学校にテロリストが侵入した。 俺はそれを倒すことにした。
「時間がないので、簡単に説明します」
エレナは言い、俺がこの世界で持っているという力のことを説明する。 その妄想力……想像力というものだ。
「成瀬様の力は言わば、妄想を全て想像に変え、そしてそれを実現する力です。 妄想を実現する力と言えば、分かりやすいですね」
妄想を実現か。 聞こえは凄そうに思えるが、なんだか馬鹿にされている感が拭えない……。 俺、そこまで妄想に囚われていないと思うんだけどな。 確かに頭の中ではいろいろ考えちゃいるが。
「試しに、何かを妄想してみてください」
「分かった」
言われ、俺はイメージする。 妄想するは、心。 想像するは、エレナの心だ。 その気持ちを、心を想像しよう。 試しに……どうしよう。 その悩んだ一瞬、視界にふとエレナが入る。 エレナは俺の顔をじーっと見つめていた。 そうだな、俺のことが好きになる、とかどうだ? あ、ちょっとした下心が。
「……何か変わったか?」
恐る恐る、俺は聞く。 すると、エレナは首を傾げた。
「わたくし、ですか? いえ、特に変わったことはありませんが。 それよりも、わたくしを対象にしたのですか?」
「ああ、まぁ……そんな変なことじゃないけど。 でも、何も変化がないな」
結構変なことだったけどな。 さすがに「俺を好きになるようにした」とか言えないからな。 妄想ってのはそういうものである。 だから俺は間違っていない。 多分な、多分。
「それは妙ですね……。 普通、自分に対して敵対心を抱いていない相手になら、そのようなことも可能なのですが。 もしかすると、世界を渡ったばかりで力がまだ不安定なのかもしれません。 次は、物体を作る妄想をしてみてください」
ってことはなんだ。 俺に対して敵対心を抱いている奴には今みたいなのは効かないってことか。 そうだとすると、主に自分かエレナが今言ったように、物を作ったりってのがメインになりそうだな。
「分かった」
さて、次は物体か。 なら……。
「うおっ!」
次の瞬間、俺の手元には刀が握られていた。 本当に一瞬の出来事で、まだ断片ほどしか考えていなかったのに……こうもはっきりと、目的の物が出てくるんだな。
俺が想像したのは、あの異能の世界でクレアが持っていた日本刀だ。 形状や刀身、その重量なんてのは覚えていたけれど、ここまでしっかりと再現されるとは。
「素晴らしいです……。 やはり、成瀬様の妄想力は素晴らしいです!」
「……それ、褒めてるのか?」
貶しているよな。 確実に貶しているよな。 エレナがそう思っていなかったとしても、俺はそう感じるぞ。 そう言われて喜ぶ奴は居ないからな、覚えておけ。
「ですが、そうなると力は安定しているということですね。 妄想をしてから現実となる時間が、わたくしの予想を上回る速度ですし。 ……一体、先ほどは何を妄想したのですか?」
「いや……ちょっとな」
エレナの気持ちを想像する。 一旦忘れろ、と。 一瞬でも良いからそのことは気にするな、と。 またしても失敗に終わりそうだが、奇跡に賭けてだ。
「いえ、そのようなことを気にしている場合ではないですね。 成瀬様、行きましょう。 微力ながら、お力添えさせて頂きます」
……あれ? 上手く行ったのか? なんかおかしいな……さっきは成功しなかったのに。 ま、特に成功しなければいけない内容ではなかったし、別に良いか。 エレナはどうやら気にするのを止めたみたいだし、俺も気にするのは止めておこう。
「成瀬様、いくら成瀬様と言えど、絶対にできないこともあります」
が、上手い具合に忘れて歩き出したと思ったエレナは、巨大なガラス扉に手を添えて俺に向けて言う。
「例えば、人の死です。 目の前に居る人に死を与える妄想は現実とはなりません。 妄想で得た過程でそれをすることは可能ですが、直接的にそれを現実にすることはできません」
「ま、そりゃそうだ。 そこまでの力があったら、すぐに世界平和だしな」
「……先ほどは、わたくしの死を望んだわけじゃないですよね?」
