クレア・ローランドの課題 【15】
走る。 米良と少し話し込んでいたこともあり、残されている時間はもう一時間を切っていた。 俺は伝えなければならないんだ。 クレアに、言わなければならないことがある。 それを言えば、あいつはきっと泣いてしまう。 だけど、もう向き合わないなんてことはできないから。
……俺は、傷付けてしまうのが嫌だったのかな。 仲が良くなってしまった奴らのことを傷付けるのが嫌だったんだ。 だから、何も起きないように、知らない振りをしていた。 それはやっぱり残酷なことでしかないというのに。
ここで引き返すことはできない。 米良が言うには俺がクレアに会っても意味はないと言っていた。 仮に俺が告白しても、意味がないと言っていた。 それは事実だろう。 分かっているよ、そんなことくらいは。 あんな偉そうなことを俺は言ったけど、正直どうなるかなんて分からない。 でも、やれるだけのことはやりたい。 今までのように、気付かない振りはもうできないんだ。
「はぁ……はぁ……」
あいつが居る場所は、大体分かっていた。 いつか同じだったように、クレアが来そうな場所なんてひとつしかない。
俺の目の前にあったのは、少しだけ大きな雑居ビルだ。 今でもまだテナント募集の張り紙がしてあり、中には誰もいない。 俺とクレアにとっては、少々特別な場所と言っても良い。
あいつはここに居る。 ここで、死のうとしている。 誰にも気付かれないように、一人でだ。
……誰からも助けられることはないと、あいつは思っているのかな。 まぁ、俺も俺で絶対に助けられるとは言えないけど。 言えないけど、助けられるとは信じている。 俺の言葉はあいつには届かない、少なくとも、今のままでは。
俺はそのまま階段を駆け上がる。 いつもなら体力が途中で尽きているはずなのに、今日は不思議と足取りは軽かった。 そして、気付けば屋上へと繋がる扉の前に、俺は居た。
「……」
一度唾を飲み込み、俺はドアノブに手をかける。 ゆっくりと力を入れ、またゆっくりとドアを押す。 ここまではすぐに来れたというのに、このドアは果てしなく重い。 ただ開けるという動作に、十秒ほども時間をかけて、俺はその扉を開けた。
「……よう」
「……え?」
最初に出てきた言葉は、そんなものだった。 声に出してみるとそれは案外すんなりと出てきて、俺でも意外に思うくらい、自然に声をかけられていた。
クレアは、そこに居たんだ。 俺の予想通り、そこに居た。 手すりに腕を起き、その腕に頭を預けて、街中をクレアは眺めていた。 俺が声をかけるとクレアはやっぱり驚いて、振り返る。 振り返ったときには既に驚いていたから、多分声で分かったのだろう。
「あんま、勝手なことをするんじゃねえよ」
「……なんで。 だって……あ、だ、誰、ですか」
クレアは俺から顔を逸らして、言う。 この期に及んで、未だに俺のことを忘れている振りをしているらしい。 ああ、そうだよ。 こいつは俺たちのことを忘れてなんかいない。 別にそれに証拠があるというわけでもないけどな。 ただ、俺が西園寺さんらしいことをしたってだけだ。
クレアの立場になって、考えてみただけ。 難しいことだったけど、俺が知るクレアだったら、そうしていたんじゃないかというひとつの可能性だったけども。 それもこうして今、話したことによって確定した。 クレアは、俺たちのことを忘れてなんかいない。 こいつが取る選択肢、その中でも俺が思う、こいつの選びそうな選択だ。 それを、感じただけのこと。
「クレア、話がある」
「……っ」
俺が言うと、クレアは俺の方目掛け走ってきた。 それを見て、俺はすぐさま開けられたままだった扉を閉める。 クレアはこの場面、この状況だと、逃げ出すかもしれないと思っていたから。
「私には、ありません」
「けど、俺にはある。 まず、最初に言っておくけどな」
クレアは逃げることはできないと判断したのか、俺との距離を再度取り、言う。 一歩二歩後ずさって、再び手すりの場所まで戻っている。 数メートルはありそうなその距離が、俺とクレアの距離を表しているのは分かりきったこと。 だったら、ゆっくり縮めるしかない。 時間はないが、それしかない。
