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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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クレア・ローランドの課題 【13】

「マズイな」


時間は経ち、エレナは思惑通りに柊木の元へ。 真昼は自主練で、母親は近所付き合い、寝々はその母親に連れて行かれ、家には誰も居なくなった。 あとは部屋を捜索して、その答えを見つけるだけだったのだが。


まず俺が思ったのは、痕跡の確認だ。 俺が思う俺のやり方だと、残っていたとしても携帯の履歴くらいのもの。 しかし、やはりというか携帯に履歴は残っていなかった。


名前も顔も分からない。 だけど、そいつは確実に存在するはずだ。 何も幽霊を探すわけじゃなくて、実在する人間を探しているだけのこと。 無理難題でもなければ、不可能なことではきっとない。


これは絶対に諦めてはいけないと、やり遂げればいけないと、俺は思う。 最後の一分一秒まで、投げ出して済むことではない。 そりゃあ、こんな面倒で難しいこと、投げ出すのが一番楽だけどな。 もしかしたら一年前の俺だったら、あっさりと投げ出していたことかもしれない。 すぐに止めて、もっと有益なことに時間を使っていたかもしれない。 時間ってのは無限じゃなく、有限だ。 だからそれを他人のために使うなんて、実に俺らしくないことくらいは分かっている。


けど、どうしてもそれで良いと思えない。 今このときだって、失われていっている時間に焦燥感すら受けている。 残されているのは数時間を切っていて、それまでに全てに片を付けなければならない。


「ん」


どうしたものかと考え込んでいたところ、携帯が鳴った。 エレナか、もしくは俺が持ち込んだ厄介者に文句を言おうとした柊木か。


生憎ながら時間がない俺にとっては、それを受けている暇はない。 だから画面を見ずに、俺は考えごとに神経を集中させる。 しかし、携帯は鳴り止まない。 数十秒、一分、どうやらかけてきている相手は相当俺に用事があるようだ。


「誰だよ……」


結果として、その発信主の名前を見たのは正解だ。 相手は、西園寺さんだったから。


『ごめんね、忙しかった?』


「いや全然。 めっちゃ暇してた」


と言いつつも、部屋の中の捜索は続けている。 西園寺さんを心配させたくなかったというのもあったが、手を止めたり思考を中断はしたくなかったから。 米良の言葉を信じて、その答えを探すしかない。


『えへへ、嘘だよ。 成瀬くん、忙しそう。 少しね、お話がしたかったの』


「……敵わないな本当に。 それで話って?」


『うん、これからのこと、少しお話がしたくて』


これからのこと? というと、一体どういうことだろうか。 真っ先に思い浮かぶのは、今取り組んでいる課題のことだが。


『成瀬くんは、どうするつもりなの?』


「ん……どういう意味で?」


『えっとね、なんて言えば良いのかな……。 あ、それなら』


西園寺さんは言い、続けた。


『二つのうち、一つを絶対に選ばなきゃいけないときってあるでしょ? そういうとき、成瀬くんはどっちを選ぶのかなって』


二つのうち、一つを。 それはなんのことを言っているのだろうか。 人生ではそんな場面、いくらでもあるんじゃないか?


「分からないな。 それがなんなのか分からないと、答えようがないよ。 でも、自分にとって必要な方じゃないのか? 普通は」


『……そっか、そうだよね。 えへへ、変なこと聞いてごめんね』


言う西園寺さんは、何かを知っているようにも思えた。 そして、何か決定的なことに気付いたようにも思えた。 俺が知らないところで、何かが起きたようにも。


「なあ、西園寺さん。 死なないよな?」


『へ? あ、ううん、そういうことじゃないから大丈夫だよ。 実はね、思い出したんだ』


「思い出した? それって、まさか」


俺は西園寺さんが別れを告げているのではないかと思い言ったのだが、どうやらそれは違ったようだ。 そして、今の言葉を真実だとすると。


『うん。 課題、終わったみたい。 大事なこと、思い出したから』


「そりゃ良かったっていうか、一安心だけど……なんだったんだ? 忘れていたことって」


さすがに嘘ではないだろう。 西園寺さんは人の気持ちに敏感だ。 だから、それが嘘だったとして、この三月を乗り越えられずに西園寺さんが死んでしまったとして。 その結果、みんながどう思うかくらいは分かっているは。 だから西園寺さんも自分のことに取り組んで、それをクリアした。 それくらいのことはもう分かる。


