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俺とルールと彼女  作者: 幽々
妄想の世界
108/173

そうして光は昇っていった。

まずは、攻撃の回避だ。


スキンヘッドの男は、一旦俺から距離を取っている。 部下に全て任せるつもりか、それともただの様子見か。 あいつにとって、俺は未知だ。 この世で一番恐ろしいことは、知らないという未知なのだ。


だからこそ、その選択は俺にとって最悪である。 あの男がどこまで強いのかが分からない以上、無闇に近づくことはできない。 いくら俺の妄想が強大な武器になるとは言っても、様々な妄想を一度にするのは不可能だ。 それに使用回数にも限度がある。 乱発はできない。 五分の制限も存在する。 さすがに強い力には制限もまた多いということか。


自分の力と、相手の力、戦力差、それらを理解しなければ、勝てる勝負でも負けることだってある。


なら、まずは攻撃を凌ぐことだ。 どの程度の力を持っているのか理解しながらだ。 そうして、少しずつ数を減らすべき。


「やれ」


スキンヘッドは言い、腕を降ろす。 直後、俺に向けられていた銃口が火を吹いた。


妄想しろ、想像しろ。 俺は、地を操る能力者だ。 その大地は俺の腕、その土は俺の体だ。 俺が思うように、揺れ動け。


「おらッ!!」


右手を地面へと叩きつける。 その次に起こった現象は、土の壁が作られるという超常現象。 そのまま土の密度を高め、圧縮する。 そしてそれを俺の周囲にそびえ立たせる。


土を圧縮させたときの強度は、想像を絶する。 生半可な武器では、それを崩すことはできない。 たった一メートルの壁ですら、要塞の如き防御性能を誇るのだ。


続いていた軽機関銃のやや低い音は、やがて止まった。 それを聞き、俺は土の壁を取り払う。


「終わりか? 次は、俺の番だ」


神経を集中させ、土の動きを操る。 地面から再び土は立ち上がり、細長く鋭利な刃物へ。 それを二本作成し、テロリストに向けて放つ。


避ける術も、防ぐ術もない。 二本の土槍は俺の右側に居た二人の男を串刺しとする。 刺された男たちは呻き声もあげることなく、光となって消えていく。


「……」


残されたテロリストは、この場に居る奴で六人。 次に動くのは……左か。


俺が視線を向けると、左側に居た三人は手榴弾を取り出した。 そしてそれを俺に向け、投げ付ける。


「なぁ、テロリストのリーダーさん。 こんな妄想、どうだろう」


俺がするのは、投げられた手榴弾の結果をイメージすることだ。 さぁ、始めよう。


テロリストたちは、未知の能力を使う高校生に二人がやられた。 しかし、テロリストたちも百戦錬磨の強者だ。 その異常事態にも動じずに、すぐに少年を囲んでいた男の内、三人が手榴弾を構え、投げつけた。


ピンが抜かれた手榴弾は放物線を描き、高校生目掛け飛んで行く。 だが、これはピンチではない。 むしろ、好機だ。


少年は飛んできた手榴弾を蹴り返したのだ。 常人では考えられない反射神経と、速度で。 その少年には、手榴弾が爆発する心配もない。 何故なら、どこをどう、どの程度の強さで蹴り返せば、爆発せずにそのまま相手のところへ戻るのか。 それを……理解していたからだ。


「ドンピシャだ」


手榴弾はそれぞれ、テロリストのもとで爆発する。 俺には当然、その破片が当たることもない。 全ては、想像の上だ。 妄想し、想像し、現実とする。 それこそがこの世界での俺の力。