「お前のしたことは、全部分かった。 お前が課題を終えてないことも、俺たちのことを忘れた振りをしていることも、お前の気持ちもそれなりに、俺は分かったつもりだよ」
「……そうですか。 やはり、ここに来るべきじゃありませんでしたね」
クレアは目を瞑ってそれを聞くと、閉じた目を開いて、俺の顔を見て言った。 観念したのか、俺との話し合いはとりあえず受けて立つということか。
「米良のことは、覚えているか? あいつさ、なんか未来が見えるとか言って、それでお前が死ぬって言われた」
「そうですか。 少なくとも、ハズレではなさそうです」
「……お前の夢ってさ、なんていうか、あれだろ。 俺に関係していること……で良いんだよな」
それは最低限確認すべきだと思い、俺は言う。 それを言うのはやっぱり恥ずかしかったけど、それでもそんなことは言っていられない。
「はい、そうです」
しかし、対するクレアはそんな素振りも見せずに、ハッキリとそう言った。 そう言われてしまうと、なんだか俺が馬鹿みたいで嫌なんだけどな。
「米良には言われたよ。 俺の言葉じゃお前には届かないって。 俺がお前に告白しても、お前はそれを聞かないだろうって」
「……ええ、その通りですよ。 私はもう、疲れました。 生きているのは、疲れます」
「はっ、十六歳が言う台詞じゃないぞ、それ」
「そうですかね。 私は、人殺しですから」
俺が冗談混じりにそう言っても、クレアは調子を変えずに、淡々とそう返してくる。 こいつがこういう雰囲気のときは、とってもやりづらいんだよな。 普段は馬鹿みたいなことを言ったりする癖に、真面目な話じゃ雰囲気がまるで変わるんだ。 俺が知っているクレアは、そういう奴だ。
「俺だって疲れたよ。 こんな異常に巻き込まれて、挙句の果てに馬鹿な友達を持った所為で。 馬鹿で間抜けで考えなしの友達が居る所為でな」
「……でしょうね。 言いたいことはそれだけですか?」
俺の言葉に、クレアは苛立ちを隠さない。 その瞳に怒りを込め、俺に向けてくる。
……ああくそ、だから怖いんだって。 こいつと殴り合いとかになったら百パーセント俺が負けるだろうし、キレてくれるなよ。 古くから伝わる決闘なんてしたら、間違いなく俺は負ける。 クレアだからというわけではなく、真昼でも柊木でも、もしかしたら西園寺さんにすら負けるかもしれないな……俺。
「まだあるに決まってんだろ。 お前さ、さっき自分のことを人殺しだって、言ったよな」
それは恐らく、クレアがずっと思っていたこと。 人殺しの自分が楽しんでいて良いのか、こんな平和に暮らしていて良いのか、そういうものにこいつは今までずっと、悩まされてきていた。 いつか、俺はこいつにそれを軽くだったけど、聞いたことがある。
「……そうですね」
クレアは目を少しだけ細めて、言った。 俺はそれを聞き、返す。
「だからなんだよ。 お前の過去は変えられないし、やったことも変わらない。 だけど、未来は変えられる。 お前がどうしたいかで、それだけだろ」
結局、人間は我儘で傲慢だ。 誰だって楽をしたいし、楽になりたいと思っている。 それに少しだけ人と人とで差があるだけで、根本的な部分なんてなに一つ変わらない。
「俺は、お前と仲良くいたい。 人の道理をお前が外れていたとしても、それは変わらない」
「人殺しと仲良くだなんて、笑えますね。 後悔、しますよ」
クレアは笑って言う。 かつて、同じようなことをこいつには言われたっけな。 そのとき俺はまともな返事はできなかったけど、今ならそれもできるんだよ。 お前と一緒にいて、いろいろ学んで。 俺にはやっと、ひとつの俺の気持ちが分かったのだから。
「ああ、そうだな。 普通に考えたら変だし、おかしい。 お前とは距離を置くってのが、無難で最善の選択かもしれない。 けどよ、生憎俺は普通じゃないからな」
そうだ。 誰が普通なんてことを決めたと言うんだ。 それもまた、人それぞれでしかない。 普通、そいつにとって、こいつにとって、自分にとっての普通なんてものは……自分で決めるものなのだから。
「俺はヒーローじゃなきゃ、主人公でもねえ。 だから、そんなの知ったことか。 だったらお前と一緒に居たいって思っても良いだろ?」
