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第4話 教室の火薬庫に子羊にゃあ

 自己紹介が始まった。高校生活の最初にして最重要のイベントが。


 なのに。


 俺たちモノリスは何もできない。何1つできずに事の成り行きを見守るだけだ。なぜって? そりゃあ、さっきどこぞの軍人どもが清々しい笑顔でミサイルを撃ちやがったからですよ。レッドによる応用介入とかいう教室制圧飽和攻撃をな! “応用”使った後は“お休み”期間があるんだよね!


「これは……規律が良く整然としている……わけではないよねぇ」

「ぬぅ……解せん」

「ま、まるで鬼軍曹に監督される新兵訓練のようであります!」


 そうだろうとも……わかってないのは担任教師くらいのもんだよ。「皆、初めてのお友達ばかりで緊張してるのかなー?」じゃねーっての。空気読めて無さ過ぎてある意味最強だっつーの。萎縮しまくりだよ。教室全体が異様な緊張感に包まれてるよ。


 1人1人起立して自己紹介してるけど、明らかに怯えてる。そのくせ、誰一人として元凶たる彼の方に顔を向けない……ん? そうでもないか? さっき土下座したちっこい子だけはチラチラ様子を窺ってるな。物凄く恐がりながらだけど。好奇心旺盛なタイプなのかもしれない。お、その子の番だ。彼女の前の席は空席のままだから、1個飛ばしだな。


「あ、あの、正田摩子っていいます! 趣味は読書です! 宜しくお願いします!」


 元気な声だ。今までの中じゃ一番大きな声だったんじゃないか? さっきは涙目で土下座してたのに逞しいことだと思う。まぁ、この雰囲気の中で「やり遂げた」みたいな顔して頬を染められるあたり、少し天然系が入ってるのかもしれない。


 その後も彼女に匹敵するような元気は見られず、奇妙な緊迫感を孕んだままで、着々と順番が近づいてきている。いやもう凄いね。何が凄いって彼の心の声が凄い。


(どうしよう! 何て言おう! 皆に僕の事を知ってもらって、少しでも興味を持ってもらえるように、短くても何か楽しいことを言わなきゃ!)


 ドキドキですよ。見た目は超クールというか、「寄らば斬る」結界を教室全域を「寄らば」の射程にして放っているというか、とにかく得体の知れない空気の源になってるっていうのに……心臓バクバクいってるからね。ただね……何というかね?


(犬さんが好きです、でも猫さんはもっと好きですって言おうかな。あのCMみたくちょっと可愛らしく言ったら笑いがとれるかもしれない。いや、いっそのことニャンコさんとか言えば、更に親しみやすさを出せるかもっ)


 居たたまれない。胸はないけど胸が痒い。彼は何を狙ってるんだ、何を。この教室で最も空気が読めてないのは、他の誰でもなく、長谷川蘇芳なのかもしれない。親しみやすさはまだわかる。笑いて。この状況下で笑いて。しかも相当にお寒いぞ? 絶対に黒歴史になること請け合いのアイデアだぞ?


「に……にゃー……にゃーあ……」


 しかも口から作戦が漏れてるからね! 訳のわからない言語として漏れてるからね! ほら見ろ、お隣の正田摩子ちゃんが驚愕の顔で震えてるよ……そら震えるって。今凄い形相してるからね。いいこと思いついたってな気分でにやけてるわけだけど、最後の選択を迫る魔王か何かみたいだよ。しかもどちらを選んでも襲い掛かってくる系の。


(もうすぐだ! にゃんこさん、にゃんこさんって言えば……へへへ……はっ!?)


 おお、その駄目さ加減に思い至ったか!? 思い至ってくれたか!?


(ぬこ! ぬこさんって言った方がキャッチーだよね? 「ねえねえ、ぬこって何?」なんて聞かれるかもしれない。そうすれば……へへへ)


 へへへ、じゃ、ねええええっ!! 何か痒い! モノリスがウネウネするくらい何かが辛い! 駄目だコイツ……放っておいたらエライことになる。ゲームオーバーを待たずに俺は死んでしまうかもしれない……あああああ。


 自己紹介は進み、廊下側から最後となる窓際の最終列に入って……遂に前席まで到達した。到達したんだが、ちょっと様子が違う。薄い髪色の短髪で、後姿しか見えはしないが、声を聞いて確信した。


「角隈正彦。よろしく」


 静かだが揺ぎ無いその声。ビビッてない。コイツは長谷川蘇芳の目の前に座っておきながら、まるで恐怖なんて感じちゃいないんだ。さっきまでも単に1人静かに座っていただけなんだ。


「ほぅ……この男、強者だぞ」


 レッドが嬉しそうに言った。それは強さの保証のようなものだ。してみるとこれは幸か不幸かだな……長谷川蘇芳を恐がらない人間がいるってこと自体は吉事だ。席も近いし交流が生まれたなら万歳三唱モノだ。けどなぁ……強い人が殺気に対抗してるって意味だとマズイだろ。窓際にこの教室における火薬庫が生まれただけになっちまう。


 「はい次ー」というノリで遂に長谷川蘇芳の番になった。そして鳴り響く心の声。


(だだだ! 台本は! 「長谷川蘇芳です。はじめまして。犬。好きなものは犬。だけど、ぬこさんはもっと好きでぇす」だよ。よし、いける!)


