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俺とルールと彼女  作者: 幽々
小休憩
101/173

いつも通りに 【3】

その日の授業が全て終わり、家に帰った俺は一人自室で考える。 今日から部活動は少しの間、休止だ。 少なくとも今回の問題に決着が付くまでの期間は。 クレアと西園寺(さいおんじ)さんには「風紀委員で少しの間だけ使用する」との嘘を柊木(ひいらぎ)には吐いてもらっている。


そして俺がクレアから聞いた話は、あまり気分の良い物ではなかった。 今日の一限目の授業は体育だったらしく、動くのが好きなクレアは当然それには出る。 そんな楽しめる授業が終わり、教室へ戻ったときに例のシャツがないことに気付いたらしい。


最初こそ、なくしてしまったのは自分が原因だと思っていたクレアだが、俺の話を聞いて全てを理解したらしい。 部室のことについては話せていないが、クレアはもしかすると気付いているのかもしれないな。 だが、クレアはそれに気付いたら何も考えずに突っ走ってしまいそうだから、やはりまだ勘付いてはいないか。 大方、怪しいとは思っているが結論までは辿り着いていない……ってところだろう。


とまぁ、クレアの考えについてはそんなところだとして、クレアのシャツが使い物にならなくされたのは変わらない。 それを無駄にしないためにも、俺は考える。


まず、そこから得るのは目撃証言だ。 クレアの教室は、校舎の一階の隅にある。 廊下の突き当りで、通常そのクラス以外の生徒はそこまで行かない。 非常口もあるにはあるが、利用するには鍵がプラスチックカバーで覆われているので、それを割らなければ不可能だ。


つまり、一限目の授業中の時間、そこに居た生徒を割り出せば良い。 とは言ったものの、実を言うとそれは既に済んでいる。 話を聞いた柊木が調べてくれたらしく、その人物を特定することができた。


……問題は、その人物が厄介で俺が苦手としているということだ。 だが、こればっかりはどうにかしないといけないな。 大きな問題を解決するため、小さな我慢。


「やっぱり、真昼(まひる)経由になるよな……」


直接言うのは駄目だ。 絶対に「チッ」と舌打ちされるだけ。 なので、ここは真昼を経由させて聞き出すのが一番良い。 クリアするべき課題は、真昼にどうやって聞き出させるか……になるな。


とにかく、物は試し。 一度、真昼に頼んでみるとしよう。




「真昼、居るか?」


「おう!」


真昼の部屋の前へ立ち、部屋越しで声をかけたその瞬間、扉は開く。 外開きで勢い良く。 当然、扉は俺の足を巻き込む。 マジ、声をかけてから数秒の間もなかったぞ……こいつは扉の前で待機でもしてんのか。


「ぐぁ! お、お前な……いってぇえええええ!!」


「あっはっは、ごめんごめん。 それで?」


それで? じゃねえよボケ、アホ、間抜け。 俺がどれだけ痛い思いをしたと思っているんだ。 今度同じ目に遭わせてやろうか!? いやでも仕返しが怖いな……。 くそ、ここはクレアに頼むしかないか。


