行き着いたのはショッピングモールだった。
「おいおいおい、多すぎだろ。 てか、急に人気がなくなったのはなんでだ!?」
「お、恐らくは舞台が整っている妄獣です! 先日のテロリストの場合と同様、一体の生物ではなく、この舞台そのものが妄獣なのです!」
俺はエレナの手を引きながら、街中を逃げまわっていた。 見た目的に言えば、世界の色が変わった風に思えるな。 例えて言うならば、あの異能の世界のような感じか。 先ほどまでは賑わっていた露店街も、大通りも、今では一人も歩いていない。 それどころか、ゾンビが徘徊している。
「……陽夢様、わたくし、実はホラーが苦手でして」
「おう気が合うな。 俺もだ」
もっと言えば、ゾンビがもっとも苦手だ。 だって気持ち悪いから。 マジで、触るとか倒すとか絶対にムリ。 見ているだけでも鳥肌が立つ。
「あ、あ……アアあ」
と、噂をすればなんとやら。 ゾンビは目の前で奇妙な声をあげている。 というかこいつどっから湧いてきた!?
「うわぁ!?」
「よ、陽夢様!? わ、わたくしを盾にしないでください!! や、やめてくださいっ!!」
エレナの肩を掴んで前へやったところ、そう泣きそうな顔で言われてしまった。 だって仕方ないだろ……怖いし。
「いやっ! よ、陽夢さまぁ!!」
「あーもううるせえな! しっかり掴まってろ!!」
泣き叫ぶエレナをそのままゾンビの餌食にしても良かったのだが、この分だと夜な夜な枕元に現れそうだ。 それはそれで大変なホラーになりそうで嫌なので、俺は渋々エレナの体を抱き抱える。 そして、建物の上を目指して飛んだ。 当然、俺の力を使って。 捕まえられたらどうなるかとか、考えたくないな……。 きっと、ゾンビ映画のように食われるのだろう。
……吐き気がしてきたよ、俺は。
「きゃ! よ、陽夢様……ありがとうございます」
「盾にした俺に言うのか、それ……」
ともあれ、無事にビルの屋上へと着地。 この魔法とやらは本当に便利だな……。 幅広く応用が効くってのは、それだけでチートみたいなもんだ。 ぶっちゃけた話、今ならきっとクレアにでも勝てる気がする。 あくまでも気がするというだけで、勝てない可能性も大いにあるのがあいつの恐ろしいところだ。
なんて情けないことを考えながら、ビルの屋上から街並みを見渡す。 至るところで影が蠢いており、その数はとてもじゃないが数えきれるレベルを超えている。 あれが全部妄獣って……マジかよ。 というか、さすがに規模が半端ないな。 あのテロリストの妄獣でさえ学校一棟だったというのに、この妄獣はどうやら街全体が範囲なのか? そう考えると、規模的には何十倍もありそうだ。
「エレナ、これってあれか? この前言ってた、Sランクの妄獣って」
「……いいえ、確かに全体の規模で見れば、その程度の妄獣にはなると思います。 ですが、陽夢様……これは、一匹の妄獣ではないようですね」
……一匹の妄獣ではない? どういうことだ、それは。
そんな疑問を晴らすように、エレナは続ける。 その顔には、冷や汗のようなものが伝っていた。 少なくとも、事態は思ったよりも面倒ということか。 テロリストよりも確実に格上だということか。
「少なくとも三匹、今回のこの現象には関わっています。 一匹は、このゾンビたち。 二匹目が、この荒れ果ててしまった街という舞台。 そして三匹目が、陽夢様とわたくしが二人っきりで逃げているという状況です」
「ちょっと待て。 一匹目と二匹目は分かる。 誰かが妄想したってことだろ? けど、三匹目はおかしくないか? ヒロインと二人でサバイバルって妄想をした奴が居たとして、どうして俺とエレナがそれに巻き込まれている? 普通なら、その妄想した奴がその状態になるだろ?」
