妄想を始めてみた。
「ようこそ、妄想の世界へ」
そこは、まるで未来の世界だった。 巨大な造形美とも言える建物が群れをなし、空には電光掲示板が飛んでいる。 飛んでいる、という表現も変かもしれないが事実なのだ。
俺は笑いでも出そうな気持ちになり、一旦目を瞑る。 そして数秒後、目を開ける。 うん、何も変わってない。 夢じゃない。 現実だ。 しかし、妄想の世界ってのは一体……。
「お前……何をしたんだ、ここはどこで、お前は一体何者だ?」
「妄想の世界ですよ、成瀬様。 それがわたくしの世界なのです。 技術的には、成瀬様の世界よりも多少先になっておりますが……構成している物は、成瀬様の世界とはまったく異なります」
「いやそうは言っても……多少先って、これが?」
言いながら、まずは居る場所の確認だ。 ここはどうやら屋外で、何やら巨大な建物の屋上らしい。 カフェテラスのような物が設置されていて、下を見る限りかなりの高さの近代的な建物。 後ろを振り返ると、ガラス扉があって、どうやらあそこが屋内へと繋がっているみたいだ。
「そうです。 あ、申し訳ありません。 自己紹介がまだでしたね」
銀髪の少女は言い、右手を胸の前へとかざし、頭を下げながら続けた。
「わたくしは、エレナと申します。 一応、この世界の支配者です」
……やべぇ。 絶対こいつ頭おかしい奴だ。 関わらないほうが良さそうだ。 銀色の髪の毛と言い、服装と言い、首に付けている安物っぽいリボンと言い、怪しさ全開だ……。 こういう奴に関わると、大抵ろくなことはない。 けど、俺をこの妙な世界へ連れてきたのはこいつだし……必要最低限は関わらないと駄目か。
「あーっと、俺は成瀬。 って、俺のこと知ってたよな? お前」
「お前……エレナです」
「……エレナ。 知ってたよな、俺のこと」
少しだけムスッとした表情をしたが、名前を呼んだら笑顔になった。 面倒くさそうな生き物だ、これは。 クレアに次ぐレベルかもしれない。
「ええ、勿論です。 成瀬様のことは、こちらの世界から見ておりました。 あの方の提供する課題を難なくこなしていた姿を見ておりました」
「……あの方? ひょっとして、番傘持った男のことか?」
「はい。 あの方です」
……やはり、そっち関係の奴か。 まぁ、考えてみれば当然か? 全く違う世界へ移動させられるなんて、そうでなければできない芸当だ。 そして、こいつは何かを知っているのかもしれない。 あの男が起こす一連の異常について、何らかのことを。
「お前……エレナは、あの男と知り合いなのか?」
「いいえ、ただ知っているというだけです。 とは言いましても、そういう遊びをしているということくらいしか……。 どちらかと言えば、仲間でもなければ敵でもない。 お互いに不干渉を続けているといった間柄です」
「……ってことは、エレナも似たような力を持っているってことだな。 なら話が早い。 俺を今すぐ元の世界へ戻してくれ」
俺がそう言うと、エレナは曇った表情へとなる。 顔を若干伏せ、悲しそうな顔にも見えた。
「成瀬様。 お気持ちは分かります。 わたくしがご迷惑なことをしているということも、度を越した無礼をしているということも存じております。 ですが、一度わたくしの話を聞いてはくれないでしょうか?」
えらく丁寧な言い方で、エレナは言う。 どうやら、なんらかの事情はしっかりとあるってことか。 けどな……こんな面倒で得にもならないこと、本音を言えばしたくはない。 俺がここ半年で学んだ「ろくでもない現象にはろくでもない結果しかない」という教訓が生きるときだ。
「話だけは聞く。 けど、俺が意思を変えると思うなよ。 話を聞いたらとっとと元の世界へ戻してくれ。 そういう条件でなら、聞いてやっても良い」
「……分かりました。 ありがとうございます」
エレナは言うと、再度頭を下げた。 一応は支配者……なんだよな? なのに、腰が低すぎる気がしなくもない。 世界を移動させたり、俺のことを見てたりするわりに、低姿勢すぎる。 少し、妙だな。
「成瀬様は、妄想というのをしたことがありますか?」
「……妄想? それって、妄想だよな? 朝起きたら学校が消えていたとか」
「うふふ、面白い妄想ですね。 そうです、そのような妄想です」
上品に口を押さえて笑い、エレナは続ける。 そして話の途中で気付いたのだが、この場所……やけに静かだ。 この場所だけではなく、建物内からも殆ど人の気配を感じない。 誰もいない……のか?
