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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
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だから俺は脇役だった。

迷路だ。 校舎の五階までなんなく到達した俺は、真っ先にそう理解する。


校舎の中、その五階は入り組んだ迷路となっている。 これも全て、魔法の仕業か。 理由はきっと、俺がエレナのもとへ辿り着く時間を少しでも稼ぐため……だろうな。 次がようやく屋上だというのに、こんなところで足止めか。 違うな、こんなところだからだ。


それにこの迷路、生きているような動きをしている。 階段の位置も、教室の位置も、全ての配置が二度目に通ると変わっている。 元々が巨大な校舎ということがあり、そのパターンは無数にありそうだ。


さて、これだと俺の魔法で校舎内の配置を全て頭に入れたところで意味がない。 地形が変わる以上、五分の間にその配置変更を理解しても、直前でその道が閉ざされては意味がない。 それはもう、さっき試して知っている。


「……どうするか」


エレナの位置は、もう分かっている。 位置関係を把握するために妄想したとき、この校舎の屋上で倒れている姿が見えたのだ。 最悪の場合……天井を壊すしかないかもしれない。 けれど、それをした衝撃でエレナに危険が及ぶ可能性も否めない。


……いや、ここでこうしていてもジリ貧だ。 一刻も早くエレナのもとへ行くと決めたじゃないか。


「やるか」


そう思い、天井を見る。


「いやいやそれは駄目だよ、よーむくん。 そんな裏技、あたしは許さないよ」


俺の背中に声がかかった。 振り返って声の主を見ると、そこに居たのはルーザとその妄獣のケルベロス。 その巨体は、幅広い廊下を埋め尽くすほどだ。


「さっき振りだな。 この魔法は、お前のか」


「うん。 あたしを倒せば、魔法は解ける。 だからよーむくんは、あたしを殺しに来ると思う。 躊躇なくね」


「よく分かってるじゃねえか。 そうだな、それが一番安全で手っ取り早い」


「あはは。 舐められてるね、あたし」


ルーザは笑い、ケルベロスから飛び降りた。 そして俺に向けて続ける。


「よーむくんはさ、どうしてエレナちゃんを助けたいの?」


「約束したからだよ。 助けるって」


それに、あいつのことを俺は知っている。 随分前から、知っているのだ。 あいつは最初から気付いていたけど、俺は最近になってようやく気付いたんだ。


今の今まで、俺が気付いていなかっただけだ。 エレナのことも、自分のことも。 この世界のことだけではなく、俺が居るべき世界でもだ。


「なら、あたしとも約束して」


ルーザは言い、またしても笑う。 前に見たその顔よりも、今の顔はどこか優しそうに見えた。


「もしもあたしがよーむくんに負けちゃったら、あの子をよろしくね。 昔から、馬鹿みたいに他人のことしか考えない子だから」


「……知ってるよ。 俺も、あいつには助けられた」


こいつは……違う。 忍者や正堂(せいどう)とは、違う。 ルーザはきっと、エレナのことを助けたいという気持ちを持ち合わせている。 それと同時に、王女として世界を守る使命も持っている。 そして、その後者を優先したのだ。 天秤にかけ、エレナと世界で世界を取った。 俺とは真逆の選択で、それもまたあるべき姿なのかもしれない。


「ルーザ。 もう、違う道を選ぶのは無理なのか?」


俺は馬鹿だ。 すぐに自分の決めたことを破る、大馬鹿だ。 ここでするべきことなんて、決まりきっているのに。 未だに、可能性を模索している。


「……なんの話かな。 あたしは最初から、あの子を殺すことしか考えていないよ。 もう既に、エレナちゃんには全てを話したから。 エレナちゃんはしっかり、理解してくれたよ」


だろうな。 エレナはそういう奴だ。 自分が死のうと、世界が救えるならそれで良いと考えるだろう。


……一番、俺が嫌いなタイプだ。 自分を大切にしない馬鹿は、大っ嫌いだ。 その点、クレアなんかは分かりやすい。 あいつなら間違いなく、私を助けろって俺に言ってそうだ。 世界なんか知るかってな。


だから俺は、クレア・ローランドという人間に興味があって、その人間性が大好きだ。 俺が捻くれている所為なのか、真っ直ぐな奴は嫌いになれない。


「よーむくんは、エレナちゃんに惚れてるの?」


「惚れてねえよ。 俺が誰かにそういう感情を持つと思うか?」


「それは難しいね、人は誰でも誰かを好きになるとあたしは思ってる。 だから質問を変えるかな。 よーむくんは、エレナちゃんを助けてどうするつもり?」


「俺の世界へ連れて行く。 そのあとのことは、あいつの好きなようにさせるさ。 そっからどうしようと、俺は口を挟まないよ」


最優先は、エレナを助けること。 そして次に、あの空間移動でエレナを俺の世界へと連れて行く。 考えのひとつだ。 この世界では魔力は存在するのが常識で、当たり前。 かつてエレナはそう言っていた。 だが、俺の世界では存在しないのが当たり前だ。 つまり、エレナが俺の世界へと来れば、その世界に沿った生き方をできる可能性がある。 魔法に関する何もかもがなくなる可能性がある。 エレナが俺を助けるために使った命の受け渡しさえ、なかったことにできるかもしれない。


「それで幸せになれると思う?」


「さぁな。 んなこと、知らねえ」


「……そんな覚悟で、世界を終わらせるって言うわけ?」


ルーザはこの世界で生まれ、この世界で育ってきた。 ルーザが今俺と対峙しているのは、世界が好きだからだ。 この世界に愛着があるからだ。


逆の立場で考えたら、ルーザの行動はまったくおかしくなんてない。 ある日異世界から来た奴に世界が壊され兼ねないという状況なんて、受け入れられる奴なんてのは相当な変人だけだ。


