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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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柊木雀の課題 【9】

「……本当に成瀬(なるせ)か?」


「だからそうだって。 確かに見た目は西園寺(さいおんじ)さんそのものだけど、マジで俺だ。 てか、声に凄く違和感を感じる……」


あれから部室へと引き返した俺が目にしたのは、ソファーに横たわる()と、椅子に座って本を読む柊木(ひいらぎ)だった。


救急車を呼ばれていなくて一安心といったところだったが、どうやら柊木はもう少し待っても目を覚まさなかったら呼ぼうかと思っていたとのこと。 そんなタイミングで、中身が俺の西園寺さんが現れたというわけだ。 事前にそういうことも起きるというのが頭にあったおかげ……だろうな。


「本当に起きるんだな……こんなことが。 しっかし、なんだ。 言葉遣いが荒い夢花(ゆめか)もありといえばありだな」


「……お前ってそういう奴だったのか」


西園寺さんの身の安全が密かに心配になる俺である。 だが、まぁ。 言っていることは分からなくもない。 そういうギャップって良いよな。 あのクレアがちょっとしおらしくなったときとか。


……じゃねぇ。 くそ、さっきクレアに妙なことを言われた所為で、変に意識してしまう。 忘れなければならないのに。


「それよりも成瀬、他に異常はないのか?」


「他に? うーん」


俺はいつもの定位置に座り、考える。 部室の中に視線を彷徨わせ、何か身に起きている変化を確かめる。 なんだか声には違和感しかないし、体もだいぶ軽い……のは変なことではないか。 というか、西園寺さんの体がやけに健康体な所為で気分が凄く良いくらいだが。 俺も、もう少し普段の生活に気を遣った方が良いのかね。 ここまで感覚が違うと、正直ビビるな。


「特にはないな。 足が寒いくらいで」


「……妙なことはしてないよな?」


言う柊木。 したなんて言ったら、殴られそうだ。 いや、でも今は西園寺さんの体だから大丈夫か? 戻ったあとが怖いけど。 大体、俺は「しかけた」だけで「した」わけではない。 よってセーフ。 やったね。 もしも俺が柊木に殴られたとしても、これで冤罪になるというわけだ。


「してねえよ、しようとも思わなかった」


「そうか、さすがのお前でもそこまでではなかったか」


まぁ、しようとは思ったけどな。 してないから別に良いかと思い、俺は言った。 柊木は基本的に間違ったことは正すという思想の持ち主ではあるが、その性格故に非常に騙されやすい。 俺が言う嘘なんてのを頭から信じるほどに。 将来のことを密かに心配している俺である。


「それはそうと、これからどうする? クレアには一応、体が戻ったら謝ろうと思ってるけどさ」


「そうだな。 まずは最優先で私たちのほつれてしまっている糸を戻すとして、それからか」


俺の言葉に、柊木は腕組みをして思考を始めた。 冷静に物事を分析できるってのは、柊木が持っている特徴でもあるのだが……それには少し、欠点があるのだ。


「あの番傘男を叩き潰すというのはどうだ? 私が背後から頭を叩き割る」


発想が、この上なく物騒なのである。 というか怖い。


「無理だろ……。 てか、そんなことしたら何されるか分からないぞ。 今でさえ、かなり厄介なことになってるのにさ」


それぞれにかけられた呪いを解かなければ、俺たちに待っているのは死だ。 期限は今月末、時間はあまり残されているとも言えない。 全員が力を合わせなければというのはもっともだが……如何せん、俺が少しだけあいつとは気まずいと思ってしまう。


俺の『課題』である「気付くこと」は、恐らくさっきのクレアの言葉で終わったはずだ。 手の平にある刻印は消えていないが……時間差で消えるものだと思われる。 ならば、次に取り組むべき手っ取り早い問題は。


「俺としては、まず柊木のことだな」


「……私、か」


そこで柊木は本を閉じ、窓辺まで歩いて行った。 外の景色でも眺めるのかと思い、俺は柊木のことを見ていた。 すると、柊木はそのまま窓を開く。 冷たい風がすぐに入り込んできて、俺は「寒いから閉めてくれ」と言いかけたところで、思わず立ち上がった。


