表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
142/173

柊木雀の課題 【12】

「まいろいろな方法はあるけどな。 柊木(ひいらぎ)がどうしたいかってところか、結局は」


「うん……やっぱりそうだよね。 (すずめ)ちゃんの気持ちが、一番大切だと思うな」


その日は結局、柊木の身に起きたことと起きていることくらいしか話し合うことはできなかった。 問題はやはり、柊木が何を目指すのか、そしてあいつ自身の気持ち、最後にそれを達成するために何をすれば良いのかってところだろうか。


で、今は西園寺(さいおんじ)さんと一緒に帰宅中。 最近では、こうして西園寺さんと一緒に帰ることがまた増えつつある。 柊木とは元々家の方向が違うし、クレアとは正直に言ってしまえば少し気まずい関係なのだ。 クレアはまさに()()()()()だけど、俺が俺でいられない気がする。 だから、どちらかと言えば俺から避けてしまっている。 クレアがいくら俺の方に顔を向けてくれても、俺はいつだって背中を向けたままなんだ。 それも前までとは違う形で……と、思いたいけど。


成瀬(なるせ)くん、悩んでる顔してるよ。 いろいろあるもんね」


「……本当な。 人生いろいろありすぎて、疲れちまう」


こんなセリフを高校一年にして言うことになるとはな。 でも、あっという間だった一年間だ。 それほどまでにいろいろあったってことだろう。 ループから始まった一年間は、あっという間に過ぎ去って行く。 一人が良いと思っていた俺だし、一人が楽だと思っていた俺だ。 けれど、こうして友達と話すのもそれはそれで悪くはない。


やるべきことは沢山ある。 柊木のこと、西園寺さんのこと、俺のこと、クレアのこと。 しかし、気になるのは俺の手にある刻印が未だに消えていないことだ。 クレアの気持ちに気付いたはずなのに、それはどうしてか未だに俺の手に刻まれている。 時間差だったとしても、クレアの刻印は消えているのに、俺のは消えない。 個人差なんてものがあるのかは分からないが、それが少し気になっている。


……まぁ、今は俺のことよりも柊木のことだ。 順番にやっていけば、答えだって見つかるかもしれない。 そうやって辿って解いていくのは嫌いじゃない。


「西園寺さんはさ、知ってたのか? クレアのこと」


「うん、一応ね。 いつからとか、そういうのは聞かないで欲しいけど……それでも、クレアちゃんは成瀬くんのことが好きなんだよ」


「そっか」


西園寺さんなりに気を遣っての答えだということは分かった。 西園寺さんはクレアの口からそれを聞いた瞬間よりも前に、その気持ちには気付いていたのだろう。 でも、黙っていた。 それは当然のことかもしれないけど、やっぱり俺は西園寺さんらしいな、なんて思うんだ。


「だから、真剣に考えて欲しいかな。 成瀬くんが選ぶ答えは成瀬くんが決めるものだけど、ちゃんと成瀬くんの気持ちで答えて欲しいと思うから」


「ああ、分かってる」


俺の気持ち、か。 それなら俺はやっぱり、今までの関係でありたいと思ってる。 西園寺さんが居て、クレアが居て、柊木が居て。 たまにリリアが部室へやって来て、くだらない遊びで暇を潰して。 そういう毎日は、わりと楽しいものだから。 だから俺も俺で、後悔しない道を選びたい。


とにかく……。 今考えるべきこと、今やるべきことは柊木のことだ。 まずはそこから順番に。


俺は一度深呼吸をし、気持ちを切り替え、口を開く。


「柊木は、どうすれば良いんだろうな」


「……難しいよね。 わたしも、お母さんがいなくなっちゃったら同じようになるかもしれないし。 やっぱり、苦しいし悲しいと思うよ」


まぁ、そうだな。 ループの世界の原因は西園寺さんのそんな気持ちだったんだ。 だが、それと違うのは……まだその対象が生きているか、死んでいるか。 西園寺さんの場合は前者だったから、まだ考えることもできた。 が、柊木の場合は後者だ。


柊木の妹は、もうこの世界に居ない。 そして、柊木はそれに捕らわれている。 それを助けるためには、何をすれば良いのか。


話もできず、乗り越えるのは難しい。 柊木の中でしか存在せず、しかし存在し続ける妹だ。


「もう居ない人をどうするか、か……」


「雀ちゃんが、しっかりお別れを出来れば良かったんだけどね」


……そうだな。 事故ではなく、せめて病気だったのなら。 なんてことを不謹慎にも考えてしまう。 もしもそうだったのなら、柊木自身もある程度救われてはいたんじゃないだろうか。 別れの挨拶も出来ず、そして柊木は自分の所為でと言っている。 それさえなければ、今もこうして引きずることはなかったんじゃないかと思ってしまう。 きっと、柊木の妹だってそんなことは望んじゃいない。 幽霊なんて信じない俺だけど、そういう想いくらいは信じてみたい。 そしてその想いを叶えてやりたいと思っている。 柄にもなく、証拠なんか一切ないというのにな。


