柊木雀の課題 【3】
「……なぁ、お前らいつまで起きてるの?」
寝ぼけ眼をこすり、俺は目の前に居る二人に向けて言う。 ああ、眠い眠い眠い。 もう十二時回ったぞ、良い子は寝る時間だぞ。 こんな時間まで起きてたのなんて随分久し振りだ……。
「なに言ってるの兄貴、朝まででしょ」
「ふふ、次です次」
しかし、そんな願いは当然の如く届かない。 届かないというか、無視されていると言った方が正しいなこれ。 多数決では毎度のように少数派な俺だが、たまには多数派になりたいものだ。 問題は多数派についてもすぐに裏切られて少数派になるだろうというところだが。
こんなことになっているのも、俺の部屋に置いてあるテレビに、真昼が持ってきたゲームを繋ぎ、熱中して先ほどから遊んでいる二人がいるからだ。 ちなみに、このテレビを使ったのは今回が初めて。 俺は基本的に、アナログの遊びの方が好きだしな。 テレビ自体をあまり見たりしないし。 余った物を貰っただけで、最早ただの置物になっていたこいつが本来の使い方を思い出せたのは良いことだろか。 いやぁ、良いことじゃないな。
そしてそんなことを考えている間も針は進む、進む、進む。 んで、ついには夜中の三時である。 明日は月曜日で、学校は当然ある。 最早大惨事だな、三時だけに。 はは、今の面白いだろ。
なんて、深夜のテンションになりつつある俺だ。 明日の朝が切実に心配だが……真昼は自宅からだからまだしも、クレアは一度家に行かないといけないんだよな? 制服に着替えなければだし、鞄だってそうだろうし。 なのに、こんな時間まで起きていて大丈夫なのかね。
「……んー! 今の凄くないですか? ぽんぽんぽんっていきましたよ」
「ははは! さっすがクレアさん! 兄貴なんかゴミだな!」
「ふふふ、やっぱそう思います?」
クレア曰く、家でリリアとこうしてゲームで遊ぶことはあるらしい。 だが、リリアは筋金入りのゲーマーで、クレアが相手をしても一方的にやられるだけでつまらないとのことだ。 その点、血筋としてゲームが苦手な成瀬家相手ならば良い勝負なのである。 真昼も結構弱いけど、俺は更に弱い。
「なあ、俺寝て良いか? もうこの時間で、既に明日起きられる自信があまりない」
「だーいじょうぶだって。 兄貴はなんだかんだ言いつつ、しっかり起きるタイプだから」
どんなタイプだよ。 寝坊は得意技なんだぞ、俺。 今までは真昼が強制的に起こしにくるから、なんとか起きられているだけだ。 それがなきゃ思いっきり寝るよ、それこそ昼頃まで。
「てか、クレアは絶対起きないだろ……。 むしろ、起きる気ないだろお前」
「ええ、ないです」
そこをハッキリと言う辺り、本当にクレアだ。 つい数時間前までのしおらしい感じは幻影の如く消え去っていて、いつも通りのクレアがそこに居るだけだ。 まったく、どうして俺はクレアを泊めたんだか。 どうかしてるよな……俺。 とりあえず、この案件は成瀬くん秘密ランキング一位となりそうだ。
「あー負けた! 駄目だぁ、もうあたしじゃクレアさんに勝てない!!」
画面には、倒れる真昼のキャラクター。 格ゲーと呼ばれる類のものを数時間も延々とやっているのは、素晴らしい精神力だ。 同時に、素晴らしい馬鹿っぷりだ。 俺では十分が限度だな。 あ、いや、五分か? それすら言い過ぎかな? 多分一回やれば満足するか。
「コツを掴めば余裕です! これでリリアにも負けません!」
俺から見たら、コントローラーをガチャガチャしてるだけだけどな。 確実にリリアはお前より上を行っているだろうよ。
にしても、どうやらようやく一区切りが付いたようだ。 これでいよいよ、俺も寝ることができる。 安眠することができる。 なんて思ったものの、どうやらそれは叶わぬ願いらしく。
「よーし、んじゃ次は雑談しよう!」
「お、良いですね」
「良くねえよ。 お前ら馬鹿かよ……」
俺がこの世で信じられないことのひとつ。 睡眠時間を削って遊んだり、仕事をしたりする人たち。 六時間睡眠でもキツイのに、遊びや仕事のためにそれを半分ほどまでに削り、それらに励む人たちだ。 あの朝特有のだるさというか、やる気の皆無っぷりを一度でも経験すれば、絶対にそんなことはしたくないって思うだろうに。 それなのに、それを分かってて睡眠時間を削る人種というものがこの世には存在する。
誠に不可解で、不思議だ。 そうまでしてしたいこと、やりたいことがあるものなのだろうか。 俺もジグソーパズルをやっていると、たまに時間を忘れることはあるけど……二十三時を過ぎた辺りから、体が強制的に睡眠を欲するんだよな。 そして二十四時には確実に寝る。 いくら熱中してても、いくら楽しくても、それは絶対だ。 ただの一度も、ズレたことなんてない。
