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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
111/173

電車に乗って外を眺めた。 そこには忍者が走っていた。

「良かったのか、それで」


「ええ、勿論です。 陽夢(ようむ)様が選んでくれたので、これで良いんです。 文句など、言いようがありません」


エレナは言うと、先ほど食器屋で購入した箸を眺める。 きらきらした瞳で見入るように見ている姿を眺めていたら、わざわざ隣町まで出向いて買っただけはあるとも思えてしまうな。 歩いて約三十分の道のりではあったが、エレナは話すのが好きなのか、特に苦行ではない道のりだった。


それはそうと、俺たちみたいに店まで出向くというのは、この世界では珍しいとも聞いた。 なんでも、街の至る所にある案内ロボットを利用すれば、ものの数秒で目的の物は買えてしまうというのだ。 昨日の夜、エレナの家へと向かう途中で見かけた女性形ロボットはそういうことだったか。


ならば何故、こうして出向いているかと言うと……その件についてエレナは「ついでにしておきたいこともあったので」との理由を述べる。 そうしてそのついでが、俺たちが今向かっている展望台というわけだ。


「にしても、あそこに行ってどうするんだ?」


「うふふ。 当ててみてください」


エレナは両手を後ろへとやり、俺の数歩先を後ろ歩きで進む。 ちなみに、挑戦されると絶対に当てたくなる俺である。 俺に謎を問いかけるとは良い度胸だな……。 若干可愛らしい仕草だからといって、俺は油断なんてしないぞ。


「まず、昨日の今日でしたいこと。 考えられるのは……やっぱ、妄獣関係のことだよな」


「うふふ」


独り言にも、エレナは嬉しそうに笑う。 微笑むように俺のことを見ているその姿は本当に幸せそうで、そんなのに幸せを感じて大丈夫なのか、少し心配だ。 この先、もっと幸せなことはあるだろうに。


っと、余計な考えは止めよう。 今は、エレナの目的を考える。 妄獣関係というのは、恐らくそうだ。 そして、その場所は展望台。 ということは。


「あの展望台から、妄獣を探す」


「それで、答えは良いでしょうか?」


エレナは立ち止まったかと思うと、再び俺の横へやって来た。 そして顔を覗き込み、言う。


「いいや……違うな。 それなら、昨日の校舎でもできたことだ。 高さでいったら、同じくらいはあるしな。 なら、考えられるのは……」


考えろ。 エレナの目的と、あの場所で行うこと。 昨日の校舎ではできず、あの展望台でできること。 それは、俺が知っている知識では思いつかない。 だとすれば、俺が知らない知識が含まれているということだ。 つまり、俺の居た世界にはなくてこの世界にはある物。 そういう不思議な物だ。 この場合で言うと、それは……魔法か。


「あの展望台には、特殊な魔力源がある。 で、それを使ってエレナは妄獣……もしかして、管理者もか? そいつらの情報を得ることができる。 この世界では常識の魔法を使って。 どうだ?」


「……さすがです、恐れいりました。 陽夢様」


エレナは言うと、俺の左腕へと絡みつく。 誰にも見られない場所ならどんどん来いと年頃の男子である俺は思ったりするが、こうして外でそれをされるのは些か恥ずかしい。 この世界には俺が知っている奴なんて居ないのに、知り合いに会ったらとビクビクしている俺である。


「な、なぁ。 せめて外ではこういうの、止めないか? エレナも恥ずかしいだろ?」


と、出来る限りオブラートに包んで言うのだが、対するエレナは少し申し訳なさそうに言う。


「陽夢様がどうしてもと言うのなら、構いません。 ですが、あの展望台で魔法を使うには、わたくしもそれなりに補給をしないといけないので……」


「……そういうことか。 それさ、手っ取り早く補給する方法とかないのか? 俺とこうしてくっついてるよりも効率良い方法とか」


俺が言うと、エレナは腕は絡ませたまま、服を握り締めて言う。 なんだか、エレナの雰囲気が少し変わったようにも感じた。 まさに幸せいっぱいといった顔をしているエレナだが、その表情に少しだけ焦りのようなものも混じっていたのだ。


「……あるには、あります」


「本当か!? なら、そうしよう。 あ、別にエレナとこうするのが嫌ってわけじゃないからな?」


エレナの性格からして、落ち込みそうな部分はしっかりフォローする。 なんか良い具合にエレナ好みにされている気がしなくもないな。 まぁ……協力すると言った以上は、俺も最善は尽くすべきではあるが。


「わ、わ、わわっ! わわわわたくしは! そ、そのですね……よ、陽夢様がどうしてもと仰るのなら、か、構いませんがっ!」


「……どうしてそんなに顔を逸らす? 一応聞くけど、その方法って」


俺が恐る恐る尋ねると、エレナは手で俺を呼ぶ。 どうやら、耳を近くに持ってきてくれとの合図だ。 なんだか、嫌な予感がしてきたけど。


「……せ、性行為です」


「俺もう帰るッ!! 帰るからな!? あのアパートでもう寝る!!」


「お、お待ちください陽夢様っ! そ、そのような方法もあるというだけです! わ、わたくしもさすがにそれは顔から火が出る思いですので……」


いやいやいやいや、そういう問題じゃないだろ! それを言ったことがまず間違いだろ! 確かにさ、確かに聞いたのは俺かも知れないけどさ、それでもそんなことを言うんじゃねぇ!!


