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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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柊木雀の課題 【13】

前に、話したことはあっただろうか。


俺たちの関係ってのは結局、均衡が取れて初めて成立しているものだと思う。 例えば俺と西園寺(さいおんじ)さんが付き合ったとしたら、クレアと柊木(ひいらぎ)とは疎遠になる可能性が高い。 特定の誰かと親密になれば、他の人たちとは距離を置いてしまいそうな。 そういう言ってしまえば危うい関係の中、成り立っていると言っても良い。 そもそも、今日に至るまで何事もなかったというのが珍しかったのかもしれない。 俺は別に自分がモテるだなんてことは断じて思わないが、クレアに関して言えばその合図はあったのだから。 俺はそれに気付かなかった。 いや……気付こうとしなかった。


考えれば分かっていたのに、考えなかった。 知ろうと思えば知れたのに、知ろうとしなかった。 クレアがいくら俺に手を伸ばしても、俺は背を向けていただけだった。 それがどれだけ残酷なことなのか、どれだけ気持ちを踏みにじるものなのか、俺は知らない。


それを伝えて終わるのならまだ良い。 それには結果が伴って、その結果で次に行けるから。 だけど、それを伝えられないまま抱えるということはきっと、何よりも酷いことなのだ。


だから言おう。 俺、成瀬(なるせ)陽夢(ようむ)はどうしようもないほどに馬鹿だったと。




「さて」


学校から帰った俺はベッドの上に座り、頭を押さえる。 別に頭痛がするというわけじゃなく、少し考えごとだ。


今日から学校は終わり、春休みへとなった。 私立というおかげもあり、その期間は二週間ほど。 問題があるとすれば、俺たちには大きな『課題』があるということくらいか。 解決方法は未だに見つからず、その『課題』を終えているのはクレアのみ。 つい数日前に柊木(ひいらぎ)の件については西園寺(さいおんじ)さんに任せたものの、俺も多少はその手助けをしようと思っていた。 が、そうできない事態が起きてしまったのだ。 事態は好転どころか暗転し、解決の糸口は更に見えなくなってしまっている。


クレアから毎日のように来ていた連絡は、今ではゼロ。 休みの日には必ずメールを寄越していたあいつが、まったく連絡をしてこなくなった。 普通ならば俺とクレアが直面している問題が真っ先に浮かぶものの、今は少し違う。


あの日、俺と西園寺さんが公園で話し合いをした次の日のことだ。 いつも通り授業が終わり、いつも通り部室へと向かった俺に、まさに帰ろうと昇降口へ向かうクレアの姿が目に入る。 俺は当然、若干気まずいもののクレアに声をかけた。 用事があるとか、そんな言い訳をすると思っていた。 クレアの言葉を聞くまでは。


俺に呼び止められたクレアは、こう言ったんだ。


「……ごめんなさい、私はそんな部活に入った覚えがないのですが。 それに、あなたと友達だという記憶もありませんよ」


何事もなく、あっけらかんと、呆気なく。 クレアは俺に、そう言った。


「どうしたもんかな、本当に」


どうやら、クレアは今……俺や西園寺さん、そして柊木のことを忘れている。 あの番傘男が言っていた『異常』の内のひとつなのは明白だが……同時にそっちもどうにかしなければなるまい。 クレアには確かにもう呪いは存在しないが、それでもこのままというわけにもいかないだろう。 柊木の問題が解決したら、それこそ俺はあいつと話をしなければならないしな。


自分でも驚くほどに冷静で、自分でも驚くほどにそれを受け入れている。 クレアが記憶を失っているというのに、俺は薄情なのだろうか? こんなにも状況を飲み込めてしまっていて、受け入れてしまっていて。


陽夢(ようむ)様、ご自身のことだけは疑わないでください」


エレナは猫の姿で俺の隣へと腰をかける。 それを見て、俺はすぐに返した。


「エレナ。 そうは言ってもさ、分からないよ、俺は俺が」


本当に、何も分からない。 俺はクレアのことを大切な友達だと思っていないのか? あんなに助けてもらって、そしてあんなにもいろいろなことを乗り越えて。 だというのに、俺は。


「大丈夫です、陽夢様は陽夢様ですから。 それはわたくしがしっかり保証しますよ。 今考えるべきは、クレア様のことです。 事実、陽夢様はそうしていたではないですか」


「……それは、そうかもだけど」


「ならば、心配要りません。 それのどこがクレア様のことを心配していない、という風になりえますか? 心配して、どうにかしたいと思っているからそう考えているのではないですか? 陽夢様、わたくしは間違ったことを言っていますでしょうか?」


心配しているからこそ……か。 本当に、そうだと良いんだけど。 あまり、そう言い切ってしまう自信はやはりない。 俺はまた、友達を失っても良いと思っているのかもしれない。


