そして俺は告白した。
「はっ……はっ……!」
「よ、陽夢様? その、重いのでしたら降ろして頂いても……」
「大丈夫だよ! エレナの体、すっげえ軽いから!」
迂闊だったな。 この現象はあくまでも妄想だ。 あのゾンビたちが作り出されるのに、時間も死体も要らないのだ。 だからこそ、どこへでも現れる。 何匹でも現れる。 それこそ湧いて出てくるように次々と、際限は恐らくない。
「おいおいおい……マジかよこれ」
俺はエレナを抱えたまま、ショッピングモールの屋上へと移動した。 そこから街を見渡して、現状を認識する。 既に陽は落ちて街中は暗いが、それでも動き回る無数の影を確認できる。
それはとてもじゃないが、どうにかなるレベルを超えていた。 それこそ、俺がさっきエレナに対して冗談で言ったような「大魔法」なんかを使わない限り、どうにかなる状況ではない。
埋め尽くされていたのだ。 街の殆どがゾンビによって、埋め尽くされていた。 まるで地面が動いているかのように、街全体が動いているかのように、ゾンビたちは俺たちのもとへと向かって来ている。 その数は最早、軽く数万は超えている。
「……どのような妄獣にも、欠点はあるはずです。 なのに、これは」
エレナは俺の腕の中で言葉を失っていた。 エレナ自身も、ここまでの妄獣は見たことがないってことか……。
提示された問題は、この状況をどうするか。 俺の魔法を使えば、この状況をどうにかできないだろうか? さっき俺がエレナに提案したような、大魔法を妄想してだ。
「エレナ、俺の魔法で隕石とか落とすのってどうだ?」
「うまくイメージできれば良いのですが……その威力と座標を正確に妄想しなければ、わたくしたちの真上に落ちてくるということも……」
だよな、そうだよな。 問題はそれなんだよ。 俺のこの魔法の唯一の欠点と言っても良い。 妄想できないものは生み出せない。 想像できないことは実現されない。 俺の妄想、想像が全てを決めるのだ。
「唯一の欠点がちょっと痛いな、この場合は」
「いいえ、魔力という問題もあります。 前にも言いましたが、陽夢様は妄想力豊かな方なので早々切れるということはないと思います。 ですが、妄想が大きければ大きいほど、切れる可能性は高まります。 それもまた、欠点となり得るでしょう」
相変わらず、褒められている気が全くしない……。 しかし、エレナの顔を見る限りどうやらこれは褒めているようだ。 そして同時に、心配もしているようだ。 人のために生き、人に捧げるエレナのやり方。 それは、エレナが暮らすこの世界にも適用されている。
……そんな、誰かのためにってだけの人生が楽しいのかね、こいつは。
「そういやさ、今更なんだけど……その魔力ってやつが切れるとどうなるんだ?」
「魔力とは陽夢様の世界で言うところの、車のガソリンのようなものです。 ですが、車と違い「動けなくなる」のではなく……死に至ります。 その危険信号として、枯渇前には涙が出るのです」
「涙?」
「ええ、血の涙です。 わたくしも度々経験しておりますが、血の涙が出始めた場合は魔法を控えております……って、陽夢様? な、何を……ひゃう!」
言うエレナの額を小突く。 なんとなく、だ。 なんとなく叩きたくなって、なんとなく叩いた。 そうなる前に止めろって意味も、多少はあったかもしれない。
……ま、とにかくそれに気を付けろってことか。 さてと、それはそれとして。
「謝ったら許してくれるかな?」
「恐らく、わたくしたちの言葉は理解できないかと思いますね」
下には大群だ。 そしてそれらは、先ほどのビルのようにどんどん中へと流れ込んでいる。 しかし、さっきとは違ってその数が目減りしていない。 湧いて出てくるというのは、まさにこのことか。
こうなってくると、ここまであいつらが到達するのも時間の問題か。 それに今この瞬間にも、目の前にゾンビが出現してもおかしくはないのだ。
かと言って、無闇に移動もできない。 移動先がゾンビで溢れていることだって、考えられる。 それにテレポートは俺の体的にも結構しんどいから、策もなく使いたくはない。
「……そうだ、そうだ! なぁエレナ、俺の魔法ってのは妄想したものを作れるんだよな? それに制限ってあるか?」
「制限……はないかと思われますね。 陽夢様がイメージ、妄想できるものならば、どんな物でも生み出すことが可能です」
「だったら……!」
よし、ならば……あれを作れるはずだ。 俺が知る、最強のモノを。
イメージしろ、妄想しろ。 俺が良く知る、あれを。 このゾンビたちを一瞬で壊滅させられるモノを。 強く、頼りになるあいつを……!
