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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
118/173

それは夢だった。

陽夢(ようむ)様」


真っ白な部屋に、一人の少女が居た。


銀髪で、銀色の瞳で、俺のことを正面から真っ直ぐと見つめる少女が椅子に座っていた。 俺はその目の前に立っていて、その少女を見下ろしている。


「陽夢様、わたくしです」


「……エレナ?」


ここは、どこだろう。 俺は、間違いなく死んだはずだ。 あの黒騎士の一撃を食らい、息絶えたはずだ。 なのに、意識がある。 夢、だろうか? これから俺は消えるのだろうか? 得も知れぬ恐怖心は、少しあった。


「はい。 エレナです。 陽夢様、わたくしのことが分かりますか?」


「そりゃ、分かるよ。 俺と一緒に、この世界で戦っていた……」


俺が言うも、エレナは首を振ってそれを否定する。 見当違いだと言わんばかりの仕草で、けれど嘲笑うような感じではなくて、その仕草が目の前に居る少女はエレナだと俺に認識させる。


「いいえ、違います。 この世界のことではありません」


この世界の、ことではない? エレナは一体、何を言っている? 記憶を掘り起こしても、俺がエレナと会ったのはこの世界が初めてだ。 銀髪で銀色の瞳を持つ奴なんて、会えば必ず覚えている。 そんな特徴的な奴が居たら、忘れるわけがない。 しかし、エレナの言い方は確信的だ。


「無理もありません。 ですが、それで良いのです。 わたくしが覚えてさえいれば、それで良いのです」


「……待て、待てよエレナ。 それじゃあ、わけが分からない。 俺に分かるように、教えてくれよ」


「わたくしの口からは、申し上げられません。 陽夢様、わたくしは陽夢様に助けられた身です。 ですので、わたくしの命は陽夢様のためにあります」


エレナは言い、俺に手を伸ばす。 その手は俺の手と重なり、溶ける。 水となって消えるように、俺の体をすり抜けていく。


「エレナ? おい、エレナ!?」


「陽夢様、生きてください。 陽夢様のことを待っておられる方たちが居ます。 ですので、こんなところで死んではなりません」


エレナの体はまるで元からなかったかのように、零れ落ちる。 俺は必死にそれを止めようとするも、エレナの体は指の間をすり抜け、床へと消えていく。 それと同時に、エレナの何かが俺の中へ入ってきた気がした。


残されたのは、俺だけだった。 真っ白い部屋に、一人だけ。


やがてその白い部屋も崩れ、消えていく。 最後に感じたのは、世界に一人だけ残されたような……そんな、孤独感だった。 これは俺の感覚では、ない。


――――――――これは、エレナの感覚だ。




「エレナッ!!」


「きゃ! よ、陽夢様!? 陽夢様、陽夢様っ!!」


目を開けると、すぐにエレナの顔が視界に入ってきた。 消えてしまったはずのエレナは、しっかりとそこに居た。


……変な、夢……だったのか? あれは。


「エレナ、生きてるな? 無事だな?」


「わたくしはもちろんです。 それよりも、陽夢様は……大丈夫ですか? 怪我の方は、治っているでしょうか?」


「怪我……そうだ」


思い出した。


俺は、あの闇騎士と名乗ったやつに斬られたのだ。 そして、意識を失って……あの夢を見たんだ。


思い出しながら、斬られた背中を触る。 しかし、そこには傷らしい跡はない。 触った感じで、それが分かる。 綺麗さっぱり、まるで斬られたこと自体がなくなったかのように傷がなくなっている。


「……一体、どこまで夢だったんだ?」


俺の言葉に返事をしたのは、エレナではなかった。 エレナよりも低い、男の声。 俺が一度、聞いたことのある声だ。


「よーやく目が覚めたか。 よう、久し振りだな」


「……牙竜(がりゅう)?」


牙竜半児(はんじ)。 この世界で最強の魔法師にして、Sランクの妄獣を従える者。 その男が、目の前に居た。


「感謝しろよ、そこの王女様に。 お前のことを助けてくれって、狩りにきた俺様に頭を下げやがったんだ。 トドメを刺しちまっても良かったが……お前らには、協力をしてもらうことにした。 少し、事情が変わったからな」


「どういうことだ。 お前に頼んだ? それに、協力?」


いいや、それよりも。 それよりもエレナは、俺のためにそんなことをしたっていうのか。 敵である牙竜にさえ、頭を下げて?