「この世界では、限られた人はそのような妄想を力とできる世界です。 例えば……」
エレナは目を瞑り、両手を前にやり、器を作る。 するとそこにクッキーが突如として現れた。
「このように、簡単な物ならばすぐに妄想で作れるんです。 食べますか?」
「……遠慮しとく。 で、そんな妄想が現実になるからどうしたんだ? 悪事を働く奴が居て困ってるってところか? それで、あの男が用意した異常をクリアしていた俺を呼んだ……かな」
「うふふ、やはりわたくしが信じたお方です、成瀬様は。 一瞬で悪事に結果を結びつけるのは、中々できませんよ? それに、わたくしの話を大筋、理解しておられるようです」
にっこりと笑うと、エレナは俺に頭を下げるような仕草をする。 そのひとつひとつが上品というか、少なくとも俺から見たら、とても礼儀正しいように見えた。
「そりゃどうも。 正解か」
こめかみを指で掻き、俺は言う。 しかし、エレナはこう言った。
「いいえ、大筋……です。 事実は少し異なります」
銀色の髪をなびかせ、エレナは振り返る。 そして、この屋上から空を見渡して続けた。
「妄想が、暴走することもあるのです。 行き過ぎた妄想は、周りに悪影響をばら撒くのです。 自身では抑えることができなくなってしまった妄想、それらが悪事を働くのです」
手を広げ、エレナは空を見続けながら言う。 いや、違うか? エレナは空を見ているのではない。 世界を、見ているんだ。 自分が支配するこの世界を。
「それらをわたくしは、妄獣と呼んでいます。 基本的にはこの世界に住む全ての人の妄想は、力を持っています。 ですが、妄想が現実となり、自我を失ってしまった妄想の行末が、妄獣なのです。 成瀬様、この世界は今……その妄獣で溢れているのです。 そして厄介なことに、その妄獣を使役する者すら出る始末です」
「とても、そうは見えないぞ。 至って平和に見える」
言いながら、俺は手すりに腕を乗せ、そこからの景色を眺める。 事実、ここから見た限りで変なところはない。 距離がある所為で良くは見えないが、車も走っていれば、人も歩いている。 平和で、普通だ。 俺の世界と違うのは、その景色が近未来ということだけで。
「普通の人は気付けません。 妄獣の存在にも、自分が作り出してしまったことにも。 ですが放置していれば、それらは人に危害を与えます。 先日、このような事件が起こりました」
エレナの隣に立った俺に、エレナは向き直る。 髪と同じ銀色の瞳で、俺のことをしっかりと見ていた。 吸い込まれそうなほどに、澄んだ綺麗な瞳で。
……嘘ではない。 エレナが言っていることは、全てが真実なのだ。 それくらい、俺には分かる。 エレナの目は、西園寺さんやクレアや柊木が持っているものと、一緒なんだ。
そしてエレナは、その事件とやらの概要を話し始めた。 この世界で今、起きていることを。
「時刻は白昼堂々です。 この世界で最大の広さ、規模を誇る高校にとあるテロリストが侵入しました。 そして学生たちを拘束、人質として依然立ち篭っています」
「学校に、テロリスト? おい、それってまさか」
……聞いたことがあるような、ないような。 そんな妄想話を知っている。 リリアは確か、誰もが一度はする妄想だとか言っていたが。
「そのまさかです。 誰しも、一度はしたことがあるのではないですか? 授業中の学校に、テロリストが侵入し、自分が隠し持った能力でそれを撃退する……という、英雄譚とも言える妄想を」
おいおい、おいおい……マジかよ。 そんな大それたことが現実となっているのか? まさか、そこまでのことが起きるなんて。 それが所謂、妄獣って奴なのか?
