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俺とルールと彼女  作者: 幽々
呪いの世界
132/173

柊木雀の課題 【2】

「簡単そうなのは後回しだ。 まずは、難しそうな課題から片付ける。 それで良いか? クレア」


「どうして私です?」


「お前のが一番簡単そうだからだよ。 で、一番難しそうなのは……柊木(ひいらぎ)かな。 俺と西園寺(さいおんじ)さんに関しては自分たちでどうにかなるかもしれない。 けど、柊木のは少し違うからな」


部室の中で、俺たちは今後の方針を話し合う。 一分一秒でも惜しい今、遊んでいる暇はない。 最低でも一週間に一人ずつ終わらせなければならないのだ。 クレアの課題は一瞬で終えられるにしても、俺を含めた他三人の課題が一週間で一個片付くとは思えない。 できる限り早めに方針を固めて、早めに取り掛かるに越したことはないんだ。 まだ幾分か余裕はあるものの、切羽詰った状態というのに変わりはない。


「私からか。 しかし、まったく心当たりがないぞ」


柊木は言いながら、黒い手紙を人差し指と中指で挟み、俺たちに見せる。 内容に変わりがなければ、夢というわけでもない。 そこにあるのは、ただただ残酷な現実だ。


俺たちは、何もしなければ一ヶ月後に死ぬ。 だから、何かをするしかない。 が、そうは言っても何をすれば良いのか……ってことだな。


「あ、もしかして……乗り越えるって、物理的な意味なんじゃないかな?」


そんなとき、いきなり壁にぶち当たったそのとき、西園寺さんが口を開く。


「物理的?」


西園寺さんの言葉に、俺たちは声を揃えて顔を向ける。 すると、西園寺さんはこう言った。


「あのね、こう……よいしょーって、(すずめ)ちゃんが人を乗り越えたり……とか」


「踏んでってことですか?」


「うん、もしかしたらそういう可能性もあるかなって」


ふむ。 確かに一理あるようなないような気がする。 だが、何事もやらないことには始まらない。 物は試しという言葉だってあることだし。 というわけでそれを試そうという空気になっているが……問題は、誰がその役目をやるかだな。


「なるほど。 ならば成瀬(なるせ)、横になれ」


「……なんで?」


「なんでって、決まっているだろ。 夢花(ゆめか)の言ったことを試すためだ」


いや……おかしくね? そこでなんで俺が横になって踏まれないといけないの? 断固拒否だ、そんなのは。 それにそういう体を張ったことなら俺よりもよっぽど適任な人材がいるだろ。 適材適所という言葉を思い出せ。


「断る。 クレアに頼めよ」


「……そこで私の名前だけ出すところに悪意を感じますね。 別に良いですよ、踏まれても」


こいつただの変態だったか。 俺がそう思ったそのとき、クレアは俺を手招きで呼ぶ。 ちょっと嬉しそうにしているところを見ると、やっぱりこいつは変態だったのかもしれない。 踏まれるのを了承して、更に笑顔か。 本格的にやべえな。


「なんだよ?」


「良いから、ちょっと来てください」


俺は渋々、クレアのところへと移動する。 ちなみに俺を動かすときに発生する料金は三十センチごとに五百円。 三十センチ未満の場合でも五百円は発生するので、たった今、一メートル動いたことによって生じた料金は二千円である。 それはあとで請求するとして。


俺が近くまで寄ると、クレアはスカートのポケットから携帯を取り出した。 それを何やら操作し、その画面を俺へと向ける。


「ん?」


その画面に表示されているのは、写真? 映しだされているのは、人か? けど、どこかで見たような……。


「……おい、おいおいおいそれって」


そりゃ、見たことあるに決まってる。 それは間違いなく、俺だ。 しかも、寝顔だ。 そして更に更に……クレアのベッドで寝ている俺だ。 俺、寝てるときってこんな気持ちよさそうな顔しているんだな。 考えたらなんか眠くなってきた。


「これ、踏まれた拍子にばら撒いてしまう可能性ありです」


と、そんなことを考えている俺に対してクレアは笑顔で言う。 いい笑顔だ。


……じゃねえ。 そうじゃねえ。


「お、おまえっ! いつの間に撮ったんだよそんなの!」


クレアに詰め寄り、部室内に居る他二人に聞こえない声量で俺は問う。 考えろ考えろ、こいつがそれを撮ったタイミングを。 いやでも、いつ撮った物だとしても、その危険なブツがそこにあるという事実は変わらないが!