「お気になさらないでください、陽夢様。 わたくしが勝手にしたことですので」


「……迷惑かけたな」


エレナは俺の言葉に、にこっと笑う。 とにかく、今は無事で居られたことに感謝だ。 エレナにも、恐らくは俺を治療してくれたであろう、この牙竜という奴にも。


「言っておくが、お前と俺様は敵同士だ。 いずれ、殺し合う。 だが、その前に協力をして欲しいことができた」


牙竜は言うと、俺の前へ立つ。 そしてそのまま、俺に手をかざして何やら呪文を唱え始めた。


「……お前、何をする気だ」


「良いから黙ってろ。 今から、三日前の記憶を見に行く。 俺様が見たものと、お前が見れなかったものをだ。 そうすれば、俺様の要求も分かるだろ?」


直後、まばゆい光が俺を包み込む。 その光に思わず目を瞑り、そして開くと……そこには、いつかの公園が広がっていた。


「イメージ映像だ。 あそこにいんのが、三日前のお前と王女さん。 で、あっちに居るのが黒騎士の野郎だな」


牙竜が指差す先に、確かに俺は居た。 そしてエレナは、横方向へと走りだす。


……あれが、失敗だったんだ。 俺は勝負を焦りすぎた。 最重要な局面で、致命的なミスをした。 今になって悔やんでも、何も変わらない。


「来るぞ」


牙竜が言った次の瞬間、公園の殆どの物が消え去っていく。 黒騎士の、剣の一振りで消滅する。 こうして安全な立場から見ても、身の毛がよだつ威力だ。 轟音と、暴風。 それらが突き抜け、後には何も残らない。


「で、お前は致命傷を負った。 王女さんは泣きじゃくって、お前ら三人共狩ろうとしていた俺様のところへ来やがった」


牙竜の言う通り、エレナは探索魔法を発動させる。 そして、離れた位置で身を隠していた牙竜のもとに、無防備にも走って行く。


「ここまでは話したな。 問題は次だ。 見てみろ」


指差す先には、黒騎士。 黒騎士は既に次の攻撃動作に入っており、その標的はエレナと牙竜だ。 だが、牙竜の言う通り異変が発生する。


黒騎士のすぐ後ろに、人影が現れたのだ。 そして。


「がっ……ごほッ……。 な、にを?」


その人影は、黒騎士の頭を掴み、強引に引き千切った。 呆気なく、黒騎士の頭は外された。


「全く困ったものだね、こうも暴れるとは思わなかった。 さぁて、人が三に……あらら、一人は死にそうか。 二は生きて、一は妄獣かね。 霧の騎士……君らはエレナ王女と、牙竜半児か。 ヒヒヒ、これは良い報告ができそうだ」


「……おいこら、お前何者だ? 俺様の獲物を横取りしてんじゃねーぞ、カス」


現れた人影は、半面を付けている。 ピエロのような半分だけの面だ。 そしてそいつは牙竜の言葉に、愉快そうに笑う。


「ヒヒヒ! それは横暴、強奪だーよ。 元々はこの黒騎士も僕らの獲物さ。 横取りしてるのは、君らの方なんだよ?」


黒騎士の頭で玉遊びをするように、弄ぶ。 やがてその頭を放り投げると、男は続けた。


「文句があるなら、僕らと戦おう。 僕らはイマージンサーカス。 団長様の野望の邪魔にもなりそうだし、暇なときにおいで。 遊んであげるよ。 ヒヒ、ヒヒヒ」


男は言うと、牙竜に向けて一枚のトランプを投げ渡した。 牙竜がそれを受け取り前を向いたときには既に、その男は姿を消していた。 新たな敵、と認識するのが良さそうだな、これは。






