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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
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柊木雀の課題 【7】

次の日の放課後、俺が教室でしばしくつろいでから部室へ向かうと、中に居たのは西園寺(さいおんじ)さんだけだった。 部室には少しだけ暖かな風が流れ、その風が俺の頬を撫でる。 それが春が近づいていることを予感させ、また新しい季節に移り変わることを教えてくれる。


西園寺さんはいつもの位置に座り、窓の外を眺めている。 ぼんやりと、何かを考えているような表情で。 それを数秒眺め、俺は部室に入っていった。 そこまで広くない教室は、今日に限って広く感じた。


「よ」


「……」


俺がそう言って正面に座るも、西園寺さんは外を見続けたままだ。 よっぽど面白い物でもあるのかと思い、俺もまた外へ視線を向ける。 ……が、何もないな。 いつもと同じ、見飽きたとも言える景色が広がっているだけだ。


「何をしてるんだ?」


「……ちょっと、考えごと。 クレアちゃんの……へ?」


そこまで言い、西園寺さんはようやく俺に顔を向けた。 そして、次に口を手で覆う。 何をしているんだと思い、数秒西園寺さんを見ていたら、次に彼女はこう言った。


「び、びっくりしたぁ……。 成瀬(なるせ)くん、いつから居たの?」


俺って空気みたいな存在だからな。 そう言うのも仕方ないけど、西園寺さんって俺の傷付け方を心得ているよね……。 彼女と話す度に、俺の心は甚大なダメージを負っているよ。


「ついさっきだよ。 てか、クレアのこと?」


「あ、うん……。 気になったんだ、ちょっと」


クレアに関することで思い当たることは俺にもある。 ここ数日、特にそれを感じたのは昨日の夜のことだ。 俺はすぐにそこまで行き着き、西園寺さんに尋ねる。


「昨日、様子がおかしかったことか?」


俺が言うと、西園寺さんは頷き、言う。 西園寺さんが思う気になることとやらを。


「わたしとね、あのあと少しお話したんだけど……なんだか、凄く動揺してたの」


「あのあと? あのあとって……俺と別れてから?」


そう言えば、西園寺さんに昨日の俺のことを聞かなければ。 どうやって別れたかすら覚えていないというか気を失っていたからな。 だが、その思考も西園寺さんが次に言った言葉によって吹っ飛んでいく。


「え? ううん、違うよ? あれ……成瀬くん、もしかしてクレアちゃんから何も聞いてない?」


「……クレアから? いや、俺は何も聞いてないよ。 というか、昨日は気付いたらベッドの上で寝ていて」


怪訝な表情を見せたあと、西園寺は小さく「そうだったんだ」と言った。 そして、続ける。


「クレアちゃん、伝えておくって言ってたのに……。 成瀬くん、それならわたしからお話するよ。 昨日、あったこと」


西園寺さんは悲しそうな顔付きになり、顔を伏せる。 しかしそのすぐあとに顔をあげると、俺の顔を真っ直ぐ正面から見つめ、そう言った。




頭が痛いような、そんな内容だった。


どうやら、クレアの()()が俺の中へと移っていたらしい。 そして、どうやらその間の記憶がさっぱりなくなっていたのだ。 となると気になるのは中身がなくなったクレアの体だったのだが、どうやらクレアは既にベッドの上で寝ていたらしく、戻ってもクレアの体はそのままだったとは西園寺さんに今朝、連絡があったらしい。


そんなクレアだが、もちろんその異常の所為でかなり動揺していたとのことだ。 まず、クレアが俺の体に乗り移ったことに気付いた段階で最初に言ったのは「成瀬は」という言葉。 クレアの中身が俺に入ったということだから、その逆の可能性を考えたのだろう。 だが、自身の携帯に電話をしても出なかったことから、ひとまずは安心していたとのこと。


そして、クレアを宥めつつ、西園寺さん自身も正直かなり驚いていたとのことだが、話をしたらしい。 今後のことについても、クレアが何か悩んでいるということも。


「で、あいつはなんて?」


「えっと、えっとね……進路のことで、悩んでたみたい」


西園寺さんは言う。 ()()()()()()()()()()()()


……嘘、か。 この場面で、俺に嘘を吐くということは俺に言えない内容ってことだ。 エレナも似たようなことを言っていたが、これはどうやら裏技も裏道も使えなさそうだな。 正規ルートでやるしかないってことだろうな。 あまり好きじゃないんだけどな、そういうのは。


「進路のこと、ね。 そりゃあいつが絶対悩まなさそうなことだなまた」


「……うん」


居心地が悪そうに、西園寺さんは顔を逸らす。 言わない、か。 西園寺さんの中ではもう、言えないこととして固まっていると考えて良いかもしれない。 それほどのことならば、俺はやはり無理には聞こうと思わなかった。


「……冗談冗談。 言えないんだろ? なら聞かないよ。 俺が自分で確かめる」


「あ、わたしもお手伝いするよ? その、成瀬くんの自分探し!」


「はは、そりゃどうも……」


西園寺さんのその気遣いはありがたいし、言えずとも協力しようとするその姿勢は素直に嬉しい。 が、自分探しってな……。 俺はそんなことをしようとしているわけじゃないんだけどな。


