柊木雀の課題 【15】
その日から数日が経ち、三月も残すところあと一週間と少し。 そして、未だに終わっていない『課題』は三つだ。
俺の『気付くこと』と西園寺さんの『思い出すこと』と、最後に柊木の『乗り越えること』だ。 エレナが受けた『夢を叶えること』は既に終わっているから、そっちに関しては問題ない。 順調とは決して言えない状況と、先行きが見えない今、こうして全員で顔を合わせて話す時間は確実に増えていた。
「ってわけで四人集まったけど、進展は?」
例の如く部室へと集まった俺たち四人。 その四人が席に着いたのを見て、開口一番に俺は言う。 俺はいつもの定位置で、西園寺さんがその正面。 エレナが俺の隣で、柊木はそのエレナの正面だ。
「あったらすぐに報告しているよ。 ないからこそ、こうして集まったんだろう?」
「まったくだな。 エレナは大丈夫だとして、残るは俺たちのこと……。 柊木、お前の方をどうにかすることからだな、やっぱり。 俺と西園寺さんのは酷く曖昧だけど、柊木のはするべきことが見えているから」
もちろん、決めてから何もしていなかったわけではない。 西園寺さんも幾度となく柊木には話をしていたらしい。 俺は俺で、西園寺さんと俺の呪いの解決を目指していたのだが、いよいよ切羽詰ってきたというわけだ。
そして反応を示した柊木に俺が言うも、柊木は腕を組み、目を固く閉ざす。 聞く耳を持たない……というわけではないだろうが、その最後の一歩を踏み出せないのだろう。
「実は、思い出せないことがひとつあるんだ」
やがて、柊木はそう言った。 思い出せないこと、とはこの場合妹のことについてだろう。
「教えてくれるか、それ。 なんかの手掛かりになるかもしれない」
柊木の言葉に俺が返すと、柊木は目を開き、組んでいた腕を机の上へと移動させた。 そしてそのまま指を絡ませ、口を開く。
「最後に、あいつは笑っていたんだ。 何故か、どうしてか、理由はしっかりあったはずなのに、思い出せない」
笑っていた。 というのは、事故に遭い、そして柊木の目の前で息を引き取ったその瞬間にということか?
……少しホラーっぽくも感じたけど、黙っておこう。 さすがに不謹慎すぎる。
「でしたら、わたくしから提案があります。 こうして部屋に閉じ籠もって頭を捻っても、何も見えてこないと思いますので……お花見など、いかがでしょうか?」
「おいそんなことしてる場合じゃ……」
立ち上がり、嬉々としながら言うエレナ。 そんなエレナの提案を頭から否定しようと俺は口を開く。 春にお花見と言えば聞こえは良いけど、死ぬ一週間前だぞ。 まさか投げやりになったわけじゃあるまいな。 それに、そんな提案に乗る奴なんて……。
「お花見! はい! わたし行きたいな!」
どれだけの状況に置かれているのか理解していなさそうなのが一人居た。 いや……西園寺さんの場合はとりあえずマイペースって感じか。 それでもまぁ。
「そうやって、気分を変えるのも大事だと思うな。 エレナちゃんの言う通り、新しいものも見えるかもしれないし」
そうやって、考えがある分まだ良いんだけど。 どこかの誰かは考えないで思ったことをすぐに言うからな。
……ん、あれ。 誰、だっけか。 いや、まぁ今はそうじゃないか。
「柊木、なんとか言ってくれよ。 さすがにそんな呑気なことをしてる場合じゃないだろ」
「ん……そうだな。 それならば、私の知ってる場所に良いところがある。 少し山を登るが、構わんだろ?」
「おいマジかよ……」
あろうことか、柊木が乗っかるとは。 これで三対一、俺の負けは明白だ。 頭を抱え、溜息を吐く。
「うふふ、諦めてください、陽夢様。 それではここで話すのもあれですし、場所を変えましょうか」
にっこり笑って、俺に言うエレナ。 俺の周りにはどうしてこう、強い奴らが集まるのだろうか。
「それならファミレスにでも行くか。 成瀬、当然お前もだぞ」
言いながら席を立つのは柊木。 まとめ役としての柊木は大変ありがたい存在だが、同時に俺の行動も強制的に決められるので厄介とも言える。 ただでさえほぼなかった拒否権を木っ端微塵にするのが柊木の役目だ。 神様仏様柊木様、皮肉を込めて、俺はそう呼んでいる。
「あ、わたくしケーキが食べたいです。 イチゴの乗ったものが」
「なんで俺に言うんだよ」
まったく以って妙なことになりつつある今日この日。 心なしか嬉しそうにしている柊木に続き、その嬉しさを隠そうとしない西園寺さんとエレナ。 そんな三人にため息が出る思いで、俺は後に続く。
「……ん?」
教室から出ようとしたそのとき、足先に何かが当たった。 何かと思い俺は顔を下に向けると、目に入ったのは小さな箱だった。
「トランプか? なんでこんなとこに」
「陽夢様? どうかしましたか?」
立ち止まった俺に気付いたのか、エレナは一度出て行った教室に再度戻ってくる。 そのエレナに対し、俺は聞いた。
「これ、エレナのか? なんか落ちてたんだけど」
「……トランプ、ですか? いいえ、わたくしのではないですね」
「ふうん……西園寺さんが持ってきたのかな」
でも、西園寺さんが持ってきた物だとしても些か子供っぽすぎる気がする。 キャラクター物のトランプなんて、持っていなかったと思うが。