「……これが、昨日あったことって言うのか?」


「そうだ。 それで、この王女さんにあのカスが言っていた「イマージンサーカス」ってのを調べてもらった。 すると、面白いことが分かったぜ」


牙竜は笑い、俺に何かを投げ渡す。 それは携帯端末のようなもので、俺は警戒しながらもその画面に目を通す。


そこに書いてあった文章から読み取れることは、断片のようなものだ。 それは快楽殺人者の集まりで、それは七匹の妄獣と七人の魔法師が集まった組織で、そして目的なく殺しを楽しむという内容だ。


「分かるのはたったそれだけだ。 けどよ、充分だとは思わねえか? 妄獣を従えている、イコール戦いの参加者だ。 既に黒騎士は死亡、つまり残りの七人の内、全員がそこってわけだ。 それをぶっ潰せば、一気に勝負に決着が付く可能性もある」


「……だから、それを潰すのに協力しろってことか? 乗ると、思うか?」


これは恐らく、乗るか乗らないかではない。 強制的に手伝えと、そういうことだ。 だが、交渉で真っ先に頷くのは、馬鹿のやることでしかない。


「……は? おいおい、お前マジで言ってんのか? おい王女さんよ、こいつはお前の命なんてどーでも良いってよ。 ははは!」


「エレナの命? おい、どういうことだそれ」


俺がエレナに顔を向けると、エレナは気まずそうに顔を逸らす。 この反応、まさか。


「あ? 聞いてねーのか? どんだけガキだよ、王女さんよ。 良いかよく聞けよ……成瀬(なるせ)つったか、成瀬」


「黙ってください!! わたくしは大丈夫ですッ! 陽夢様の意思を尊重致します!」


「……はっ。 くだらねーな、ガキが。 成瀬よ、聞け」


エレナは牙竜の言葉を止めようと、飛びかかる。 しかし牙竜はそれを軽くいなすと、その言葉の続きを口にした。


「……この王女さんの命には、妄獣が深く関わっている。 んで、その妄獣が最近じゃあ強くなりすぎたろ? 妄獣ってのは魔法と似たようなもんだが、根本的には異なるもんだ。 そんで、王族には代々伝わる呪いがある」


「呪い?」


「ああ、呪いだ。 言っちまえば、世界のパワーバランスを保つ呪いだ。 偏りが出ないように、増えすぎた妄獣を止めるために、過剰した妄獣は王族の命を持って抑えられる。 つまりこのままの勢いで妄獣が増えれば、その王女さんは野垂れ死ぬってわけだ。 世界のためにな」


「そんな……けど、エレナはもう王女ではないだろ? なのに」


「馬鹿か? ただ王女止めましたーってだけで、そんな呪いが解けるかよ。 まぁその所為で、早急にその原因を殺らねえと、死ぬってわけよ。 だからお前に悩んでる暇はねーんだ。 この王女さんを助けたくないなら、別だけどな」


それもそうだ。 そんな簡単に解けるものならば、誰が王女なんてやるものか。 突然のことに、混乱しているのか。


そして、だから……エレナの力は弱くなっている。 だが、それに時間制限があるだなんてのは初耳だ。


……エレナの奴、また重要なことを伏せていたな。 これはうっかり忘れていたとかじゃない。 俺にそれを強制させないよう、敢えて黙っていたんだ。 馬鹿みたいな気遣いと、馬鹿みたいな良心で。


