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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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プロローグ

……ええと。


まず、最初にやっぱり謝るべき。 結末がこんなことになってしまってごめんなさい。


私だって予想していなかった。 だからこんなことになるとは思わなかった。 言い訳かもしれないけど、彼のように言えば私は彼の気持ちを知らなかったのだ。 だから仕方ない仕方ない……仕方ないですよね。


とにかく、今更ながら物語は続いてしまった。 私の話は続いてしまった。 けれど、今はとても不幸じゃない。 幸せだ。 本当に、本当に本当に本当に幸せだ。 その権利は、今日彼に沢山貰ったから。 これ以上ないというほど幸せなことと、これ以上ないというほど幸せになる権利を……彼に沢山貰った。


私が何より嬉しかったのは、彼が私のことを思い出してくれたことだ。 キーホルダーのおかげで気付けたと彼は言っていたけど、その詳細はまだ聞いていない。 それはいつか彼には聞いてみようと思う。 今は、ちょっと無理。 聞いたら更に幸せになってしまいそうで、私の容量を超えてしまう。 何をしてしまうか自分でも分からない。 とにかく嬉しい、嬉しい、嬉しい。 嬉しかったんだ。 それに、私が忘れてしまっていた大切な言葉も、彼のおかげで思い出せた。


私が友里に言われた、大切な言葉。 友達とは何か、という私の質問に対して、友里が言ってくれた言葉。


一緒に馬鹿なことをやって笑って、喧嘩したりして嫌いあったりしたりして、それでも一緒に居たいって思うのが、友達かな。


友達、か。 私に初めてできた、大切な友達。 彼も友達だったけど、今日を境にそれは少し変わってしまったのが残念かも。


……いいや、残念なんかじゃないか。 幸せなことだ、これは。


忘れても、彼は私を見つけてくれた。 そして夢にも思わなかった言葉を私に告げてくれた。 あ、いや、夢には何回か思ったかも。 でも本当に世界で一番欲しい言葉だったから。 これが夢だったら、私は本当に死んでしまう。 夢じゃない、夢じゃない……ですよね?


そんなふわふわとした気持ちで思考を巡らせていると、すぐに分かれ道へとやって来た。 いつものように、この場所で私と彼は別々の道へと進むことになる。 でも、今はあまり寂しくもなかった。 何より嬉しいことは、確実にあったのだから。


それから歩くこと数分。 やがて、私の家が見えてくる。 神田が経営する喫茶店で、灯りは消えている。 その前で立ち止まり、深呼吸を一度した。


さすがにこの時間となれば、神田は寝ているだろう。 だから、話をするにしても明日になりそうだ。 と思い、扉に手を掛ける。 そのときだった。


「……おねえ? おねえ!? おねえだ!!」


上から声。 見ると、こんな時間にも関わらず、元気に起きている私の妹が居た。 ああ、そうか……神田は寝ている時間だけど、リリアは起きている時間だった。 これは、失敗。


「神田ぁ!! おねえが帰って来たぁ!! 神田ぁ!!」


と、叫びにも似た声をあげながら、リリアは家の中へと入っていく。 それからすぐに、喫茶店の灯りは灯った。


「……はぁ」


一度得られた安心感は消えて、不安感に襲われる。 神田には反対されて、それでも一度押し切った手前、どんな顔をすればいいのか分からなかったんだ。 神田は「家はなくなったと思え」と言ってたし……ここでもし、出て行けと言われたらどうしよう。 そんなことを思い、不安感に押し潰されそうになっていく。


「……」


どうしても、その扉は開けなかった。 どうしよう。 逃げ……駄目だ。 ここで逃げては、駄目。 それくらいは分かる。 逃げるのも、前に進むのも、できない。 だから私は馬鹿みたいに、その重い扉の前で立ち尽くす。


しかし、それも数秒のことだった。 その扉が中から、あっさりと開かれたせいで。


「……不良娘、どこほっつき歩いていたんだ」


「……あ。 えっ、と」


何を言えば良いのか、どうすれば許してもらえるか、私は、家族なのだろうか。 そう思い、言葉に詰まる。


でも、やっぱり結局は、私の思い込みの話でしかない。 成瀬が言うように、これはきっと……。


「早く入れ大馬鹿娘。 んでとりあえず座れ。 逃げるんじゃないぞ」


「……はい」


神田は怒っているように言うと、喫茶店の中へと行く。 私はその背中に怯えながらも、付いて行く。


「……おかえり」


「え?」


小さく、本当に小さく、神田は私に背中を向けながら、頬の辺りを指で掻きながら、そう言ったんだ。 聞き間違いでも、思い違いでもない。 確かに、そう言った。


「……ただいま」


私はバレないように笑う。 そして、言いながら家へと入っていく。


私の、大切な、家へと。




しかしながら、ここまで綺麗に終わってしまうとなんだか気味が悪くもある。 私が感じている違和感とは少し違うけど……今回のこれは、成瀬のやり方が無理矢理にそうさせたのかもしれない。 そして、まったく事態が飲み込めないというか理解しきれていない私だけど、そんな私にも分かることはひとつあった。