俺がイメージしたその瞬間、それは現れる。 小さいながらも、強いあいつが。 俺が知る中で、もっとも強さを秘めているそいつが。
「……なんです? これ」
「く、クレア様っ!?」
「どうだ! 俺の妄想力! 実物そっくりだろ!?」
ちょっと嬉しくなった俺は、エレナに言う。 そっくりだろと聞いたところで、エレナは遠くから見ていただけで実際に会ったことはないんだけどな。 それでも、この再現度は俺でもビックリだ……。 ちょっと不機嫌そうな顔とか、マジそっくり。
「成瀬に……新キャラですか?」
「し、新キャラ……。 わたくしは、エレナという者です。 クレア様、初めまして」
エレナはそんな妄想のクレアに対して、丁寧にお辞儀する。 ここでクレアに何を言おうと、五分後には消えてしまうんだけどな。
「エレナ、ですか。 それは分かりましたけど……どういう状況ですか、これは」
クレアは言うと、下を見る。 そこには依然として大量のゾンビだ。 その数は減るどころか、時間が経つに連れて増えていっているようにも見える。 やはり、早急に対処しなければこれはマズイな。
「見ての通りだよ。 映画さながらのゾンビパラダイスだ。 つうわけでクレア、あいつらを全員ぶっ飛ばして来てくれ」
「なるほど……確かにパラダイスですね。 ですが、嫌です」
「はぁ!? お前は俺の妄想だろ!? それなら……」
「嫌です。 大体、私がなんであんなベトベトしたのと戦わなければならないんですか。 気持ち悪いし、嫌です。 行くなら成瀬が行ってください。 そしてベトベトになってください。 汚い物に触れたくありません」
……やべぇ。 これマジかよ。 本当にクレアそのものじゃねえか……どうすんだよ。 くそ、もしかして高圧的な態度が駄目なのか?
「な、なぁ……この通り、お願いします」
手を合わせ、俺はクレアに頭を下げる。 こんな屈辱、生まれて初めてだ。 それも、寄りによってクレア相手にだと……。 更に言えば、俺の妄想上のクレアに、だ。
「……そこまで言うのなら、仕方ないですね」
「おお!」
やはり、頭の一つでも下げないと駄目だったか。 俺のプライドはちょっとばかし傷付いたが、まぁよし。 この状況を切り抜けられるのであれば、是非もない。
「成瀬、這いつくばって、足を舐めてくださいです。 そうすれば、考えてあげても良いです」
「て、てめぇ……」
……ああ、クレアだ。 俺が知っているクレア・ローランドだ。 というか、こいつ本当は妄想じゃなくて本物じゃないのか? めっちゃ言いそうだぞ、今のセリフとか。
「無理なようですね。 足はここにありますので、舐めたくなったらいつでもご自由に」
にっこり笑って、クレアは言う。 最悪だ……。 俺の性格からして、絶対にそれをすることはあり得ない。 しかも、俺が生み出したクレア相手にだぞ? 絶対に無理、不可能だ。
そんなこんなでクレアを睨み続けること数分。 しっかりピッタリ五分が経つと、妄想のクレアは跡形もなく消えるのだった。
「……陽夢様、クレア様はあそこまで酷いお方ではないと思いますが」
「そうか? イメージまんまっていうか、本物が来たのかと一瞬疑うレベルでそっくりだったよ」
だよな? もしかして俺が思うクレア像ってズレてるのか? いやいや、んなことはないはずだ。 あれがクレアの正しき姿で、正しき態度だ。 寸分違わずそのものだ。
「ま、まぁイメージも人それぞれですからね。 ですが、これで本当に打つ手はなし……でしょうか」
「なぁ、エレナ。 下ばかり見てて気付かなかったんだけど、ゾンビたちが」
……登ってきている。 俺たちが屋上へと行くために使った扉をいつの間にかぶち破り、続々と。 正直に言おう。 詰んだかもしれない。 俺とエレナの前に居るゾンビの数は、数十匹。 だが、それが今こうして考えている間にも増えていっている。 さて、どうしたものか。
「わ、わたくしは……陽夢様の手の中で死ねるのならば、本望です!」
「嬉しいこと言ってくれるなよ……だけどな、まだ最後の手はある。 良いか、エレナ」
俺が希望を託す、最後の手だ。 それはもう、お決まりと言っても良いほどに常識的なこと。
「掴まれ。 とにかく、俺の魔力が持つ限りテレポートを繰り返す。 それでも逃げられなかったら、終わりだ」
「……信じます。 わたくしは、いつだって陽夢様のことを信じます」
言うと、エレナは俺の体にしがみ付く。 俺はそんなエレナの体をしっかりと抱き締めて、イメージを始めた。