そんなことを考えながら、俺の顔を正面から見つめるエレナから顔を逸らした。 すると、エレナは身軽に飛び、俺の正面へと移動する。 まるで、逃さないと言わんばかりに。


「陽夢様、ではこうしましょう。 わたくしの魔法で、全てをなかったことに致します。 そうすれば全ては元通りです。 今回のことも、その前のことも。 あの方が陽夢様たちにした全ての記憶をわたくしが消して差し上げます。 そうすれば、陽夢様がこうして悩むこともありません」


「……記憶を? そんなこと、できるわけが」


「魔法というのは万能なのですよ、陽夢様。 西園寺様やクレア様、柊木様のことを全て忘れて、楽になりたくはありませんか? もう、あの方の起こす『課題』に取り組むことも、全てがなくなればないでしょう。 当然わたくしのことも忘れてはしまいますが、それでも今よりは楽ではないでしょうか?」


「駄目だ、そんなの。 それは……駄目だ。 エレナ、そんなことをしたら……俺は、エレナを許せなくなる」


自然と、言葉は出ていた。 考えると言うよりかは、条件反射と言っても良い。 自然に出てきた言葉は、俺の思いそのもので……そして、俺がしたいことでもあった。 あいつらとのことは忘れたくない。 絶対に、何があっても。 もう。


「忘れたくはないのですか? 陽夢様」


「ああ、忘れたくない。 いくら普通じゃなくても、異常なことだったとしても、俺の……思い出だ」


「そうですか」


エレナは言い、俺の膝の上へと飛び移る。 そして、優しい声で言った。


「申し訳ありません、陽夢様。 わたくし、陽夢様に嘘を吐きました。 そんな魔法、わたくしにはとても扱えませんよ」


「……そういうことか」


怒りなんて当然出てこない。 エレナは俺の気持ちを知りたくて、そんな嘘を吐いたのだ。 そのくらい、その程度のこと、もう分かれない俺じゃない。 エレナの気持ちは痛いほどに伝わってくる。 同時に、俺がしたいことも。


「エレナ、俺はクレアの記憶を取り戻す。 で、みんなで四月を迎える。 まだ、高校生活は二年も残ってるんだ。 こんなところで終わりたくはない」


「ええ」


「……俺はもっと、みんなと一緒に居たいよ」


「そうですか。 では、頑張ってください。 わたくしにお手伝いできることがあれば、なんでも致します」


言うエレナの頭を撫でて、俺は立ち上がる。 エレナは気持ち良さそうにし、俺の膝の上から布団の方へと歩いて行った。


ほんっと、助けられたばかりだ。 俺はいつも、物事を複雑に考えすぎてしまう。 だからもっと単純に、気持ちの赴くままにやってやろう。 まずは、クレアのことだ。 俺がやるべきことはそっちで、柊木のことも勿論取り組むとして……今は、クレアのことを考えよう。




「というわけで陽夢様、敵を知るには味方を知ることです。 この場合の味方とは、何か分かりますか?」


「……なんかエレナ、やけにやる気だな。 というか、この場合の敵ってクレアか。 なんかそうは思いたくないけど」


てっきり俺は、エレナとは別行動になるのかと思ったのだが、どうやらエレナにその気はなかったらしい。 ちゃっかり俺の後ろを歩き、今はリビングへとやって来ている。 今日は例の如く、家には誰も居ない。 基本的に俺以外は多忙なのだ。 母親は仕事で、馬鹿な方の妹は部活に。 小さい方の妹は保育園へと預けられている。 父親は海外なので、俺がこうして家に一人っきりというのは珍しいことではない。


「そうですね、敵と言うと少し語弊がありますが……とにかく、クレア様のことを知るためには味方を知るということです!」


「この場合の味方っていうと……エレナのことか?」


「わ、わたくしのことを知ってくださるのは大変ありがたいですが……違います。 まずですね、陽夢様」


エレナは言うと、俺の正面へ回り込む。 そして、宙へ向かって飛んだ。 するとエレナの体は、みるみるうちに崩れていき、そして人の形へとなっていく。 エレナがこうして人の形になるのは初めて見たが……なんかグロいな。


「っはぁあ……やはり、人間の姿の方が落ち着きますね。 というわけで陽夢様、考えてみてください」


「い、いや……ちょっと待て。 エレナ、あのさ」


俺は慌ててエレナに背中を向ける。 が、エレナはそれを不審に思ったのか、俺の背中にピッタリとくっついて後ろから顔を覗きこもうとしてくる。


「どうかされましたか?」


「……あのな、その。 服、着て欲しい」


「へ……も、ももも申し訳ありませんッ!!」


どうやら、今度から猫の姿から人間の姿になるときは服を用意しておいた方が良さそうだ。

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