「……あー、大体の事情は分かった。 けどさ、それってエレナならどうにかできるんじゃないか? 支配者なんだろ?」
「いえ、わたくしにはどうにもできません。 人それぞれ、得意な妄想というのがあるように、わたくしが生み出せるのは得意とする妄想だけなのです。 一般の方は気付かぬ内にその妄想を形としますが、わたくしのように意識して妄想を形にできる人は限られているのです。 まぁ、わたくしの力は……」
得意とする妄想……なるほど。 要するに、運動が得意な奴とか、勉強が得意な奴とか、そんな感じか。
「得意な分野ってことか……あれ、けどそうすると、エレナが得意なのって」
俺の言葉に、エレナは一瞬ハッとした顔になる。 次に、その白い頬を真っ赤に染め上げる。
「べ、別に良いではないですか。 美味しいクッキーが食べたいという妄想くらい、誰でもしますよ」
……しないと思うけどな。 ってことはなんだ、この支配者様はクッキーを作ることしかできないってのか? それで事件の解決に身を乗り出しているとか。 いくらなんでも、それは無謀すぎじゃないか。
「クッキーね……。 確かにそれを渡したところで、テロリストたちが身を引くとは思えないな。 でも、それで俺を呼んでどうする? 俺なんて、そんな妄想はろくにしたことがないぞ。 大体、そんな力を使わずともやっぱり支配者ならどうにでもなりそうだけどな。 片手振って倒したりできそうだ」
「わたくしのは、ただの肩書きですよ。 ただそうだというだけで、なんの力もありません」
エレナは儚く笑って、続ける。
「それとは違い、成瀬様にはその力は確実にあります。 成瀬様の場合は妄想力ではなく、想像力なのです。 ループの世界でも、人狼の世界でも、異能の世界でも、成瀬様は常に想像力を働かせておりました。 わたくしはその想像力を持った成瀬様に、この世界を救って頂きたいのです」
エレナは真っ直ぐ俺の顔を見て、言う。 綺麗な瞳で、吸い込まれそうな瞳で。
「それを理解してもらった上で、先ほどの質問に戻ります。 わたくしに、どうにか出来るか否かとの質問ですが……。 結論から言えば、やはりそれは不可能です」
どうして? と言おうとした俺に、エレナは続けて言う。
「わたくしには、力が殆どないのです。 肩書き……と言いましたが、それよりも酷い状態かもしれません。 現に、今こうしてこの場で息を出来ているのも、殆ど成瀬様のおかげなのです」
「……俺の? どういうことだ?」
俺が居ることで、エレナはこうして生きているってことか? それは。 少しばかり、理解し難い話だ。
「少々、失礼します」
言うと、エレナは俺の右手を両手で掴んだ。 また強制テレポートでもさせられるかと思い、身構えたのだが……。
「……」
エレナはそのまま、自身の胸へと、俺の手を導く。 その自然な動作に、俺はその場所へ導かれるまで全く反応ができなかった。 時既に遅し、俺の手はエレナの胸へと置かれている。
「ちょ、待て待て!? お前、それは……!」
「へ、変な意味では決してないです。 成瀬様、良く聞いてください。 わたくしの心臓の音は、聞こえますか? 感じますか?」
心臓の、音? そんなのは当然聞こえるに決まっている……はずなのに。 エレナの体からは、一切それが聞こえない。 まるで人形のように冷たい体と、音がしない体だった。 こいつには……心臓がない、のか?
