紙を丸め、ゴミ箱に放り投げようとする。 書いてあった内容はとてもじゃないが、部活として活動するのには程遠い内容だったからである。




――――――――――――


 果たし状。 我ら一部活は、歴学部に対して宣戦布告をする。 かつての数学準備室、そして現在の歴学部部室、その部屋を賭けての勝負、いざ尋常に受けよ。


 我らは潜む者故、正体は明かせない。 つまるところそれを賭け試合の内容にと思う所存である。


 歴学部よ。 我らの正体を見破るが良い。 期限は一週間、その間までに歴学部が我らを見つけることができれば、部室の件は諦めよう。 しかし、それを成し遂げることができなかったそのときは、部室を頂戴に参る。


――――――――――――




「だーめ!!」


 と、そんなことが書かれた紙は、俺の手元からゴミ箱までの途中で、西園寺さんによって阻止された。 うわぁ……最悪の流れになってきちゃったよ。 ていうかこんなの受ける義理なんてなくない? なくなくない?


「……まさか、こんな馬鹿がしそうなことに付き合うっていうのか?」


「クレアちゃんと雀ちゃんは面白そうって言ってたよ? だからほら、成瀬くんも」


「いや別に、あいつらがどう思おうが俺がやろうとする理由にはならない。 協調性を強調してくるのは女子の特徴か。 そんなんだとこの先生きていけないぞ」


 西園寺さんは俺のことをジットリとした目で見る。 おい、言っておくがギャグで言ったわけじゃないからな。 笑ってくれなかったからそういうことにしているわけでもないからな。 だからやめてね。


「……仮に受けたとして。 負けたら部室がなくなるんだぞ。 まぁ最悪そんな約束知るかで済む話だけどさ」


「えへへ、大丈夫だよ。 成瀬くんがいるもん」


「俺を頼りにするのやめてくれませんかね……。 俺が一番嫌いな言葉は責任感なんだよ。 で、一番好きな言葉は無責任って言葉。 俺は一切責任を負わないぞ」


「成瀬くんらしいかも。 よーし、それならいざ勝負! えいえい、おー!」


「……帰るか」


「すぐに帰ろうとしないでっ! あ、ほ、ほら! お菓子! お菓子あるから!」


「そんなんで俺が残ると思ってんのか……まぁ残るけどさ」


 西園寺さんが持ってくるお菓子はめちゃくちゃ美味しい。 だから仕方なく、俺は再度席に着く。 さて、どうしたものかね。 餌付けされている件についてはいつか直すとして、どうやらこの流れだと流されてしまいそうな気がしてくる。


 正直言って、この果たし状とやらはメリットが皆無。 ただの暇潰し程度にはなりそうだが、明らかにデメリットが大きすぎる。 で、それに対してのメリットは少ないどころか皆無なんだ。 まぁつまり、言ってしまえば受ける理由がないということ。


「いやぁ……良い汗掻きましたね。 暑いです」


「そうだな。 良い運動にはなった」


 と、そこで帰ってくる馬鹿二人。 こいつら何打ち解けているんだよ、喧嘩したあとの不良かお前ら。


「おうお疲れ。 丁度事情を聞いてたところだ」


「お、成瀬です。 珍しく今日は早いですね」


 俺の言葉に真っ先に返したのは、クレア。 いつも通りのシャツに改造スカートという出で立ちで、ソファーへ勢い良く腰掛け、疲れからの声を出す。 行動だけ見ればおっさんだな。 とても女子高生には見えない……。


「教室が暑すぎてな。 こっちの方が風が抜けるし、まだマシなんだ」


「お前の場合は体力がないからな。 少し走り込みでもすればいい」


 柊木は言いながら、机の上に置いておいたスポーツドリンクを手に取る。 おいそれは確かに俺がお前に買ってきた物ではあるが、なに自然にパクってるんだよ。 自然な動作すぎて何も言えなかったじゃないか。 置いてあるじゃんラッキー! くらいに思ってそうで怖い。


