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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
120/173

自分の体はマズかった。

「いやぁー! 良く来たね! ようこそようこそ!」


「おや? うーむ、見たところこの前死にかけてた男の子、かな? どうして生きているのか、ヒヒ、ヒヒヒ! あぁごめんよごめんよ、ついつい、思い出して……くっ! ヒヒヒ!」


背の小さな女の子。 そして、牙竜の魔法で見せられたときに突如として現れた半面ピエロの男だ。 その二人は待ち伏せるかのように、部屋の中央へ立っていた。


小さな女の子の方もまた、男同様に半面を付けている。 見えている素顔は……こういうのもあれだが、とても整っていた。 ジッと見ていたら、吸い込まれそうな目と顔立ちだ。 その瞳はもう、人間と変わらない。 意思を持ち、光も闇も持っている。 そういう瞳だ。 俺と同じで変わりない目だ。


「……陽夢(ようむ)様は、あのような子がタイプですか?」


俺の視線に気付いたのか、エレナは少しムッとした顔付きで言う。 いやなんで俺がこんな目に。 エレナが俺に好意を向けてくれているのは分かるが、()()()()()()()()のわりにはなんだか重い気がしなくもない。


「トタラさんトタラさん、あの男の人、僕に気があるみたいだっ! ねねねねね……食べて良いかな?」


「落ち着きなってヤクレちゃん。 まぁでもー! うーん! よしっ! 許可しよう!!」


「いやった! やっぱトタラさんはサイッコーに優しいよ!」


ヤクレと呼ばれた奴は跳ね、その喜びを体で現す。 つうか、やけにお喋りな奴らだな……。 俺たちのこと、若干無視してないか?


「おい、お前ら妄獣だな? お前らを従えている奴らはどこだ?」


「従えている? ンンン、あー! そうかいそうかいそうかいそうかいそうかい、そういう風に誤解をしているというわけだね。 ヒヒ」


「……誤解?」


なんだ? 妄獣がいて、そしてそれを従えている魔法師がいるんじゃないのか? それらが徒党を組み、ただただ快楽のために人を殺しているのではないのか?


「あーっ!! トタラさん、僕気付いたよ! 今トタラさん「そうかい」って五回言ったよね!? で、そのあとに「誤解」って。 あは、あははははッ! トタラさんはやっぱ最高だよ! センスあるなぁ!」


「え? あ、え、っと……そ、そうだ! よーく気付いたなヤクレちゃん! やっぱりヤクレちゃんは最高のパートナーさッ!」


「いやぁ、僕はトタラさんとパートナーになった覚えはないけどね、けどね。 こうして別々に構えてたのも、団長様のご命令だったわけだしぃ」


そもそも、トタラは確実にそんな考えなかったろ。 言われた瞬間めっちゃ意外な顔してたぞ。 偶然が一致しただけで、更に言わせてもらえばそのセンスはクレア並みだ。 あいつ、本当にセンスないからな。


……てか、一向に話が進まねぇ。 天国ではないな、確実に。 そう考えると牙竜(がりゅう)が行った地獄の方が当たりか。


「あ、それでなんだっけ? 僕らを従えてる奴? ヒヒ、そんなのいないよいない。 だって」


トタラは言うと、空間に手を入れる。 空間保管庫? こんなところに?


「僕が、コロシテシマッタから。 ここに居るサーカス団員は、みんなそうだ。 僕もヤクレも、あっちの四人もね。 くだらない戦いが嫌で、くだらなくない戦いを選んだ。 言わば、ヒトゴロシだよ。 ヒヒヒヒヒ」


あっちの四人。 ってことは、牙竜の方は四人待ち構えているってことか? いや……そんなこと、そんな人の心配はしている場合じゃないな。


トタラが取り出したのは、巨大なチェーンソーだ。 そしてトタラはそれを引く。 けたたましい音と共に、刃が回転する。 次にトタラが取った行動は、俺もエレナも予想外の行動だった。