さぁ、一体どれくらいの時間持たせることができるだろうか。 これはもう、殆ど賭けだな。
「やっべ……超しんどい……」
「……申し訳ありません、お力になれずに」
ここは、どこかの屋上だろうか? あれから数時間のテレポートを繰り返し、そろそろ俺の魔力が尽き始めた頃にようやくここへ着いた。 エレナが言っていた血の涙はどうやら出ていないようだが、それよりも疲労感からまともにイメージができなくなってきている。
そして、周りには大量のゾンビ。 それらはじわりじわりと俺とエレナに呻き声をあげながら近づいている。
「……ラスト! もっかい飛ぶから、掴まれ!」
俺が声をあげると、エレナは再度、俺の体にしがみつく。 それを確認して、俺は想像した。
どこでも良い。 どこか、広い場所だ。 全体が見渡せるような、広い場所だ。 可能な限り、でかく空が見える場所に……。
想像した瞬間、妄想した瞬間、俺とエレナはテレポートをする。 目の前の光景が一瞬で変わり、そこに居たのは大量のゾンビだ。
「運動場……か」
その中央に、どうやらテレポートをしたようだ。 エレナは顔を上げて辺りを見回したあと、再び俺の胸へと顔を埋めた。 そのまま、ぽつぽつと小さな声で言葉を紡ぎ始める。
「わたくし、幸せでした。 ゾンビに食べられるのは嫌ですが……陽夢様の腕の中で死ねるのならば、問題ありません。 陽夢様、最後に……ひとつ」
そんな死に際とも言える言葉をエレナは言うと、顔を上げて最後に言った。
「玉ねぎを食べられず、申し訳ありません……」
「……最後の言葉、それで良いのか」
心配になってくる。 せめて、映画らしく告白とかしておけよ……。 まぁ、俺は聞かないけどな。 さて、問題だ。 正真正銘、最後の問題。
この妄獣は、三匹が積み重なって形成されている。 ひとつはゾンビ、ひとつは舞台、ひとつは状況だ。 そして、エレナ曰く精巧に嵌っているそれは、精密機械と同様とのこと。 ひとつを崩すことができれば、全てが崩れる。
ならば。
その逆も、然り。 ひとつの妄想が目的を果たせば、全てが終わるのだ。 だからこそ、常識的な方法で俺は終わらせる。 王道と言った方が正しいかな。
「エレナ」
「……はい、なんでしょう?」
俺は言う。 この状況を妄想した、エレナに向けて。 死ぬほど恥ずかしいが……もう、そんなことは言っていられない。 それに人生初告白は、人狼の世界でクレアにしちゃってるしな。 俺はあれをカウントしていないのに、クレアは一カウントだと言い張るんだ。 だから、今更な話なんだよ。
「俺は、エレナのことが好きだ。 だから、結婚しよう」
「よ、陽夢様ッ!? い、一体こんなときに何を……。 わ、わたくしは、その、え、ええっと……実は、ですね……」
……やっぱり真面目に捉えたか。 あとで謝らないとな。
なんて思いながら、俺は続ける。
「答えを聞かせてもらっても、良いか?」
「そ、その申し出はとても、とても身に余る光栄です。 ですが、わたくしは……!」
「エレナがなんだろうと、関係ないだろ。 最後に伝えたかったんだよ」
改めて言っておくが、これは演技である。 エレナはどうやら本気だと捉えている慌てっぷりだが……。 というか、エレナは一体何を言おうとしているんだ? 実は、実は……男ですとか言わないよな、さすがに。
不審に思うも、エレナは俺の言葉を聞き、ようやく口を開く。
「……はい」
その瞬間だった。 ドス黒い雲が広がっていた空から、光が差し込む。 まるで、映画のハッピーエンドのように。
これが、ひとつの目的の達成だ。 ゾンビたちは陽の光を浴び石となり、やがて粉々に砕け散る。 そしてそれらは光となり、天へと登っていく。
俺が達成したのは、エレナが生み出した状況の妄獣だ。 絶体絶命の危機に、告白した二人が結ばれ、そして奇跡が起きる。 それが考え得る最高の形で、最高の終わり方。
やがて光は次第に大きくなっていき、俺とエレナを包み込む。 次に目を開けると、世界が崩れる前に俺とエレナが居た場所だった。
辺りの暗さを見た限りでは……あの瞬間から、時間は動いていなさそうだな。 エレナが隔離世界と言っていたのは本当のようだ。 さて、これでようやく家へ帰れる……と思いたいところだが、問題がひとつ。
「うふ、うふふ。 ふふ、陽夢様。 ふふ……陽夢様」
俺に寄り添い、これでもかというくらいに上機嫌なエレナにどう真実を伝えるか。
……ゾンビ倒すよりも難しそうだ。