そりゃそうだ。 現に巻き込まれているのはその当人ではなく、俺たちだ。 その妄想をした奴が俺たちのことを知っていて、更に俺とエレナがゾンビに追われて逃げる妄想をした……というのは少し考えづらい。 大体、俺のことをこの世界で知っている奴なんて数人だ。 それなのに、これが起きているってのはどういうことだ。
が、俺の言葉にエレナは俺に顔を向ける。 その目には、少し涙が溜まっていた。
「ですからっ! ですから……その、ですね。 最後の、妄獣は……わたくしの、妄想です」
顔を真っ赤に染め、エレナはそう言った。 他でもない、自分自身の妄想だと。
「……そういうことかよ。 頭痛くなってきた」
最悪だ。 というか、エレナは一体何を妄想しているんだ。 まぁ仕方ない……なってしまったものをどうこう言うのはただの無駄な時間に過ぎない。 俺が今やるべきことは、この状況をどうするかということだ。
そうなると、問題なのはどうやって抜け出すかってことだよな。 下には大量のゾンビたち、そしてそれらは時間が経つにつれてどんどん量が増えている。 ビルの入り口が破られ、ここにあいつらが辿り着くのも時間の問題だ。
「も、申し訳ありません……。 前までなら、この程度の妄想なら妄獣になることもなかったのです。 何かが切っ掛けで、世界のバランスが傾いているとかし思えません……」
「もう良いよ。 なってしまったものは仕方ない、後ろを見るより前を見ろ。 つうわけでこれ……どうすっか」
俺が言うも、エレナは尚申し訳なさそうに頭を下げる。 それをチラリと見て、溜め息が出る。 こいつ、微妙に頼りになるときは頼りになるのに、そうじゃないときが全然駄目だな……。 別にそれを悪いことだとは言わないけど。
「エレナ、謝るのはあとで良い。 そのときは俺もしっかり聞くから。 今は先に、それよりもするべきことだ。 分かるか?」
「は、はい。 するべきこと……ですね」
エレナはようやく落ち着いたのか、息を短く吐き、街中を見つめる。 そして、やがて口を開いた。
「陽夢様、この妄獣は……言わば、精密に組み立てられた機械のようなものです。 ひとつひとつが限りなくバランスよく配置され、重なっています」
舞台を作り出している妄獣、大量のゾンビの群れの妄獣、そして……エレナが作ってしまった、俺と二人っきりでサバイバルをするという妄獣だ。 その三匹が関わっている所為で、ここまで大規模な妄獣となっている。
「舞台が作られているおかげで、ここは隔離空間のようになっています。 影響を受けるのがわたくしたちだけ……というのが、せめてもの救いですね」
「俺は巻き込まれたけどな」
「う……陽夢様、意地悪です」
「冗談だよ。 それで? これを終わらせるにはどうすれば良いんだ?」
涙目になっているエレナに尋ねると、エレナは「はい」と言い、続きを口にする。 顔も雰囲気も、その瞬間にガラリと変わった。
「先ほども言いましたように、この妄獣たちは言わば精密機械です。 パーツがひとつでも欠損すれば、その機能は停止致します」
なるほど。 つまりこの場合は……状況と舞台、そしてモンスターという三つの妄獣が組み立てられているわけだ。
ひとつ目の状況は、形のない妄獣だから……消すためには、エレナが望んだ結末になる、というのがもっとも早い。
「エレナ、エレナの妄想だとさ、これの結末はどうなる?」
「わ、わたくしのですか? それは、その……少し、お言葉で表すのはお恥ずかしいです」
「……聞かないでおく」
というわけで、状況はどうしようもない。 だとすると次の舞台、だな。
なんて考えを移行させたとき、エレナが俺に向けて言う。
「時に陽夢様、陽夢様は……子供には、どんな名前を付けたいですか?」
「おいなんで続きを言った!? 俺、敢えて聞かなかったのに!!」
しかも予想以上だったよ! 俺はてっきり、あったとしても結婚までだと思っていたのに、エレナが言ったのはそれよりあとのことじゃねえか! 怖くなってきたぞなんか!?
