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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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柊木雀の課題 【8】

「言い過ぎだな」


「……んなこと分かってる」


残されてから数分経ったあと、口を開いたのは柊木(ひいらぎ)だった。 俺に向け、椅子に座ったままの格好で、読んでいた本を机に置くと、柊木は言う。 俺はと言うと、今日最初にここへ来たとき西園寺(さいおんじ)さんがそうしていたように、窓の外を眺めていた。 そこから見えるのは、なんら変わらない景色で。


「クレアは、私たちの中でもお前のことを一番信頼している。 それは、分かるか?」


「俺のことを……ね。 どうだか」


俺の言葉を聞き、柊木は右手で頭を抱え、盛大にため息を吐いた。 呆れているように。 それがどんな意味を持ったため息なのかはなんとなく分かったけど、俺にはそれでもそうは思えないんだ、やっぱり。


「良いか、成瀬(なるせ)。 このままだとまともに部活動もできないし、私たちが言われている『課題』だってクリアするのは無理だ。 だが、それ以前にこんな面倒なままでは正直鬱陶しい」


「俺もそうだって……分かってるよ、それは」


「だったらどうするか、考えるのは得意だろう? 成瀬」


どうするか。 それは、そうだ。 放っておいてどうにかなることでも、ない。 西園寺さんに任せっぱなしでも駄目だ。 俺が言った言葉が原因でクレアが傷付いているというのなら、何かをしなければいけないのは俺だ。 最悪だけど、そのくらいは分かっている。


「だけど、柊木の『課題』だってあるだろ。 クレアのは、俺のと一緒になっているから良いっぽいんだけど」


俺は言いながら、再び窓の外を眺める。 まだ早い時間ということもあり、校庭では部活動に励む生徒の姿も見えていた。 そんなとき、ふと背中に気配を感じる。


「少し痛いぞ」


「ん? って、おま――――――いってぇえええ!!」


後ろを向くと、そこには柊木(すずめ)。 そして何やら拳を構えており、思いっきりそれを俺の頭へと落としてきた。 つうか、こいつ見た目に反して力半端ねぇ……。 木刀を片手で振り回すだけはあるな……。


「そもそもの考え方を見直せ馬鹿者。 まず、その『課題』と今起きていることを結びつけるなよ。 すぐに繋がりを求めるな。 それぞれは別のことで、それを一気に解決しようとするな。 分かるか?」


「いてて……せめて、先に言ってから殴れって、それ……」


頭が痛い。 が、柊木の言いたいことは伝わった。 こいつはこれ以上なく分かりやすく、俺にそれを教えてくれたんだ。


……俺はどうやら、その問題たちに繋がりを見つけ、楽をしようとしていたらしい。 それぞれがどれだけデリケートな問題なのかも考えず、そうしていた。 考えるべきはそんなことじゃない。 そもそもの考え方自体が、間違っていた。


「まずはクレアに謝れ。 そもそも、この『課題』自体、全員で取り組まないと圧倒的に時間が足りない。 しっかり話して、しっかり分かり合え。 それが終わったら、私も話そう」


「話すって、お前」


「……考えたんだよ。 いろいろとな。 ここで私が逃げれば、あのクソ野郎の思う壺だ。 だから、私はそれに逆らう方を選ぶ。 文句は言わせないぞ。 ここで良いように私が背中を向ければ、それこそ思う壺だ。 正直話すのも関わられるのも嫌なことこの上ない。 が、それで解決しないのなら仕方ない……私はそれを我慢するよ、成瀬。 だから、お前も頑張れよ」


だから、西園寺さんが俺に話したといったときもそこまで動揺していなかったのか。 その覚悟を決めておいたから、柊木は。


「お前って、本当に格好良いよな……」


「ふん。 私が格好良いのではなく、お前が惨めすぎるんだよ」


そして、刺々しい言い方の柊木だ。 けれど、そのおかげで俺がするべきことは分かった。 やるべきことも、分かった。


まずは、クレアに謝ることだ。 そんで、ゆっくり話せば誤解だって解けるだろう。 そんで、それから……クレアの悩みについて、解決していけばいい。 順番に、ひとつずつ。 裏技、裏ルート、抜け道。 そんなものは、人間関係には存在しないんだ。 ちゃんと向き合って、ちゃんと話して。 それでようやく分かり合える面倒臭い関係が、人間との繋がりなんだ。


「柊木、ありが……」


ありがとうと、言おうとした。 だが、それは最後まで言葉にならない。 それは何故か。 俺の意識が、そこで途切れたからだ。


だが、昨日とは違う。 そのすぐ直後に、目の前には見知った顔が見えたから。


「では……話しては、いなかったんですか」


「……」


目の前に居たのは、クレアだった。 しかし、何かがおかしい。 クレアの背が……大分伸びている? いや、違う。 俺が、縮んだのか? というか、なんだか体がやけに軽い。


そんな疑問を確認する前に、目の前のクレアは言う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()、話していないんですね? 西()()()


――――今、なんて言った?


クレアは今、なんて言葉を口にした? 俺のことが、好き……? そう、言ったのか?


それに、最後。 まるでその言い方は、西園寺さんに話しかけているような言い方で、それで。


「え、あ、うん」


俺は思わず、そう返す。 その声は、俺のものでも俺が知っている西園寺さんのものでもない。 だけど、女子の声だった。 そして、クレアの言った言葉から考えると……この声は、西園寺さんが自ら聞いたときに聞こえる、西園寺さんの声ってことか。


「……先ほどはすいませんでした。 成瀬が知っていたようなことを言っていたので、取り乱してしまって。 今日は、帰りますね」


クレアは俺に一度頭を下げ、振り返って歩いて行く。 つらそうに、寂しそうに笑って。


そんなクレアを引き止めることができなかった。 クレアが言った言葉が真実だとするならば、今クレアが引き止めて欲しいのは西園寺さんからではなく……俺からだ。


「……最悪の気付き方だよな、こりゃ」


言いながら、俺は頭を掻く。 そこにあったのは、サラサラと手触りの良い西園寺さんの髪だった。 なんだか、悪いことをしている気分になるが……くそ、これが昨日俺の身に起こったことか。 だとすると、今俺の体は部室で魂が抜けてるってことか?


