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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
157/173

クレア・ローランドの課題 【9】

「はー」


まだ昼時で、目的地まで距離はそこまでない。 しかし、こうも自分の方向音痴っぷりを改めて実感すると、気が滅入ってくる。


今居る場所は、お世辞にも都会とは言えないところだ。 車なんて滅多に通らなければ、田んぼのようなものすらある。 さっき見たバス停の時刻表は、一時間に一本という田舎っぷり。 日本のこういう風景は好きだが、今の状態はそれどころではない。


正直、参った。 目的地までの道も方向も分かる。 分かるというか、教えてもらった。 だけど、またしてもあらぬところへ行ってしまいそうな気がしてならない。 そう考えれば考えるほど、私の足取りは重くなり、その足はもう鉛のようになっている。


「お腹、減りましたね……」


バスや電車は使わずに、このくらいの距離なら歩いて余裕だろうとたかをくくった結果。 見事に違う方へ行って、見事に疲れた。


……仕方ない。 少し、休憩しよう。


そう思い、バス停のベンチに腰をかける。 風は冷たいが、日の光は暖かい。 それがせめてもの救いかな。


空を見上げて、ふと思った。 一体、私は何をしているのだろうと。 ここで一体、何を目的に何をしたくてどうしてここに居るのだろうと。


たまに思うのだ。 私が私としてこの場所に居るということに対して、まるで私自身が他人のように感じる。 私を見ている別の私が居るようなそんな感覚だ。 勿論、私は私でしかないから、右手を挙げようと思って右手をあげることもできる。 けど、目を瞑って考えると、すぐにその感覚に襲われる。


……自分という存在が、そもそも不安定だ。 ぐらぐらと揺れ、綱渡りをしているような危うさだ。 一歩間違えればすぐに落ちてしまい、そして今は落ちている最中ということになるのだろう。 殺し続けてきた私が、殺されようとしている。 日本には因果応報という言葉があるように、巡り巡ってこうして今、その因果は私に回ってきたのだ。 今度は、私が殺される番となっただけ。 他の人よりそれが多少なり遅かっただけのこと。 たった、それだけのこと。


「あ」


そんな益体にもならないことを考えていたら、顔を影が覆った。 どんよりと、いつの間にか空には雲が広がっている。 山は天気が変わりやすいと聞くけど、それは田舎にも適用されるのかな。 こんなとき成瀬がいれば、その疑問に答えてくれただろうに。


……ああ、また成瀬のことを。


「ツイてないですね」


言ってるそばから、顔に冷たい水滴が当たった。 本当に、ツイてない。 いろいろとだ。 たくさん、いっぱい。 何をやっても空回りで、何をやっても良いことがない。 逆に進んで歩いているような、来た道を戻るような。


……少し違うかも。 戻っているというよりかは、間違えた。 進むべき道を間違えたんだ。 どこで、どうやって間違えたのかは分からない。 あり得るとしたら、みんなに出会ったそのことが間違いかもしれない。


だから間違いの道は進む。 それを表すかのように、事態は進んでいく。


「ありゃ? ありゃりゃ!? うおー! なんかすっごい可愛い子いるなぁって思ったらクレアちゃんだ! よっ!」


快活な声が聞こえた。 その声のもとへ私が顔を向けると、その張本人はにっこりと笑う。 懐かしい笑顔だった。


「どうしたの? こんなとこに。 ああっと……それよりあれか、先に挨拶だったね。 久し振り、クレアちゃん」


「……友里(ゆり)


驚きはあまりなかった。 不思議と、出会えるような気が直感的にしたから。 だが、私は思う。


少し、都合が良すぎると。 私的には大変ありがたいタイミングだったのだけど、それでも……まるでこれでは物語だ。 私が主人公の物語みたいではないか? それを表すかのようなタイミングと、状況だ。 どうしようもなくそんな感じを受け、私は思考する。 何かがおかしいと、まるで予め決められたルールのように進んでいく話を不審に思う。


が、それもまたどうしようもないことだ。 いくらそうだったとして、私には結局どうしようもできない。 昔と一緒で、敷かれたレールの上を歩いていくことしかできない。 どこへ行き着くかも、分からないレールの上を。




「へえ、それじゃあ私を探してたんだ、クレアちゃんは」


「ええ、まぁ。 途方に暮れていたので助かりましたよ」


「方向音痴は健在か、あはは。 とりあえずどっかでご飯食べよっか? お腹空いてるでしょ?」


聞けばどうやら、友里は神社に用事があってここまで来ていたらしい。 こっちに居る間はレンタカーを借りているようで、雨に降られそうになっていた私にとってはありがたかった。 直面していた問題と目的が一斉に終わり、安堵もしていた。