さて、それはそうとしてどう調べるか。 今回ばかりは頼れる奴はおらず、俺自身でなんとかしなければいけない。 これはどうやら、本題のことと繋がってきそうだな。


……今回の『課題』だ。 俺が受けた「気付くこと」という解決方法。 それがきっと、このことを指しているのだ。 しかし、それすら見越しての呪いってことになるよな、そうなると。 あの番傘の男の目的も気になるものの、今はとにかく今回の『課題』か。


一度、状況を整理しよう。 俺の場合は恐らく「クレアの悩み」に気付くこと。 それこそが、今回のクリア方法だと思う。 状況が状況で、それが切っ掛けだとするならばそう考えるのが自然だ。


次。 クレアの「夢を叶える」という課題だ。 これは……やはり、クレアの悩みにも繋がるのか? ってことは、クレアの悩んでいることは「夢」についてか。


俺とクレアの課題は繋がっているのだとしたら、西園寺さんと柊木の場合はどうだ? 柊木の「乗り越えること」だ。 それが指しているのは当然、柊木が抱えている妹のことについてだろうな。


で、そうすると……西園寺さんの「思い出すこと」がどう繋がる? そもそも、それが繋がっているという保証はないが……流れで行けば、そう考えるのが自然だ。 思い出すこと、思い出すこと。


「どうしたの? わたしの顔に、何か付いてる?」


「ああいや……」


さぞ不思議そうに、西園寺さんは俺のことを見る。 ついつい見ていたが、西園寺さんは案外忘れっぽい部分もあるからな……。 何かの切っ掛けで思い出すってこともあるかもだけど、西園寺さんの課題は西園寺さん自身が気付く、思い出すしかない。 その影すら分からない今では、俺が取れる行動だってないんだ。


「とにかく、あれだな。 ひとつひとつやっていくとして、俺とクレアのは多分繋がってるんだ。 だから、俺とクレアのは一緒に解決される可能性が高い。 やって行くとしたら柊木の方からだな」


「うん、分かった。 雀ちゃんの妹さん……のことからだね」


一番最初に取り組むべき問題で、同時に一番大きな問題だ。 これをどうやって行けば良いかっていう問題だな……。 まぁ、いくらここで頭を捻って考えたとしても、結局最終的に柊木と話をすることにはなる……か。 だとしたら、やはり本人とは話すのが手っ取り早い。


……それに、今日はどうやら柊木もクレアも部室には来そうにないからな。 俺から出向くしかあるまい。


「柊木ってまだ学校に居るのかな」


「多分、居ると思うよ。 雀ちゃん、風紀委員のお仕事もあるから」


俺が立ち上がったのを見て、西園寺さんも立ち上がる。 そして、部室から出ようと扉に手をかけたときだった。


「っ!」


同時に、向こう側からも扉が開かれる。 誰かと思って視線を向けると、そこに居たのはもう片方の問題、クレアだ。 更に、その後ろにはもうひとつの方も居る。 柊木雀。


「驚いた……来たのか」


「また随分な物言いだな。 部活動に顔を出すことの何が悪い?」


俺が思わず言うと、睨みつけ言ったのは柊木。 クレアはと言うと、特に何も言わずに俺の横を通り抜け、部室の中へと入った。


「……いや、別に。 悪くないよ、ごめんごめん」


昨日は電話でああも言い合いしたというのに平然として来るとはさすがに予想が付かなかったぞ……。 こいつの性格、本当に分からないな。 真面目、と捉えるのがそうなんだろうけどさ。


とにもかくにも、こうして、図らずとも俺たち四人は集まることとなった。 全員が席に付き、どういう風に切り出すか悩む俺と、少々困ったような顔付きの西園寺さんと、部屋の隅で携帯をいじるクレアと、本を読む柊木。


そんな状態が、無言のまま数分続く。 やがて、痺れを切り出して口を開いたのは西園寺さんだった。


「あ、ちょ、ちょっと良いかな? あの、昨日のこと……なんだけど」


「ん、どうした?」


柊木は読んでいた本を閉じ、西園寺さんへと顔を向ける。 それは「言うな」という威圧にも思え、部室内の空気が多少重くなったのを感じた。 いつもならそんな雰囲気をぶち壊してくれるクレアは、昨日の一件があったからか、何も言わずに携帯をいじっている。


「実はね、さっきも成瀬くんとお話をしていたんだけど。 昨日……わたしと成瀬くんと、二人でお話をしていたの。 そうしたら、あの狐さんが言っていた「異常」っていうのが起きて」


