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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
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街中はとあるモノで溢れ返った。

陽夢(ようむ)様、今日はどうされますか?」


「今日? 今日は、うーん……寝る」


「うふふ、そうですか。 では、わたくしもご一緒致します」


言いながら、エレナは俺の入っていた布団に潜り込んでくる。 若干慣れてしまったその光景に苦笑いしつつ、俺はエレナの物となってしまった布団から這い出た。 こいつ、相変わらず朝起きると布団に潜り込んでいるんだよな……猫みたいな奴だ。 というか約束が守られていないというのはどういうことだ。


「あれ……寝るのではないのですか?」


「あ、ああ。 気が変わったんだ。 今日は本を読むことにした」


確実に寝れないからな。 落ち着いて寝れないのは分かり切っていることだ。 だから俺はエレナの問いにそう返し、エレナが持っている適当な本を手に取って座り込む。


正直に言って、敵の動向が分からない以上は下手に動けない。 なので、こうして毎日は暇だというわけだ。 今日みたいに、することがなくて何をしようか、といった感じの話をするのは既に珍しいことではなくなっている。


「そうですか。 では、わたくしもお供します」


普通なら、他の暇潰しを探そうとする場面でも、エレナは何故か俺と同じ行動を取る。 この世界にある小難しい魔法関係の本を読んでいるときも、横でずっと一緒になって見ていたり。


俺がご飯を作ろうとキッチンに立っていると、何かお手伝いできることはないか、みたいな顔で俺のことを見て来たり。


最初の頃なんて、風呂にすら一緒に入ろうとしてきたくらいだ。 どうやらエレナは風呂が苦手みたいで、濡れるのが嫌らしく、だから一緒に入って欲しいとのことである。


……当然断ったからな。 当たり前だ、そんなの。 エレナが妹だったとしても嫌なのに、ついこの間まで見ず知らずの他人だった奴と風呂に入れるほど、俺は肝が据わっていない。


「あ! そう言えば、そろそろ冷蔵庫の中の食材が切れてしまいそうでしたよね?」


「ん、あー。 そういやそうだっけ」


確か残りは、野菜が少しと缶詰がひとつか二つくらいだ。 それだけでも今日はなんとかなりそうだけど。


「わたくし、食材の調達に行って参ります。 陽夢様はどうされますか?」


「……俺が傍に居ないと大変だろ。 魔力だってそうだし、敵が来るかも知れないし。 だから、一緒に行くよ」


「うふふ、ありがとうございますっ!」


言いながら、エレナは俺に抱き着く。 こういうスキンシップに慣れてきてしまっている自分が嫌になりそうだ。 良くも悪くも、エレナはじゃれ合うのが大好きな奴なのである。


「良いから行くぞ。 早く準備しちゃえ」


俺の言葉ににっこりと笑って「分かりました」とエレナは言い、支度を始めるのだった。




「ところでさ、エレナは俺のことを見てたって言ってたよな?」


「ええ、まぁ」


食材の調達は、エレナが住んでいるアパートから徒歩数分のスーパーだ。 スーパーと言ってもその規模はかなり巨大で、高層ビルのようなでかい建物に、階層ごとに様々な食材が分類され、並べられている。 そんなスーパーとも言えないある種、巨大倉庫とも呼べるスーパーの中を歩きながら、俺はエレナに問う。


「それにも魔法ってのを使うのか? 別世界のことを見れる魔法なんて、相当凄そうだけど」


「そうですかね? 一度行ったことがある世界や、一度お会いした人のことならば、魔法で見るのは簡単ですよ。 わたくしの場合は通常使えるのは探索魔法だけなので、少し準備や時間も必要ですが」


ふうん、一度行ったことがあるか、一度会ったことがある人ならばって感じか。 俺はエレナと会ったのは最近のことだから、エレナは以前一度俺たちの世界に来たことがあるのだろうか? そう考えるのが自然で、妥当だな。


しっかし、魔法ねぇ……エレナの魔法は一度見たことがあるけれど、リリアがたまに見せてくるアニメだとかの演出そのままだったな。 どういう原理なのか、すげえ知りたい。 知りたいけど、理解できないだろうなぁ。