「残りは三人。 行くぞ」


「貴様、何者だ? 魔法でもなければ妄獣でもない。 なのに、お前の力には種類がある……? あり得ない、管理者だとしてもあり得ない」


「知ってもどうしようもないだろ。 俺の力は、無限にあるんだからよ」


人の想像力は、無限の可能性を秘めている。 人は、これまでに想像してきた殆どのことを実現させたのだ。


空を飛びたい。 その強い想像が、飛行機を完成させた。


今では当然のように存在するインターネットも、人の想像力の象徴でもある。


電話だってそう。 衝撃的な発明には、いつだって人の想像力が絡んでいる。


そして、そんな妄想や想像から過程を抜かし、実現する力。 それがどれほど強力なものなのか、俺にもようやく分かってきた。 エレナが俺に頼んだ理由も、ようやくな。


「……仕方ない。 お前ら、あれを使えッ!」


スキンヘッドの男が言うと、左右に居た二人の付き添いは懐に腕を入れる。 そして、取り出したのは。


「なんだ、ありゃ」


妙な形をした銃だ。 拳銃のような姿ではあるが……その発射口から先に、輪っかのようなものが浮いている。 変な表現だとは自分でも思う。 しかし、浮いているのだ。 まるで、魔法のように。 見方によっては子供向けのオモチャのような外見。 だが……なんだか、普通ではないな。


「……これで終わりだ」


スキンヘッドの男は、腕を組み、目を瞑る。 勝ったつもりでいるってことかよ、その態度は。


「な、成瀬(なるせ)様っ!! 逃げてください!! その銃は、魔力増強型のエレクトナと呼ばれる最新銃です!!」


後ろから、エレナの声が聞こえる。 やけに慌てたその様子から、あの銃がヤバイ物だってことは少し伝わった。


「ほう、女? 二人も居たか、この場に」


男は一瞬だけエレナを見るも、興味をなくして再び目を瞑る。


にしても、魔力増強だと? どういうことだ。 魔法があるってのは聞いているが、俺が思ってたのは火を出したり電気を操ったり、そういう類の物かと思っていたが……銃に魔法を絡めて使えるってことか?


「防げないってことか!?」


「いいえ! そういうわけではないです! ですが、生身では確実に不可能なのですッ!!」


エレナの声を聞き、再度俺は顔を前へと向ける。 そこには、構えられたひとつの銃だ。 エレクトナ、魔法の銃。


「手遅れだ。 この銃は魔力によって速度、威力共に倍加する。 その速度は実銃の十倍だ。 到底、防げる物ではない」


直後、銃が光を帯びる。 実銃の十倍だと? ということは、秒速にして五千から八千メートルほどってことか? 俺とテロリストの距離からして、辿り着くまでの時間なんてあってないようなものじゃねえか。


「成瀬様っ!!」


真後ろで、エレナの声が聞こえる。 あいつ、隠れていろと言ったのに。 これじゃあ弾を避けられないじゃねえかよ。 まともに食らったとしても、そのまま俺の体を貫いてエレナにも命中する可能性もある。


ならば、俺に選べる答えはひとつ。


「撃て」


銃の光は、爆散する。 光と火花は弾け、銃口の先にある輪っかが、魔法陣を展開する。 それを受けた弾丸は、更に加速した。 一般的なスナイパーライフルの三倍ほどの速度で、弾丸は俺目掛けて飛んで行く。


「舐めんなよ」


数秒後。 爆散した光のなかで、俺はその弾丸を掴んでいた。 額から僅か数センチ、その場所で二つの弾丸を掴み、止めた。


「何を……何をした? その弾丸を止めるなんてことが」


「遅いんだよ、その銃じゃ俺には追いつけない。 俺の思考を超えたきゃ、あと十倍は早い銃を持ってくるんだな。 返すぞ、これ」


弾丸を握りしめ、スキンヘッドの男を見据える。 そして腕に力を込め、狙いを定め、撃ち抜く。 その弾丸は、全てを貫く弾丸だ。


「俺の勝ちだ」


「な、に?」


自分が撃ち抜かれたことさえ、気付かない。 その程度の速度を出すことは、容易いことだ。


「人の思考速度ってのは、光速なんだよ。 覚えとけ」


そうして、スキンヘッドの男は光になり、弾ける。 その瞬間、同様に全てのテロリストたちは消え去った。


「な、な、成瀬様ぁ!!」


「うおっと……危ないだろ」


エレナはその光景を見て、俺に抱き着いて来た。 気付いたのはそのときだ。 俺はそれを咄嗟に受け止めて、支える。 だが、その体重は驚くほどに軽かった。 先ほど一人目のテロリストと戦った際に抱えたときは、身体強化を先にしていたから気付かなかったが……。