だが……妹に対する仕返しを同学年の女子に頼むって、普通にどうだろう。 思い留まれて良かった。


「っ……! っはぁああ! よし、よし、大丈夫」


「兄貴、目うるうるしてるけど大丈夫?」


なんとか堪えた俺は、自分を慰めながら真昼を睨む。 すると、真昼は心底心配そうな顔付きでそう言った。 なんだこいつ、頭おかしいのか。


「……お前、やっぱ最悪の妹だよ。 ほんと」


これ以上ない最悪の妹だ。 世の中の最悪妹ランキングがあれば堂々の一位だ。 少なくとも、俺の中での最悪妹ランキングでは一位。 他者を寄せ付けぬ圧倒ぶりである。


「でも、兄貴がわざわざ部屋まで来るなんて相当でしょ? 遠路はるばる」


「お前の距離感、ほんっと分からないよな」


通常ならばバスや自転車で行く駅前は「すぐそこ」で、僅か数メートルの距離を「遠路はるばる」だ。 やっぱり馬鹿だこいつ。


「ま、それは良いとしてちょっと頼みがあるんだ。 お前さ、瀬谷(せや)先生と仲良いだろ?」


俺は真昼の部屋に立ち入ることなく、扉の前で仁王立ちする妹に尋ねる。 そう、その目撃者というのも瀬谷(いずみ)、その人だ。


「いずみん? あー、うん。 まーね」


「少し、聞いて欲しいことがある。 あんま面白い話じゃないんだけど……事情が事情だし、お前には話しておくか」


さすがにそこまで込み入った話になると、立ち話でもあれだな。


その結論を頭の中で出し、俺は真昼の部屋に入ると一連の事情を説明した。 部室が荒らされたことから、クレアのシャツのことまで全て。 真昼の唯一の取り柄、物事に素直だということを利用すれば、こいつに口外させないのは容易い。


「……また厄介なことになったね、そりゃ。 それでいずみんが目撃してたって目撃情報があったわけだ」


目撃した目撃情報かぁ……と、真昼は俺のことをチラチラ見ながら言う。 気付いていないなら教えてやるが、それすっげえつまらねえぞ。


「そういうこと。 けど、瀬谷先生に俺が聞いても答えてくれなさそうだしな。 ただの教室の出入りを悪い目で見られないだろ、教師は」


いくら怪しくても、その生徒を信じるというのが清く正しい先生方のやり方だ。 授業中に入る必要がない教室に入る生徒が居たとしても、その生徒が「何もしていない」と言うだけで信じるのがな。 くっだらない正義感と、くっだらない義務感と、くっだらない自己保身で。


「まぁ……そうだね。 そういうワケありなら、あたしも動いたって良いよ。 けどさ、それだと前と一緒じゃないの? 兄貴が全部一人でやって、兄貴が全部責任負って。 それでまた兄貴が貧乏くじを引くんでしょ?」


「んだよ、そのやり方が気に入らないって話か?」


「んや、そうじゃなくて」


真昼は閉められていた部屋の扉を開け、廊下に体を少しだけ出すと、俺の方へ振り返ってこう言った。


「あたしがつまらねーってだけだよ。 兄貴が嫌な目に遭って、それをつまらないって感じているあたしのワガママってだけ」


どうしてこう、俺の周りには格好良い女子が多いのだろうか。 この謎は、一生解けそうにない。




それから真昼はすぐに瀬谷と連絡を取り、話を付けてくれた。 瀬谷は真昼の行動を不審に思ってはいたものの、それとなく事情を理解したのか、その生徒の名前を教えてくれた。


教えた、ということは瀬谷もやはり疑ってはいたのだろう。 だが、瀬谷の立場上あまり問題にはできないのだ。 それはもう、瀬谷に限った話ではないから、瀬谷が悪いわけじゃあない。


「さてと」


生徒の名前は四条(しじょう)冬子とうこ。 俺はこの名前を聞いたときに、少々の違和感を感じた。 学校での四条は、所謂一般的な女子生徒だからだ。 悪目立ちもせず、かといって飛び抜けて優秀な生徒ではない。 平均的な存在で、問題を起こすような奴ではないんだ。


そんな四条が、どうしてクレアに嫌がらせをした? シャツをあそこまでにするなんて、相当な恨みがないとやらないだろう。 俺が知っている限り、クレアと四条に交友関係はないはずだ。 そんな当り障りのない関係に、四条が一石を投じるような真似をするとは思えない。 それこそ、何かの理由がない限り。 だとすると、何かの理由があったということになる。


矢澤(やざわ)村山(むらやま)にも繋がりはないはず。 話しているところなんて、見たことがない。 考えられるとしたら、俺が知らないところで交友をしていた……か、それとも学校以外のどこかでの知り合い、か。 或いは……。