「少し、空いてます」


「少し? 本当に少し?」


……嘘が通用しない。 最初は私の嘘を一切見破れなかったし、ここまで余裕っぽい態度もなかったのに。 変わっているんだな、友里も。 私が知らないところで、みんな変わっているんだ。


「……だいぶ」


「だと思った。 なんか食べたい物ある? なんでもほら、言って言って」


「ええっと……あ、それならあれが食べたいです、あれ。 焼き鳥でしたっけ?」


「またおじさん臭い物が食べたいんだねぇ。 そういえば、クレアちゃんって昔っからおつまみとか大好きだったもんね。 ま良いよ、神社行ってその帰りに食べよっか。 美味しいお店知ってるんだ」


「ふふ、ありがとうございます。 焼き鳥、随分食べてないんですよね」


「そっかそっか。 ついでにお酒飲む? 今の内に慣れておいた方が……」


「け、結構ですッ!!」


もう、アルコールは懲り懲りな私である。 それに、未成年ですし。


「おお? なんだ、結構やんちゃしてるんだね、クレアちゃんは」


「……そういうわけじゃ、ないですけど」


てっきり叱られると思って、怒られると思って、私は小さな声で言う。 こんなやり取りをしている間にも、車は進み景色は更に田舎の風景へとなっていた。 私が暮らしている街とはまるで違い、その光景はどこか新鮮だ。


「相変わらずだね、クレアちゃん」


「いっ……なんですか、いきなり」


額をこつんと叩かれ、私は思わず声を漏らす。 そして、叩かれた場所を手で抑えながら、隣で車を運転する友里の顔を見た。


叩かれたのだから怒っているんじゃないかとも思ったが、それはどうやら違う。 顔を見て、分かった。 友里は……安心していたんだ。


「子供はそうでなくっちゃ。 クレアちゃんは小さいときに嫌な世界を沢山見てきたから、もうそういう良い世界は見れないんじゃないかって実は思ってたんだよ、私。 けど……良い友達に出会えたようだね」


「……」


私が友里の好きなところを挙げるとしたら、これだ。 悪い言い方をすれば「他人の気持ちを考えない」というところ。 普通ならば絶対に触れないであろう私の過去のことに、友里は躊躇なく踏み込んでくる。 それが、私にとっては居心地が良かった。 昔の私も今の私も見てくれているようで、気分が良かったんだ。


「……あーでも、今はちょっとって感じの顔だ。 あはは、まぁ交友関係ってのは難しいよ。 私ってそういうの本当に苦手でさぁ、今は向こうに知り合いっていうか遊んだりする人は居るけど、こっちじゃゼロだよ、ゼロ」


友里が言うには、私のことに関しては顔を見れば大体分かってしまうらしい。 そんな部分は姉弟そっくりで、笑いそうになる。 神田(かんだ)も結局、私が悩んでいることには大体気付いていそうだったから。


「そういえば、友里も昔は日本に居たんですよね。 どうでした? 日本は」


「まるで日本に住んでいない人のセリフだよ、クレアちゃん。 もう日本語だってペラペラに喋れるんだから、そういう言い方じゃなくてもっとこう、あるんじゃない?」


「……たとえば?」


「例えば……例えば……分からない! あはは!」


本当に、友里だ。 今の私を作っている物質というのがあるとしたら、それはこの人から多大な影響を受けていると思う。 この前向きさというか、ひたむきさというか、適当さというか。 そういう性格に影響を受けて、今の私は居るのかな。


「ふふふ、なんですかそれ。 それで、友里から見て日本はどうだったんですか? 良いところでした?」


「むう……私が話をじみーに逸らしたのに、軌道修正と来たかぁ。 なら答えなきゃ仕方ないよね、やっぱり」


友里は苦笑いをし、続けて口を開く。 車は丁度、トンネルに入ったところだ。 雨音は止み、それが車内に静けさを作り出していた。


「退屈なところ、だったかな。 平和は平和、そりゃもう平和に暮らすなら良いところだよ。 けど、私はもっと視野を広くしたかったんだ。 外に出て、世界を見たかった。 だから、クレアちゃんと同じ歳くらいのときにはもうこの仕事のことを考えていたかなぁ」