「あ、ぁああああああアア! ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアふふふふふ!!」


嬉々としながら、叫び声に似た笑い声をあげながら、トタラはそのまま自らの左腕を斬り落とした。


「な……あいつ、一体何を」


「……腕を斬って、落として。 陽夢様、気を付けてください。 あのトタラと呼ばれた妄獣の血から、嫌な匂いがします」


嫌な匂い? それって、一体。


そう言おうとしたその瞬間、次に目に入ってきたのは異様な光景だ。


「はーうまうま。 トタラさんの体って、超最高な味がするよ! んむっ!」


……ヤクレが、トタラの腕を食った? 丸飲みの如く大口を開け、ヤクレはトタラの腕を食う。 骨ごと、不快な咀嚼音を立てながら。


「だろ? そうだろ? 僕ぁちょっと休むからさ、ヤクレちゃん一人でいっちゃってよ。 腕食べたし、いけるいける!」


トタラは言い、後ろへ大きく飛ぶ。 そしてその場に座り込み、腕に手を当て始めた。 見れば何やら光が出ており、あれは。


「再生? まさか、そんな魔法師のようなことなど……」


「可能だよっと。 僕らは、食べたんだ。 殺して、食べた。 僕は食人ヤクレ。 んでトタラさんは提供者。 僕の栄養の源なんだよねぇ。 そういう妄想から生まれた、妄獣だよ。 お兄ちゃん――――――今日は良い満月だね」


「食人……? 待て、お前まさか」


その言葉で理解した。 こいつは……食人鬼だ。 かつて、何人もの児童を殺害し、食った人間が居た。 その昔実在した犯罪者だ。 そういう妄想の下生まれ、こいつはそれを忠実に実行している。 モデルは、その人間か。


そしてそいつの犯行の殆どは、満月の日に行われている。 だとすると……ヤクレが一番力を発揮できるのは、恐らく。


「そうそう! いやぁ、お兄ちゃん結構頭の回転良いね! お察しのとーりさ。 満月の狂人、分かるだろう? それにね、僕は食べたものの知識を手に入れられる。 だから、お兄ちゃんたちのことも今ので少し分かったよ」


トタラの腕を食い、その知識を仕入れた? だとしたら、この前の戦いで俺が見せた動きも、バレているということになる。 トタラという男がどこまで理解していたのかは分からないが、俺の魔法だってバレていると考えて良い。


……さて、どうする。 無闇に突っ込んだとしても、相手は二人で力も未知の部分が多い。 それに、エレナからは手を離せない。 最優先は、エレナの安全だ。 ならば、エレナを守り戦うこと。 敵の一人、トタラの方は腕を治している最中だ。 今ならば、サシでの戦いに持ち込める。


「さ、て、と。 おにーちゃん、ちょっと味見していい?」


「嫌だね、断る」


それでどうぞなんて言う奴はいねえっての。 そんな思いで俺が言うと、ヤクレは舌打ちをしながら返事をする。


「つれないなー。 ま良いけど」


ヤクレは言い、顔に手を当てた。 そして、半面を外す。 そこには半分だけ見えていた顔と、同じ顔だ。 綺麗に整った、顔だ。


「成瀬様、大丈夫ですか? 妙な気配を感じます」


横で、エレナは言う。 大丈夫、なはずだ。 しかし、ヤクレが面を外したその瞬間から、頭の奥が痛む。 何かを……されたか?


「おにーちゃん。 くひひ」


ヤクレは、目の前で俺を見下ろしていた。 見下ろし、て?


あ、れ。


体が、崩れた。 なんだ、何が起きた? 視界の隅に映ったのは、俺とエレナが入ってきた入り口だ。 そしてその横に、天井? その奥に、トタラが座っている? 視界内にある全てが混ざったかのような光景と、上下左右の感覚が消え去る。


「てめぇ、まさか」


「察しが良いのは嫌われるよ、おにーちゃん。 はむはむ」


ヤクレは言い、倒れた俺の耳をしゃぶる。 生暖かく、何かが耳を張っていく。 得体の知れない気味悪さから、俺は咄嗟に腕を振るった。


「……こ、のッ!」


「なんだよなんだよー。 それでも攻撃してくるなんて、どんだけヤーなの? 気持ち良いだろー?」


「良くねえよ、人食い。 くっそ……」


次から次へと、景色が変わっていく。 されたのは恐らく、平衡感覚をいじられたのだ。 左右上下、前後、それら全ての感覚が、めまぐるしく変わっていく。 ただ単純にいじったのではなく、いじり続けている。 その調整は無数に変わっているように、これでは慣れようにも確実に慣れることは不可能だ。


