表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
140/173

柊木雀の課題 【10】

「そんなこと、できるわけねえだろ!?」


一瞬で頭に血が上ったのが分かった。 そんな、あり得ない提案をした柊木(ひいらぎ)に対してだ。 さすがに、さすがにその言葉は見逃せない。 クレアの気持ちを微塵も考えないような、そんな言葉は。 それを受け入れられるほど、俺はあいつのことをどうでも良いだなんて思っていない。


「良かった、まだそう言えるだけはあったか。 ここでお前が頷いていたら、それこそ叩き潰していたよ」


柊木は言い、俺の前に出していた指を退かせる。 そして腕組みをして、続けた。


「だったら成瀬(なるせ)、考えて悩め。 これはお前の問題で、私や夢花(ゆめか)が本来口を挟むことではない」


「お前な……頼むから、冗談はもっと分かりやすく言ってくれ」


危うく、俺もまた部室から出て行くところだった。 そんなことを柊木が本気で言っているわけじゃなくて良かったよ。 もしも本気だったとしたら……俺は最終的にどうしていたのか。 それが分からなく、同時に安堵した。 本気で言っているわけではなくて良かったと。


「私が知りたかったのは、お前がクレアのことをどう考えているかだ。 そこで怒れるなら、もう何も私は言わないさ。 お前の思うようにしろとしか、言えん。 手酷く振っても、受け入れてもな。 だが、傷付けたなら殴る。 ややこしいこと以前に、クレアは私の友達だ」


……俺がどう考えているか、か。 そりゃあ、勿論クレアとは友達でありたい。 今までのように、これからも。 何気ないことで笑って、話して、馬鹿をして。 そういう関係でありたいと、俺は思う。


だが、もう避けられない問題だ。 後回しにしたツケは必ずやって来る。 そして二度目に訪れたそれは、もう目を背けることはできない。 確実に、向かい合わなければならない。 逃げれば逃げるほどにあいつは傷付いて、悲しんでいる。 今になってようやく分かれたそのことを見過ごせはしない。


「成瀬くん」


しかしどうしたものかと思う俺に、西園寺(さいおんじ)さんが声をかけてきた。 その声を聞き、俺は西園寺さんの方へと顔を向ける。 すると、西園寺さんはわざわざ俺の隣まで来て、俺の手を握った。


「わたしはね、結果がどうなっても成瀬くんとはお友達だから。 でも、クレアちゃんに嘘を吐くことだけは止めて欲しいの。 そうしたら、クレアちゃんはもっと傷付いちゃうから」


「……ああ、分かった」


これもまた、考えなければならない問題だ。 あいつに嘘を吐きたくないってのは俺もまったく同意見だよ。 そんなことをしてクレアとの関係を維持するほど、馬鹿な真似はしたくない。 話すならば、心の底から思うことだけを言うしかない。 それであいつが泣いたとしても、言うしかないのだ。


もう、事態はそれほどまでに進んでしまっているのだから。 もう、前に進むしかないのだから。 もしも俺が最初から向き合っていたら、結果は変わっていたのかな。


いいや、変わらないか。 俺は俺でしかなく、そうである以上、結果は変わらない。 あいつには、クレアには――――――――付き合えないと伝えなければならない。






それから部室で少しの間話をした俺たちは、それぞれがようやく家へと帰る。 学校を出るときはまだ少し明かりはあったが、家に着く頃にはだいぶ暗くなっていた。 西の空が少しだけ赤く染まっていて、それも段々と暗くなっている。


「よう。 なんとなく、居るんじゃないかって思ってた」


俺は家の前で、外壁に背中を預けていたそいつに声をかける。 この場面、この状況で俺のことを待っていそうな奴なんて、一人だけだ。


「怖いですね、超能力ですか」


「かもな。 立ち話は好きじゃないから、少し歩くか」


「はい」


超能力とは少し違う。 なんとなく、クレアの性格からして居ると思ったんだ。 こいつが考えそうなことは、俺との決着なんだ。 それは同時に、自分との決着でもある。 あやふやなまま、揉めたまま、そんな気まずい中に居るのは好きじゃないクレアだ。 だから、居るのはなんとなく分かっていたことだった。


そんなクレアは珍しく、上下ともに制服を着ている。 冬用のブレザーに、改造していない普通のスカート。 縛っていない自然そのままの長い髪を後ろへ流し、クレアは俺の隣に並んできた。 こうして見ると、普段とは幾分か違う雰囲気を纏っているようにも見えた。


そして、俺とクレアは歩いて行く。 お互いに無言で、お互いに何も言い出そうとしない。 そんな空気のまま、やがて辿り着いたのは公園だった。


「……なんか飲むか?」


「あ、それならココアが良いです」


公園の入口辺りに設置されていた自販機の前で俺は立ち止まり、クレアに尋ねる。 その返事を聞いて、俺は自販機に硬貨を入れていった。 どうしてか、自分でもゆっくりした動作だな、なんて思う。 最初に買ったのは、クレアが要求したココア。 ボタンを押すとそれはすぐに音を立てて出てきて、俺はそれを手に取り、クレアへと渡す。


「ありがとうございます。 奢りですよね?」


「今日だけな」


「ふふ、そうですか」


笑っているクレアから視線を逸らし、俺もまた自分の分を買う。 甘いのは……気分じゃないな。 たまには、コーヒーでも飲んでおくか。 基本的に苦いのは好きじゃない俺だけど、今日はそういう気分だ。