「私と同じくらいのときにですか? なんというか……すごいですね、それ」


「そうかな? 逆に言えばそれしか見えてなかったんだよ、私は。 いっつもそうだし、今も昔もね。 だから(かず)とも喧嘩しちゃってさ。 子供の頃もよく喧嘩はしてたけど、大人になっちゃうと一回の喧嘩が随分重くなるって、知った」


「……すいません」


その喧嘩の原因は、私とリリアのことだ。 神田は私とリリアを日本に連れて行くと言い張って、友里は「ならば私も日本に帰る」と言ったんだ。 けど、神田はそれを許さなかった。 それだけは許さないと、神田が怒っている姿を見たのはあれが初めてだったと記憶している。


最終的には友里は向こうに残って、そして私とリリアは神田に連れられてここへ来た。 友里自身のことで、無理矢理付いてくることはできたはずなのに、友里はそれをしなかったんだ。 神田の言葉を聞き入れた……ということになるのかな、この場合は。


「なに謝ってるの、クレアちゃん。 良いんだって、別に。 和はさぁ、怒ってたんだよね、あのとき」


「ええ、私も覚えてます。 神田は滅多に怒らないので」


「滅多に? あはは! 滅多にじゃないよ、あれが初めて。 和が生まれてからずっと一緒に居たけど、怒ってるのを見たのはあれが最初なんだ」


……あのときが、初めて? ああ、そうか。 友里は知らないのか、私とリリアと、そして神田が暮らしている日々を。 私からすれば、神田はちょくちょく怒っているように見えている。 今朝のあれだって、怒っていたと思う。 だって、神田と友里の喧嘩は今でも尾を引いていて、神田にとっては私が友里に会いたいと言ったこと自体、怒る要素になっていたのだから。


「今では怒りっぽいですよ、神田は。 今日の朝も、怒ってましたし」


私は少しだけ、素っ気なく言う。 友里の前でそれをやると「友達できないぞ」と言われるので極力控えてはいるのだけど、それでもつい出てしまった。


「怒ってた? へぇ、そりゃ見たかったなぁ。 んじゃあれだ、クレアちゃんが私に会うって言って、それで怒った感じだ?」


「……そこまで分かりやすいですか? 私」


「いいや、分かりやすいのはクレアちゃんじゃなくて和のほう。 あいつ、怒りはしないけどすぐ不貞腐れるからねぇ。 私が思うに、今日のそれは怒っているんじゃないよ」


「なら、不貞腐れているだけだと?」


「うん、そうだね。 これ、内緒にして欲しいんだけど……あいつ、クレアちゃんとリリアちゃんのこと大好きなんだよ。 だから私に会って、それが親元を離れていくように感じてるんじゃないかなぁ。 すっごい人当たりが良い奴なんだけど、それ以上に寂しがりやだからさ、和は」


「……ふふ、寂しがりやですか、あの神田が」


「面白いでしょ? あはは。 だからあんまいじめてあげないでね? 帰ったら手料理のひとつでも作ってあげれば、泣いて喜ぶよ、あいつ」


「機会があれば」


帰ったら、か。 それはもう、出来そうにはない。 だからその機会もきっと訪れない。 友里には言ってないことがあるし、もしも神田の件が友里の言う通りだったとしても……今のこの別れ方が、最良だ。


死期を迎えた猫は姿をくらますと聞く。 自分の死を知った猫は、姿を消す。 それと一緒のことで、自分の死ぬ時期が明確に分かっている私は姿を消すだけだ。


「多分、あのとき和が怒ったのは私が投げ出そうとしたからだね。 自分の夢を、仕事を。 今更だけど、私は向こうに残って正解だったよ。 今も昔も変わらず、愛を知らない子供は沢山いるから。 最近になってさ、私のところに大人が来るんだ」


「大人が? 子供ではなくてですか?」


「うん、大人だよ。 それでね、私の顔を見て言うんだ。 久し振り、また会えて嬉しいですって」


「……そうですか」


私は笑って、言う。 友里にとって、それが一番の幸せなんだと分かった。 自分のおかげというのは少々言い過ぎかもしれないけど、それでも友里の存在があって支えられている人は沢山いるのだ。 私もその一人で、リリアもその一人で。


久し振りに会って、よく分かった。 この人はやっぱりすごいんだと。 支えとなって、確かに居るのだから。


私もいつか、私にもまだ「いつか」があるのなら。 こういう人になりたいと、強く想った。


車は長いトンネルを抜け、空の下に出て行く。 雨音はもうならず、代わりに顔には光が当たった。


空は綺麗に、晴れていた。

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