「……言いました通り、わたくしには殆ど力がないのです。 度重なる妄獣との接触で、その殆どを使ってしまったのです。 成瀬様の世界へ行き、成瀬様をこの世界へ連れてくることによって、わたくしは……いえ。 そこまで聞いて頂く必要は、ありませんね。 わたくしは、成瀬様に期待しているのです」
言おうとしたことは、分かった。 エレナはきっと生きるために、俺が近くに居ることが必須条件なのだ。 その理由は分からないが……言い方からして、そうだと思う。
「勝手に期待されてもな……。 本音を言うと、そんなのはそっちの事情だろ? 俺には関係ないことだ」
だけど、そうだ。 俺の本音はそうでしかない。 俺はエレナのことは知らないし、この世界が抱えている事情だって知らない。 ただ、それだけだ。
「……そう、ですよね。 そう仰られるとも、思っておりました」
エレナは俺から目を逸らし、今度は視線を下へと向けた。 その先には、発展した街が広がっている。 俺の世界は、あと何年経てばこの世界に追いつくのだろうか。 きっと、俺が生きている間は無理だろうな。
「最近、様子がおかしいのです。 徐々に妄獣の数は増えていき、その性質も凶暴な物へとなっているんです。 前までなら、今回のテロリストのような妄獣は……出ないはずだったんです」
「誰かが何かをしているってところか? それをなんとかしてくれると思って、俺を呼んだ」
「……と言うよりかは、そうさせている何かがあるのだと思います。 故意ではなく、自然として。 しかし、そうですね……成瀬様の言う通りです。 わたくしのワガママで、わたくしの勝手な判断です」
小さく、笑う。 自虐的にエレナは笑っていた。 そんな横顔を見て、俺はひとつ尋ねてみる。 思い付きで、考えもしないで。 これはもう、俺の癖なのかもしれない。
「なぁ、エレナはどうしてこの世界を救いたいんだ? 別の世界へ行けるなら、そっちの世界で生きれば良いんじゃないか? その方が楽だし、面倒じゃないだろ」
「それは駄目です!!」
「……エレナ?」
エレナの様子が、まるで変わった。 俺の言葉を全面的に否定したのは、これが初めてだ。 そして恐らく……これが最後だ。 そう思わせるほどの何かが、今のエレナの言葉には含まれていた。
「申し訳ありません……。 ですが、それだけは、それだけは駄目です。 そんな、この世界を見捨てるような真似……できません。 わたくしは、妄想とはもっと素敵なものだと思うのです。 誰しもが平等にできて、誰しもが希望を持てるその妄想が、好きなのです。 なのに、今では誰しもが不幸になってしまう。 そんな状態を放って行けるほど、わたくしは善意を捨てたとは思っておりません」
声を荒らげ、エレナはハッキリとそう言った。 その言葉には、今までにない強い意思が篭っているようにも思えた。 譲れないことは誰にでもある。 俺にも、西園寺さんにも、クレアにも、柊木にも。 そして、この目の前に居る銀髪の少女、エレナにも。 譲れず、大切で、宝物とも言っていいそれをエレナは持っている。 だが、その言葉はどうにも取って付けたかのような善意にしか俺には見えなかった。 多分、こんな風に思ってしまうから、俺は人の気持ちが分からないのだろう。 しかし、そこに事実はひとつある。
俺がそれを踏みにじってしまったという事実。 そのつもりはなかったとしても、それは事実だ。 妄想でも、想像でもない。 それはただの結果だ。
「悪かった。 少し無神経な質問だったよ」
「い、いえ! その、わたくしの方こそ……申し訳ありません。 成瀬様、お気持ちは分かりました。 わたくしの事情に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。 ここに居てはそろそろ危険なので、元の世界へお戻しします」
「危険? どういうことだ?」
「……申し上げるのが遅れましたね。 この場所が、そのテロリストが占拠しているという学校なのです。 ですが、それに気付いているのもこの敷地内に居る人間のみで、他の方たちはそれに気付いておりません。 その妄獣に関与してしまった者だけにしか、見えないのです」
そうか。 だから、道行く人たちは平気で暮らしているのか。 そしてこの建物が学校で、人気を殆ど感じない理由が分かった。 街を行き交う人々が、平和な空気を出している理由も分かった。
「その生徒の親とかは? 数日、この状態なんだろ?」
「全寮制となっておりまして、そのような混乱も招かない状況なのです。 ある一定の範囲しか影響を出さない妄獣が、この学校に現れたのも恐らくそれが理由です」
「なるほどね」
俺は言い、息を短く吐く。 結論は、出たか。
「……帰してくれるっていうなら、そうしてくれ。 でもエレナはどうするんだ? また別の奴を探すのか?」
「いいえ」
俺の言葉をエレナは首を振って否定する。 そしてまた悲しそうに笑うと、続けた。
「正直な話、成瀬様の世界はわたくしの世界と似たような形を持っていたので行くことができたのです。 他の方を探すことはもうできません。 わたくし一人で、今回の事件はなんとかします」
一人で、か。 エレナには、味方をしてくれるような組織も人も、居ないのか。 ということはなんだ、エレナはずっと一人でやっていたっていうのか。 今までに起きた事件はこれだけじゃないだろうに、それらを一人で。 誰に頼ることもなく、自分自身だけで。
……そんな、クッキーを出すだけの力でやっていたってのか。
「話が長引いてしまいましたね。 それでは成瀬様、またお会いできる日を楽しみにしております」
言って、エレナは俺に手をかざす。
良いのか、これで。 エレナ一人にこの世界を任せて良いのか? 俺は、どうしたいんだ?
