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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
160/173

クレア・ローランドの課題 【12】

「……雨かよ」


それから番傘男にひとつの頼みごとをした俺は、一度睡眠を取った。 糸口は確実に掴め、そして考えるべきことはまだある。 だが、やはり疲れたままでは思考が捗りはしない。


目が覚めると、足元にはエレナが居た。 まるで猫みたいに体を丸め、俺のベッドで眠っていた。 今度からこいつに起こしてくれと頼むのは止めようと思い、そんなエレナを起こさないように俺はベッドから出る。


時刻は夜中。 少々寝過ぎたかもしれないと思い、同時に空いた小腹を埋めるために俺はリビングへと降りていった。 だが、冷蔵庫の中は空っぽで、結局こうしてコンビニに行くことにしたのだが、外は生憎、雨がしとしとと降っている。


「ま、行くか」


目的は他にもある。 どちらかと言えば、コンビニはそのついでだ。


「……メール?」


傘を差し、歩き出したそのとき。 ポケットの中で振動を感じ、スマートフォンを取り出して俺は画面を見る。 未だに慣れない操作ではあるけど、メールか電話かくらいの区別は付くようになったんだ。


そして、今回はどうやらメールのほう。 こんな時間に迷惑メールかとも思ったが、それはどうやら違ったようだ。 画面には、見慣れた名前があったから。


「西園寺さん、まだ起きてたのか」


西園寺さんからのメールは、あまりない。 というのも、彼女は携帯を持っていないから。 今回のこれもパソコンから送られてきているもので、稀にするやり取りはすべてパソコンからだった。


しかしこんな夜中まで起きているなんて、西園寺さん的には結構なレアじゃないだろうか。 遅くても十二時前にはしっかりと寝ている彼女が、それを二時間以上オーバーして起きているなんて。 それとも、夜中に目が覚めた俺のようなパターンだろうか?


ともあれ、俺はその内容に目を通す。 届いていた内容は、まるでエスパーのような内容で。


「こっちは心配要らないよ。 成瀬くんは何かをしようとしてるの分かるから、わたしのことは気にしないで……ね。 そう言われると逆に気に掛かるって分かってやってるのかな……」


まぁ、違うだろうな西園寺さんの場合は。 本当にそう思っているから、俺にメールを送ったんだ。 けど、今の俺にはそれがとても有り難いことだった。 正直、俺一人では西園寺さんの方まで手を回せるとは思っていなかったから。 柊木に頼もうとも、エレナに頼もうとも思っていたことで、この場面でのそのメールは正直助かった。


「西園寺さんのことだし、何か考えはあるのかな」


さすがにあの七月のように、逃げる方向では考えていないだろう。 そのくらいはもう分かる俺だ。 西園寺さんには西園寺さんの考えがあって、そして今回はなんとかできると思い、俺にメールをしてきた。 そう考えるのが、妥当か。


「了解……夜更かしは肌に悪いぞっと」


俺はそんなメールを返し、スマートフォンをポケットへと仕舞った。 そしてその場で、振り返る。


「悪いな、待ってたか」


大体、分かっていたことだ。 こいつがこうして姿を現すことも。


雨の中、傘を差さずに居た。 そいつは俺のことを見ると、小さく笑って言うのだった。


「待たされるのは慣れているから、大丈夫だよ。 無事、雀ちゃんの課題は終わったみたいだね」


米良、明麻。 謎めいた少女は雨を気にすることなく、いつもの調子でいつものように、そう言った。




「待たせたわりに、随分なお詫びだね」


「仕方ないだろ……おごるつもりはなかったんだし。 ていうかおごってもらって文句言うとか悪魔かお前」


「あはは、悪魔じゃないよ。 まぁ、人間でもないかもしれないけどね」


米良を連れてコンビニへと行った俺は、お詫びということで米良に百円ちょっとの飲み物を一本奢った。 いちごミルクという心底甘ったるい飲み物を持つ米良は、心なしかどこか嬉しそうにも見える。 甘い飲み物は好きだけど、俺の中で最強なのは緑茶だな。