仕方ない、ここは一番手っ取り早い方法を取るとしよう。




「悪いな、呼び出したりして」


「あ……いえ、大丈夫です。 初めまして」


使えるコネは使うべき。 俺は柊木を通して、四条冬子を喫茶店へと呼び出した。 勿論、神田(かんだ)さんの喫茶店ではなく、別の喫茶店だ。 というか、こいつなんで敬語なの? 同学年なのに。 それに「初めまして」って言ってるけど、同じクラスだぞ……。


「なんか飲むか? 一杯くらいなら奢るけど」


「……水で大丈夫です」


四条は言い、店員が置いて行った水を口に含む。 そんな光景を見て、ちらりと壁時計に目を向ける。 午後の六時三十分くらいか……あんまぐだぐだ長話をしてもあれだな。


「呼び出された大体の理由は分かってるって前提で話をするけど、良いよな」


「え、あの。 ごめんなさい、なんのことやら」


言いながら、再び水を口に含み、四条は時計に目をやる。 やっぱり誤魔化すか。 回りくどいのは嫌いだ、手っ取り早く済ませよう。


「その一。 後ろめたいことがあるとき」


指を一本立て、俺は言う。


「へ?」


「一番近くにある時計に視線を移して、自分は急いでいるって相手にそれとなく伝えるんだ。 そうすることで、逃げようとする」


「そんな、その……適当なことは言わないでください。 私に後ろめたいことなんて」


「その二。 ことあるごとに水を飲む。 水を飲んでいる間は喋らなくて良いからな。 余計なことを言わずに済む」


二本目。 笑って言う。 お前のことは全てお見通しだと言わんばかりの勢いで。 何も見えてはいないけど、馬鹿はこれをすぐに信じる。


「そんなことっ!!」


四条は椅子から立ち上がり、言う。 その行動自体が、最早それを肯定しているようなものだ。 きっと、俺みたいな奴と話をしたことがないのだろう。 世の中、嫌な奴ばっかじゃないしな。


「だよな? 悪い悪い、適当言った。 で、どうした?」


「あなた……最低ですね」


「そりゃどうも。 俺は最低だよ」


そんなことは知っている。 百も承知だ。 言われ慣れすぎていて、今更言われたって何も感じやしない。 そう、自分に言い聞かせる。


「で、話してくれるか。 お前がしたことと、誰に言われたのか」


「そこまで知っていて、私の口から聞くんですか?」


「言質ってのは取らないとな。 でも大丈夫、別にバラしたりしねえよ。 ただ、そういう目撃証言があったってことにするだけだ。 お前の名前は口に出さない」


「……本当?」


やはり、弱い。 一度最低だと思い込んだ人間が優しくしたその一瞬で、堅牢な門も崩れていく。 こいつが矢澤か村山に指示されたのならば、要するに流されやすい人間だということだ。 そういう奴には、この方法が一番良い。 俺は味方だと()()()()()()()()()


「本当だ。 他言もしないし、お前の名前はさっきも言ったように口には出さない。 だから教えてくれないか? どうしてあんなことをしたのか」


「……」


四条は水を飲み、頷いた。 ここまでくれば、あとは話を聞けば良い。 四条の口から語られる真実に耳を傾け、返事をすれば良い。


「私も、本当はしたくなかったの。 だけど、どうしようもなくて、偶然村山さんが……その、タバコを」


敬語はいつの間にかなくなっていた。 それは心を開いてくれたから……だろうか。 それとも、俺がクラスメイトだと気付いたか。


「吸っていたのを見たってことか?」


「うん。 それで、見たことを口実に脅されて」


……普通、逆だろ。 どれだけ弱いんだ、こいつは。 つまりその現場を見た所為で、酷いことをするとかなんとか言われたのだろう。 そして、四条はそれが恐ろしくなり、従うしかなくなった。 平凡に学校生活を送るために。 まさしく、本末転倒なことを。


「クレアさんには、申し訳ないと思ってる。 でも……どうしようもなかったの。 村山さんって、矢澤さんと仲が良いでしょ? それで、何をされるのか分からなくて、怖くて」