「エレナ、少しは俺を信頼しろよ」


牙竜の話を聞き終え、俺はエレナの顔を見ずに言う。 それはもう、頼みでもあった。


「……しています。 わたくしは、陽夢様のことを信頼しております」


「違う。 エレナがしているのは、信用だ。 信頼じゃない」


だから言わなければならない。 エレナに信頼してもらうために。 クッキーの恩は、まだ返せていないから。


「牙竜、俺も協力する。 一時休戦で、一時共同戦線だ。 そいつらを倒す」


「かはは! そうこなくっちゃな」


俺は言い、起き上がる。 この最強の魔法師と組めるのなら、是非もない。 明確な目的がこの世界ではできてしまったからな。 一刻も早く、最後の一人になるという目標だ。 そしてそのときに叶えることもまた、決まった。 エレナを普通の人間にするという、それだけの妄想を。


「エレナ」


「なんでしょうか?」


だからもうひとつ、聞いておきたい。 これはもしかしたら、と思った保険のようなものだ。


「もう、何も隠していないよな?」


「……ええ、もちろんです」


エレナは微笑み、言う。 けれどそれはいつもと違ったように見えて、しかしそこで俺が踏み込むことはできなかった。


俺にはどうしても、人の気持ちに踏み込める度胸というのが、存在しない。


「……その、すいません。 わたくし、少々お風呂に入りたいのですが」


「んあ? あー、そういやこいつが殺られた日から、ずっと付きっきりだったもんな? かはは、良いぜ。 勝手に使え」


その話はこうして、結局流れてしまう。 俺はただ、その流れを見ているだけ。


エレナは俺との話を切り上げ、牙竜の横を通り過ぎる。 その丁度横を通るとき、エレナが何か、小さく牙竜に向けて言った気がした。


牙竜はそれに舌打ちで返事をし、エレナはそそくさと奥へ消えていく。


「成瀬、お前マジであの王女さんには感謝しとけよ。 しっかし、どういう繋がりなのかね、お前らは」


感謝は……そうだな、してる。 当然だ。 エレナがずっと俺のことを見てくれていたことも、知っている。


もしかしたらあの夢は、その所為だったのかもしれない。 エレナのことだ、気を失っている俺に話しかけていたのかもしれないしな。


「ただの協力者だよ」


牙竜の言葉に俺はそう返すも、牙竜は首を振る。


「いいやそうじゃねえ。 あの王女さんが、他の奴とつるんでいること自体がありえねーんだよ」


「あり得ない?」


「そうだ。 ありえねえ」


そして、牙竜は言った。


エレナという王女は、元々この世界に居なかったという話を。


そもそもの話、王女という概念は曖昧だ。 王宮は確かに存在する。 王族の血を引くものも、存在している。 先日会ったルーザが良い例で、彼女は血筋こそ薄いものの、現王女であるのだ。


エレナが追放された原因のひとつでもあるのが、その曖昧な存在の所為だったのだ。 王族の暗殺事件が起きてから数日の間、エレナは保護されていた。 しかし、その生い立ちが全く不明だったのだ。


資料も、記録も全く残っていない。 どういう経緯を辿りそこに居たのかが、不明だったのだ。 かつてエレナの側近として、エレナに仕えていた牙竜だからこそ知る情報だ。 それらの話を牙竜は隠すことなく、俺にする。


「牙竜、お前はまだエレナと一緒に居たいと思っているのか?」


「あ? 馬鹿言えよ、今じゃもう殺す対象だ。 それ以上でもそれ以下でもねー」


「そうか」


牙竜に取ってはもう、そういう存在でしかないのか。 俺がそう思ったとき、牙竜は言葉を続けた。


「……それがきっと、救いなんだろうよ。 あの王女さんにとってはな」


「救い、か」


……もしかしたら、それにはエレナが言っていた「支配者」というものも関係があるのかもしれない。 エレナは王女でありながら、この世界の支配者だ。 だからこそ、俺の世界にも来ることができた。


それが関わっているからなのか、それとも別の何か、か。


全てが終わるその前に、それもまた……エレナに尋ねなければならない。


この世界の、秘密にも迫るそのことに。


エレナと牙竜、かつては王女とその側近だ。 その繋がりが終わるとき、エレナはこう呟いていたらしい。


もう、一人で生きていくと。

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