逆に言えば、楽しくないとき。 例えば、嫌なことがあったりとか、落ち込むことがあったりとか、悩むことがあったりとか。 その場合の方が、余程寝付きは悪い。 だから俺は、悩みなんかとは無縁に生きていきたいんだ。 今までそうして生きてきて、そんな生き方も去年の七月で終わってしまったけどな。 あの、番傘の男によって。 嫌なことはとっとと忘れて、楽に生きたいってのに。
そして、そいつが巻き起こす異常はもう四度目にもなる。 四回目の今回は、文字通り命がかかっていて、期限は約一ヶ月だ。 それまでに呪いを解除できなければ、俺たち四人は死ぬ。 それが悩みではなく、なんだと言うのだ。 俺は絶対に、全員で生き延びたいと思っている。 妥協や打算は絶対にしたくない。
「んじゃ、雑談スタート! ってわけで、あたしから兄貴に質問ね」
ベッドの上で壁にもたれかかり、自分でも分かるほどにだるそうにしている俺に、真昼はその矛先を向ける。 その真昼の姿は深夜とは思えないほどに活き活きとしていて、活気に満ち溢れていた。 こういうイベントごと、こいつって大好きだもんな……。 お泊り会とかそういうの、小さい頃からこいつは大好きなのだ。
「……眠い」
「寝たら殴る。 で、最初の質問!」
殴られたら困るので、寝るのはできそうにない。 俺は嫌々、真昼の質問に答えることにした。 断じて、ビビっているわけではない、断じて。 殴られるのが嫌なだけだ。 誰かはそれをビビっているというかもしれないが、俺自身がビビったわけじゃないと思い込んでいるので、これはビビっているわけではないのだ。
「兄貴はさ、クレアさんのどんな部分を好きになったの?」
クレアの、どんな部分を、好きになったか。
「は……はぁ!? お前、なんつう質問をしてんだよ!!」
「兄貴静かにっ! 今、夜中だよ」
やかましい。 お前が妙な質問をするからだろうが。 というか、さっきまでお前もめっちゃはしゃいでたじゃねえか。 と、そんなのはどうでも良いとして……真昼が俺にぶつけてきた質問内容だ。 この内容に、どう答えるか。 一気に眠気吹っ飛んだなおい。
「だって、どんな部分を好きになったって……」
非常に困る質問だ。 真昼は俺とクレアが恋人同士だと思い込んでいるが、事実はただの友達同士なのだから。 そんな質問、答えられるわけがない。 好きなところは当然あるけど、それはあくまでも「友達として」という言葉が付いてくる。 だから、真昼が求める答えとは違ってくる。
「でも、好きになったから付き合ったんでしょ? なら、惚れた部分とかあるっしょ。 まさかないとか言わないよね?」
真昼は言い、俺のベッドに乗る。 降りろ、このベッドは一人専用なんだよ。 なんてことを思いはしたが、思考はそれよりもどう答えたら良いかという方に傾いていた。 ついでに俺のベッドも真昼が乗ったことによって少し傾いた。 まぁそっちはわりとどうでも良いが。
「……んー」
唸り声をあげながら、俺はクレアのことを見る。 こいつの良いところ……好きな部分ではなく、良いところを上げれば良いんだ。 そっちの方が、難易度は格段に低い。 だから、良いところを考える。
「めちゃくちゃ喧嘩が強いところ、とか」
「……それ、女子相手に褒め言葉じゃないからね。 他には?」
他、他、他。 他? 他かよ!? というか今のでもう良いじゃん……。
「えっと……案外、弱い部分もあるところとか……あとは人のために突っ走るとことか。 そういう部分は、好きかな。 あとはまぁ、規則とか縛りとか、そういうのを思いっきり壊してくとこもか」
「おお! そういうのそういうの! だってさ、クレアさん!」
「そ、そうですか……。 その、それはなんというか、心外です。 私は、強いです」
と言いつつも、寝る用にと渡しておいた毛布に包まるクレア。 視線はあちらこちらへと泳いでいる。 そんなマジな反応をされると、俺もなんだか居心地が悪い。 居心地はそうでもないか……? なんか、あれだ。 居心地ってより、ただただ気まずい。
「うはー! 照れてるクレアさんかっわいいなぁ! で、で、で! クレアさんは兄貴のどこに惚れたのっ!? ぶっちゃけ、良いところなんて皆無でしょ!」
「お前マジでぶっ飛ばすぞ。 寝ているときに」
「……すっごい情けないセリフだよそれ」
知ってる知ってる。 だから大丈夫。 俺はもう、そんな言葉では傷付かないんだ。 慣れだ、慣れ。 真昼のおかげだし、クレアのおかげでもあるな。 最近では柊木も俺のメンタル強化を手伝ってくれている。 いやぁ、ありがたいことだ。 涙が出るね。