柊木は窓を開け、上履きを脱ぎ、何やら身を乗り出していたから。


「おいおいおいおい!? お前何してんだッ!?」


「いろいろと死にたくなってきたんだよ……はぁ」


「なにネガティブ思考になってんだよ! 似合わねえからやめろアホ!!」


西園寺さんの体ということも忘れ、俺は柊木に飛びかかる。 というか、こいつマジでそんな悩みだったならもうちょっと言っとけよ……案外簡単に終わるんじゃないかとか思ったじゃねえか。 意外なところで柊木の弱点発見だ、とか喜んでいる場合じゃない。


「とにかく落ち着けッ!! 頼むからっ!!」


ようやく窓から柊木の体を引き離したそのときだった。 目の前の視界が、ぐるりと変わった。


「きゃっ!」


「うわっ!? お、おお……戻った」


いきなりの視点変更、そして体の感覚の変化。 それらに驚き、俺は思わず転びそうになる。 なんとか持ち直し、俺が寝ていたソファーから落ちかけた姿勢を戻したそのとき、左の方から大きな物音が聞こえてきた。


「……うわ。 二人とも、大丈夫か?」


もつれ合い、その場に倒れている女子二名。 柊木と、西園寺さんだ。 目の保養には案外良いかもしれないと思いつつ、俺は視線を逸らす。 何故か、ちょっとだけ思春期の男子には刺激的なそれも見ようとすら思わなかった。 どうしてなのか、俺ですら分からない。


「わ、わ……あれ? わたし、なんで」


「いたた……お、元に戻ったか?」


その二人の言葉に再度顔を向けると、既に目の保養タイムは終わっていた。 ちくしょうめ……。


そして、柊木は西園寺さんの肩を支え、西園寺さんはそんな柊木の顔を見つめている。 それを傍から見て、なんて百合な光景なんだ……と思う俺だ。 これが現実ではなかったら、柊木と西園寺さんに旗が立っているな。 間違いなく。


「……雀ちゃん? それに、成瀬くん? え、あれ……わたし、どうして?」


「俺が西園寺さんの中に入ってたんだ。 それで」


それから、俺は状況が飲み込めていない西園寺さん相手に説明をする。 俺が西園寺さんに移ったこと、とりあえずは部室へ引き返したこと。 クレアとの一件は……黙っておいた。 なんとなく。


「そうだったんだ……えへへ、なんか恥ずかしいね」


「……そう言われると俺も恥ずかしいんだけど」


そんな馬鹿げた話も、今はあまりできない。 順を追ってやっていかなければならないのだ。 取り組むべき問題と、取り組むべき課題が俺たちにはある。 それをするためにも、やはりクレアも居なければ駄目だろう。