泣きそうな声と、泣きそうな顔でエレナは言う。 本当に一瞬気にしていなかっただけだな……。 というか、妙な誤解をされている。
「それだけは絶対にない。 言っただろ、エレナに協力するって。 協力ってのは、一緒に最後まで目的を果たすことだ」
「……はい。 失礼なことを聞いて申し訳ありません。 では、成瀬様。 行きましょう」
エレナは言うと、俺に手を差し伸ばす。 何も手を繋ぐ必要があるのかは分からない。 だが、さすがに伸ばされた手を無視して行くなんてことは俺にはできない。 今後、目的を果たすまでは一緒なわけだしな……。 それで気まずい空気となったら、非常に面倒だ。
そんなことを思いながら、俺はエレナの手を掴む。 握った瞬間、俺は理解した。
……少しだけ汗ばんだ、エレナの冷たい手。 エレナは多分、怯えているんだ。 それなのに、俺を元の世界へ戻そうとした。 一人でやろうとしていた。 俺が居る今でも、怯えているというのに。
「エレナ、俺は誰だ」
「へ? それは、成瀬様です。 成瀬陽夢様ですが」
「だろ? エレナがとてつもない力を持ったと判断した、俺だ。 だからさ……自分のことは信用しとけ」
「……うふふ。 はい、ありがとうございます」
それと、ついでの確認をしておこう。
「さっきさ、言いかけたことってなんだ? 俺をこの世界へ連れてきて、エレナには殆ど力がないって話をしたときに、言っていたことの続き」
エレナはそれを聞くと、ゆっくりと話し始める。 俺に協力して欲しかった理由と、俺がこの世界に居る意味を。
「成瀬様には、決めて頂いてからお話をするつもりでした。 わたくしには、殆ど力がないというお話を。 どのくらいないかと言うと、ふふ。 成瀬様のお傍に居なければ、すぐにでもわたくしの命は絶えてしまうほどです」
自虐的に、エレナはそう言って笑った。 怖いはずだというのに、必死にそれを隠そうとしているように見えた。
……それよりも。 この馬鹿は一番重要なことを伏せていたのか。 俺が情に流されないように、配慮したっていうのか。 自分の死よりも、俺の意思を優先したのだ。
「成瀬様からは、とても強い力を感じます。 こうして手を繋いでいるだけでも、わたくしはとても楽になるのです。 ……あ、だからと言って、強制的にしてもらうつもりはありません。 成瀬様が嫌でしたら、離します。 お傍に居るだけでも、とても楽になるので」
「そうかよ。 そんなのは良いから行くぞ。 手、離すな」
「……はい!」
さてと。 それではとりあえず、最初の一手だ。 この学校を占拠しているテロリストとやらを蹴散らそう。 妄想らしく、格好良くな。
「……おいちょっと待て、あいつらの武装半端なくないか?」
「……それはそうです。 成瀬様、武装テロリストというのはそれ相応の武器を持っているんですよ」
いや、そりゃそうだろうけどさ。 軽機関銃ってなんだよ。 それに腰には手榴弾とか持っているし。 あれをマジで倒せっていうのか? 一気に帰りたくなってきた。 現実が現実感を持って襲ってくる。 ちなみに妄想の俺はもうテロリストを蹴散らし終えている時間である。 だいぶでかいタイムロスだなおい。
そんな会話をする俺たちだが、今は校舎内の廊下、その窓ガラスから人質が押し込められているという別館を観察している。
この校舎というのも、その階層は全十五階だ。 そして、そんな馬鹿でかい校舎から少し離れた位置に別館がある。 校舎自体は巨大な壁のように幅広く丸い形状をしており、その校舎に覆われるように設置されているのがあの別館だ。 当然、テロリストはそこを見張っている。
「その、あの」
「……どうした?」
「な、成瀬様。 少々、ですね。 体が密着してしまっているので、暑いというか……少し、恥ずかしいです」
こんなときに何を言っているんだエレナさん。 そりゃ確かに、廊下の窓から見えないようにしゃがみ込んで歩いている所為で、動く度に体はぶつかってしまうが。 それが嫌なら手を離してくれと切実に言いたい。