……気味が悪いことこの上ないな、まったく。 たった今起きている状況を素直に飲み込めてしまっている俺が恐ろしいよ。


「てか、なんだ。 マジでどうしよう。 俺、あいつに好かれてたのか……。 ああやべぇ、なんか変な感じだな」


一人ぶつぶつと言い、どうしたものかと腕組みをする。 いやまぁ、なんだ。 これはなんだ……嬉しい、のか? 良く分からん。 自分のことなんて考えている場合ではないし……ああくそ!


とにかく。 これについては一旦おいておこう。 今はそれよりも、どうすれば良いんだこの状況って感じだ。 周りを見る限り、学校からはまだそれほど遠くは離れていない場所だ。 一旦、まずは学校まで戻った方が良い。 さすがに西園寺さんの体でその辺を歩き回るわけにはいかないしな。


「つうか足さっむ……」


言いながら、自らの足を見る。 今は西園寺さんの足だが。 スカートから露出している足は、寒い寒いと訴えているように思える。 あの女神のように優しい西園寺さんでも、足には酷いということを理解した三月のことだった。


さて、それはそうと……スカートか。 俺は生まれて初めて、というか高校一年の終わり間近にこんな経験をすることになるとはな。 まぁ、普通だったらしない体験ではあるから、貴重と言えば貴重か?


……今、俺は西園寺さんだ。 で、そう考えると……とあるひとつのことが閃いた。


自分のスカートを捲るのは、犯罪じゃないと思う。


「……」


俺は生唾を飲み込み、西園寺さんのスカートの裾を掴む。 そして、警戒しながら辺りを見回す。 前方よし、右方よし、左方よし、後方……。


「お!? 夢花(ゆめか)さんじゃーん! どうしたの? そんなとこでぼーっとして。 あっはっは」


……あぶねぇ!! 危うく超えてはいけない一線を超えるところだった……。 マジで危ない、基本的にスカートが膝辺りまである西園寺さんは、クレアとは違ってガードが固いのだ。 クレアもそりゃ見えたのはその昔の一回限りではあるが……と、そんなことを考えている場合じゃねぇ。 とにかく今は、この馬鹿のおかげで助かったという事実を噛みしめよう。


「夢花さん? 大丈夫? なんか、思い詰めた顔してるけど」


「あ、あー。 大丈夫大丈夫、気にしないで」


精々西園寺さんっぽく、俺は目の前に居る馬鹿……こと真昼(まひる)に向けて言う。 こいつ、普段から西園寺さんにこんなウザい絡み方をしてるのか。 今度家に帰ったらいじめてやろうかな。


「そ? なら良いんだけどさー。 あ、もしかして……兄貴となんかあった?」


「び、微妙……かなぁ?」


やべ、今の俺めっちゃ可愛くないか? 自分でやったことだが、素直に可愛いと思う。 人差し指を唇に添えて、首を傾げるのがポイントだ。 というか、西園寺さんの唇めっちゃ柔らかい。 ここ最近じゃ多分相当嬉しいことの上位に入っちゃうかも。


「ふうん? まぁ兄貴も基本クソ野郎だからなぁ。 それにさ! 知ってた? 兄貴の奴、クレアさんと付き合ってるらしいんだ」


「……まだ本気にしてたのか、それ」


真昼には聞こえないよう、漏らす。 というか、こいつほんと言っておかないと口軽いな……。 言っておけば堅牢のようになるのに、言わないとこの口軽っぷりだ。 一々言わないと駄目とか、すげえめんどい。


「へ、へぇ。 そうなんだ。 仲良いからね、二人とも」


「やっぱそうだよね? ま、夢花さんは前々から言ってたけどさ。 いざこうして夢花さんが言ってたようになってみると、なんだか前と変わらないなーってのが本音だよ」


……前から言っていた? ん? 待て、どういうことだ? 西園寺さんは、俺とクレアのことに関して前から言っていた……ということだよな? 話の流れからして。


「あ、あれ? お……わたしって、何か言ってたっけ?」


「ん? いやいやなに言ってんの! クレアさんが兄貴のこと好きなのはもう見るからにって感じだったけど、兄貴もクレアさんのことが好きだと思うって教えてくれたのは夢花さんじゃん!」


……西園寺さん、それはひどい勘違いだ。 確かにクレアとは一番話した気もするし、仲が良かったとも思う。 が、それはあくまでもあいつが話しやすいからというだけのことだ。 俺は別に、あいつに対してそういう感情は抱いていないのにな。


まぁ……とにかくここで真昼と話をしていても進展はなさそうだ。 それより、俺の体がどうなったのかということと、西園寺さんの勘違いを正したい。


……クレアが俺に対して抱いている感情については、とりあえず忘れよう。 聞いていないことにしておけば、問題はあるまい。


「あ、そういえば学校に忘れ物しちゃったかも。 てへ」


「……なんか、今日の夢花さんちょっと気持ち悪いな」


この野郎ぶっ飛ばすぞ。 俺が演じる西園寺さんめちゃくちゃ可愛いだろうが。 ほんと、感性が狂ってるなこの馬鹿は。


なにはともあれ。


知らなくても良いことを知ってしまった俺は、それを頭の中から綺麗さっぱり消し、真昼との会話を強引に切り上げ、学校へと引き返すのだった。

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