 ……んで、気付けばいつの間にかクレアも勝手に飲んでるし。 こいつら、まさにお前の物は私の物って感じだな。 家で真昼に対して俺が取っている態度と一緒だ。 外から見るとひどすぎて言葉がでない。 しかしだからと言って、俺が真昼に優しくする理由にはならない。


「まぁ……それより。 この件、お前らどう思っているんだ?」


 俺は言い、西園寺さんが体を張って止めた、くしゃくしゃに丸まった紙を広げ、机の上に置く。 二人とも既に目は通していたからか、その紙は見ずに口を開いた。


「決まってます! 犯人を見つけて、逆に部室を奪いましょう! そうすれば私たちの領土も広がります!」


「学校で領土広げんな。 柊木は?」


「私か? 私は特に。 だが、風紀委員としては見過ごせない案件ではあるな。 よって、犯人を見つけて少し、絞ろうかと」


「……本当に少しなのかなそれ。 良い、もう分かった。 お前らろくに考えもせずにこれ受けようとしてただろ。 言っとくけど、勝ち目ないぞ」


 言いながら、俺は机の上に広げられた果たし状を指でさす。 そうだ、この試合に勝ちはない。 あるのは負けることのみで、最悪でも引き分けに持っていける程度のゲームだ。 その引き分けというのも、権力を使って……言わば教師たちに助けを求めるという最終手段を使い、引き分けにすることしかできない。 俺たちのできることだけでは、負けるようになっている。


「負ける? えっと、どういうことだろ?」


「勝ち目がない。 よく読め。 最初に「我ら一部活」っていう表現をしてるのに……二文目。 勝敗の決定のところだな。 そのときは「我ら」にすり替えられてる。 だからこいつらが何部だってことを見破っても、誰が所属しているのかまで調べないといけないってこと。 俺たちが見つけなければいけないのは、部活ではなく個人の名前だ。 それを一週間でしろっていうのは、不可能だろ。 誰かもどの部活かも分からないってのに」


 俺たちの高校には、部活は多い。 それを特定したところで、実態不明な部活は数多くある。 中には名前だけなんてものもあるし、そういった部活は名簿だって曖昧なもの。 よって、マイナーな部活だとしたらもう終わり。 向こうもそれは分かって仕掛けてきているということ。


「ほえー、なるほどですね。 でも、一人でも分かれば余裕じゃないですか? 脅迫して聞き出せば。 向こうが喧嘩を売ってきているなら、ほら、数発殴って」


「お前相変わらず発想怖いな……その実力行使はやめてね。 まぁ仮にそれをやったとして、そいつ自身が知らなかったらどうしようもないだろ」


「……知らなかったら? 自分が所属している部活動だぞ、部員の名前を知らないわけがないだろう」


「幽霊部員ってのもいるだろ。 マイナーなとこならあり得ないことじゃあない。 兼部だってできるわけだし、入ったは良いけど一回も来ない奴がいたらそれで終わり。 そういうのは恐らく全部考えた上で仕掛けられているんだよ。 だから、これは受けた時点で負け」


 要するに罠みたいなものってところか。 受ければその時点で負けが確定し、部室が奪われることも確定する。 そういう戦法で部室を奪うというやり方だ。


「ですが、仕掛けられた戦いを避けるのはちょっと嫌なんですけど。 納得できないです」


「……」


 クレアの言葉に、俺は一度目を瞑る。 こいつは本当に真っ直ぐすぎて、自分の道がしっかりとしていて、少なくとも俺から見たらそんな奴で。 それがきっと、こいつの良いところなんだ。 そして何より、クレアにそう言われると俺の選択肢は酷く狭まってしまう。


「分かった、ならやろう。 方法がないわけじゃない」


 というわけで。 俺は意図せずこうして果たし状に挑戦することになったのだった。 勝つためでも引き分けるわけでもなく、負けが決まった戦いを。

こっそりと再開致します。

投稿間隔は多少開くかもしれません(数日程度)


大変遅くなりましたが、宜しくお願い致します。

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