「うふふ。 陽夢様が今考えているのは「魔法とはどういう原理か」でしょうか?」


「……どうして分かった? 魔法か?」


口元を手で覆い、エレナは言う。 もしもエレナがそんな魔法を使えるのなら、俺は常に心を無にせねばならない。 それは避けたい事態だが……。


「いいえ。 そのような顔をしておりましたよ、陽夢様」


……そうですか。 そこまで分かりやすいか? 西園寺(さいおんじ)さんやクレアも似たようなことを良く言うし……。 気を付けようと思っても、こればっかりはな。 良い意味で、表現豊かだと捉えておくか。


「なら聞くけど、どういう原理なんだ? そもそも原理なんてあるのか?」


「原理というよりかは、概念ですね。 人が人であると認識するように、犬は犬、猫は猫と捉えるように、魔法もまた魔法なのです。 この世界ではあるのが常識で、陽夢様の世界ではないのが常識……とでも言えば良いですかね? 小難しい話ですが、この世界の人間の体と陽夢様の世界の人間は、その体の作りから多少異なると言っても過言ではありません」


「あるのが当たり前、か。 なるほど、だから俺がいくらそれを理解しようと、ないのが当たり前の世界では使えないってことだな」


というか、さ。 その言い方だと俺は……変わっていってしまっているのか? 作りが違うのに、俺はこの世界で魔力を持っている扱いになっているってことだよな? ってことはなんだ。 俺は変わってしまっているのか?


「そういうことです。 それに、この世界の魔法は妄想が深く関わっていますしね。 妄想でイメージしたものを作り出すのをお手伝いしているのが、この前言いました魔力というものです。 魔力にはそれぞれ個人差がありまして、陽夢様の場合はそれが膨大というわけです」


エレナは言いながら、パイナップルを買い物カゴに入れる。 何を作る気なのかは分からないが、とりあえず不要な気しかしなかったので、俺は黙ってそれを元の場所へと戻した。 エレナはそれを見て、少々不満そうな顔をしたあと、俺に笑顔を向けて言う。


「言ってしまえば、陽夢様は妄想力豊かな方なのです!」


「褒められてる気が全くしないな、それ」


むしろ馬鹿にされている気さえしてくる。 してないよね? 大丈夫だよね?


「うふふ、陽夢様の世界ではそうかもしれませんね。 ですが、わたくしたちの世界では褒め言葉ですよ。 妄想ができる、それを魔力によって生み出せる。 これが出来るのは、努力だけではどうにもならないことですから。 言ってしまえば、才能がなければ不可能なのです。 陽夢様は才能があるお方ですよ」


才能……ねぇ。 俺ってもしかして、こっちの世界向きの人間だったりするのか……。 生まれてくる世界を間違えたとは、このことで間違いないな。


そんなことを考えながら、玉ねぎをカゴへと入れる。 俺の頭の中では既にカレーを作ることとなっており、そのための玉ねぎなのだが。


「……」


エレナが、それをなんとも言えない目で見つめている。


「嫌いなのか? 玉ねぎ」


「あ、いえ……。 嫌いというよりかは、苦手なんです」


それ同じ意味だろと思いつつも、俺は容赦なく玉ねぎをカゴの中へ。 エレナは次に泣き出しそうな顔で俺を見てくる。 うるうるとした目で許しを請うような面持ちだ。


……駄目だ駄目だ。 そんな顔をされても、許すわけにはいかない。 好き嫌いはよくない。 食べ物の好き嫌いはな。 人の好き嫌いは別に良いけど。 ちなみに俺は博愛主義者だから、生まれてこの方、他人に酷い仕打ちをした試しがない。 そう思い込むことにしている。


「じゃあ、これ食えたら今日の夜は一緒の布団で寝てやる。 どうだ?」


「本当ですか!? はい、では……」


馬鹿だなこいつ。 そんな約束しなくても、エレナはいつも起きたら勝手に入ってきているというのに。 俺がいくら言っても、エレナ曰く「気付いたら横で寝ていまして」らしい。 俺にはもしかして、人を引き寄せる何かでもあったりするのかな。 元の世界だと、人が離れていく何かは持っていたと思うけど。 段々とエレナの扱い方が分かってきた今日このごろだ。