「この前、私の家に来たときです。 成瀬、思いっきり寝ていたので撮りました」


……ああ、あのときか。 リリアのことで相談を受けて、俺がクレアの部屋に行ったときの話だ。 つうか、こいつはそんなこと言っているけど、ウィスキーボンボンで酔っ払ったときのお前の方が酷かったってのに。 あの恥ずかしい姿を動画にでも残しておけば良かったか。 てか、そうは言っても俺が起きたときってこいつはまだ寝ていなかったか……?


まぁ、今はそんなこと考えている場合じゃないな。


「……お前ほんっと覚えとけよ。 それと、今すぐそれを消せ」


「お断りです。 これで成瀬は言いなりです。 私のものです」


にっこにこにっこにっこ、嬉しそうに言うクレア。 対する俺、苛立ちがマックスである。 いつか、絶対に痛い目に遭わせてやる……末代まで呪ってやる。


「それで! 成瀬はどうします? 柊木に踏まれる役をやってくれます?」


「……やれば良いんだろやれば!! お前、マジで許さねぇからな!」


そんなわけで、柊木に踏まれるという大変ありがたい役目を請け負った俺。 もう、明日から学校に来たくない。


「良く分からんが、早くしてくれ。 一刻も早く呪いを解きたい」


そうですか。 俺は一刻も早くクレアの呪いを解きたいよ。 俺の寝顔写メという悪魔みたいな呪いを。


結果、部室でうつ伏せになる俺である。 この暦学部内では人権なんてのは恐らくない。 だから俺がこんな人間をやめたようなことをしているのは当然で、その背中を柊木が踏み越えるのも当然だ。


当然、当然、当然……じゃないよなぁ、やっぱり。 というかさ、よくよく考えたらこれ絶対違うだろ……。 それに、仮にも人を踏むんだから上履き脱げよこいつ。 悪魔か。


んで、俺が人間をやめた結果。 案の定、その行為で柊木の呪いが消えることはなかった。 呪いがかかっている目印である手のひらの刻印は、なんら変化はなかったのだ。




「……参ったな」


その日は結局、試行錯誤の末、何も成果は得られなかった。 したことといえば、俺が柊木に踏み付けられたことくらいである。 そして現在は、自宅の自室のベッドの上だ。


俺の課題は『気付くこと』で。


西園寺さんの課題は『思い出すこと』で。


柊木の課題は『乗り越えること』で。


クレアの課題は『夢を叶えること』か。


四人の内、一人でも失敗したら駄目だ。 全員が無事で呪いを解かなければ意味がない。 それが今回の目的で、目標だ。 こうして、まだふざけているようなことができるのも今の内かもな。 なんてことを思ったりする。


陽夢(ようむ)様、あの方が何かをしたのですね」


「エレナ……居たのか。 ま、そんなとこだよ。 つっても心配しなくて良い。 どうにでもなるから」


「……ええ、それは分かります。 陽夢様ならどうにか出来るだろうという思いは、あります。 ですが――――――」


エレナが俺の頭の上へと座り、何かを言いかけたときだった。 部屋の扉が、ノックもなく唐突に開く。 エレナは慌てて俺の頭から飛ぶと、開いた扉の隙間から廊下へと出て行った。


「へいへいへい、あーにき!」


「だからお前はノックをしろって……ああ良い、今からしなくても良いぞ。 おいするなって言ってるだろ!」


例の如く足をあげた真昼(まひる)を見て、その残虐な行為を止めさせる。 おかげで、俺の部屋の扉は開け閉めする度に悲鳴をあげるようになったんだ。 うるさいったらありゃしない。


「え? なに? 兄貴、もしかして命令した?」


「へ? は、はは……まさか。 お前の綺麗な足に傷付いたら困るだろ? だからだよ」


「おお、そっかそっか。 さっすが兄貴、気が利くなぁ」


真昼の中で俺が唯一好きなところは、馬鹿なところだ。 騙すのが簡単だから、それで得をすることもわりと多かったりするからである。 それ以上の何かはない。


「それでなんだ?」


「電話だよ電話。 夢花さんから」


西園寺さん? 一体、なんだろう。 当然内容は今回の課題についてだとは思うが。


「……もしもし」


何やら堂々と部屋の入り口に立ち、会話を盗み聞きしようとしていた真昼に目で出て行けと合図をして、俺は電話に声を発する。 すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