……成瀬と付き合うことになってしまった。 という、事実。


あ! いや、でも。 成瀬は確かに私に対して好きだと言ってくれて、付き合ってくれと言ってくれた。 でも、そういえばそれに対する答えを私はしていなかった気がする。 もう、その記憶さえごちゃごちゃになっていて、自分が自分でないような感覚さえ受けてしまう。


……あれ。 私たち、付き合っているんですよね? いや、でも。 でも、恋人としての約束……ルールは決めたような、気が。 ああ、あれはもしかして何かの勘違い? それとも幻聴か。 もし明日、成瀬に会って私が認識している事実が違ったら……どうしよう。


そんなことを思いながら、ベッドの上で勝手に一人で不安になった丁度そのときだった。 私の携帯に、一通のメールが届いた。 夜遅く、もう時計は二時過ぎを指している。 そんな遅くに、一通のメール。


「……馬鹿ですか」


どうやらこれでは、私の容量を超えてしまいそうだ。 まったくどうしたものかと思いながら、私の頬は緩んでいた。 そして参ったなと思いつつ、私はベッドから起き上がる。


いきなり悪い。 ちょっと話したくて、今から会えるか? なんていうか、こう言うのもあれだけど……確認、みたいな。


そう書いてあったメールは、私が出したのではと勘違いしてしまいそうなほどに、私の今の気持ちそのもので。 それがやっぱり、私は嬉しいのだ。


私は着替え、家を出る。 三月はもう終わり、春をを迎えて暖かそうな夜、吹く風はやっぱり暖かい。 四月ともなれば既に桜は咲いており、花びらはちらちらと私の前に落ちてくる。 その光景をしばし眺めたあと、私は歩き出した。 ついさっき別れたばかりだというのに、一時間も経っていないというのに。 また、会えるのか。


空を見上げた。 良くも悪くも、いつも通りの星空。 でも、その星空は少し違って見えて、新鮮で。


今なら言える。 今更ながら言える。 だから最後に言っておこう。


こうして、私の話は続いていく。 終わることのない、クレア・ローランドの話は続いていく。 彼に幸せと、その権利を授かりながら。 彼に幸せと、その権利を与えながら。


回り道で疲れながら、迷い道で途方に暮れながら、寄り道で暇を潰しながら、脇道で目を逸らしながら、近道で楽をしながら、帰り道で笑いながら、裏道で寂しくなりながら、大道で堂々と歩きながら、小道で心細くなりながら。


それでも、彼のところへ行くこの道だけは、一本道だ。 どれだけ長くても、どれだけ困難だったとしても、その先に彼が居るのなら私は進む。 私は歩く。 もう逃げたくはない、もう離れたくない。 私と付き合う選択を取ったことを後悔させてやろう。 今まで我慢させられてきた想いを沢山、沢山沢山沢山! 彼に向けよう。


私はそんなことを思いながら、桜の花が舞う中を歩いて行った。 彼のもとへと向かって。 そして今度は、お店の中に居た神田にしっかりと事情を話して。


……そういえば、ひとつ訂正しなければいけないことがあった。 冒頭で、私が言っていた「もう二度と味わえないだろう瞬間」のこと。 あれを少し、訂正しようと思う。 少しだけ。


正確に言えば、正しく言えば、それを超える出来事は確実にあったから。 一日どころじゃ済まなさそうで、多分一週間くらいは寝れない夜が続いてしまうかもしれない。 背、もう少し欲しいんだけどな……。


ともあれ!


そろそろ幕を閉じようと思う。 いつも、どんな感じだったっけ。 ええっと、確か。


それから。


それから、私は彼と会った。 数時間ぶりでしかない再会だったけど、その再会は何年越しかのように嬉しかった。 なんだか照れくさくて、それでも嬉しくて。 彼もきっと、そんな想いだったはず。 顔を見てしまえば、雰囲気を感じ取ってしまえば、分かってしまうから。


「今度、二人でどこかに行きませんか?」


私は彼に言ってみた。 その言葉を出すのに、どれほどの葛藤があったのかは秘密。 そんな言葉を平静を装って言ったのだけど、その言葉はやっぱり随分恥ずかしかった。


「ああ、そうだな。 行こう」


彼は私に言った。 彼も平静を装っていたみたいだけど、やっぱりそれは恥ずかしそうだった。

以上で第五章、終わりとなります。

お気に入り登録してくれた方、評価を付けてくれた方、感想を書いて頂いた方、ありがとうございます。


次章は現在執筆中で、日常ミステリー風なお話となります。

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