しかし、問題はその内容か。 西園寺さんの課題でもあった思い出すことが一体なんだったのか、それはひょっとしたら、俺が今取り組んでいることの役に立つかもしれない。 今現在、藁にでも縋りたい気持ちの俺は、西園寺さんにその内容を尋ねる。


『大したことじゃないよ。 だからね、その……大丈夫だから』


「そんな言い方されると、大したことだとしか思えないんだけどな……。 まぁ言いたくないってことなら、別に良いんだけどさ」


『……うん、ごめんね。 でも、成瀬くんの力にはなりたいから。 それは、分かって欲しいな』


「ありがとう。 けど、今は特にって感じだよ。 俺の部屋に答えがありそうなんだ」


その答えを見つけて、そいつを探し出す。 俺たちと友達だったってことは、当然同じ高校ということにもなるだろう。 更に言わせてもらえば、同じ部活ってところまでは分かっているんだ。


もちろん、それを調べるのは簡単なことで、真っ先に俺がやったことでもある。 部活の活動記録、名簿、そういったものを調べた。 だが、どういうことか記録上、そいつは存在しないことになっているのだ。


ここまで来ると、本当に居たのかさえも怪しい。 だが、そいつは確実に存在した。 そして今もきっと、悩んでいる。 苦しんでいるかもしれない。 そんな奴、今の俺では放っておけない。


『成瀬くん、わたしも力になれるかもだから。 教えて欲しいな、成瀬くんがしようとしていること』


「いや、大丈夫だよ。 なんとかするから、西園寺さんはもう休んでくれて大丈夫」


『成瀬くん、わたしも力になれるかもだから』


……あれ、ひょっとして西園寺さん怒っているのかこれ。 少しだけ、本当に少しだけだけど、語気にそれが感じられる。 そんで、どんな顔をしているか目に浮かぶように。


「……西園寺さん?」


『成瀬くん、わたしも……』


西園寺夢花という人は、案外頑固でもある。 絶対に引かないということはないのだが、それでも人一倍、自分のしたいことを貫き通そうとしてくる。 その自分のしたいことというのが、大抵は人の手助けになることで。 だから西園寺さんは、優しいのだ。


「分かりました分かりました。 説明するから、怒らないでくれって。 西園寺さん怒らせるとあとで怖いからな……」


『えへへ、ありがとう』


電話の向こうで嬉しそうな声をあげる西園寺さん。 それを聞き、俺は聞こえないように小さくため息を吐き、そして同時に部屋の捜索は続けながら、今回のことと経緯、そして今から俺がやろうとしていることを彼女に告げるのであった。




『なるほどぉ……つまり、その灯台下暗しってヒントで自分の部屋を探しているんだね』


「まぁそういうことになる」


米良のことも、包み隠さず西園寺さんには話をした。 隠す必要もなければ、嘘を吐く必要も彼女にはない。 西園寺さんは天然だけど頭が良いから、ひょっとしたら案外良いアドバイスをもらえるかもしれないし。


『なんだか、懐かしいね。 灯台下暗し』


「懐かしい? なんで?」


『だってほら、あの夏のときみたいだから。 そういうヒントから、答えを見つけるって』


……そういや、そうか。 状況が全然違うから考えもしなかったが、やっていることは同じかもしれない。 答えに結び付けられるヒントと、答えを見つけてクリアしていくこと。 その規模は違うかもしれないが、極端に言ってしまえば経緯は同じなのか。