思い、俺はまたゆっくりとした動作で硬貨を入れていく、そして、缶コーヒーを一本購入した。 熱いくらいに暖められているそれで俺は手を暖め、クレアの方へと顔を向けた。


「……」


どうやら、クレアも同じことをしていたらしい。 両手で包むように缶を握り、クレアは公園に植えられている木々を見つめている。 物寂しげにも見えるし、その表情はどこか儚くも見える。


「どっか座るか」


「ええ」


声をかけるとすぐに返事があり、それを聞いた俺は歩いて行く。 やがて、手頃なベンチが目に入ってき、そこに俺は腰をかけた。 見ていたクレアも同様に、隣に人一人分ほどのスペースを開けて腰をかける。


「とりあえず、なんだ。 今日のこと、謝ろうと思って。 言い方も悪かったし、何も考えてなかった。 ごめん」


その言葉にクレアはすぐに返事をする。 気持ちなんてのは分からないけど、けれど分かろうとはしたい。


「良いですよ、別に。 私の勘違いだったみたいなので。 私の方こそ、ごめんなさい」


俺もクレアも、お互いに正面を向いたままだ。 顔を合わせようとせず、目を合わせようとしない。 ここは俺が、クレアの顔を見て話さないと。 そう思い、俺はクレアの方へと顔を向けた。


「あの、さ。 西園寺さんからは、何も聞いてない。 けど、クレアの思考が入ってきたんだ、俺の頭に」


びくっと、クレアが体を反応させたのが分かった。 クレアはそのまま、ココアに口を付けたままの姿勢で固まる。


「……本来だったら、絶対駄目な知り方だと思う。 でも、お前の気持ちを知っちゃったんだ。 最初は何もない風に装うと思ったし、なかったことにしようとした。 でも、柊木と西園寺さんに怒られたよ」


そこで、あのときの西園寺さんは俺だったなんてことは、さすがに言えなかった。 嘘を吐きたくはない、だけどこればっかりは言えない。 クレアの告白……とも言えるそれをあんな形にはしたくないんだ、俺は。


「そう、でしたか」


クレアは俺の顔を見ない。 口元にココアを近づけたまま、目を少しだけ細めていた。 ココアの缶を持つ両手は、少しだけ震えていた。


「クレアが罰ゲームで俺を買い物に付き合わせたとき、何も言わなくてごめんな」


あのとき、クレアが言った言葉の意味も今なら分かる。 どんな気持ちで居たのかも、今なら。 そのひとつひとつを思い出し、俺は言う。 見直して、見返して。


「もう、嘘は吐きたくないから。 クレア、大晦日のときはごめんな」


自分がやってきたこととか、クレアが俺にしてきてくれたこととか。 あの日、クレアが俺に何を言おうとしたのかを考えて。


「一月三十一日、お前が矢澤(やざわ)たちをぶっ飛ばしに行ったその日、あのときもごめんな」


クレアがどんな気持ちで居たのかを考えて。 クレアの気持ちを真剣に考えて。


「沢山、お前は沢山俺にくれた。 大切なこととか、大切な物とか、沢山もらった。 俺はなんも返せなくて、お前の好意を無視してて、酷いことをした。 本当に、ごめん」


一個一個を振り返っても、言い切れないほどに沢山のことだった。 それだけ、俺はクレアにもらっている。 人の気持ちというものを、これでもかというほどに。


「成瀬」


「……」


俺の言葉をクレアは途中で遮った。 そして今日、初めて俺に顔を向けてくれた。


「謝らないでください。 謝られてしまうと、私ちょっと泣いてしまいそうなので。 ふふ、だからやめましょう」


笑っていた。 クレアは、俺に対して怒りもせずに、笑っていたのだ。 だけど、それはあまりにも悲しそうな笑い方で。


……俺は俺がしてきたことを、嫌でも実感させられる。


「クレア、話があるんだ」


「……それは、あれですか。 私が成瀬のことが好きだというお話ですか?」


もう隠すこともせず、クレアは言う。 それを受け、俺は一度頷いた。


「俺は、さ」


「すいません、ちょっと待ってください。 あの、ですね……。 今は少し、聞きたくないです。 柊木のことも、西園寺のことも、成瀬のこともありますし。 だから」


クレアは続ける。 震えた声で、それでも泣かないように我慢をしながら。


「最初に取り組むのは柊木のことですよね? でしたら、それが終わったら……聞かせてください。 もう少しだけなので」


「だけど……」


お前はそれで良いのかと、俺は言おうとする。 散々目を逸らされて来た答えをまだ先延ばしにして良いのか、と。


「良いんですよ、成瀬。 私は勘が鋭いので、大体分かっちゃうんです。 柊木の件も、成瀬の件も、西園寺の件も、私は協力しますよ。 ですので成瀬、お願いです」


クレアは立ち上がって、俺の目を真っ直ぐと見つめて、そして笑って言った。 少しだけ、その顔からは悲しみが消えているようにも見えた。 冷たい風が吹く中、手に持っていた缶コーヒーは既に冷めてしまっている。


「もう少しだけ、私に夢を見させてください」


それがその日、クレアが俺に向けて言った最後の言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