……ああいや、証拠ならあるか。


「西園寺さん。 西園寺さんは、柊木の妹が今の柊木の状態を望んだと思うか?」


「望んでないよ。 そんなの、当たり前だよ。 (うずら)ちゃんは、雀ちゃんのことを庇ったんだから……そんなことはないよ」


「だよな、そうに決まってる」


西園寺さんがそう言うのなら、それはもう十分証拠だ。 そして、その妹の気持ちを汲み取ることは今、俺たちにしかできないことだ。 柊木がそれを見失ってしまっている以上、ちゃんとした道に戻せるのは俺たちなんだ。


そういうものもまた、この一年では沢山学んだ。


「よし、ちょっと公園寄って行くか。 西園寺さんは時間大丈夫?」


「えへへ、勿論です。 わたしは平気だよ」


ようやく、西園寺さんはいつもみたいに笑っていた。 今までずっと、暗い顔をしていた西園寺さんはそこでやっと笑ってくれた。 何を考えているのか正直分からないところもあるけれど、このときばかりはそれがなんとなく、分かった。


西園寺さんはきっと、俺が何かをしようとしたのを見て、笑ってくれたんだって。




「居ない人を相手にして、どうやって別れられるか……」


それから、俺と西園寺さんは近所にある公園へと入る。 昨日、クレアと一緒に来た公園とは別の公園だ。 そこにあるベンチへと腰をかけ、俺は西園寺さんと一緒にその内容について考えていた。 既に夕暮れ色に染まっているおかげか、辺りは静かで考えごとをする分にはなんも問題はない。 少しだけ肌寒いけどな。


「ちょっとだけ聞いた話なんだけど……。 雀ちゃんは鶉ちゃんのお墓参りもしていないんだって。 多分ね、それをしたら本当に消えてしまうと思って、していないんだと思う」


「……墓参りか。 確かにそうだな、それをしたらもう認めてるようなもんだ。 けど、しないってのもな」


俺が言うと、西園寺さんは「うん」とだけ言い、空を見上げる。 赤く染まった空は、きっと俺と西園寺さんの心情とは違う。 今燻っているものは、そこまで綺麗なものではないから。


「西園寺さんはどう思う? 柊木にそういう別れ方をさせた方が良いのか、それとも違う方法を見つけるか」


「わたしは、ちゃんとしたお別れをした方が良いと思う。 えへへ、わたしが言うのも……少し変かもだけどね。 でも、ちゃんとしないといけないことだよ。 それでどんどん苦しくなるのは、雀ちゃんだから」


「ま、そうだよな。 けど、柊木もしっかり納得した上でそれはやらないとな」


今回の『課題』は結局、全部が全部、本人の問題だ。 だからこそ、柊木自身が納得しない限り意味はない。 長い時間、柊木はずっと妹の影に捕らわれていた。 それから出るためにすれば良いのは、その妹の死をしっかりと受け止め、乗り越えることだ。


柊木を納得させられる何か。 それがあれば、一気に解決には行けると思う。 せめて、その柊木妹の想いを柊木に伝えられれば……良いんだけど。


「言っちゃあれだけどさ、死人に口なしだよな。 奇跡が起きない限り、無理な話だ。 そんで俺たちが生きてるのは、現実だ」


奇跡は起きるものじゃない。 だから奇跡でしかなく、それを望むというのは些か無責任な行動だと俺は思う。 それをしたら、その物事に関して投げ出したということにもなるのだから。 だったら、俺たちが俺たちのやり方で柊木を納得させるしかない。 そして、その方法が分からずにいるんだ。 柊木雀は真面目で、自分の芯がしっかりとしている。 そんな柊木を説得するのは容易ではない。 あいつは妹の死を自分の死とも感じている。 だから……柊木はこのまま、死ぬ道もありだと捉えている可能性だってある。


「……雀ちゃん、いなくなっちゃうのは嫌だな」


「西園寺さん」


西園寺さんの呟いた言葉を聞き、俺はひとつの答えを出す。 それは俺が考えていなかったことだ。 まったく考えていなかったと言えば嘘になるけど、俺が考えていたのは「柊木を死なせないこと」が主にあって「柊木がいなくなること」ではない。 だけど、西園寺さんが主に考えていたのは「柊木がいなくなること」だ。 俺と西園寺さんは、考えていることがそもそも違ったのだ。 それは考え方と言っても良いくらいに。


似ているようで、絶対的にそれらは異なる。 分かりやすく言ってしまえば、俺は一人の人間に対しての考えで、西園寺さんは一人の友達に対しての考えなんだ。


俺の考え方と、西園寺さんの考え方。 今回の件で重要なのは……西園寺さんの方だ。


「どうしたの? 成瀬くん」


西園寺さんは首を傾げ、俺の方を見る。 だから俺は、西園寺さんの肩に手を置いて言った。


「俺に考えがある。 大変なのは西園寺さんだけど、任せても良いか」


「……えへへ、もちろんだよ」


その言葉ほど、安心できる言葉はないな。 こと今の状況で言ってしまえば、それほど頼りになる言葉もない。 ならば、任せるしかあるまい。


俺は彼女を頼ることにして、彼女はそれを受け入れた。 あったのはたったそれだけなのに、何故かスッキリとした感覚は受けない。 今、このときも。


大事な何かは、着実に失われている。 気付かないところで、少しずつ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