「も、申し訳ありません……」
エレナは恥ずかしそうに視線を逸らす。 それを見て俺もなんだか恥ずかしくなりながら、続きを考える。
……エレナが言ったことの続きではなく、妄獣についての続きだ。 勘違いするなよ。
「状況は却下だな。 で、次は……舞台だ」
舞台もまた、誰かの妄想でこうなっていると思われる。 エレナの妄想と、舞台の妄想、そしてゾンビの妄想だ。 ひとつひとつはそれほど強い妄獣ではないが、それが組み合わさって巨大化してしまっている。 エレナの妄想に関しては、先ほどの理由から却下であるから。
「待てよ。 舞台ってのはさ、要するに「廃れてしまった街」という妄想だよな? なら、ある意味で妄想はもう叶っているんじゃないか?」
「いいえ、多少異なります。 妄想内容は恐らく「廃れてしまった街で生き延びる」というものでしょう。 ですので、わたくしたちが生き延びればそれは消えてなくなります」
生き延びれば、か。 問題なのはその時間だな。 一日なのか、一週間なのか、一ヶ月なのか。 それとも――――数年か。
当然、そんな余裕はない。 この隔離世界に居る以上は管理者たちから手出しはされないと思うけど、俺とエレナがそれでは目的を果たせない。 世界を救うこと、そしてエレナを救うこと。 それを果たさなければ、意味はない。
「だったらやっぱり、最後だな。 あのゾンビを倒すしかない」
「はい。 わたくしもたった今、同じ結論に辿り着きました。 ですが陽夢様、これでは……」
ああ、そうだ。 問題は、この中のどれが妄獣の本体なのかだ。 それを倒さなければ、この湧き出るような数のゾンビを全て倒さなければならない。 そんなのは勿論体力がもたねえ。 俺が持っているという魔力だって、尽きない保証もない。
「難しそうだな……。 この隔離世界も結構広そうだし、とりあえずはゾンビが居なさそうな場所まで行くか」
「ええ、分かりました。 しかし陽夢様、わたくしの勘違いだったらあれなのですが」
エレナは言うと、真下を指さす。 そこには変わらず、大量のゾンビが……あれ、数が減ってるのか? うじゃうじゃ居たゾンビたちが、今では数えられるほどまで減っている。 というか、あいつらは何をしている? ビルに歩きながら向かっていって、数はどんどん減っていって。
「……ゾンビたち、入ってきていませんか?」
半ば青ざめたような笑い方をするエレナ。 そして。
「あ、あ。 あア、あ」
「うわぁあああああ!!」
「よ、陽夢様っ!? で、ですからわたくしを盾にしないでくださいっ!! 怖いですっ!!」
前途多難な妄獣退治である。 だって仕方ないだろ……怖いんだもん。
「もう盾にしないと仰ってましたのに……うう」
結局またしても能力を使うことになり、今度移動してきた場所は離れた場所にあったショッピングモールだ。 巨大なそれは、ゾンビ映画に持ってこいと言わんばかり。
「泣くなよ……。 最後は助けたんだから、結果オーライってことで。 な?」
「わたくし死ぬ思いだったんですよ!? こ、怖いのは苦手なんです……。 ホラー映画も、わたくし見ると朝まで寝れないくらいで……」
だったら見るなよ。 まぁけどそれでも見たくなるのがホラーの怖いところだよな。 むしろ、だからこそホラーという分類なのかもしれない。 俺、今ちょっと面白いこと言ったからな。 クレアの病気が移っただけかもしれないが。
「ごめんごめん。 次はもうちょっと遠い位置で盾にするよ」
「陽夢様ぁ……」
涙に濡れた顔で、エレナは俺の服を掴みながら訴える。 実にいじめ甲斐がある奴だな……。 西園寺さんやクレア、柊木とはまた違ったタイプだ。 クレアの場合なんて、俺が何か言ったり何かしようものなら、即病院送りにされかねないからな。 その点、このエレナは随分といじり甲斐がある。
……でもどちらかと言うと、可哀想だという感情の方が大きくなりそう。 自然と守ってやりたいと思わせるような弱々しさがあるんだよな、エレナには。
「冗談だって。 それより、なんか使えそうな物を探そう。 俺も力は節約したいし、そうするべきだろ?」
「……はい」
エレナは酷く落ち込んでいる。 どうすれば機嫌を直してくれるのか、そう思いながらエレナの手を握って歩き出したところ、エレナの機嫌はたちまち直るのだった。