「……私は。 私はそれでも、嫌なんです。 私の何が分かるって言うんですか、今まで散々無視をしてきたあなたに」
まったく……きっついなぁ。 そのひと言、俺は一年は忘れないぞ。 ガラスの心の俺をあまりいじめてくれるなよ。
「何も分からない。 俺はずっと、目を逸らしてきたからな。 でも、今のお前は、今のクレア・ローランドは知っている。 そんなお前と一緒に居たいってことの何が悪い? お前が過去にしたことなんて、俺は知らねえんだよ」
そして、俺は続ける。 クレアに言いたかった言葉を。
「一緒に馬鹿やって笑って、喧嘩して嫌いあって、それでも一緒に居たいって思うのが、友達だろうが」
「……あ」
クレアはそこで、驚いたような顔をした。 俺には良く分からない、分かれないことだったけど、クレアの心が少しだけ、動いたような、そんな気がした。
「もう、終わりでいいですか? 成瀬が私に言いたいことは」
「悪いけどまだある。 俺の話は長くて退屈で鬱陶しいのが取り柄だからな。 それよりそっちは聞きたいこととかないのか?」
クレアはそこで小さくため息を吐き、口を開いた。 未だに、こいつの気持ちを動かせることはできない……か。 米良の言うことは、間違ってはいなさそうかな。
「手短にしてくれると嬉しいんですけど。 私が聞きたいのは、ひとつだけですよ。 どうやって思い出したんですか? 私のことを」
「ん? ああ、これだよ」
俺は言いながら、いつかのキーホルダーをクレアに見せる。 今も尚、クレアのポケットから出ているのと同じキーホルダーを。
「……それは」
クレアはそれを見て、咄嗟にそのキーホルダーを隠した。 そして、俺に背中を向けた。
「分かりました。 私からはそれだけです」
声の調子は変わらない。 でも、クレアの表情が見えなくなった。 こいつは今、どんな顔をしているのだろうか? それが少し、知りたくもあったし気になりもする。 そうだな、こういうものか。
「……まぁ、あとは俺に任せるか。 もうそろそろだしな」
「何がですか」
「なぁクレア。 お前は俺のことが信用できないんだろ? 俺の言葉を聞くつもりはないってことは、そういうことになるんじゃないかって、俺は考えているんだけど」
依然として背中を向けたまま、クレアは俺に言葉をぶつける。 包み隠すこともせずに、ハッキリと。
「当たり前じゃないですか。 今まで散々無視をしてきて、それを今更だなんて……信じられませんよ、そんなのは。 都合が良すぎます」
「……そこまで言われると罪悪感がやばいな。 けど、だよな」
俺は卑怯だ。 正々堂々としたやり方をまずしないし、他人の力を利用したりもする。 結末が満足できるものならばそれで良いと考えて、そう行動をしている。 俺が思う成瀬陽夢とは、そういう人間なのだ。
だから、今回もそうしよう。 しかし、だな。
「クレア、俺はここに来る前、ひとつ頼みごとをしてきたんだ」
「……頼みごと? 誰にですか」
「お前も知っている相手。 番傘男にだよ」
「あいつに? 一体、何を。 まさか、私のことを」
「ああいや違う違う。 俺が頼んだのは、たった一個だけだし、そんな大したものじゃない。 クレア、お前なら分かるだろ? 俺がこの場面で嘘を吐かないって。 俺の言葉は信じられなくても、お前が思う俺がそう行動を起こしても、不思議ではないって分かるだろ?」
「……ええ、まぁ。 成瀬なら、人を使うのが大好きですから」
相変わらず、歯に衣着せぬ言い方をする奴だな。 別に人を使うこと自体は好きじゃないぞ、そっちの方が理に適っているというだけのことで。
「十一時二十九分。 俺がした要求はこうだ」
俺はクレアの背中に向けて言う。 今まで、クレアが俺にそうしてきたように。 今度は俺が、言葉を届けようとする番で、それはきっと届けなければならない。 クレアがいくら否定しようと、俺はそうさせてもらう。
「十一時半から十二時までの三十分。 俺に、嘘を吐けなくさせろってな」
「……は?」
元々は、クレアに嘘偽りなく俺の気持ちを伝えるためだった。 だが、今回はそれが逆に良い方へと働いてくれた。 クレアとしては俺の言葉を信じたくはない。 またいつ裏切られるかも分からぬ言葉なんて、信じられないだろう。 しかし、俺がもしも嘘を吐けなくなったのだとしたら。