……ま、良いか。
そう思い、俺はそのトランプをエレナの席へと置いて、教室から出て行った。
「何にしようかなぁ……あ、パスタ!」
ファミレスへ入り、四人が席へ着いたところで真っ先にメニューを開いたのは西園寺さんだった。 そして例の如くパスタを見つめ、食べたそうな雰囲気を発している。
ちなみに、西園寺さんが見ているのはクリームなんとかパスタ。 確かに美味しそうではあるけど、昼飯は食べて集まったんですけどね。 食いしん坊は健在だなぁ。
「俺はお茶で良いや、緑茶。 柊木とエレナは?」
「わたくしはこの! このイチゴのケーキが良いです! よろしいですか? 陽夢様」
「ん、良いんじゃないか別に。 エレナが好きな物を食べれば」
……というか、なんで俺に聞く? 素朴な疑問だぞこれ。 まさかとは思うが、あとで「ご馳走様です」とか言わないよなこいつ。 さすがに頭叩くぞ。 頭叩いてクローゼットに閉じ込めるぞ。
「私はホットコーヒー、ブラックな。 悪いな、成瀬」
「え、成瀬くんの奢りなんだ。 えへへ、どうしよっかなぁ」
「お前ら三人酷いなほんと……。 四人集まって、なんで俺がそういう役回りなんだよ。 絶対出さないからな。 俺はお前らの財布じゃない」
ま、あとになってから「ご馳走様」とか言わない辺りまだマシだ。 どっちもどっちだとは思うが、あとになって言われると若干断りづらく感じるからな。 その前ならば問題なし、断固拒否するのみである。
「うふふ、それより日程を決めましょう。 わたくしも陽夢様も基本時間を持て余しておりますが、お二人は違いますよね?」
「おい」
その前提を取り消せ。 嬉しそうに微笑むなよ。 確かに暇だけど、自分で言うのと他人が言うのだとかなり違うからな。 もうそれは気持ちの問題だが。
が、俺の言葉が聞こえていないのか、エレナの言葉に対して柊木が口を開く。
「私は明後日なら都合が良いな。 直近でなら」
「あ、わたしもその日なら大丈夫だよ。 みんな大丈夫みたいだね」
「……」
やはり、俺の予定は聞かれない。 もう部屋閉じ籠もってやろうかな、ほんとに。 一生部屋に引き篭もりたい気分だ。 なんてことを考えながら運ばれてきたお茶を飲む。 うん、美味しい。
「……はぁ、まぁとりあえずは西園寺さんも柊木も、俺もエレナも都合は良いってわけだな。 時間は? 朝からか?」
渋々俺が言うと、返すのはやはり柊木だ。 場所を知っている柊木が居なければ、現地に向かうことすらままならないからな。
「そこまで長居はしないだろう? ならば午後からの方が良いだろう。 朝方だと寒いからな、まだ」
「うふふ、ではわたくしがお弁当を作りますね! 皆さんの分を!」
両手を前に、拳を作って張り切ってエレナはそんな死刑宣告をした。 こいつはこんな正々堂々と殺害予告を出すのか。 恐ろしい奴だな……。 今の発言は「お前らはわたくしが殺してやろう」と言っているのと同義だぞ。
「本当に!? えへへ、エレナちゃんの手料理って食べたことないから、楽しみかも」
「死ぬぞ。 エレナに作らせるんだったら、絶対に……」
絶対に――――に作らせた方がいい。 そう言おうとして、言葉にならなかった。 なんだか、変な感じだった。 今日は少し、朝から何か調子が悪い。 風邪でもひいたのかな、俺。
「どうかしたか? 成瀬」
「いや……なんでもねぇ」
尋ねてきた柊木に俺がそう返すも、柊木は不審そうに俺のことを見る。 そして、言った。
「成瀬、今日のお前は様子が変だぞ。 様子というか、なんだか言動がおかしい」
どうやら、それを感じたのは柊木も一緒だったようだ。 しかし柊木の前ではそこまで妙な様子はなかったと思い、俺は尋ねる。
「言動? 俺の?」
「ああ、そうだ。 どうしてお前を含めた私たちのことを「四人」と言うんだ? 些細なことかもしれんが、気になるんだ」
俺、が?
俺が、そんなことを言っていたか? そんな回りくどく、面倒とも言える言い方を?
「……んなこといきなり言われても、別にただの偶然だろ?」
言いつつも、俺は思考していた。 何故、そんなことをしたのか。 どうして、そんな言い方をしたのか。 物事には必ず理由がある。 理由があって、結果がある。 どんな些細なことでも、ひとつひとつには絶対に理由があるのだ。 物事の始まりと終わりは、必ず繋がっている。
この異常の始まりは、なんだった。 俺たち四人のもとに届いた『手紙』だ。 あれが始まりで、生死を賭けた一ヶ月の始まりだった。 そして、その経過はどうなっている? 俺と、西園寺さんと、柊木と、エレナと。 その内エレナの『課題』は解決されている。 確か、俺と話をしたことによって。 そうだ、あの日……公園で話をして、それで解決している課題だ。
そこまで思い、俺はハッとなった。 絶対におかしなことに、気付けた。
……確か? 待て、おかしい。 どうして俺は、たった少しだけ前の記憶が曖昧になっている? そのエレナとの記憶を確かと表現するのはおかしくないか? それにあんな大事なこと、忘れるわけがないのに。
「成瀬、大丈夫か? すまんな、変なことを言ったようで」
「いや……良いんだ、別に」
何かが、起きたのかもしれない。 俺はそのとき、そう感じた。