「少しの我慢だよ。 ところで、あの……妄獣、だったっけ? あれってのには強さみたいなのはあるのか?」
「……別に嫌と言うわけではないのですが。 あ、強さですか? はい、もちろんあります」
ごにょごにょと何かを言ったあと、エレナは顔を上げて続けた。
「今回のは、学校にテロリストが侵入するという妄想が妄獣になった結果です。 人々が一度はするであろうその妄想は、力もあります。 Aランクの妄獣ですね」
「Aランク……。 一番強いのがAなのか?」
「いいえ、それよりも上にはSランクが居ます。 一番下の妄獣はEランクで、Cランクの妄獣まではそこまで危害はないのです。 それが少し前から、あのようなAランクの妄獣が頻繁に出るようになってしまい……」
つまりは、わりと強いってことか。 考えてみればそれもそうだな。 あんな人を殺せそうな武器を持った妄獣が弱いわけなんてない。 それに一人ではなく、複数だ。 複数でひとつの妄獣……ということだろう。
「何人居るか分かるか?」
「……申し訳ありません。 わたくしには、分かりません。 ですが、成瀬様になら」
「俺に? あ、そうか……分かった」
なるほど、ここでその想像力というのが役に立つというわけか。 だったら、やってみよう。
俺は一度立ち止まり、その場に座り込む。 エレナは俺がやろうとしたことを当然理解していて、そのすぐ隣に並んで腰をかけた。
考えろ。 想像しろ。 この敷地内に存在する、テロリストの数を。 動き、音、気配。 それらを全て聞き分けろ。
瞬間、頭に電流が走る。 校舎内、敷地内全ての形状が頭に流れ込む。 存在する人の数、所持している武器、どこをどう歩いているか、どこへ向かっているか、それら全ての情報が。
「……走るぞ!!」
「へ? な、成瀬様っ!?」
それを知った俺は、エレナの手を引いて走りだす。 このタイミングでこの妄想をしたのは、運が良かった。 俺たちの前方、そこにある階段からもうじき一人がここへとやって来る。 そいつが上って来る前に、姿を隠さなければ。
この廊下沿いには、教室がない。 ただの一本道で、あの突き当りにある階段の裏にある扉くらいしか、身を隠す場所がない。 だったら、そこまで突っ切れ!
「くっそ……運悪いなおい……!」
「て、敵が来ているんですね?」
「ああ、そうだ! 一人だけど、来てる!」
俺が言うと、エレナはその場で立ち止まる。 こいつ……馬鹿か!? こんな場所で立ち止まったら、格好の餌食じゃねえか!
「待ってください、成瀬様。 わたくしたちの目的は、妄獣を倒すことです。 人質だけを助けだしたとしても、妄獣は消えません。 消えなければ、また同じ被害が出るのです」
「だけど! 今はとりあえず身を隠した方が!」
「一人ならば、大した力はないはずです。 数が多い分、それだけ分散されているということですから。 心配しないでください、もしも成瀬様の身に危険が及んだときは、すぐに元の世界へ移動させます」
こいつは、本当に馬鹿だ。 驚くほどの馬鹿だ。 確かに言うことには一理ある。 たった一匹の妄獣の一部くらい倒せなかったら、その全てを殲滅することなんてできるわけがない。 だが、俺が馬鹿だと思ったのはそれではない。
「ふざけんな。 分かった、やってやるよ。 けど、ひとつ約束してくれ。 俺が死にそうになっても、元の世界へは絶対に戻すな。 俺は約束を投げ出して逃げるほど、善意を捨てたわけじゃねえ」
「……成瀬様」
エレナは言い、微笑んだ。 そして小さく「ありがとうございます」と言い、頭を下げる。
勝手に帰されてやるものか。 俺の意思をねじ曲げるような、そんな真似は絶対にさせない。 なら、この場面で勝つしかない。 その妄獣と、ご対面だ。
「……」
息を呑み、階段を見つめる。 数秒、数十秒。 やがて――――――――現れた。
顔を布で隠し、頭には深くニット帽を被っている。 そして、防弾服と手には軽機関銃。 表情は見えない。 いや、見えないんじゃない。 顔が、ないのか?