そんな米良と俺は、コンビニから近い公園へとやって来ている。 この公園にはベンチの上に屋根があって、雨も凌げるということで。


「……しっかし本当にそう思えてくるな。 いつも唐突だし、意味分からないことを言うし。 前に会ったとき、そんな奴だったっけ?」


「前に会ったときってのは、最初に会ったときだよね? なら、答えはこう。 そんな奴じゃなかったよ」


いたずらっぽく笑い、米良は言う。 そして、いちごミルクをひと口飲んだ。 それがよほど美味しかったのか、米良は更に笑顔を見せる。


「人ってそこまで変わるものなんだな。 驚いた」


「んー、ちょっと違うかな。 わたしはただの消しカスみたいなものなんだよ。 そのうち分かるし、今は説明してあげないけどね。 どちらかと言えば、変わったのはわたしでも成瀬くんでもなく、世界なんだから。 でも、こうして成瀬くんと会えたのは嬉しいよ」


「そりゃどうも。 んじゃ本題な」


俺は言い、コンビニで買った緑茶をひと口含む。 それをゆっくり飲み込んで、息を小さく吐き出し、続けた。


「答えをくれ。 俺たちが忘れているのは誰なのかを」


「……あはは。 また随分なストレートだ。 ヒントじゃなくて答えだなんて」


「ああ、答えだ。 米良は俺の味方なんだろ? それに、最初に言い出したのはそっちだからな」


回りくどいのも、回り道も、好きではない。 人間誰しもどこかで楽をするべきだし、したいと思っている。 真面目な奴はそれを否定するだろうけど、俺はしない。 楽なことを選ぶという行為のどこに悪があるというのだ。 わざわざ無駄な手間を割く必要なんて、ないのだから。


「それを言われちゃあ何も言えないか。 確かにわたしが言い出したことだしね。 けど成瀬くん、それについてはヒントに留めておくよ」


「ん、どうして? 時間があまりないんだよ。 それは分かるだろ?」


「分かるよ。 理由はわたしが嫌だから。 隠すのもあれだし、ここは素直に言っておこうかな。 成瀬くん、今回のこれは忘れたままが良い。 少しズレてしまった部分を修正できるとしたら、今回のが恐らく最後のチャンスなんだ」


「……そいつを殺せってことか? 忘れたままの方が良いって、そういうことだろ? 米良、返答次第じゃ怒るぞ」


俺が言うと、米良は飲んでいたいちごミルクの紙パックをベンチの上へと置く。 そのまま視線を俺から外し、下へと向けた。


「もう怒ってるよ、成瀬くんは。 だからヒントなんだよ、わたしは教えたくない、うまく行っていたことを悪い方向に進ませたくはないから。 でも、同時に成瀬くんの味方でもある。 だから、成瀬くんの頼みごとはなるべく聞き入れたい。 だからこそのヒントだよ」


「そのうまく行ってたとか、悪い方向ってのが分からない。 そいつが生きていると、マズイのか?」


「分からない。 でも、良いとは思えない。 それだけだよ。 成瀬くんが悪い方向に行っても良いって言うなら、わたしはヒントを教える。 これが最大の譲歩だ、分かってくれ」


米良がここまで言うということは、きっと悪い方向とやらに行ってしまうのだろう。 それがどんなものかなんて、皆目見当も付かないが。 ここまで俺を助けてきてくれたこいつが、この場面で嘘を吐くとは思えない。 米良の目的はどうやら俺たちを助けることのようだし。


……だが、そこに忘れられたそいつは含まれていない。 そいつは助けるべき対象ではない、ということ。


「米良、ヒントを教えてくれ。 時間がない」


「……分かった」


迷うことはなかった。 その言葉を聞いても、俺の考えが変わることは一秒たりともなかった。 きっとそれほど俺にとって、その忘れられた奴の存在というのは大きいのかもしれない。 だから俺は苛立ったんだし、今もこうしてそいつを助けようとしている。