まるで、体の中身が全てなくなっているんじゃないかと思ってしまうほどに、軽かったのだ。 中には空気しかないのではないかと思うほど、体重が存在していない。


「し、心配で心臓が止まってしまうかと思いましたよ! ですが、驚きました……あれを止めた人を見たのは、初めてです」


もう止まっているだろとツッコミたくもなるが、我慢だ我慢……。 さすがにそのツッコミは度を超えている。 言って良いことと悪いことがあるからな。 俺は基本的に言って良いことしか言わない主義だ。


「いや……ああは言ったけど、結構ギリギリだったから。 あと少し反応遅れてたら、当たってたよ」


俺は言いながら、自分の額を指さす。 本当にギリギリだった……というか、あそこまで早いとは想定外だった。 これで一番強い妄獣じゃないなんて、この世界はどうなっているんだよ……。 聞けばどうやら、この更に上の妄獣も居るんだろ? さすがに間違えたか……軽々しく約束してしまったのは。


「……成瀬様。 無茶は、お止め下さい。 もしも成瀬様の身に何かあったらと思うと、わたくしは」


「悪かった。 俺が死んだら、エレナも死ぬってことだからな。 気を付けるよ」


要するに、一心同体みたいなものだ。 俺からの魔力の補給が途絶えれば、エレナはすぐにでもその命が尽きてしまう。 無茶をするなというのも、もっともだ。


「違います! 成瀬様、わたくしが言いたいのはそういうことではありません。 わたくしは純粋に、成瀬様のことが心配で心配で堪らないのです。 分かって下さい、成瀬様」


俺はそう思って言ったのだが、対するエレナは俺の顔を真っ直ぐ見つめてそう言った。 言葉だけではなく、気持ちが篭っているのが伝わるような、そんな言い方で。


「……ごめん、俺が悪かった」


そう言うことくらいしか、できない。 そんな純粋に心配されたのも、好意を向けられたのも、初めてのことだったから。 こんなときになんて返せば良いのかが、分からない。


「いえ……わたくしの方こそ、守ってもらっている分際で申し訳ありません。 偉そうですよね、わたくし」


「んなことないって。 確かに口調とか、お嬢様っぽくはあるけど」


言ったあとに、また余計なことを言ったかも知れないと思った。 思ったことが思わず出てしまうのをまずは治したいな……。 妄想でなんとかなるものなのかね、これって。


しかし、エレナは特に気にした様子は見せず、笑う。 口元を手で隠し、上品に。


「申し上げていませんでしたっけ? わたくしは、この世界の支配者であると同時に、この国の王女でもあるのです。 正確に言いますと……元、王女となってしまいますが」


「……は? 王女? お前が?」


驚き俺が言うと、エレナはふと表情を曇らせる。 そして、口を開く。


「また、お前と……」


「……あー、悪い。 エレナ、だな。 いやてか……王女って」


この頼りにならなそうな奴が、王女……。 ないない、あり得ない。 支配者というのも半信半疑なのに、ましてやそれに加えて王女だなんて。 信じられるわけがない。


「本当ですよ。 わたくし、嘘だけは絶対に吐きません。 どんなことがあろうと、人を騙すような嘘だけは吐かないことにしているのです」


「そりゃ見上げた性格だな……。 俺とは大違いだ」


「そんなことありません! 成瀬様の方こそ、とても立派な性格をしておられます。 わたくしは、ずっと見ていたので知っています」


エレナは俺の服を掴み、必死の様子でそう言った。 何をそこまで必死になるのかが分からないが……とりあえず、俺を持ち上げてくれているということは、伝わった。 そこまで必死になられるとちょっと怖いんだけどな。


「わたくしは、そんな成瀬様が好きです。 成瀬様、見てください」


その「好き」というのは、人としてということくらい、なんとなく分かる。 けれど、異性にそう言われると妙な勘違いを起こしてしまいそうだ……。 天敵だよな、やっぱり。 異性よりもこの世に怖い物は存在しないと言っても良い。 その点、クレアなんかは男らしい性格だから助かるよ。


「ん?」


エレナは空を見上げる。 周りが校舎で覆われているここには、日の光が届かない。 今は、夕方だろうか? 別館がある中庭とも呼べるこの場所は全てが影で覆われている。


そんな若干暗い中、エレナは空を指さした。 その先にある空は赤く染まっていて、そして。


「なんだ、これ……。 すげえ」


その空に向かって行くように、光が煌めいていたのだ。 きらきらと、至るところでその光は発生し、天へと登っていく。 その光景は、幻想的で神秘的なものだ。 俺とエレナが光で覆われているかのような錯覚を受けるほど、その光は次第に強くなっていく。