「……」
そのテロリストは何も言わずに、俺たちの前数メートルで足を止めた。
「よう。 こんなことして楽しいか?」
「……」
答えず、か。 答えられない、とも考えられる。 けど、今はそんなことを考えている場合じゃない。 この男にどうやって勝つか、それだけだ。
「成瀬様、わたくしが囮になります。 その間に、あの男を」
「掴まれ。 エレナ」
「……で、ですが。 わたくしにも、何かお手伝いを」
「エレナが怪我したら、気分が悪くなるだろ。 一応、守るってのも約束の内だし。 だから、怪我しないようにしっかりと掴まっていてくれ」
「分かりました。 成瀬様、お気をつけて下さい」
エレナは言うと、俺の体を掴む。 物分かりが良い奴は嫌いじゃない。 すぐに事情を察知してくれるのは、大変助かるよ。
俺はエレナに向けて頷き、エレナの体を片手で抱きかかえた。 小さい悲鳴をエレナは漏らしていたが、そんなことは気にしていられない。
「……」
そして、視線を前に向ける。 すると、男は銃を構えていた。
構えて、いた? おいおいおい! いきなりかよ! 少し待ったりしねーのかよ!? いやまぁ、考えてみればそうだけど!!
なんて思っている間にも、男は指に力を込める。 それがこの距離からでも分かった。 あのテロリストはどうやら、俺たちを人質には取らずに殺すべき存在だと認識したらしい。
「……」
目を瞑り、想像しろ。 弾の動き、発射されたその弾丸がどう動き、どう飛ぶのか。 速度、方向、威力、それらを全て想像し、それに合わせろ……!
直後、やや低い軽機関銃の音が鳴り響く。 それを聞いてから、俺は目を開けた。
「ッ!」
見える。
今発射された弾の数は、二十八発。 それら全ての弾丸と、動きが見える。 コンマ数秒後にどこに着弾するのかさえ、見えている。
だったら、進め。 足を動かせ。 あのテロリストのもとへ。
「……」
男は依然として、銃を打ち続けている。 コマ送りにもなった世界で。 その姿はまるで、プログラムを組み込まれたロボットのように淡々としている。
そして俺は一発一発の弾丸を躱し、前へ。 やがて着弾した壁や床は、ゆっくりと抉られて行く。
「うお……らっ!!」
そのままの勢いで、テロリストの頭部へ蹴りを入れる。 鈍い感触と、蹴られた方向へとテロリストは吹き飛び、そして。
妄想の世界は、元へと戻った。
「きゃ!」
「……大丈夫か? エレナ」
「え、ええ……わたくしは、大丈夫です。 そんなことより、今一体何を!?」
エレナの声を聞きながら、俺は吹き飛んでいったテロリストの方へと顔を向けた。 壁に強く体が打ち込まれた所為なのか、テロリストは微動だにしない。 やがて腕を一瞬だけ動かしたかと思ったら、そのテロリストの体を光が包み、消えた。
……なるほど。 所詮は妄想が暴走しただけってことか。 絶命するほどのダメージを負えば、ああして消えるというわけだ。 分かりやすい。
「成瀬様、聞いておられますか? 今、一体何をされたのです……? わたくし、何が起きたのかさっぱりで」
「ん、ああ。 歩きながら説明する。 歩けるよな?」
「ええ、わたくしは。 それより驚きました……」
「いきなりで悪かったよ。 行くぞ」
抱きかかえていた腕の力を少し弱め、エレナを階段の前へと立たせる。 そうして立たせたあとに再度エレナと手を繋ぎ、俺たちは歩き始めた。