柊木雀の課題 【4】
どういうことだ。
次の日、俺は朝から部室に入り、ソファーに寝転びながら考える。 まず、俺とクレアの居場所が入れ替わるという異常が起きた。 部屋に居たクレアと、同じく部屋に居た俺の居場所がだ。 そのこと自体には驚かなかったし、充分可能性としては考えていたことだ。 これから起こるであろういろいろなことについても、考えていかなければならないだろう。
しかし、今回の問題はそこじゃない。 俺はあのとき、西園寺さんと電話をしていた。 柊木ではなく、西園寺さんとだ。 だがクレアが言ったのは、俺が柊木と何を話していたのかというもので。 それはつまり、西園寺さんと電話をしていた俺がクレアと入れ替わったように、それと同じことが起きていたということになる。
つまり、俺とクレアが入れ替わったのと同じように、西園寺さんと柊木もまた入れ替わったと考えるのが妥当だ。 んで、そこで起きる問題は。
「……あいつが、相当焦っていたってとこか」
クレアによると、柊木の焦り方は尋常ではなかったらしい。 それは入れ替わってしまったこと自体にではなく、入れ替わった結果のことを気にしている様子だったとのことだ。
要するに、柊木は『入れ替わる』という異常よりも『入れ替わったことによって起きる可能性』を気にしている。 そうなのだとしたら、その結果を知っているのは西園寺さんだ。 柊木との入れ替わりで、柊木のところへ行き、そして柊木自身は焦った。 ひとつひとつはばらばらだが、繋げて見えてくるのはひとつの答え。
柊木の課題。 乗り越えること。
……関係ないということは、ないだろう。 あの男が仕掛けたことだ。 理由がないわけも、意味がないわけもない。 呪いを解除する方法のヒント、といったところか。 そして柊木はそれに心当たりがあるのだ。 乗り越えなければならないことの心当たりが。
だったらまず、西園寺さんに話を聞かなければなるまい。 そう思いながら俺は目を閉じる。 ある程度の睡眠も確保しておかなければ、頭が満足に働かない。 睡眠を重要視する俺にとっては、今真っ先にするべきことはそれだった。 学校に来た意味あったのかな……これ。
なんて思いつつ、思考はどんどん消えていく。 ちなみにクレアは今日、サボりである。
「……んー」
腹の上に圧迫感。 息苦しさと、暑苦しさ、寝苦しさ。 それらが一度に押し寄せ、俺は夢の世界から解放される。 そんな不快感を得ながら、ゆっくりと目を開けた。 するとまず、一番最初に目に入ってきた光景は。
「ふっふっふ! ようやく目覚めたか、我が犬よ。 貴様、主の眼前で眠りこけるとは万死に値するぞ?」
リリアだった。 最悪の目覚めだ。 というか人の上に勝手に乗ってるんじゃねえよ。 姉妹揃って人を馬鹿にするのが好きだなおい。 それにどうしてお前が居るんだよ。
「どけ」
「ひっ……」
そう、ひと言で怖がって退かれると逆に俺が傷付く。 気遣いしろよ。 何が「陽夢おにいの顔怖い」だ。 言ってないけど伝わるからなそれ。 顔からめっちゃ伝わってくる。 目に少し溜まった涙はきっと、寝起きのせい。
「……ん。 首いてぇ」
「おはよ。 陽夢おにい、お疲れ?」
「昨日、お前の姉貴の所為でな。 それより、なんでここに?」
ソファーから起き上がり、リリアに視線を向ける。 相変わらず、クレアにそっくりだ……。 髪色といい、目の色といい、肌の色といい。 本当に血が繋がってないのかね、こいつら。
「もう学校終わったから」
言われて、窓の外を見る。 ほんとだ、なんだか昼過ぎっぽい明るさになってるよ外が。 今何時だよこれ……。 余裕で寝過ぎたよね。
「クレアは?」
体を起こし、足を床に投げ出す。 深く座る姿勢になりながら、俺は頭に浮かんで来た人物の名を挙げた。
「連絡がないから、まだ寝てると思う」
「そっか」