俺がこんな案件を引き受けないのは、間違ってはいない。 勝手に巻き込まれて、勝手に連れて来られて、勝手な意見を押し付けられて、勝手な期待をされて、勝手に元の世界へ戻される。 たった、それだけのことだ。
元の世界へ戻れば、俺はまたいつも通りに暮らしていく。 あの番傘の男が居る以上、いつも通りであっていつも通りではないけれど。
少し、自問自答をしよう。
俺がしたいこと、俺が考えること、俺の意見だ。 この世界に、エレナに協力する意味は……ない。 ならば、メリットは? 俺がエレナに協力することで、得られるメリットだ。 いや……それもまた、ないな。 だから、俺がエレナに協力する理由も同時に――――――――ない。
まったくと言って良いほどにない。 エレナが一人で事件解決に臨もうと、この世界の平和を祈ろうと、妄想を大切にしようと、俺には関係のないことだ。 俺はただ、無理難題を押し付けられているに過ぎない。
なんだよ、俺に期待しているって。 想像力があるって。 世界を救ってくれって。 助けてくれって。 そんな勝手な意見、知ったことか。 俺はいつだって、自分で考えて自分で決める。 人の考えを押し付けられてそれを簡単に受け入れるほど、純粋じゃあない。
「エレナ。 そのクッキー、貰っていいか」
俺はもしかしたら、探していたのかもしれない。 エレナに協力する言い訳を。
「クッキー、ですか? ええ、勿論良いですよ。 せめてものお詫びです」
エレナは笑顔で言うと、俺の手を支えながら、妄想で作り出したクッキーを置く。 俺はそれを見て、そのクッキーを頬張った。
程よく甘く、程よい食感だった。 ずば抜けて美味いとは言えないけれど、それでも充分美味しい。 妄想で、こんな物が作り出せるなんてな。
「ありがとう。 美味かった」
「うふふ、それは光栄です」
さて。
俺はいつだって、自分で考える。 自分で決めて、自分で行動する。 だから、俺の行動に意見を出されるのは好きではない。 俺が確実に正しいと思ったことに、意見を出されるのが好きではない。
だから、俺は決めた。 自分で、決めたんだ。 これはエレナに頼まれたからとか、エレナの願いを叶えようだとか、そんなつもりでは一切ない。 ただの、お礼だ。 たった今、メリットを作って、そのメリットを先に受け取ってしまったから。
「エレナ、俺の力を教えてくれ。 俺の強さを教えてくれ。 正直、自分じゃ全然分からないからやりようがない」
「え、え……? 成瀬、様?」
「……早くしろ、ここは危険なんだろ。 クッキーのお礼に、協力する。 世界を救うんだろ?」
「あ……あ……はい、はい! ありがとうございます、ありがとうございます成瀬様!!」
目に少し涙を浮かべて、エレナは言う。 これだから苦手だ。 素直な感謝の気持ちほど、返答に困ることはないと俺は思うのだが……どうだろう。
「言っとくけど、エレナの頼みを聞くってわけじゃないぞ。 俺はただ、そうしたいからそうするだけだ。 さっき貰ったクッキーのお礼がしたいってだけだ」
「……うふふ。 ふふ、そうですか。 ありがとうございます、成瀬様」
ある日、俺は異世界へと連れて行かれた。 突如として目の前に現れた銀髪の少女に。 その少女は俺にこう頼む。 世界を救ってくれ、と。
俺はそんな少女にクッキーを一枚貰い、そのお礼として世界を救うことにした。
そんな妄想も、悪くはない。