どんな恩があるのか、俺にとってどれだけ大事なのか、大切なのか。 どれほどのものを想って言っているのか、考えているのか。 全部、分からないけど。


それでも、誰にも手を伸ばしてもらえないそいつは、待っているんじゃないかと……感じた。


「灯台下暗し。 成瀬くん、いつだって答えは身近にあるものだよ。 なくした物は部屋で見つかる。 なくしたモノは思い出せる。 あとは、その答えを見つけるだけだ」


「ありがとう。 いつか、恩は返す」


俺は言い、立ち上がる。 そして、家へと向かって歩き出す。 米良が言う「灯台下暗し」の意味はすぐに分かった。 答えは、俺の部屋の中にあるはずだ。


「……成瀬くんのその行動が、恩ではなくて仇なんだよね」


「ん? なんか言ったか?」


「いいや、なんでもないさ。 なってしまったものは仕方ない」


「そっか、じゃあ……またな」


「うん。 またね」





家へと帰った俺は、ひとまずは時間を潰すことにした。 エレナが部屋で寝ているというのもあるし、あまり物音を立てたくはなかったから。 それに親や妹が居るときは妙な行動はしたくない。 俺の様子がおかしいことに、勘の鋭い我が家族たちは気付き始めてもいるしな。


そんなわけで、リビングで時間を潰していた俺。 一時間ほどテレビを見ていたら、誰かが階段から降りてくる音が聞こえてきた。


「おっはよぉ……うお! 兄貴もう起きてんの!? あたしより早いとか奇跡か!?」


「朝からうるさいなお前。 たまたまだよ、たまたま」


起きてきたのは上の妹。 馬鹿でうるさい方の妹だった。 見ると俺が起きていたことに相当驚いたのか、一瞬で眠気は覚めたようで。 一応これでも、起きようと思えば起きれる方なんだぞ、多分な。


「それよりさ真昼、今日って暇か?」


「んー? まー暇っちゃ暇かなぁ。 先輩たちも卒業しちゃったし、年度の終わりだしね。 はーあ、あと一年しかないのかぁ」


「へぇ。 お前でも感慨深い気持ちになったりするんだな。 それでさ……」


「いやいや! でもやっぱ新しい後輩も入ってくるわけだしさ! ここはきっちり、先輩として教えを請うべきじゃないの!」


「……後輩に?」


「後輩に!」


こいつ、馬鹿だ馬鹿だとは思ったが、本当にヤバイんじゃないだろうか。 是非とも後輩に教えを請う姿を見てみたいものだ。 多分意味を間違えて覚えている。


「いや、まぁそれは良いんだけどさ。 ひとつ頼みがあるんだよ」


「頼み? また妙なことじゃないよね、兄貴」


睨むような顔付きになり、真昼は俺のことを見る。 妙なことだったとしても引き受けてくれるってのに、こう怖い顔をされては怖気づいてしまいそうだ。 兄貴としての威厳なんて俺にはないんだ。


「エレナにさ、今日のお昼は玉ねぎ料理ってことをそれとなく伝えて欲しい。 俺が言ったってのは内緒でな。 んで、同時に柊木が暇してるってことも伝えといてくれ」


「玉ねぎ料理に……柊木さんが暇してる、ね。 オーケーオーケー、分かった」


エレナはそれを聞けば、こっそりと家を抜け出すに違いない。 あいつは大の玉ねぎ嫌いで、それが例え刻まれて混じっていようと匂いで分かるほどだ。 エレナには悪いが、今日は一人でやることがある。 残された一日で、終わらせなければならない。 しかし、そこで問題となってくるのはエレナの心配症な性格だ。 残されているのは一日ということなんて、エレナは百も承知している。 その上で、エレナの心配を取り除く方法は。


俺は思い、手を見つめる。 そこには既に、刻印は存在しなかった。 俺があの番傘男に頼んだひとつのこと。 これはそれとは違うが、番傘男が言っていた正解というのを確かめる術でもあった。 今では綺麗に、見た目上は消えている。


これを見せれば、理由を知らないエレナは終わったものだと信じてくれる。 真実を知ればあいつは怒るだろうが、仕方のないことだ。 ここから先は、俺がするべきことなのだから。 米良には止められたし、本当にできるかなんてことは分からない。 けど、俺がやらなければいけないことのような、そんな気がしている。


きっと……この問題、課題は。


俺が、今まで見て見ぬ振りをしてきたものなのだから。

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