「……まさか、言ったんですか? 昨日のこと、成瀬に話したんですか」


携帯を置き、クレアは立ち上がって西園寺さんに向けて言う。 が、西園寺さんは「ううん、そうじゃなくて」と言うと、続きを話した。


「成瀬くんの中に、クレアちゃんが移ったの。 人格が乗り移った……みたいな感じで。 だから、そういうこともあるって雀ちゃんには知っておいて欲しくて」


「人格が? それは……またくだらない冗談のように聞こえるな。 だが、事実と受け取った方が安全か」


柊木は西園寺さんの言葉に頭を押さえ、深い溜息を吐いた。 いつ、どこで何が起きるか分からないこの状況だ。 柊木が感じている疲労は、相当なものなのかもしれない。 それは幾分か慣れてしまった俺たちとは違う。


「……それで夢花、成瀬と話していたというのはどんなことだ?」


「……雀ちゃんのことだよ。 この前わたしが知った、雀ちゃんのこと」


「言うなと言ったのに……まぁ良い。 成瀬相手となれば、いずれバレることだしな」


意外にも、柊木はそれで怒ることはしない。 そして西園寺さんがこうもあっさり話したことに驚いた。 下手をすれば柊木と大喧嘩になってもおかしくないのに。 だが、本当に意外だなと思ったのは、次に声を出したのは別の奴だ。


「ちょっと待ってください。 それなら、私のことも」


「話してねえよ。 俺が聞いたのは柊木のことだけだ。 というか、お前が俺に何も言わないから西園寺さんが話したんだろ? なんで言わなかったんだよ、昨日の異常のこと」


「それは……別に、教えなくても西園寺が教えると思ったからです。 それなら私が成瀬に言う必要もないですし」


「お前な……その所為で俺は昨日の夜、わけの分からなさで大変だったんだぞ。 お前がメールの一通でも入れといてくれりゃ良いのに、それすらなかったし。 そんなんで西園寺さんに文句を付けるなよ」


つい、強く言ってしまった気がする。 俺も俺で、この状態でのストレスってのがあったのかもしれない。 何も進展が見えない『課題』と、何も解決方法が浮かばないそれぞれの問題だ。 そして、いつ起こるか分からない『異常』まで組み合わさっている。 ストレスを感じない方が、おかしいのかもしれない。 その所為で強く言ってしまった。 いや……その所為にするのは、ちょっと責任転嫁がすぎるか。 俺の問題だ、これは。


「ッ……すいませんです」


クレアは体をぴくりと反応させ、弱々しくそう言った。 やはり、ちょっと強く言い過ぎたか。 今の内に謝っておいた方が良さそうだ。


そう思い、俺は言葉に出そうとする。 だが、それをする直前に何かが聞こえた。


〈……やっぱり、西園寺なんですかね〉


そんな、クレアの声だ。 その聞こえ方は、一緒だった。 あの異能世界で俺が持っていた能力と、同じ聞こえ方だ。 つまり、これはクレアの思考……か? クレアが考えたことが、伝わってきた?


俺はその言葉、その意味が気になった。 そしてつい、言ってしまう。


「どういうことだ? やっぱり西園寺さんって」


「……へ? なんで」


クレアは一瞬の内に目を見開いて俺のことを見る。 そして、次に西園寺さんの方を見た。


「やっぱり……やっぱり話したんですか!? あんなに、しっかり聞いてくれたと思っていたのに……騙したんですね」


「え、ちが、違うよ? クレアちゃん、わたしは本当に……」


西園寺さんは慌てて、取り乱したクレアのもとへと近寄る。 だが、そんな西園寺さんをクレアは。


「近寄るなッ!!」


突き飛ばした。 西園寺さんは小さな悲鳴をあげ、押された方向へと倒れる。 俺も柊木も、突然起こったそれに何も言えず、何も行動ができない。


「もう、良いです。 そうやって、二人して馬鹿にしていたことが分かっただけで充分です」


「……クレアちゃん」


何が起きているのか、分からない。 どうしてクレアが怒っているのかも、西園寺さんが言っている言葉の意味も、分からなかった。 だけど、俺はひとつの事実を認識していた。


いくら怒ったとしても、いくら頭に来ることがあったとしても。 クレアは、西園寺さんを突き飛ばしたのだ。 それが少しだけ、頭に来て。


本来だったら、頭にきても「やめろよ」と静かに止めるのが正しいやり方である。 そんなのは当然、分かっている。 だが、今日の俺は本当にどうかしていた。 冷静になることもできず、言ってしまう。 小さな積み重ねで、抑えられなくなっていたのかもしれない。


「クレア、出て行け。 意味がわかんねえし、迷惑だ」


気付けば、言っていた。 倒れた西園寺さんの前に立って、クレアのことを見下ろしながら。 それをクレアは聞いて、俺の方を見る。 俺がどんな顔をしていたのかクレアは見て、感じて、そして……黙って、部室から走って出て行った。


「クレアちゃん!? わたし、追いかける!」


西園寺さんは言い、俺と柊木を部室に置いて出て行く。 もう、何が起きているのか俺自身でも分からなかった。 柊木はそんな俺たちのことを見て、ため息を吐く。 なんとかしろと言いそうになって、それは止めた。 あまりにも無責任なそんな言葉はさすがに、言えなかった。

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