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俺とルールと彼女  作者: 幽々
ループの世界
14/173

七月七日【3】

「え?」


俺の言葉に、西園寺(さいおんじ)さんはきょとんとした顔をした。 予想していたことだ。 西園寺さんは別に、俺を騙そうと思ったり、悪意を持って嘘を吐いていたわけじゃないって。 もしかしたらそれは、俺のただの希望かもしれないけど。 西園寺さんが俺に悪意を向けているだなんて、思いたくなかっただけかもしれないけど。


……でも、もしもそうだったとして。 俺はどうしただろうか? きっと何も変わらないな。 俺は同じように言って、同じような態度を取っていただろう。 そんな奴だ、俺は。


「もう一回聞くから、答えてくれ。 西園寺さんは、俺に何か嘘を吐いている。 イエスかノーかで」


「……そんな、嘘なんて。 そんなの、ないよ」


言いながら、西園寺さんは居心地が悪そうに人さし指で頬を掻く。


「そっか」


「うん、そうだよ」


ああくそ、今日は最悪の日だ。 折角できた同じ境遇の友達……親友とも言えるかもしれない存在を失うかもしれないだなんて。 まったく、嫌になる。


この日ばかりは、本当に恨むぞ。 俺の頭の回転の良さが心底嫌いになってしまいそうだ。


「嘘だな、西園寺さん」


「……」


そう言った直後、西園寺さんは顔を伏せる。 俺と西園寺さんの距離と、その身長差のせいで表情は見えない。 でも、どんな顔をしているのかは想像できてしまう。


……西園寺さんは、辛いんだろう。


「どうして、そう思うの?」


顔を伏せたままで、西園寺さんは言う。 どうせならば、素直に認めて欲しかった。 嘘を吐いていたことを認めて欲しかったんだ。


俺が今からやろうとしていることは、つらつらと理由を述べて、筋道を立てて、証拠を突きつけて、西園寺さんを追い込むこと。 そんな真似は、西園寺さん相手にはしたくなかったから。


「癖だよ。 西園寺さんの、癖」


「……癖?」


そこで、西園寺さんは顔をあげた。 その顔はやはり、辛そうだ。


「ああ、そうだ。 西園寺さんは嘘を吐くときに、人さし指で頬を掻くから」


「……そうなんだ」


儚く笑い、西園寺さんは呟いた。 自分でも知らない癖だったのだろう。 だからこそ、俺も気付けたわけだが。


最初に仕掛けたのは、初めて会った日のことだ。 屋上へと繋がるドアの鍵を外した日のこと。


俺にとっては一日、西園寺さんにとっては三年と少しの間、解けなかった謎を俺が解いたとき。 そして、二人で一緒に屋上へと行った日。


そこには結局何もなく、それに対する反応の違いだ。


所詮はこんなものかと思い、意外とあっさりと事実を受け入れた俺。 そして、そんな俺と同様に事実を受け入れた西園寺さん。


もしもあのとき、西園寺さんがループの回数を偽っていたら、俺も気付かなかったかもしれない。 しかし、西園寺さんは変なところで素直なのだ。 自分が経験した三十八回ものループをありのまま、俺に伝えてきたのだから。


だからこそ、気付けた。 どうして三十八回ものループ……時間にして、三年と二ヶ月のループを繰り返していた西園寺さんが、あんなにも簡単に事実を受け入れたのだという違和感に。


少なくともあの日、何もなかったという現実に対して西園寺さんは普通だったんだ。 普通で居られたんだ。 それはもしかしたら俺よりも気楽に、俺よりも普通に。


通常ならばありえない。 そんなにも長い時間をかけて解いた謎の先にあったのは、無だったという事実に耐えられるはずがない。 逆の立場ならきっと、俺はもう全てを投げていただろうさ。