『うーん……灯台下暗し……答えは身近にあるってことだよね』


「だろうな。 てか、それはもう俺の部屋ってことになると思うんだけど。 俺の身近で情報がありそうな場所なんて、俺の部屋くらいだしさ」


『あ、うん。 それは分かるよ。 でも、それがどんなものなのか、分かれば楽かなって』


「そりゃそうだけど……」


それが分からないから困っているんだと言いかけて、言葉を飲み込む。 そんなことを西園寺さんに言っても、意味はない。 だから、言うのを止めた。


……前は結構思ったことをズバズバ言ってた気がするのに、俺も変わってしまったのだろうか。 だとしたら、それは果たして成長したと言えるのかどうかだな。


『多分、成瀬くんはその子ととっても仲が良いんだよね』


「そうなのかな? けど、そっか」


でなければきっと、俺がここまで必死になることもなかったと思う。 自分のことは一番良く分からないが、最低限の性格ってのは知っているつもりだ。 そんな仲が良くない奴相手に、俺は必死になれる人間ではない。 切るべきものはさっさと切るし、余計な関係なら尚更だ。 だが、今俺がやっていることはそいつとの関係を修復すること。 つまり、俺にとってそいつは「とっても仲が良い」ということになる。


『うん、そうだよ。 それに、なんて言ったら良いのかな。 いつも、成瀬くんと一緒に居た気がするんだ』


「……そっか」


西園寺さんも西園寺さんなりに、今の状態に違和感を感じている。 その一緒に居たというのはエレナではなく、忘れられた誰かのこと。 西園寺さんはそういう風に、感じている。


『もしかしたらだけど、その人とお揃い物とかないかな? 仲が良かったら、もしかしたら』


「そりゃないだろ。 俺だぞ、俺。 俺がそんな物持つと思うか?」


『えへへ、成瀬くんには悪いけど、思っちゃうよ。 成瀬くんは、優しいから』


どうだかね。 そればっかりは「はいそうですね」なんて言えやしないよ。


けど、そうか。 お揃いの物……いやぁ、改めて考えてもあり得ない。 俺が誰かと同じ物を進んで持つなんて、あり得ないを通り越して奇跡だ。 それこそ、無理矢理に持たされない限りな。


「……あれ」


ん、なんだ。 今、何か思った。 俺が、それを持つ可能性。 その何かを……誰かとお揃いの何かを持つ可能性だ。


無理矢理に、持たされた。 俺は、そいつに。 一緒に、わざわざ俺を連れ出して。 そいつは、なんだか変な言い方をしながら、俺にそれを……渡した?


『成瀬くん?』


「……西園寺さん、ちょっと良いか? 聞きたいことがある。 冗談とかじゃないから、真剣に答えてくれ」


俺はそう前置きをして、続ける。 丁度、机の引き出しを開いたときだった。 そこに入っていたある物を見て、俺は西園寺さんにそう切り出した。


「――――――――俺がウサギのキーホルダーなんて持つと思うか?」


まるで何かの悪役キャラのようなキャラクター。 見ただけでヤバイキャラだと分かるそれ。 しかし、しかしだ。 俺は、どこかでこれを見た。 最近のことだ。 見たんだ、これを。


『持たない、と思うかな』


「だよな。 西園寺さん、ありがとう。 助かった」


『成瀬くん、ちゃんとしてね。 ちゃんとして、もう迷わないように。 良く分からないんだけどね、そう言わないと駄目な気がしたから』


「……分かった」


俺は言って、電話を切る。 そして携帯をベッドへと起き、そのキーホルダーに視線を向けた。


なんでこいつはチェーンソーなんて物騒な物を持っているんだよ。 それに血を垂れ流して、こんなの夜中にでも見たら怖くて寝れなくなってしまうじゃないか。


ああ、そうだよ。 そうだ。


これは、あいつが俺にくれた物だ。 そしてあいつは、このキーホルダーを今でも大切に持っていて。


俺は気付けば、家を飛び出していた。

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