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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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柊木雀の課題 【11】

「思い詰めた顔ですね」


家に帰り、部屋に入るとエレナがすぐさま声をかけてきた。 ベッドの上の布団に包まり、気持ち良さそうにしている姿は猫そのものだな。 そう思いながら、俺はベッドの上に座り込む。


「いろいろあってな。 ちょっと、全然先が見えないんだ」


俺のこと、クレアのこと、西園寺(さいおんじ)さんのこと、柊木(ひいらぎ)のこと。 そして、俺とクレアのこと。


やるべきことは沢山あり、その全てのやり方が分からない。 今日のこれは、先延ばしにして良かった問題なのか? あのとき、しっかりと言っておくべきだったんじゃないのか?


今になって、そんなことを考えてしまう。 今更になって、そんなことを考えてしまう。


今回のこの問題は、俺が頭を使って解くものではない。 今までと違い、それらで解けることじゃない。 マニュアル通りの方法なんてないし、こうすれば正しい、間違っているなんてこともない。


言ってしまえばこれは、人の気持ちという問題だ。 俺がもっとも苦手とするそれを……解かなければならない。 解ければ生きることができ、解けなければ死ぬ。 たったそれだけの分かりやすいルールだ。


頭を使うのではなく、気持ちで動く。 俺がどうしたいか、どうなりたいかだ。 今までのことを思い出して、それぞれの気持ちを考えて。


「わたくしは陽夢(ようむ)様のことが好きです。 わたくしの命を救ってくださった陽夢様のことが」


「……いきなりなんだ?」


「ただの告白ですよ、わたくしの。 それで、お答えは?」


「またいきなりだな。 前にも言ったけどさ……俺は、エレナとは付き合えないよ。 俺は、エレナに感じているのは恩だから」


それは西園寺さんに対しても。 彼女の場合は、それに尊敬という言葉も加わるが。


「うふふ、知っております。 そして、わたくしもそれで良いと思っております。 陽夢様、大切なのはその相手にどんな感情を抱いているか、ですよ。 相手の気持ちは次に考えるべきことで、まず最初に考えるのは自分の気持ちです。 陽夢様は、そこを履き違えていると言っても良いですね」


「相手の気持ちじゃなくて、自分の?」


だとしたら、やっぱり俺がどうしたいかってことじゃないのか? 俺はただ、クレアやみんなに傷付いて欲しくなくて……でも、クレアの気持ちには答えられなくて。 だから、どうすれば良いのかが分からないんだ。


「簡単なことではないですか。 陽夢様、クレア様に対する答えはそれをしっかり理解してからにしてください。 なので、今回の返事を先送りにした……というのは、ある意味正解だと言っても良いですね」


「分からないな。 それが良い方向に転ぶかどうかは、分からないじゃないか」


視線だけをエレナに向け、俺は言う。 対するエレナは俺の言葉を先読みしていたかのように、すぐに口を開いた。


「ええ、分かりません。 ですが、少なくとも……クレア様の提案を受け入れたということは、わたくしはそういうことだと思いますけどね」


なんだ。 つまり、エレナは俺がクレアに対して気が変わるとでも言いたいのか? そんなことは、さすがにないだろう。 俺が何よりも望んでいるのは、今の関係が崩れないという一点だ。 そのために、クレアの合図を無視し続けていた俺だ。 奥底では分かっていた。 けれど、知らない振りをしていたんだ。


結局これは俺の勝手なワガママだってことも分かってる。 けど、俺は今のこの関係ってのがたまらなく大切なんだ。 俺のことを体を張って守ってくれて、信頼してくれて、決して裏切らないだろうと思えるあいつらが。


最終的に決めるのは俺自身だ。 クレアとは、あいつとは、俺は……友達で居たいとそう思っている。 でも、どうしてか。


どうしてか。 そう思うと、胸の奥がちくりと痛んだ気がした。




「よし、集まったな。 じゃあ早速だが……本題に入る」


次の日、柊木が取り仕切る歴学部部室には全員が集まっていた。 クレアの様子は……こう言ってはあれだが、とても昨日あんなことがあったとは思えない態度だった。 俺に対しても、西園寺さんに対しても、柊木に対しても。 いつも通り、なんら変わらないそれだ。


「あ、その前に良いですか? 実は、昨日成瀬と少しお話をしまして……そのあと、家に帰って気付いたんですが」


それを話すのか? と思い、俺はクレアの方へ顔を向ける。 しかし、当人であるクレアはまったく気にする素振りは見せない。


「ほら、見てください」


クレアは言うと、右の手の平を俺たちへと向けた。 そして、そこにはあるはずの刻印がなかったのだ。


「お前、それって」


「ええ、考え通りですね。 というわけで成瀬、ありがとうございます。 どうやら、私の『課題』は終わったみたいです。 昨日、成瀬と話をしたからですかね」


それを聞き、柊木が俺に顔を寄せる。 耳元で、クレアには聞こえないように俺に向けて言う。


「……どういうことだ、成瀬。 お前、まさかとは思うが」


「……違うって。 結局、柊木の一件が片付いてからってことになったんだよ。 だから、俺も意味が分からなくて」


しかし、そうは言ってもクレアの手に既に刻印はない。 それはつまり、クレアが夢を叶えたということになってしまう。


……だとしたら、俺はクレアの夢を履き違えていたのか? 本当はまったく関係ないことで、それで……クレアの呪いが消えた? そんな、あっさりと?