その前提さえあれば、言葉は届けられる。 あの番傘男を利用してやる。 ああ、だとするとそうだな。 俺はやっぱり人を使うということが好きなのかもしれないよ。
良いか、米良。 俺は未来を変えてみせる。
「今から、俺がクレアに対して思っていることを言う。 良いか?」
「は、な、何を……そんなの、あれじゃないですか。 普通、そういうのは」
ここへ来て初めて、クレアが動揺した。 それと同時に、怖がっているようにも見えた。 まぁ、そうだろう。 俺が今から言う言葉は、俺の本心でもある。 そこに偽ろうとする気持ちもなければ、騙そうという企みだってない。 あるのは、俺が思っていることだけ。
これに対する一番の懸念は、当然ある。 俺が、言いすぎてしまうんじゃないかというたったそれだけ。 でも、そんなの今更だよな。 隠すことなんて、ないんだ。
「正直俺はさ、分からないんだよ。 人を好きになるとか、一緒に居たいとか、そういうのが全然分からない。 そりゃまともな人付き合いもしてこなかったんだし、当然なんだけどな」
「……ですが、成瀬は西園寺のことが好きだと」
「違ったんだよ、それは。 俺は好きだったんじゃなくて、憧れていただけだ。 それすら自分で分からなかったくらい、人を好きになる気持ちが分からなかった」
「そう、なんですか」
クレアは俺に顔を向けない。 ずっと、背中を向けたままだ。 けれど少しだけクレアの雰囲気は変わった気がした。
「お前は馬鹿で、間抜けで、考えが足らなすぎるし、暴力的だし、生意気だし、怖いし、俺と同じで負けず嫌いで、けどすぐ落ち込んで、一度の失敗で悩む大馬鹿だ」
「また随分な本音ですね。 ……ふふ」
何故かなんてことは分からない。 でも、クレアはそこで笑ってくれた。 表情こそ見えないが、笑ってくれて。 それが俺は少し、嬉しくて。
「ついでに言うと背も小さいし、手料理は男みたいだし、大雑把で適当で、我が道を進むタイプで、結構自己中なところもあって、たまにひっどい悪口も言うし、俺がなんか言うと真っ先に反論してきて、論破されると殴りかかってきて、更に言えばぬいぐるみとかキーホルダーとかの趣味も随分悪い。 悪いってか怖いだな。 そんで……」
「あの、なんですか。 私に対する悪口を吐きに来たんですか? というかまだあるんですか」
クレアは怒っていなかった。 その言い方は先ほどまでとは違い、それは怒っているというよりかは……呆れているだな、これは。 いや、でも俺自身ですらここまで悪口が出てくるとは思っていなかったから、許してくれ。
「当たり前だろ。 お前に対する不満なんて毎日山のように積もってるんだからな。 それじゃあ続けるぞ」
「……」
「それで、短気で……ついでに言うと、胸が小さい」
「っはぁ!? む、胸は関係ないじゃないですかッ! それはマイナス要素じゃなくプラス要素ですッ! いい加減にしないとぶっとばしますよ!?」
勢い良く振り返り、クレアは言う。 言うというか、叫んだ。 怒鳴ったと言っても良い。 同時に俺との距離をぐんぐん詰め、俺の胸倉を掴む。 だからそういうのが怖いんだって……マジで殴られそう。
「お前、泣いてたのか」
言おうとは思っていなかった。 でも、言葉が勝手に出ていた。 俺が思ったことをそのまま伝えてしまうこれは、さすがに危ない賭けだったかもしれない。 なんて、今更だよな。
「っ! ……成瀬のせいです」
「そうだな。 俺のせいだ」
クレアは再び俺から顔を逸らした。 そのまま俺に背中を向けて、小さくそう言った。 けど、離れることはせずに、その場で立ち止まる。
「クレアの気持ち……変な知り方だったし、あれからまともに話していなかったよな。 だから、俺は話に来たんだ」
「何度も言いますが、私には話はありませんよ。 もう、言うことはありません」
クレアの言葉を聞き、俺は再度「そうだな」と返す。 クレアにこれ以上何を言わせるというのだ。 ここから先の言葉、やり方は俺がしなければならないことで、クレアに任せるのは無責任すぎる。
「俺のことを好きになってくれてありがとう」
クレアの背中に向け、俺は言う。 目を逸らさず、しっかりと目を向けて。 これまで知らないようにしてきたことに、体を向けて。 意識を向けて。