けど、西園寺さんは受け入れた。 そんな残酷な事実を受け入れてしまったのだ。


「でも、成瀬(なるせ)くん。 それで、どうしてわたしが嘘を吐いていることになるの?」


「なるんだよ。 俺があの日、言った言葉を覚えてる? 西園寺さんが「同じ境遇の人に会えて良かった」って言ったときの、俺の返事」


「……確か「同じ目的を持つ人に会えて良かった」だったっけ」


「それに加えて、なんとか八月を迎えよう。 そういう風に俺は言ったんだ」


それが、最初に確かめたことだった。 敢えて西園寺さんが言った言葉とは変えて、俺は同じような言葉を繰り返した。 西園寺さんが何やら隠していると、勘付いて。


「えへへ……。 もしかしてわたし、そのときにその癖が出てたのかな」


「ああ、ばっちりな」


つまり、西園寺さんは俺の「同じ目的を」という言葉と「八月を迎えよう」という言葉に対して嘘を吐いて同意した。 その時点で俺は、何かがおかしいことに気付いていたんだ。


まぁ、そうは言ってもあの日だけでは分からなかったけどな。 その癖が「西園寺さんが嘘を吐いたとき」に出るものなのかどうかが。 だから俺はさり気なくそうなるように誘導して、確信したんだ。


「でも、でもだよ。 成瀬くんは、どうしてそれを今更追求するの? そこでわたしが嘘を吐いていたと仮定しても、成瀬くんが気にするほどのことではなかったと思うよ」


確かにそれは言えている。 そのときの俺にとっては、正直言って西園寺さんが嘘を吐いていようがいまいが、関係のないことだった。 でも、その日に起きた不自然な出来事はそれだけじゃないんだよ。


「順を追って説明する。 まず、どうして西園寺さんは屋上へ一人で行かなかったのか」


「それは、問題が解けなかったからで……」


「いいや、違う」


そもそもの話、あの問題を解けないってこと自体がおかしい。 別に西園寺さんを馬鹿にしているわけではなくて、三年もの時間をかければ、あの問題はきっと解けたはずだ。 なのに、西園寺さんは解けなかった。 解こうとしていなかったから、解けなかった。 西園寺さんは決して頭が悪いわけじゃない。 俺の誕生日が抜けていたとしても、それ以外は気付いていたはずなんだ。 そうすれば一億パターンの暗号は三百六十六パターンまで絞れる。 通常一年の三百六十五に、うるう年の一日を加えて、だ。 時間は呆れるほどに沢山ある中、そこまで絞れたのなら解けないわけがない。 それが解けなかった理由は一つ、西園寺さんが問題を解く気がなかったからだ。


だが、俺がやってきてその問題を解いてしまった。 しかしそこで引っかかることが一つあるにはあるが、今はこの件については少し置いておこう。


「違わないよ……行けなかっただけだよ、そんなの」


目を逸らして、顔を逸らして、西園寺さんは言う。 もう、癖なんて見ずともそれが嘘だということは分かってしまった。


「そうか。 なら見るべき問題を変える。 一番は、あの『手紙』かな。 あれが来たからこそ、やっぱり向き合うべきことなんだって思ったんだ」


『問題その参。 真実と嘘。 正と誤。 信じることと騙すこと。 この世は嘘であふれている。 それはいつも身近にあるもの。 果たしてあなたは嘘に触れていないのでしょうか? 真実を見つけて下さい』


その問題を俺は言う。 確認する意味も込めて。


「今、俺と西園寺さんが取り組んでいる課題だ」


少なくとも、放置しておくのには大きすぎる違和感。 西園寺さんがなぜ、俺に嘘を吐いていたのか。


「俺の予想だと、西園寺さんは()()()()()()()()()って思ってるはずなんだけど、どうかな」


それが、出した結論。 西園寺さんの言動と、癖と、今取りかかっている『手紙』の問題が届いたときの反応と。


それらを踏まえた上での結論だ。


「……やっぱ、成瀬くんは頭が良いよ。 良すぎて、成瀬くんの前じゃ嘘なんて吐けないよ。 えへへ」


正解、か。


できれば外れていて欲しかったよ、こんな答えは。


「成瀬くん、それに気付いたのは……わたしがあまり協力的じゃなかったから?」


「いいや、違うよ。 西園寺さんは少なくとも、届いた『手紙』に対しては真面目に考えてくれていたから。 それはもう西園寺さんの性格だと思うんだけど……俺は西園寺さんの中に、ループを脱出したいって気持ちもあると思ってる」