「でも、終わったなら良かったよ。 それってなんだったんだろう?」


と、えらくストレートに尋ねるのは西園寺さん。 遠慮を知らないというか、恐れを知らないというか……それがまた西園寺らしい。


「ええ、恐らくは「今までの関係を維持したい」ですかね。 私としては、それが一番望ましいですから」


その言葉を受け、俺は胸を撫で下ろした。 その夢というのが、俺と同じものだったからだ。 クレアがそれを夢だと捉えていたのなら……これ以上ないくらい、それは良いことではないだろうか。 そんな風に感じて、俺は誰にも気付かれないように息を吐く。


「……だと良いのだが。 まぁ良い」


柊木は再度、俺の耳元で小さく言う。 その言葉通り、俺にも多少引っかかるものはあった。 だが、クレアの手からは間違いなく刻印は消えている。 その揺るがない事実が、何よりの証拠だ。


ひょっとしたら、昨日までのことが何かの夢なのではとも思えてくる。 クレアは本当は、俺のことを好きだなんて思ってもいないんじゃないかって。


「いろいろとお騒がせしてすいません。 今日はしっかりと参加するので、次は柊木の問題を片付けましょう」


その言葉に、俺たち三人は頷いた。 そして、クレアの『課題』はあっさり呆気なく、終わったのだ。 それに対して何かを言いたいのは俺も西園寺さんも柊木もだったとは思うが、手の刻印が消えている以上、クレアの言う言葉が真実なのだから。 俺たちはその言葉を、その結果を見て行くしかないのかもしれない。




「んじゃ、柊木のだな。 単刀直入に入るぞ、良いか?」


俺たち四人は少しの休憩を取ったあと、再び椅子に座る。 そして、今日から取り組むその本題へと入った。 クレアに関しては西園寺さんの方から事情を説明していたらしく、ここに居る全員が理解している。


「構わん。 黙っていても、どうせその話にはなる。 私の妹……(うずら)のことだな」


かつては、その妹は架空の存在だと思っていた俺たちだ。 だが、確かにその妹は存在したのだ。 数年前には、確実に。


柊木は、その妹の死を忘れられずに居る。 自分の中に、その妹が存在し続けているのだ。 そして柊木の『課題』は「乗り越えること」で、この場合……それが指しているのは妹の死を、ということになる。


「でも、雀ちゃん自身で分かっているってことは……もう乗り越えているってことにはならないのかな?」


最初に口を開いたのは西園寺さん。 確かにそれもそうだとは思うが、柊木の手から刻印が消えていない以上、それは違うとしか言いようがない。 もっと明確に、ハッキリと柊木が乗り越えなければならないということだな。


人の死なんて、本来ならば乗り越えなければならないなんてことはない。 誰もが引きずって、誰もが思い出すものだ。 忘れることなんて、絶対にできない。


「だとすると、柊木の中に妹が残っている……というのが問題ですかね」


言ったのは、クレア。 今日の様子は昨日とはまるで違い、本当にいつも通りのクレアだ。 そして、その言っていることは合っている……と思われる。 問題はそこで、そうとしか考えられない。


妹のことを忘れられない、それ自体は一向に構わないのだ。 だが、柊木の中で妹は生きている。 それが、柊木の抱えている問題。 生きているというよりか、柊木が生かしている……ってことになるのかな。


「直球で聞くけどさ、柊木はどう思っているんだ? このことについて」


俺が尋ねると、柊木は目を瞑って答える。 思い出しているような仕草でもあった。


「……私としては、あいつの死は受け入れられる物じゃなかった。 忘れられないし、忘れようとも思わない。 忘れて良いことだともな」


そうだ。 人がそんな簡単に忘れられるわけじゃない。 そんなのは、当たり前だ。 少なくとも、今回の柊木に対して起きた『課題』がそれをしろと言っているとは思えないな……。


あの番傘の男が出してくる『課題』に、今までで必ず共通していることがひとつある。 それは、結果から見れば俺たちに何かしらのプラスがあったということだ。 ループの世界では俺と西園寺さんが友達同士になれたということ。 人狼の世界ではクレアが俺たちの仲間になったということ。 異能の世界ではそれぞれの気持ちを知るということ。 それらは少なくとも、プラスになっていることだ。 そして、それらの『課題』を終えたあとに残るのは疲労感だけではない。 確実に、絶対に得られているものがあるのだ。


そしてそう考えるならば、今回のことだってそうに違いない。 まず、柊木の妹についてだ。 妹は昔、交通事故で亡くなっている。 それを柊木は忘れられず、そして頭の中に妹が存在し続けてしまっている。 考えるべきは、そこからだ。

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