『成瀬くん? 今、大丈夫だったかな?』


「良いよ。 俺は常に暇だしな。 それで、なんかあったの?」


俺が言うと、西園寺さんは一瞬押し黙る。 何かを言おうとしてやめたようにも、何かを言えずにいるようにも、感じた。 きっと俺がこのとき西園寺さんに踏み込んでいたら、話は捻れずに済んだのかもしれない。 だが。


「……ん? あれ?」


目の前の光景が、一瞬にして変わった。 瞬きをしたその瞬間に、何もかもが変わったのだ。


さっきまで俺は自分の部屋に居たはずなのに、ここは……クレアの、部屋か? ウサギのぬいぐるみと、見覚えのあるベッド、そして見慣れた部屋だ。 一瞬でそこまで分かる辺り、少々クレアの部屋に入り浸ることが多すぎるのかもしれない。 で、問題はそれよりも。


まさかと思い、俺は咄嗟に置いてあった鏡で自分の姿を確認する。 すると、そこに映っているのはいつも通りの俺だ。 どうやら、そのままそっくり場所が入れ替わったようだ。


……その確認をする辺り、俺って案外異常に慣れつつあるんだな。 心底嫌な慣れ方だ。


と、そんな考えをしながらとりあえずはベッドに座ったところ、クレアの携帯が鳴り響く。 勝手に取って良いのか悩んだが、その画面に表示されている『陽夢』という文字から、相手を理解した。 あいつ、なんで苗字ではなく名前で登録しているんだろう? まぁ、そんなことは良いか。


「もしもし」


『どういうことですかっ!? なんで、私は成瀬の家に!?』


「俺が聞きたいくらいだよ。 まぁ……これだろうな、あの男が言っていた異常ってのは。 とりあえず今からそっちに行く。 俺の部屋からバレずに外に出るのは無理だろ?」


『……確かに。 確実に見られますね』


この時間帯だと、真昼が家の中を見回りの如くうろうろとしているからな。 あいつの行動パターンを完璧に読めないと、見つからずに外に出ることも入ることも難しい。 さっきまで俺が居たはずの部屋にクレアが居たとなると、そりゃもう心底面倒なことになりそうだ。


「クレアの家なら、バレずに出れる。 今から行くからそれまで待っとけ」


『分かりました。 では、漫画でも読んで待っています』


「もうリラックスしてるのが目に見えるようだよ」


つか、それ言う必要ないだろ……。 俺はわりと必死なことをしなければならないのに、クレアは暖かい部屋で漫画を読んでいると思うとなんかムカつくなおい。


そして、そんなクレアとの通話を終えた俺はベランダから雨樋を伝って外へ降りる。 この時間なら神田(かんだ)さんはまだ店をやっているし、リリアはもう寝ている時間だ。 誰に見られることもないだろう。


俺はそのままクレアの家の裏側から道路に出て、本日二度目の帰宅をするのだった。 帰るという行動自体は大好きな俺だが、さすがにこれは好きになれそうにないな。




それから十数分歩き、ようやく我が家が見えてくる。 当然だが、至って普通の成瀬家である。 そんな自宅に少しの感動を覚えながら、俺はゆっくりと家の中へと入る。 バレたら問題なのは、二つ。 俺が家に入っていくという光景と、クレアが今俺の部屋に居るということだ。


玄関扉をゆっくりと開ける。 こういうときに限り嫌な音を立てているように感じるのは、気のせいだろうか? 音を立ててはいけなければいけないほどに、扉がわざわざ音を立てているのは気のせいだろうか?


「……お。 母さんは風呂か」


廊下の奥から、シャワーの音が聞こえてくる。 幸いなことに、母親は風呂の時間らしい。 不幸中の幸いってやつだな。


しめたと思い、俺は一応扉をゆっくりと閉め、階段に足をかけた。 これは途中で気付いたのだが、部屋の中から部屋の中への移動というかテレポートというか、そういうものだったので、当然裸足だ。 そんな裸足状態で道路を歩いた所為で、痛むし汚れが酷い。 なので、玄関脇にあった雑巾で足を拭いてから、再び家の中へ入る。 まるで散歩終わりの犬のようにな。