ならば。


「そのまま返すぞ、人食い野郎」


「あはははは」


俺は妄想した。 ヤクレが俺にかけたものと、全く同じものを。 だが、ヤクレには変化がない。 余裕で笑みを浮かべ、楽しそうに嬉しそうにはしゃいでいる。


「……どうしてだ?」


倒れながら、俺はヤクレの顔を見る。 顔を見て、目を見て再度妄想する。 しかし、やはりそれには変化がない。


「効かないよ、おにーちゃん。 僕の感覚は、元から狂っているんだから。 僕にはそんなものも、幻覚だって効きやしない。 フフフ、あはは」


「なる、ほどね。 なら効かないのも無理はねえか」


言って、俺は立ち上がる。 それなら違う方法を取れば良い。 策は有限じゃない、無限だ。 人が考えつく限り、それに際限なんて存在しない。


「……ん? あれれ? おいおい、どーいうこと? どーして立てるわけ?」


「舐めんなよ、人食い野郎。 調子に乗るんじゃねえ」


ならば、それに合わせて妄想をするだけだ。 一秒の間に、数千の変化。 それらに合わせ、打ち消せば良い。 変化させられた感覚を元に戻せば良い。 一秒の間に数千の妄想を繰り返せば良い。


「あーくそ、気持ちわりいな。 エレナ、無事か?」


「は、はい! わたくしは無事です、成瀬(なるせ)様」


「そうか」


エレナは俺の後ろへ隠れるように。 そしてヤクレは、未だに俺のことを不思議そうな顔で眺めている。 首を捻り、頭を捻る。 焦りはなし、か。


「確か、見たことがある物は作れるんだよな」


それなら、話は早い。 今の俺は、殺意に溢れているようだからな。


「使うのは、初めてか」


さて、違う妄想を始めよう。 ヤクレの位置と気配を感じて、俺は目を瞑る。 目を開けさえしなければ、感覚をいじられても問題はない。 かと言って、俺にはクレアのようなずば抜けた格闘センスもない。 直感もなければ、感じられることなんてごく僅かだ。


けれど、敵の動きを予測することはできる。 何千何万のパターンを考えて、その中でもっとも可能性がある道を潰す。 そこが、ヤクレの居場所になるはずだ。 容易なことではないが、やるしかない。


「覚悟しろよ、人食い野郎」


俺が妄想し、想像するのは異能の世界。 そこで対能力者の最終兵器ともなっていた、生眼の剣(イーター)だ。 弱き者の知恵と、血の塊だ。 意思を持つ剣、それを作り、顕現させる。


思った直後、俺の手には剣が握られていた。 それだけを確認するために目を開け、再度閉じる。 開けた一瞬でも倒れそうになったことから考えるに、やはり目を開けたまま戦うのは不可能だな。 だが、生眼の剣はできた。 異能の世界では見たことがない形状……まるで鎌のような形をした、剣だ。 だが、間違いない。 柄に埋め込まれた眼は、ハッキリと俺を見つめている。


……さて、それじゃあ始めよう。 もっとも可能性の高い道は既に見えている。 それを叩いて、潰すだけ。


「エレナ」


「はい、なんでしょうか? 成瀬様」


俺が名前を呼ぶと、エレナは恐らくは首を傾げながら俺の名前を呼び返す。 こんな状況でも、エレナの声からは一切の動揺が感じられない。 俺が倒れたときでさえ、エレナはなんの反応すらしなかった。


不自然だろうが、さすがにそれは。


「……違うな。 俺はお前に言ってんじゃねえ。 エレナに言ってるんだよ」


言いながら、俺は振り返る。 そこに居るのは、銀髪で銀色の瞳を持つ……()()()()姿()()()()()だ。


「あんま舐めてると、足元掬われるぞ」


そのまま、俺はそいつの体に剣を突き刺した。 完全に気を抜いた状態から、意思を破裂させるように殺気を出し、その身を貫く。


「あ……かはっ……なる、せ、さま?」


「お前はエレナじゃない。 お前には、エレナの知識が足りねえよ」


短いけれど、俺とエレナが過ごした時間は確かに存在する。 その過程で、変化はあった。 仕草も、俺に対する呼び方も、俺に怖いほどの執着を見せてくるのも。


全部があって、エレナだ。 だから俺が知るエレナは、お前ではないんだ。


「あ、ひひ。 いた、いたたた……いったいなぁおい!!」


目の前に居た()()()は壁を蹴り、トタラのもとへと戻る。 その瞬間、世界が塗り替わった。 俺に対する平衡感覚の操作も止まった。


「……あれ? わたくしは一体……陽夢様?」


「大丈夫だ。 もう、終わる」


先ほどまでヤクレの姿に見えていたエレナの手を掴み、今度こそ俺の後ろへ。


俺が騙されたのは、あいつが面を外したその瞬間か。 平衡感覚の麻痺と同時に、幻覚ってところだろうか。 エレナとヤクレの外見を俺に誤認させ、恐らくは同時にエレナの意識を奪ったってところか。 気付けたのは、今までがあったからだな。