「な、なななななな成瀬の良いところ、でしゅか? え、ええっと、それは、その、えっとですね」
おいおいお前どんだけテンパってるの……。 大丈夫なの、こいつ。 というか俺がそういう質問をされている時点で、自分にも来るって分かるだろ。 一体俺が話している間、何を考えていたんだか。 だからお前は直感的なんだ、クレアさんよ。
「……や、やさっ! 優しい、ところ?」
「兄貴!! クレアさんあたしにくれよ!! 兄貴には勿体ないッ!!」
「ん? ああ、良いよ」
と、てっきり設定を忘れて素で返したところ、クレアに思いっきり睨まれた。 バレないようにしたいとはいえ、そこまで本気で睨まんでも良いんじゃないですかね。 深夜ってのが相まって、本気でホラーだぞ。 怖くて寝れない。
「もう寝ます!! おやすみなさい!!」
勢い良く布団をかぶり、クレアは頭ごとすっぽりと隠れてしまう。 これはあとが怖そうだ。 常に恐怖の対象であるクレアだが、このパターンはあとが怖くなるパターン。 間違いない。
「ありゃ、兄貴怒らせちゃ駄目でしょー」
「誰の所為だと思ってんだ」
「はっは。 んじゃあ……あたしも寝るかなー」
で、その場で横たわる真昼だ。 こいつ、ほんっとに邪魔だな……。 床に直で寝ようとするってのはある意味すごいけどさ。
「おい、お前は自分の部屋行けよ。 邪魔だ」
「うぃー、分かったよー」
頭をぐりぐり踏み付けると、真昼はのそのそ起き上がる。 寝かけている真昼は、基本的に何をしてもあまり怒らない。 そして次の日にはすっかり忘れているというおまけ付きだ。 今がこうして、日頃の恨みを晴らすチャンスだったりする。
真昼はゆっくりした足取りで部屋から出ていき、俺は軽く散らかった部屋を元に戻す。 で、それが終わってすぐにクレアに呼びかけた。 時間にして、約十分ちょっとくらいか。 寝るまでの時間としては少し短いので、もしかしたらまだ起きているかもと思って。
「おーい、寝たか?」
「……なんですか」
布団からのそのそと頭を出し、クレアは若干怒っているような顔で、俺の顔を見ていた。 気分屋だな、こいつも。
「眠いのか?」
「いえ、いつももっと遅いので、眠くはないですけど」
「道理で遅刻するわけだ。 で、授業中に寝るわけだ」
ついでに言うと、体が成長しないわけだ。 それは口に出さないけど、それでもクレアのことが少し分かった。 分かったというよりか、俺が知っている事実と辻褄があった。
「今からコンビニ行くんだけどさ、来るか?」
「コンビニ、ですか。 ……行きますっ!」
ほんっと、気分屋だ。 さっきまで機嫌悪そうだったのに、良くなってるし。 まぁそれに付き合うのも、案外面白いと感じたり感じなかったり。
「外寒いから、暖かい格好な。 上着持ってくるから、ちょっと待ってろ」
「はい」
クレアは布団に包まって、にこにこ笑顔でそう返事をする。 そんなクレアの姿を見て、俺は部屋から出て行った。
「さっむ! 帰って良い?」
「まだ出てから三十秒ですよ!?」
いや頑張った方だろ。 家から五分のコンビニには辿り着けないが、三十秒はかなり頑張ったと思うぞ、この寒さで。
「……でも寒いですね、確かに」
「だろ?」
真冬の真夜中は寒すぎる。 早く帰って、ストーブの前で暖まりたい。 暖かいお茶でも飲みながら。
「良かったんですか? 寝なくて」
「この時間で寝たら逆に起きれないんだよ。 だからもう諦める。 明日、部室で寝る」
「ふふ、そうですか」
真っ暗な中、クレアの姿だけはハッキリと見えていた。 金色の髪に、雪のように白い肌。 透き通るような、綺麗な瞳も。 まるで人形のような外見で、クレアは楽しそうに笑っていた。
どうしてだろう。 この今という時間だけは、俺たちの身に降りかかっている呪いのことを忘れることができた。 ただの日常で、ただの毎日、そして横に居るのはただの……ただの、友達で。
知らないところで、物語は始まっていく。 気付かないところで、何かは進んでいく。 目に見えるように、毎日は変わっていく。 目を閉じて、開けたら、あっという間に景色は変わっているのだ。 今のこの、何気ない日常の中のひとコマでさえも。 気付けば終わり、気付けば始まる。 過ぎ去ったことを思い返しているときほど、時間の流れを早く感じる。
「……あの、つかぬことを聞いても良いですか?」
「ん?」
クレアは横を歩く俺の顔を見上げながら、言った。 その言葉で、話は少しだけ進んでいく。 同時に、始まっていく。 俺はクレアの顔を見て、目を閉じて、目を開けた。 すると、クレアは言ったのだ。
「成瀬は、柊木と何を話していたんですか?」