「ま、まさかそんなことをするつもりもありません! 大丈夫です! こうやって、近くに居るだけで大丈夫です!」


「……わ、分かったよ。 それだけなら、まぁ……良いけど」


なんだこの空気。 すっげえ気まずい。 結局こうなるのか……。 やっぱり俺、帰りたいよ。 すんげえ帰りたいよ。


「……行きましょうか」


「……ああ」


それからは殆ど無言で、俺とエレナは展望台へと向かうのだった。




「もう、人は居ないようですね」


「だな。 あまり人が来る場所じゃないのか?」


俺とエレナは、展望台の最上階へと来ていた。 高台に設置され、それから更に数十メートルほどもある展望台からは、街中の景色が一望できる。 発展した街を一度に見渡せるここからの景色は、壮観だ。


「ええ、昔は賑わっていたのですが、魔法が浸透するに連れて、ここに来る必要もありませんから。 人類が編み出した物の殆どは、魔法で賄えてしまうのです」


ふうん。 なら、展望台から見える景色ってのも魔法を使えば見えるってことか。 そりゃ、確かにわざわざここまで歩いてくる必要もないな。 寂れてしまうのも、もっともだ。


「ですが、わたくしの魔法はあまり見られたくはないので好都合ではあります。 探索魔法は基本的に、公に使うものではないですからね」


「いろいろな種類があるんだな、魔法って」


「そうなんです。 わたくしは基本的に、魔法で妄獣と戦っていますから。 とは言いましても、わたくしに使えるのはこの魔法のみです」


まぁ、それもそうか。 まさかクッキーを作り出すだけの妄想で戦えるとは思えないからな……。 お世辞なりにも、身体能力も高いとは言えないし。 何か裏があるとは思っていたが、そういうことか。


「では、始めましょう」


エレナは言うと、展望台の中を歩き始める。 数歩歩くごとに、空間に手を入れ、そこから紙のようなものを取り出した。 あれは……空間保管庫か。 こんなところにも、エレナはしっかり用意しているんだな。


そして、それを一周回るまで続け、やがて展望台の内部には円状に紙が敷かれる。 その紙の位置をエレナは確認し、丁度歩き始めたその位置で、エレナは足を止めた。


「古の景色、空の景色、大地の景色。 其の者の居場所を示せ。 天の声に従い、想像する。 数は十、気は正悪、物思う人々を突き止めろ!!」


言葉と共に、エレナは空間から地図を取り出した。 見た限り、この辺りの地図だ。 そしてその地図は広がり、展望台を中から覆うほどに巨大化する。


次に起きた現象は、紙の浮遊。 床に置かれた紙は意思を持ったかのように浮き上がり、展望台を覆った地図に張り付いていく。


「居ましたね。 全ての紙が張り付いたということは、すぐ近くには居ないということです」


「すげえな……。 この紙が張り付いた場所に、そいつらが居るってことか」


「はい、その通りです」


言われ、俺は地図を見る。 一番近い場所でも、ここからは数十キロは離れているな。 一番遠いのだと……百キロ以上は離れていそうだ。


「近くに居た場合は、どうなるんだ?」


俺は歩きながらその地図を眺め、エレナに問う。 エレナは俺のすぐ後ろを付いて来ており、俺の質問にすぐさま答えた。


「近くに居た場合は、張り付いた紙はすぐに燃えます。 その範囲は、およそ数百メートルですね。 ですので、定期的にこの場所を訪れれば、まず不意打ちを食らうこともないでしょう」


「なるほど。 けど、逆探知の可能性は? この魔法ってのは、魔力を使うんだろ? それなら、その魔力の動きを探られる可能性とかはないのか?」


その質問に、エレナは一瞬だけ息を呑む顔をする。 変なことを言ったのか? なんて思ったが、どうやらそれは違ったようで、エレナは数秒そうしたあとに、口を開いた。


「驚きました。 そこまでの原理を理解しているとは、正直思いませんでした。 陽夢様、陽夢様が仰るように、逆探知は可能です。 ですが、その範囲も精々一キロほどが限界かと思います。 手練の妄想者が強力な妄獣を従えているという、物凄く低い確率があった場合は別ですが」