「普段は、この時間では見られる光景ではないのです。 ですが、今回は場所がここだったので見えますね」


エレナの言葉を受けながら、俺は思わず口を開き、言う。


「……綺麗だ」


そんな素直な感想を。


今までに見たことがない美しさだった。 星空とも違う。 星空よりも更に輝いて、近くにあるんだ。 手を伸ばせば届くほど、近くに。 まるで、星空に覆われているようだ。


「妄獣が、居るべき場所へと帰っていくときにこの光は見えるんです。 ここは影で覆われているので、良く見えますね。 成瀬様、この光はなんの光だと思いますか?」


エレナは微笑みながら、空を見上げている。 きらきらと光に覆われている姿は、神秘的に見えた。


「……妄獣が死んだときに、出る光だろ?」


「いいえ、違います。 妄獣は所詮、人々の妄想の賜物なんです。 そしてこの光は、妄獣が正しきものに還るとき、発生するんです。 成瀬様、人の妄想はいつだって、正しいものです。 間違った妄想など、ひとつも存在しません」


エレナは続ける。 両手を広げ、光を集めるように。


「誰もが、正しいと思っているものです。 それを他人が否定することなんて、あってはなりません。 それぞれが想うように、自分の世界を作り出す。 それは自分自身が信じたもので、自分だけのものです。 わたくしは、そんな妄想を守りたい」


妄想だなんて、人が馬鹿にもしそうなことを大切だと言い切った。 そして、その言葉に偽りは一切感じられない。


「……そうだな。 エレナの言っていることは、正しいと思う。 誰にだって、自分の世界に浸る権利はある。 間違っちゃいないんだ、それは」


誰しもが持っている権利で。 誰しもが好きなように想像できて。 そして誰しもが一度はしたことがある。 そんな妄想が溢れているこの世界を、エレナは守りたいんだ。


それは正しく、真っ直ぐな想い。 その想いもまた、妄想の一部なのかもしれない。 それを人に嬉しそうに話すエレナは、凄い奴だ。


「決めた。 エレナ、俺はエレナの妄想に付き合いたい。 そういうやり方でも良いか? 俺の、目的は」


「うふふ。 成瀬様、妄想というのは自由のことです。 人に合わせるものではないですよ」


もっともだな。 けれど、言わせてもらおう。


「なら、俺の妄想がエレナと一緒でも文句はないだろ? 絶対に最後までやり遂げる。 だから終わるまで絶対に俺を元の世界に帰すな。 そんで、俺が居なくてもエレナが無事で居られるような状態になるまでだ」


「それは……。 ええ、そうですね。 成瀬様、ありがとうございます」


エレナはそのとき、俺の言葉に触れていなかった。 それで分かってしまったんだ、エレナの体力がもう戻らないことも、俺が離れたら……死んでしまうということも。 この世界に存在する問題を片付けたとしても、それはきっと変わらない。


だけど、さ。 そういう救いがある妄想をしたって、良いんじゃないのかな。


「俺は諦めないぞ。 やると言ったら、絶対にやる。 世界を救うついでだ、一人の命くらい、絶対に守ってやる」


「成瀬様……。 ええ、そうですね。 そうです。 分かりました、成瀬様」


エレナは俺の手を力強く、握った。 その手はやはり冷たかったが、どこかに熱が篭っているようにも感じた。 人形みたいな手なんかではなく、一人の暖かい手だ。


「わたくしも、成瀬様を信じます。 その妄想を信じます。 だから――――――――わたくしを助けて下さい」


ようやく、エレナはそう言ったんだ。 こいつは今の今まで、ずっと自分自身のことを考えていなかった。 世界を救ってくれだの、世界を助けてくれだの、そればかりで。


そんなエレナが、ようやく自分を助けてくれと、そう言ったんだ。 それに対する返事なんてものは、決まっている。


「おう。 任せろ」


こうして、妄想の世界は始まった。 妄想が、想像が全てを決める世界だ。 この世界での目標と、やるべきこと。 そして、やるべき妄想……だな。


一人の少女を助ける俺を、妄想し、想像しようか。

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