ちなみに、昨日は結局クレアは俺の部屋で、俺はリビングのソファーで寝ている。 さすがに同じ部屋で寝るわけにはいかないから。 クレアも多分、それは嫌がっていたと思う。 自分の家の中で自分の部屋以外で寝るのは初めてだったが、寝づらいものなんだな。
それで今日の朝、クレアには鍵を渡してある。 ついでに、簡単な着替えも。 とは言ってもあいつは寝てたから、メモ書きを残してといった感じではあるが。
そして分かったひとつのこと。 クレアの奴、寝相が滅茶苦茶悪い。 昨日は俺のベッドを使って良いとの許可を出したのだが、朝にちらっと見たときには床で寝ていた。 落ちても起きないのは逆に凄いと思うけどな。
「おねえは、元気?」
「ん? どうした急に。 元気だよ、めっちゃな」
「なら良かった。 昨日から元気なかったの、おねえ」
「ふうん?」
それも少し気になったものの、どうせいつもの気分屋クレアのことだ、放って置いても問題はない。 と、思う。 にしても昨日ってことは丁度あの『手紙』が届いてからか。 あの馬鹿は案外メンタルが弱いからな……気にかけておいた方が良いかもしれないか。
「陽夢おにいのせい」
「それは勘違いだ。 たまたま気分が乗らなかっただけだろ」
俺にだって、そういうときはあるしな。 そしてそういうときに限って、なんらかの嫌なことってのが起きるんだ。
……いや、じゃなくて逆か? 嫌なことが起きて、それが原因で気分が落ち込むときがある。 けれど、だとしたらクレアは?
「あー! こんなところに居たんだ、成瀬くん」
丁度良いときに、丁度良い人が現れた。 リリアと話していても糸口が見えなかったから、助かったよ。 たまに空気を読んでくれる有り難い存在だ。
西園寺夢花。 俺の唯一の友達である。 あ、違ったっけ。 クレアもリリアも柊木も。 そしてついでで言えば武臣も友達だった。 うっかり忘れるんだよなぁ、あいつらのこと。
「よ。 授業は?」
「もう終わっちゃったよ。 駄目だよ、ちゃんと出ないと……」
「聞いてた聞いてた。 俺ってめちゃくちゃ耳良いんだよ。 それよりさ、昨日の電話のときのことだけど」
「……あっ!」
西園寺さんは大声で言い、次に自分の口を抑える。 その一連の動作は思わず見入ってしまうほどの流れだった。 何をとっても美しい西園寺さんだ。 そして最後に。
「わ、わたし……ちょっと、今日は用事があって」
「用事? そっか。 てか、それならこんなところで話している場合じゃないんじゃないか?」
「う、うん。 そだね。 えへへ……」
言って、西園寺さんは静かに扉を閉めようとする。 そんな姿に、俺は最後に声をかけた。
「もしも」
それに違和感を覚えない俺じゃない。 もう、最初のときとは違うんだ。 少なくとも、俺が経験して来たそれらは、俺に今違和感を覚えさせるには充分過ぎた。
「……もしも、話しても良いと西園寺さんが判断したら、言ってくれ。 それまでは、俺は何も気付かないから。 西園寺さんには、何も聞かないよ」
俺の言葉と同時に、閉まりかけている扉は一瞬だけ止まった。 そして数秒の間を置いて、ゆっくりと閉じられた。
……先手を打たれたな。 西園寺さんに口止めしたのは、恐らく柊木だ。 昨日の夜、西園寺さんと柊木の間でも入れ替わりが起きた。 これはまず、確定事項である。 そしてそこで西園寺さんは何かを見て、柊木に今日、口止めされた。 だとしたら、それでもう柊木が何かを隠しているのは確定か。
「陽夢おにい、考えごと?」
「まーな。 てか、お前まだ居たんだな」
基本的に影薄いからな、リリア。 居ても居なくてもわりと気付かなかったりする。 そりゃ、発症しているときは存在感凄いけど。
「……おねえにチクる」
「やめろ。 俺が殺される」
それは駄目だろ。 反則もいいところだろ。 これはあくまでも、俺とリリアの戦いなのだ。 いやそうでもないな。
「リリア、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「……ふっふっふ。 我に尋ねたいと? 宜しい、思う存分尋ねるが良い。 ただし、我がそれに正の道を示せるかは分からない」