「あぁあああああ!! いてぇいてえいってええええよ!! トタラさん、トタラさん僕死んじゃうよぉ! このままじゃ超死ぬッマジ死ぬッ! どうすれば良いかな!?」


「だーいじょうぶ大丈夫。 腕、またできてるから」


トタラは立ち上がり、ヤクレの肩に手を置く。 そして、言った。


「また僕の腕を食え。 そーすれば、余裕だよ」


「……なるほど! まだまだその手があった! いやでもでもでもでもでもサッ! マジでそれだけじゃ無理無理無理ッ!! だから、あ、アハハハハハハハハハハハ!! いただきまぁす!!」


「へ、ちょ、ヤクレちゃん? それ、僕がし――――――――」


「ひっ!」


エレナは小さい悲鳴を上げ、目の前の光景を手で覆って隠していた。 対する俺は、目を離さない。 一瞬でも目を離してしまえば、殺される。 そのくらいの気配がヤクレにはあったのだ。 ヤクレは、ヤクレはトタラの腕だけではなく、その全てを食うほどの大口を開け、そして食らいついた。


「が、ぎぎ。 んっ、んっ……んぁああ……ちょーうまい」


ヤクレは大口を開け、トタラを頭から食う。 骨の砕ける音と、肉の千切れる音が部屋の中へ響き、やがてトタラの体はヤクレの中へ、消えてなくなる。


「……ごちそうさまでした。 よっし回復だー。 それじゃおにーちゃん、続きをしよう続きを」


「しねえよ。 終わりだ」


「アッハ」


笑い、ヤクレは地面をトンと蹴る。 その動作だけでヤクレの姿は消え、次の瞬間には大口を開けて俺たちを食おうとするヤクレの姿が目の前にあった。


「くう、クウクウクウクウクウ。 食わせろ食わせろ食わせろッ!! 美味しそうだぁあっはっはっは!!」


速度、勝ち目なし。 力、勝ち目なし。 体力的にも俺には分が悪い。 トタラを食うことによって、食人たるこいつの力は数倍にも跳ね上がっている。 だが。


「そうかよ。 趣味悪いな」


想像した。 妄想した。 この状況での一発逆転の手を。 部屋の大きさ、俺とエレナとヤクレ、それぞれの距離と一秒後の動きを。 速度、威力、場の流れを。


「アは、幻覚? 僕にはそんなの効かないって。 んじゃ……イタダキマァース!」


ヤクレはそして、俺たちに食らいついた。


「美味いか、俺たちは」


「アレレレれれ。 食った? 変だなぁあああ。 味が、しない」


「……行くぞ、エレナ」


「は、はい。 ですが、陽夢様……あれは、一体何を?」


簡単なことだ。 やられたことをそっくりそのまま、あいつに返したまでのこと。 ただ違うのは、あいつは自分自身の体を俺たちだと思い込んでいるということだ。 幻覚は直接作用させていない。 この空間にある光の強さと、その曲がり具合、ヤクレの目の形状は人間のそれと酷似しているのだ。 それはもう、()()()()()()()()()()


だからこそ、直接働きかけなくても騙せる。 偽ることができる。 ヤクレ自身にいくらそれが効かないとしても、事実を事実と認識できなければ良いだけのこと。


「うまっ、美味い美味い! いたた? あ、あ、ア」


……しっかし、奥の手を使わずに済んだのは良かったな。 あれを使ってしまえば、最悪俺自身が無事でなくなる可能性の方が高い。 そうなる前に、倒し方を教えてくれたお前には感謝しておくよ。


血で染まる勢いの部屋を歩き、俺とエレナは奥の部屋へと向かう。 天国と地獄、こっちは恐らく楽な方だ。 だとすると、牙竜の方が無事かどうかだが。


そんな心配も、次の部屋でほぼ同時に現れた牙竜を見て、霧散する。 顔も、服も、真っ赤に染められたそいつの姿を見て、そんな姿で俺を見て、笑った牙竜を見て、な。 どこの世界にも、こういう化け物は一人居るもんだ。

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