「そうだよ。 そんな覚悟で、だ。 嫌か?」


「嫌に、決まってるでしょ。 せめてね、せめてあの子が幸せになるってことくらい、信じなさいよッ!!」


そこで初めて、ルーザは声を荒らげた。 大仰に手を振り、自身の怒りを俺へとぶつけてくる。 俺に対する怒りか、憎しみか。 それとも……また違った何かか。


「俺は、そんな曖昧なものは信じない。 見るのはいつだって、確率と可能性だけだ」


たった、それだけを見てきた。 こんな場合はこうした方が良い。 こんなときはこうした方が可能性はある。 そういう考えが、いつも頭をよぎっていた。


それを初めて変えてくれたのは、西園寺さんだった。 運命の出会い、と言えば聞こえは良いかもしれないけどな。 それでも俺にとっては、そこまで思ってしまうほどの出会いだったんだ。 西園寺さんはいつだって、俺に笑顔を向けてくれる。 俺がいくら酷いことを言っても、彼女が俺を嫌いになることはなかった。


そんな彼女に、感謝しているし憧れてもいる。 俺には一生できないだろうその姿に、憧れている。 その影響があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。 でもただひとつ、今の俺にはどうしてもやりたいことがある。


西園寺さんだったらこうするだろうとか、クレアだったらどうしたんだろうとか、そういうのではない。 俺は俺だ。 成瀬陽夢だ。 影響を受けて、考え方が少しだけ変わっていたとしても、それだけは変わらない。


いつだって俺は、自分のために何かをするのだ。


「なぁ、幸せになれるかって、聞いたよな」


「聞いたわ。 それが、なに?」


なれるさ。 お前でも、エレナでも、世界でもなく。


「俺はそれで、幸せになれるよ」


他の誰でもない。 俺自身が、それで幸せだ。


「自己中って言うのよ、そういうのは。 よーむくんの所為で、傷付く人はたくさんいる。 それでもよーむくんは良いっていうわけ?」


「いや、少し違うな。 俺は仲間が傷付くのは嫌だ。 けれど」


俺は馬鹿だ、クズだ。 そんなこと、知っているし分かっている。 だから言おう。 最悪な奴が言うセリフを。 最悪の奴が考えることを。


「他の誰が傷付こうが、知らねえよ。 俺は、俺の周りだけ守れればそれで良い。 全人類に愛を注げるほど優しくもないし、力もない。 俺は守れる奴だけを、絶対に守りたいだけだ。 何が犠牲になってもな」


ヒーローじゃなければ、主人公でもない。 俺なんて精々、小悪党で脇役が良いところだ。 だから思う存分、やりたいようにやるだけだ。 そっちの方が生きているって実感も湧くし、何より心地良い。 頭を抱えて悩むより、気分良く俺は歩いて行く。


要らないものは切り捨てて、邪魔になるものは退けていく。 そうやって、生きている。


「ようやく、決心が付いたわ。 よーむくんを行かせるわけにはいかない。 ここで、死になさい」


「交渉決裂だな。 正直、魔力も殆どないし体もあちこち痛いから、避けられれば良かったんだけど」


「……無理ね。 よーむくん、よーむくんは現実を見過ぎよ。 少しくらい、夢を見ることだって普通はあるのに」


「悪いな。 生憎、夢なんて持ったことがない」


あの夏からだ。 西園寺さんと出会ったあの夏から一度だって、俺は夢を見つけられていない。 きっと、そういうこと。


さて。


これで最後だ。 死ぬつもりでやれ、俺。 考えることは、妄想することは決まっている。 絶対に、確実に終わらせることができる方法だ。


ひとつの妄想が持つ時間は五分。 だが、それを覆す妄想がひとつだけある。 俺の中に居る俺を、引き出せば良い。


修善(しゅうぜん)さんは言っていた。 作られた人格は、ずっと残り続けると。 それに頼りすぎれば、いずれ人格は乗っ取られると。 だから、二度と使うなと。


でもな、俺はそういう決まりごとを破るのが大好きだ。 そういうルールほど、破ってこそなんじゃないだろうか。


「あ……くっ!」


妄想しろ。 あのときと同じ、殺意を。 目の前で邪魔する奴を殺せるほどの殺意を。


黒く、濁った感情を。 渦巻く悪意を。 俺が負った痛みも傷も悲しみも。 全て、思いだせ。 想像しろ。


どうなってしまっても、構わない。 ただただエレナを救うことだけ考えて、思え。 エレナを救うためだけに、目の前に居る奴を殺せ。


俺は、最悪だ。


「……さっきのと一緒。 よーむくん、あなたやっぱり狂ってるわ」


「あ、あハハ。 そう、かな。 そうダヨ。 ああ、ああああ懐かし。 この感じ、久し振りだ」


前よりも、意識はあった。 視界も見え、思考もできる。 人格が乗っ取られることがあるのなら、俺が乗っ取ることだって、できるだろ? なぁ、修善さん。


でもでもでもでも。 少し、やばそうだ。 今、殺したい。 とっても、とっても殺したい。


「やるわよ、ケルベロス」


「犬、か。 犬はあまり好きじゃない。 うるせえから、さ。 俺はどっちかって言うと、自分の方が好きだよ? だから俺はお前を殺す、ことにした。 ついでに犬もね。 嫌いだから。 俺は俺が好きだけど」


言葉がうまく、声に出ない。 体は勝手に、動く。 まぁ、それも良い。 とにかく今は……勝つことだけだ。

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