「で、何か他に食べたいのとかあるか? 言っても、金出すの俺じゃないけどさ」


「うふふ。 良いんですよ、陽夢様。 わたくしは、陽夢様のお作りする物ならばなんでも笑顔で頂く自信がありますので」


そうか。 なら今日はカレーを止めて玉ねぎフルコースにしてやろう。 普通の奴ならばここでそんな冗談を口にして場を和ませるのだろうが、俺は一度やると決めたらやるタイプ。 そう思い、玉ねぎを大量にカゴへと入れる。


ひとつ入れる度に、エレナの顔が少しずつ青ざめていく。 やべぇ、ちょっと楽しい。


「よ、陽夢様……そろそろ、別の食べ物も買いませんか? こ、このままでは玉ねぎづくしに……」


「良いじゃん。 俺が作る物ならなんでも笑顔で食べるんだろ?」


「……陽夢様、意地悪です。 わたくしが知っている陽夢様は、もっとお優しい方なのに……何か、悪い物でも食べてしまわれたのですか?」


いやいや、俺なんてこんな奴だよ。 エレナは一体どれほど俺を美化しているんだ。 それと、もしも悪い物を食べてこうなっているのだとしたら、真っ先に疑うのはエレナの手料理の所為だからな。


「良いから文句言うな。 エレナでも食べられるように作るからさ」


「それとこれとでは別問題ですよ……。 せめて、そのあとに良いことがあるのなら、わたくしも頑張れますが……」


「良いこと?」


どういう意味なのか俺は分からずに、エレナに問う。 すると、エレナは自らの銀髪をいじりながら、答える。


「たっ、例えば……ですね。 陽夢様がわたくしと一緒にお風呂に入ってくれる、とか……」


「絶対に嫌だからな!?」


なんだその例えばは!? どういう例えばだよ!? 俺はそんなの絶対に却下だ!!


「そ、そんなに嫌ですか? なら、仕方ないですが……」


「いや……そうじゃなくて。 いろいろマズイだろ、さすがにそれは。 頭を撫でてくれとかならまだ分かるけど」


「本当ですかっ!? それなら、それならわたくし、頑張ります!!」


エレナは一気に俺との距離を詰め、抱き着く勢いで言ってくる。


……エレナの中では、一緒に風呂に入ることと頭を撫でてもらうことが同レベルだったのか。


「そ、そうか。 なら、頑張れ」


そんなこんなで、今日の夕飯は玉ねぎという、ある意味では食材的なメニューになるのだった。 どんな意味でも食材だな……これ。




そして、その日の帰り道だ。


エレナと俺は仲良く……と言ったら語弊があるな。 エレナの魔力を絶やさないために、手を繋ぎながらアパートへと帰る。 横を歩いているエレナは終始笑顔で、鼻歌を歌いながらだ。


「ご機嫌だな、良いことあったか? 今日」


俺が知る限りでは、エレナにはこれから嫌いな玉ねぎを食べなければならないという試練が待ち構えている。 それ以外では特に良いことなんてのはなさそうなのに、エレナは上機嫌だ。 それが少し不自然に思い、俺は聞いた。


「ええ、ありました。 陽夢様が来られてから、毎日が良いことだらけです。 うふふ」


空いている右手で口を覆い、エレナは笑う。 そう正面から言われると、返事に困ってしまう。 やっぱり、こういう真っ直ぐな好意は苦手だ。 それはきっと、ここでも元の世界でも変わらない。 人から向けられる好意は、俺には少し痛すぎる。 苦しくて、つらいんだ。


「そりゃ良かった。 てかさ、なんかエレナって……」


どこかで、見覚えがあるんだよな。 そう口を開こうとしたそのときだった。


「陽夢様、お待ちください。 近くに妄獣が居ます」


「妄獣? 管理者のか?」


「いいえ、野良の妄獣です。 お気を付け――――――」


エレナが言おうとしたその瞬間、世界が崩れる。 まるでガラスが割れたときのように空間にヒビが入り、割れていく。 色は塗り替わり、辺りの空気は瞬時に重くなる。 まさに、世界が終わったかのような光景だった。 俺は言葉を何も出せずに、その成り行きを見届ける。


数秒、数十秒の間それは続いた。 崩れ去り、新しい世界が開けていく。 俺とエレナの周囲はまるで、別の世界になっていた。


そして。


「おいおい……エレナ、これって何匹居るんだ?」


「……数匹、ではなさそうですね。 数百匹……数千匹は、居るかと思われます」


目の前に居たのは、大量のゾンビだった。

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