「まぁ、あいつらは良く一緒につるんでるからな。 グループ的には数も多いし、目を付けられたら厄介だ」


「……うん」


繋がりは、あった。 クレアのシャツを持ちだしたのは四条で、それを指示したのが村山。 そして恐らく、その背後には矢澤が居る。 ……女子ってこえーなおい。


「で、四条はそのシャツをどうしたんだ?」


「トイレで、村山さんに渡したの。 他にも何人か居て、そのときにハサミで切れって言われて」


「なるほどね。 それで、その場に矢澤は居たのか?」


「……居た。 他にも、その矢澤さんのグループの人が何人も」


「分かった。 つまりは村山と矢澤は繋がっていて、そのシャツのこと自体が矢澤たちの命令だったってわけだ。 ちなみに、それは何時くらいだ?」


「えっと……クレアさんのシャツを取ったのが一限目で、村山さんたちに渡したのが二限目のとき。 授業をサボるのは嫌だったけど……どうしようもなくて」


よし、ここまで聞き出せれば充分だ。 もう、必要はない。 これ以上聞いても、ただの無駄話にすぎない。 後は、これらを使ってどう追い詰めるか、だな。


「三回か」


「……三回?」


「四条が「どうしようもない」ってニュアンスの言葉を使った数。 だから別になんだってわけじゃないけど」


「……それが、なに?」


だから、別になんでもないって。 気にすることじゃなければ、お前が気にしても、それこそ()()()()()()ないことだ。


「そういやさ」


このままでは、四条は俺を味方だと思い込んだままだ。 それは後々、面倒なことになりそうでしかない。 こういう行動は、最後まできっちり最低を貫くべき。 俺は元より、そのつもりだ。


「最初に言ったよな、俺は最低だって」


「……それは」


「いや、間違ってないから良い。 言質は取れたしな」


言いながら、俺はある物を四条へと見せる。 そして四条はそれを見た瞬間、顔色を変えた。


「言質……? え、待って……それって! 話が違う!!」


「違わない。 俺はお前の名前を言わないし、誰にもこのことは口外しない。 そういう約束だったろ? だから、こいつを使わせてもらう」


俺が見せたのは、ボイスレコーダー。 俺と四条の会話が録音されたそれだ。


「そんなの屁理屈でしょ!? 私の声だってすぐ分かるじゃない! それにあなた、私の名前だって言ってたじゃない!!」


「言ってたかもな。 だけどそんなの知るか。 俺から見たら、お前も敵だ。 俺の仲間は、あいつらだけで良い」


四条は席を立ち、必死の形相で俺の言葉を受け止める。 自分のしたことを思い出しているのだろうか。


「……クレアはな、あのシャツを大切にしてたんだよ。 お前が知ってもどうしようもないことだから、言わないけどさ」


クレアも、そんな素振りは見せなかった。 あいつは本当にどこまでも強い奴だよ。


あのシャツは、クレアがリリアからもらった大切な物だったんだ。 それをあんな風にした奴を許せるほど、俺は人間ができちゃいない。 そんな風にできるくらいなら、俺はできた人間なんかになりたくはない。 そこで許せる優しさなんて、絶対にいらねぇ。


「そんな……そんなことされたら、私はどうすれば……う、うう……!」


「お前が間違えたんだろ、お前が自分で責任取れ。 やった行動も、言った言葉も、全部に責任を持てよ。 逃げ道なんて、いくらでもあるだろ」


「ないわよッ!! あいつらに目を付けられたら、どうしようもないじゃない!! お願いだから、やめてよ……お願い、お願いします……ごめんなさい……!」


四条は泣き崩れ、テーブルに突っ伏す。 そろそろ店員に何か言われそうだな……この状況だと。


「ふざけんな。 たとえそれをクレアが許しても、誰が許しても俺は許さない。 覚えとけ」


「ま、待って……待って! ねえ、お願い……」


そんな言葉を聞きながら、俺は店を後にした。 気分は、最悪だ。 だが、俺にはそれが似合っている。 いつも通り、俺は俺のやり方でやっているのだから。

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