思えば、いろいろとあった俺たちの話だ。 変な出会い方に、変なことを乗り越えて、それで今、変な風になってしまって。
もちろん、そんなのは誰のせいでもないのだろう。 なるべくしてなったとは言わないが、普通とは違う高校生活になってしまった俺たちに関しては、仕方のないことだったのかもしれない。
けど、今ある一番大きな問題は、何も変わらない。 一人の高校生が恋をしただけの話でしかないんだ。 そんなのはきっと、誰にでもあること。
「それは、凄く嬉しい。 クレアに好かれるのは、本当に俺は嬉しいよ。 だけど」
そこまで言って、言葉が止まった。
変だ、と思った。 俺は今日、この瞬間、俺の本当の気持ちを伝えるために異常をあいつに頼み込んだんだ。 そしてその本音は……クレアとは友達という関係が良いというもので。 俺はそれをしっかり伝えたくて、来たのに。 クレアの告白をしっかりと断って、それでもこいつをどうにかしたくて。 なのに、なんで。
なんで、言葉が出てこないんだ。 友達という関係が良い。 たったそれだけの言葉なのに、その言葉はどうしても口に出ない。
数秒、それが続いた。 長くも感じたし、短くも感じた。 俺はそのときに、いろいろと思い出した。
クレアとの関係。 これから先、どうしたいか、どうなりたいか。 ひとつひとつ、クレアとのことが思い出される。 こいつと、クレア・ローランドと一緒に過ごした時間を思い出す。 人狼の世界で、異能の世界で、日常の中で。 こいつはいつも、俺の味方で居てくれた。
ああ。
なんだ、そうか。
今更。 ようやく。 やっと、かな。
「俺は!」
ここに来て、俺はようやく気付けた。 本当のことに、辿り着けた。
「俺は、クレアのことが好きなんだ」
「……は?」
そこで、クレアは振り向いた。 その顔はまるで鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔で、もしかしたら初めて見た表情だったかもしれない。
「俺も、好きだ。 クレアのことが……だからクレア」
そこまで言って、さすがに言葉を止めようとした。 自分自身の気持ちに初めて予想が付き、やばいと思って止めようとした。 でも、それは止まらない。 その本音は、止められない。
「俺と一緒に居てくれ。 俺と付き合ってくれ。 俺と、結婚してくれ。 ……あ、いや、待て」
「……何を」
「お前は馬鹿だけど、そういうとこも好きなんだよ! 短絡的なとこだって好きだし、そんなお前とずっと友達だなんて俺は嫌だ。 だからクレア、俺はお前のことが大好きだ!」
ああ、最悪だ。 こんな最悪なことはきっとない。 でも、どうしてだろうな。 柄にもなく声を荒げて言ったその言葉たちは、今までにないくらいにすんなりと出てきたんだ。
「う、うるさいですっ! 今更、じゃないですか。 そんなの……今更で」
「でも、本音だ。 俺の、本音だ」
「そんなのはっ! そんなのは――――――――」
そこで俺は、クレアの体を抱きしめた。
小さな体は力を入れたら壊れてしまいそうで、だけど離さないようにしっかりと俺は抱き締めて。 小さいけれどしっかりと熱を持っていて、その体は小刻みに震えていて。 そしてクレアは抵抗せずに、俺の腕の中へと収まった。
「……卑怯です。 ずるいです。 不愉快です。 本当に、成瀬は」
「悪かったな。 でも、別に良いだろ、それでも」
「……はい」
長かったのか、短かったのか。 俺とクレアの関係が少し変わった今日この日、それがどういうことなのかは分からない。
でも、未来を変えることはできたんだと思う。 誰も助けてくれないのなら、俺が助けるしかない。
……それは少し違うか。 俺が、助けたいんだ。 他の誰かではなくて、俺が助けたい。
待たせもしたし、迷惑もかけた。 怒らせもしたし、悲しませもした。 それらは沢山あって、謝っても謝りきれるものじゃない。
でも、罪滅ぼしではない。 俺がしたくて、そうなりたいことなのだから。 クレアという一人の人間のことが好きなだけで、たったそれだけのことなんだ。
ああ、でも、やっぱり。
「……しばらく、このままでいたいです」
「そっか」
やっぱり、クレアを泣かせることにはなってしまったようだ。