一歩、二歩、三歩。 真昼にバレてもそれはそれで面倒なので、念の為に音を立てずに二階へ。 上がってすぐは真昼の部屋で、くるりと百八十度振り返った場所にあるのが俺の部屋である。 俺の部屋の灯りは点いていて、そして、そして。


……中から、クレアと真昼の話し声。


「おい!!」


「お、成瀬です。 おかえりなさい」


「おかえりなさいじゃねえよ!! なんでお前ら普通に談笑してんだ!? 折角、俺はバレないように来てんのにさ!!」


「まぁまぁ落ち着きなよ兄貴。 そうやって黙って彼女を連れ込んでお泊りなんて、案外隅に置けないよなぁってクレアさんと話していたんだよ。 へへ。 てか兄貴さぁ、クレアさんと付き合ってるってなんで黙ってたのさ!?」


付き合ってる、ね。 俺と、クレアが。


「クレア、ちょっと来い」


「あ、あはは」


気まずそうに笑うクレアを引きずって、部屋の外へ。 丁度階段に差し掛かる辺りで足を止め、クレアの方へと向き直る。


「お前、なんのつもりだよ……。 折角バレないように来て、最悪の事態を回避しようって思ったのに、なんで真昼と雑談なんかしてんだよ」


「ええっと……。 怒ってます?」


「怒ってない。 てか、質問に答えろ」


怒るとするならば、このクレアのはぐらかそうとする態度だ。 いつも言いたいことは言う奴なのに、どうして今日に限ってこんなんになってるんだ。 別にそれが原因でこいつのことを嫌いになりはしないが……どちらかというと、クレアの意図が読めない俺に対しての怒りなのかもしれない。


「……真昼と話していたのは、見られてしまって仕方なくです。 ノックなしでいきなり入ってきて、隠れる暇がなくて」


「それは……ああ、なんだか想像できたから良いや。 で、どうして俺の彼女とか嘘吐いてるんだよ」


「そう答えるのが、一番自然だと思ってです。 その……駄目でした?」


「駄目もなにも、なんでそう誰も得しないことを言うんだよ。 んじゃ最後。 泊まるってのは一体どういうことだ」


クレアは顔を伏せ、柄にもなく落ち込んでいるようにも見えた。 そしてそのまま、小さな声で言う。


「この、格好だったので。 明らかに外着ではないです……し」


「だから泊まるって? てか、なんでそんな落ち込んでる?」


「べ、別に落ち込んでなんてっ!!」


言って、クレアは顔をあげた。 その表情を見て、俺は息を飲む。 暗がりではっきりとは見えない。 本当にそうだったのかも、分からない。 だけど、クレアの瞳には涙が溜まっているように見えたのだ。 ここで何かを言えば、こいつは、きっと。


「……ったく」


言い、俺は部屋へと足を向ける。 クレアの横を通りすぎて、俺が部屋の前まで行っても、クレアは呆然と立ち尽くしたままで。


「おい、なにしてんだ」


「……えっと」


どうすれば良いのか、分かっていないような顔だった。 暗かったけれど、相変わらず表情は見えなかったけれど、なんとなく分かった。 勘だよ、勘。 俺の勘は良く当たるんだ。 本当のところは、その()()()()()()だけだけど。


「泊まるんだろ、今日は。 神田さんには連絡しとけ。 俺はちょっと、あとで母さんに話してくる。 で、仕方ないしクレアの言い訳に付き合っとく。 だから、俺の家族の前では彼女の振りしとけよ」


「……それって」


クレアはパッと顔をあげ、俺のことを見ていた。 数秒、数十秒。 ずっと、見ていた。


それがなんだか恥ずかしく、俺は咄嗟に顔を逸らす。 そして自室のドアノブに手をかけて、クレアに背中を向けたままで言う。


「……早くしろって。 風邪ひいたらどうすんだよ」


「……はいっ!」


まったくもって、面倒な友達を持ったものだ。 けれど、それが嫌ではないことが俺自身、一番良く分かっている。 一番良く感じている。


こうして、俺たちの関係は少しずつ、変わっていった。 俺はこのとき、何も気付いていなかった。 クレアが傷付くことにも、泣くことにも。


なんにも、気付いていなかった。 それがどういう結果になるのかも。


ひとつひとつが切っ掛けで、崩れないギリギリで積まれていったそれらはいずれ、崩れ落ちる。 そんなのは当たり前で、それが起きるのは絶対だった。 もう、避けることは叶わない。 そして、それらを積み上げていったのは、俺だ。

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