……そういうことか。 それで、手練の妄想者に強力な妄獣、ね。 ってことはなんだ、つまり、俺が今発見した光景は……その通りってわけか。


「エレナ、要するにあれがそれってわけか」


俺は言いながら、地図の一点を指さす。 すぐにエレナはそこへ視線を向けると、口を覆って答えた。


「……はい、そうです。 陽夢様、逃げましょう!!」


俺が指さしたその先。 そこには、先ほどは数十キロ離れていた奴の紙が張られている。 だが、それは燃えていた。 つまり、俺とエレナがした数十秒の会話の間に、そこからこの近くまで移動してきたというわけだ。 魔力の逆探知を行い、数十キロの距離を一瞬で埋めたのだ。


「掴まっとけ。 万が一の場合、とりあえずエレナだけでも逃げろ。 分かったか?」


「嫌です。 陽夢様、約束したではないですか。 わたくしの命は、陽夢様と一緒だと」


「……だったっけか。 なら、魔法で援護を頼む。 今のうちに、俺からたっぷり魔力もらっとけ」


「はい。 最初から、そのつもりでございます」


エレナは言い、俺の背中に飛び乗る。 クレアほどはありそうな体だが、クレアのそれよりも余程軽い。 なんてあいつの前で言ったら、殴られそうな言い方だ。 しかし、事実なんだ。 数十秒も乗られていたら、それに慣れて乗られているのか乗られていないのか、分からなくなってしまうほどの体重しか、エレナにはないんだ。


だからこそ、俺はエレナの片手を掴む。 俺の首に回した、冷たい手を。 気付いたら振り落とされていたとなっては、さすがに笑えない。


「走るぞ、エレナ」


妄想する。 想像する。 身体能力の強化を。 この展望台の最上階までは、一本道だ。 人が来なくなった所為でエレベーターは止められていて、あるのは螺旋状の階段のみ。 敵が来るとしたら、恐らくはここから……。


そこまで、想像したときだった。


「貴様らだな、探知魔術を使用したのは。 見たところ、ただの魔法師と……むむ、貴様は何者だ?」


背後から、声がした。


「っ!」


慌てて振り返るも、その姿はない。 どこへ行った……? それとも、声だけを飛ばしてきた? どういうことだ。


「どの道、我らの敵か。 さて、どうするかな?」


今度は、上からだ。 俺は咄嗟に、そこへ視線を移す。 すると、天井に逆立ちをするように、男が居た。 その姿はまるで……忍者、か?


「陽夢様……あれは、妄獣です。 この尋常ではない速度と、あの風貌。 間違いありません、あれは電車の忍者です」


「……電車の忍者?」


「ほう。 我を知るとは、つまりはそれに通じた者……ということか」


その忍者は足を離したと思うと、一回転をして俺の前へと降り立つ。 片足で立ち、顔には面を付けていた。


「誰しもが、する妄想です。 電車に乗ったとき、窓から外を見たとき……屋根の上を走る忍者。 それが、あの妄獣です」


「……こんな状況じゃなかったら、笑っちまいそうな話だな。 ってことは、もしかして」


「陽夢様の考える通りです。 あの忍者の速度は、電車や新幹線と同じ速度。 しかし、この世界でのそれらの速度は」


次に言い放たれたエレナの言葉を聞き、俺は一度唾を飲み込む。 エレナは、こう言ったのだ。


時速六百キロ。 それが、この世界の電車や新幹線の速度だ、と。 早さだけで言えば、昨日のエレクトナよりは遅い。 しかし、問題は。


「しかし妙だ。 貴様ら、探知魔術を使ったということは……我らの居場所を探ったということだな。 つまり……貴様らもまた、妄想を叶えようとしているということか」


それが、意思を持っているということだ。 意思を持っているということは、間違いなく俺を射止めてくる。 避けるのも不可能で、逃げるのも不可能だ。 ならば残された選択肢はひとつ。


戦うしか、ねえ。


「……む。 ふふ、どうやら許可が降りた。 今から貴様らは、敵と認識する」


男が言い終わった直後、その姿は消える。 ゼロから六百への加速、それに耐えうる体と脚力。 妄獣ってのは、とんでもねえなおい。


だけど、負けてはいられない。 こんなところで、負けるわけにはいかない。 まずは、想像だ。


俺は強く目を瞑り、想像する。 気配は、感じた。 忍者の男は俺に狙いを定め、距離を一瞬で詰めている。 攻撃が当たるまでの時間は、一秒にも満たない。 だったら、俺が想像するのは……!


そして目を開けた瞬間、俺とエレナは廃墟の中に居た。

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