「はいよ。 じゃあ質問。 友達Aと友達Bが、何やら隠しごとをしているとする。 で、俺はそれを知りたいわけだ。 けれど、二人にそれがバレてはマズイ。 そんなときはどうすれば良いと思う?」
「うーん」
さっき一瞬だけ出てきたキャラはどこへ行ったのか、リリアは腕組みをして頭を傾ける。 どんどんどんどん傾けていき、やがてそのままソファーへと倒れ込む。 そしてその衝撃で何かを思いついたのか、がばっと起き上がると目を輝かせて言った。
「あ! 友達Cにそれとなく頼む!!」
「お、中々良い答えだ。 それじゃリリア、友達C役よろしくな」
「うぃ?」
それから俺は、事情をよく分かっていないリリアにスパイ役を命じた。 西園寺さんと柊木のもとへ行き、情報収集というわけだ。 ちなみに最初は渋っていたものの「情報は、戦略面敵にもっとも重要でもっとも基礎となるものだ。 言わばミッションを成功させるために必要不可欠なものなんだ。 諜報機関に属するお前にしかできない任務だ」と言ったらあっさり承諾してくれた。 姉妹揃って馬鹿である。
で、そんな情報収集へ行ったリリアを見送り、俺は再度考えごとだ。
いくらリリアを利用したといっても、それが成功する確率は正直、かなり低い。 むしろ、あいつはそのまま手篭めにされてしまいそうだ。 だからあまり期待はしていない。 よって、次の策を考えるべき。
友達Aと、友達Bを出し抜く策だ。 西園寺さんに頭を下げれば、彼女はきっと教えてくれると思う。 でも、それはしたくない。 西園寺さんは一度、俺に隠そうとしたんだ。 それほどまでに西園寺さんにとっては、重要なことという認識なのは間違いない。 だから、彼女から聞き出すのではなく……俺が、調べ上げれば良い。 誰も、損な役目なんてしたくないからな。 それならば俺がその役目を買って出るとして。
昨日、西園寺さんと俺が電話をしていたのは夜の八時過ぎ。 電話をしてからすぐに入れ替わりが起きて、俺はクレアと、西園寺さんは柊木と入れ替わった。 そこで西園寺さんは何かを見た。
……夜の八時。 通常なら、家に居る時間だな。 つまり、西園寺さんは柊木の家に飛ばされたという認識で合っているはず。 そこで、引っかかることがひとつ。
「……家族に見られていたら、すっげえ大騒ぎになりそうだな」
「返答。 心配ご無用です。 問題にならないようにタイミングは合わせていますので」
ふと、声が聞こえた。 部室の中から、誰も居ないはずの部室の中からだ。
「うわっ!! おま、お前いきなり出てくるんじゃねえよ!! 死ね!!」
……最悪だ。 こいつ、俺の独り言をしっかり拾ってやがる。 てか、それ以前に心臓止まるかと思った。 出てくる前に効果音とか出してくれよ、マジで。
「返答。 それはできません。 ですが成瀬さま。 どうやらお困りのようで」
「……誰の所為だと思ってんだよ。 それより、さっきのは本当か? タイミングを合わせているっての」
「返答。 前に成瀬さまは仰っていたじゃないですか。 私は嘘を吐けませんので」
ということは本当か。 ならば、その異常で大騒ぎになることはない。 前々から思っていたことだが、この男の起こす異常なルールでは、現実への影響ってのが殆どないな。 その分、俺たちは大変な目に遭っているが。
そしてそれはつまり、西園寺さんは柊木の家へ移動したことを確定させる。 俺の独り言に反応して、番傘男は姿を出した。 回りくどく「それは正解だ」と言っているようなものだ。 ミスリードについては除外。 俺自身、正解で間違えてはいないと思うから。
そうなってくると、やはり問題は「西園寺さんが何を見たか」だな。 事情を知っているのは西園寺さんと柊木で、西園寺さんは口止めされている。 ならば、聞くのは残された方だ。
柊木雀。 彼女に話を聞きに行こう。