それが、俺の引っかかっている一つのことを解消できる考え。 西園寺さんは心のどこかでそう思っていたから、ドアが開いたあのときに、俺が問題を解いたあの瞬間に、涙を流したのではないだろうか。 まぁ、希望的すぎるかもしれないけどな。


「……どうだろうね」


西園寺さんはもう、小さく笑うだけだった。 そんな顔にさせてしまったのは俺で、俺はそんな自分自身が嫌いで嫌いで仕方がない。


「俺が気付いたのは、ついさっき。 ここに来て、西園寺さんと会話をして。 それで、気付いた」


「それって……」


引っかけた、ということになるんだろうな。 この場合は。


「いや……うん、だよね。 わたしの負けかな、あはは」


そして、西園寺さんは俺に背中を向けてしゃがみ込む。 花壇にある綺麗な一輪の花を手で撫でて、俺に語りかけた。


「そうだよ、成瀬くん。 わたしはずっと、七月に居たいの」


「……理由を聞いても良いか?」


依然、西園寺さんは花に触れたまま。 けど、その声色は今にでも消えてしまいそうなほどに細い。


「うん」


頷いて、西園寺さんは言った。 その事実は、俺にとってもあまりにも受け入れ難い事実。


「あのね、成瀬くん」


――――――――――――わたしのお母さん、七月の三十一日に死ぬことが決まるんだ。


西園寺さんはそう、言ったのだ。


「それは」


どういうことだ、違う。


なんで、違う。


避けられないのか、違う。


……そんなのは、聞くだけ西園寺さんの心を傷付けるだけだ。 事実はたったそれだけで、それがあまりにも大きい事実なのだから。


「それで、ループをしているのだってきっと、わたしのせい。 成瀬くんを巻き込んじゃったのは本当に、申し訳ないと思ってるよ」


「西園寺さんの……?」


そこで西園寺さんは立ち上がり、俺の方へと振り返る。 その顔にはもう、笑顔はない。


「最初は、わたしもショックで何が何だか分からなかった。 七月の二十日にお母さんが急に倒れて、病院に運ばれて……。 それで三十一日にお母さんがもう助からないって話を聞いて、わたしは何も考えられずに嫌だ嫌だって思っていて……そうしたらいつの間にか朝を迎えていて。 気付いたら、七月の一日だったの」


それがおそらく、始まりだったんだ。 この無限にも続くループ世界の。


何者の仕業なのかは分からない。 西園寺さんは自分のせいだと言うが、そもそもこんな現象自体、普通だったら起きやしない。 でも、もしもこの現象を起こしている奴が居たとして、そいつが西園寺さんを救うためにやっているのだとしたら。


……俺はそいつを絶対に、許さないだろうな。


「何回も、何回もループして……けどね、けどね成瀬くん」


「わたしのお母さんは、絶対に七月の三十一日に死ぬことが決まっちゃうんだ。 どんなことをしても、助けようと頑張っても、無理なんだ」


その言葉は果てしなく重い。 三十八回もそれに挑戦し続けた、西園寺さんの言葉は。


「……その途中で、俺が巻き込まれたってわけか。 なるほど」


「うん、だから成瀬くん。 ごめ――――」


「謝るなよ。 約束したじゃん、もう謝らないって」


西園寺さんは俺の言葉を受けて、ようやく笑った。 でも、その笑顔はあまりにも壊れそうで、触れたら壊れてしまいそうなほどに儚くて。


俺はこの時、素直に心の底から……西園寺さんの味方で居ようと、そう思ったんだ。


だから、俺は言う。 西園寺さんが乗り越えなければいけない問題と、するべき行動を。


「それで、西園寺さん。 西園寺さんの母親を助けるってのは、無理だ」


今日は人生で一番、嫌な日になるかもしれないな。

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