 いけねええぇええ! いけねえって! どこにもいけねえし、やっちゃいけねえよ長谷川蘇芳!! ネタ的にもアイタタタだけど、日本語としても意味わかんねえよ!? 何で犬って2回言う予定!? しかも好きな「もの」ってのはこれいかに?? 意味深過ぎて語弊生じまくりだと思うぞ!!


 介入、介入させてくれ頼む……ここで介入すべきなんだよ俺たちは……だのに見てることしかできないとか死ねる。ストレスで色々と死ねる。そしてミッションはフェイルドになって、本当に死んでしまうのかもしれない……!


「ぶ、ブラック殿、モノリスの体をねじり踊るとは……蒟蒻みたいでありますなー」


 黙れし跳ね球っ。


 立ち上がる長谷川蘇芳。全き沈黙と凄まじき緊張感とが教室を支配している……立った本人も大変な緊張状態なものだから、するっとしゃべりださない。溜めに溜められ、いや増しに増すプレッシャー。もう……駄目だ。色々ともう駄目だ。最悪の結果しか見えてこない。見えてこないんだ……。



「は、はせ……「あー、すんませーん、遅れましたー」……にゃっ!?」



 な、なんてこった!! 今まさに名乗り出そうとしたそのタイミングで、教室に入ってきたやつがいる! 入学初日で遅刻とかとんでもない野郎……というか女郎というか、おお、何か凄い気合入った女子だぞ。脱色した長髪をだらりと流して、制服の下には真っ赤なとっくりセーター。いわゆるヤンキー系なのだが長身で美人なもんだから妙にカッコいい。


 本人は何気ないつもりだったのかもしれないが、状況が状況だ、大注目に晒されてちょっとビビってる。「うぉ、な、何だよ」とか言ってる。何だも何も非常識な遅刻ではあると思う。担任が思い出したように注意を始めたが、外見通りの価値観で生きているのだろう、はいはいさーせーんって感じで席へ向かった。


 その席がまた、正田摩子ちゃんの前でやんの。摩子ちゃん、ビクビクしてるよ。彼女的には凄い配置だよな……前がこのヤンキー女子で、左斜め前は謎の強者・角隈正彦、そして左隣は覇王・長谷川蘇芳ときた。モスト・デンジャラス・ゾーンに子羊がインしましたーって感じかな?


 お。ヤンキー女子が角隈に話しかけてる。


「なあ、おい、この雰囲気何なん?」

「……遅刻したからだろう」

「それだけでこれか? どういうクラスだ、ここは……」


 ん? これは……?


「この2人は他と違うようだね。知り合いということでもなさそうだけど、ごく普通にリラックスしているように見える。彼からの距離は至近だというのに……」

「うむ。この女も戦士のようだ。そういう例はある」


 どういう例かは知らないが、グリーンとレッドの判断通りだとすると希望が持てる。意図せず周囲を恐怖させる長谷川蘇芳……その影響力は、ある程度の強さを持つ人間には通用しないのかもしれない。それならばそういった人物と友達になればいいのだ。ただ、その理屈でいくと、担任の女性教師も強者ってことになってしまうが……どうなんだろう? 「ったくもう、次!」とか平然としてるが。


 え?


 あ。


 あーあ。


 長谷川蘇芳、自己紹介、流されちゃったじゃん……。 


 最後の奴がへどもどと名乗っている間も、未練たらしくにゃあにゃあ呟いている長谷川蘇芳。そもそもお前さんの台本とやらの中には「にゃあ」なんて一言たりとてないんだがな……その様子じゃ、キャンセルされて良かったのかも知れない……のか?


 ヤンキー女子は最後に名乗らされていた。不破亮子。趣味はバイク。


 そんなこんなで終わってしまった自己紹介。介入もできず、見ていることしかできなかった。そして感じたのは、長谷川蘇芳というイケメンがいかに残念スペックなのかということだ。人選はともかく介入者が選抜されるだけのことはある……人選はともかく。付け加えるなら、人選はともかくとして。


 クリアーへの道筋が見えない……俺は打ちのめされた気分で彼を見つめていた。


 担任の説明をノートにメモする傍ら、軟体動物のような名伏し難き猫を落書きしている彼を。ああ、うん、それで満足度高いんだ。にゃん、とか書いてるし。ははは……こやつめ……。

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