「イチャイチャするのは構わんが、全部終わってからにしてくれ。 成瀬、西園寺、状況を纏めるぞ」


柊木は言い、椅子に座り直す。 それを見て、俺も西園寺さんも椅子へと座った。 俺たちのまとめ役でもあるこいつの存在ってのは、正直かなり助かっているのだ。


少なくとも、柊木が入部する以前よりかは部活っぽくはなっているしな。 さすがは優等生ってところか。


「まず、最重要はこれだ」


柊木はノートを取り出すと、その中央に『課題』と書く。 そしてそのすぐ下に小さな字で俺たちがそれぞれ抱えている課題の内容を書いていった。


「わ、雀ちゃんの字って格好良いね」


「だな……なんか、綺麗っていうよりかは格好良いって字だ」


そういや、その昔西園寺さんに「字が綺麗なんだね」と褒められた気がする。 懐かしいな。


「そ、そうか? ふ、ふふ」


……柊木の奴、褒められるのが好きなタイプだったか。 凄く嬉しそうだ。 本人にその気はないのだろうが、顔がめちゃくちゃ綻んでいる。


「ん、んん。 話を戻すぞ。 それで、今起きている問題だ」


咳払いを一度した柊木は、またスラスラとノートに字を書き連ねる。 次に書かれたのは、俺たち四人の似顔絵だ。 成瀬、夢花、クレア、私、と書かれている。


「誰かの所為で、クレアが今この輪から少し外れてしまっている。 誰かの所為で」


「……悪かったって。 お前ってほんとズバズバ言うよな」


「私の取り柄だ。 で、まずやるのはこの輪を元に戻すことだな。 でなければ、この本題……最重要の『課題』にも取り組めん。 となると」


柊木はそこでペンをくるりと回し、その先端を俺に突き付けた。 言い忘れていたが、俺は先端恐怖症だからそうされると物凄く怖い。 まぁ嘘だけどな。


なんて思っていると、柊木は短く、端的に、至極分かりやすく言った。


「仲直りしろ」


「お前……それ簡単に言うけどな、結構難しいと思うぞ。 一日二日でどうかなるとは思えないんだけど」


いろいろなことがあって、クレアの奴は多分……相当怒っていたと思う。 他の誰でもない俺に言われたのだから、それで傷付いたとも思う。 それは当然申し訳なく思うし、なんなら地面に頭を擦り付けても良いくらいだ。 クレアがそれで納得してくれるのなら、俺はそうしたい。 クレアが元の機嫌に戻って、それで俺を許してくれるという方法があるのならば、縋りたい気分でもある。 それは俺の気持ちとしてハッキリと言えるんだ。


けれど、最終的にどうするかはクレアが決めることであって、俺が決めることではない。 とどのつまり、クレアがそれでも「嫌だ」と言ってしまえばそれまでなのだ。 俺がなんと言おうと、何をしようと。


「あいつさ、あいつ……クレアは」


俺は言おうとして、一度その言葉を飲み込んだ。 ここでそれを言えば、その問題は俺のことだけではなく、全員が知るものとなっていく。 だからこそ、迷った?


いや、違うな。 迷ったんじゃなくて、怖気づいたんだ。 この後に及んで恐れている、俺は。


……いつまでだろう。 いつまで、俺は背中を向けているんだろう? やめよう、もう。 遊んでいられる時間なんて、とっくに終わっていたんだ。


「西園寺さん、ごめん。 俺、あいつの気持ちを聞いちゃったんだ。 西園寺さんの体に入ったときに」


「……やっぱ、そうなんだ。 そういうお話になってたから、もしかしたらって思ったけど」


こんな状況で、こんな状態でそれを聞いてしまった。 ズルをしたようにも感じるし、正攻法では確実にないその方法で。 俺の所為ではないとみんなは言うかも知れないが、今まで目を敢えて逸らしていた俺の責任だ。


気付こうと思えば、分かろうと思えば、クレアが最初にその仕草を見せたあの大晦日の日に、分かれたはずなのに。 分かろうとせず、気付こうとせず、距離を置き続けた結果がこれだ。 今更、何を言ってもそれは戻ってこない。


クレアはずっと、俺に目を向けてくれていた。 そんなクレアと目を合わせなかったのは……俺だ。


「なんだ、クレアが成瀬のことを好きだという話か?」


「お前も聞いてたのか? クレアのこと」


「いいや、私は誰からもそんな話は聞いていない」


ん……? だとすると、どうして知っているんだ? そう疑問に思い、かと言って何かを言うこともできない俺に向け、柊木は続ける。


「あんなの、傍目から見ればすぐに分かるだろう。 気付いていなかったのはお前だけだ、馬鹿が」


周りから見て、それほどまでに分かりやすかったってことか。 それでも目を逸らしていた俺は、まさに柊木が言う通り馬鹿だな。 守るとか、傷付けたくないとか言っておいて、一番あいつを傷付けていたのは俺だ。


「……どうすりゃ良いんだろうな、クレアのこと」


「悩む必要はない。 簡単なことだ」


俺の呟きに、柊木は笑って言う。


「簡単? どういう意味だ?」


言葉の意味が分からずに俺は問い返すも、柊木は笑みを崩すことはしない。


「その前に、ひとつ確認だ。 成瀬、クレアと付き合うつもりは?」


「……ねえよ。 あいつとは、友達で居るのが正しいんだ。 それが最善だと思う」


それを聞いた柊木は、そのまま俺の目の前に指を一本突き出して、続けた。


「ならば、お前の得意な嘘を吐け。 今回の『課題』が終わるまでの間、クレアを騙して付き合えば良い。 簡単だろ?」


柊木雀は、俺にそう提案したのだ。

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