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第3話 駄目だコイツどげんかせんと

更新未定と言ったのに次の日更新。嘘は言ってないはず。

 ヤバい。長谷川蘇芳のイケメンっぷりの方向性がヤバい。


 記念すべき入学式へ「いってきます」もなく出発した彼は、そのご家庭の無味乾燥っぷりもさることながら、学校へ着くまでの道中からして異常だった。道行く人が彼を避けること避けること、まるで凶悪な極道者がポン刀持って練り歩くが如しだ。


「フ……こやつめには覇気がある」


 いやいや、レッドさん、喜ぶとこじゃないから。頭抱えるところだから。


 凄い殺気を放ってるんだよ、彼。第一印象で「居合とかやってそう」と思ったのは錯覚だけど錯覚じゃなかったというか……本人には周囲への害意なんて欠片もないのに、無自覚な迫力が周囲をビビらせている。


 そもそも見た目がそれっぽいからなぁ。妖刀に魅入られた人斬り風とでも言うのか……切れ長の目は若干近視気味だから尚一層の目つきの悪さになっていて、そら、通りすがりに目があった子供が泣き出した。ガン泣きで走って逃げたよ。あーあー、転んだよ。


 そして大問題なのが……ああ……彼がそのことに深く傷ついているということだ。走り去る子供の背を見つめながら、悲しそうに、辛そうに、唇を噛みしめた。俺には立場上それがわかる。しかし周囲には逃した獲物に狂猛な眼力を飛ばしつつ、殺意を抑えきれない歪な笑みを浮かべたように映る。うわー、電線に止まってたスズメも逃げたよ。本人気付いてないのが救いだなー。


「彼は……何というか……誤解されやすいタイプなのかな?」


 グリーンさんが居たたまれないように言った。何か頭を掻いて困った風な姿を幻視したよ。そして言いたいことはとてもわかる。誤解だ。これ絶対に誤解なんだよ。


 だってコイツ、中身、超オママゴトだもの! お子ちゃまだもの!


 コイツの部屋とかぬいぐるみだらけだからね。手乗りサイズから2メートル級まで、クマだのネコだのイヌだのウサギだの……モフモフ王国の国王だよ。朝起きて最初にやることって、四方八方のそれらに「おはよう」って嬉しそうに言いまくることだし。不器用で下手糞ながら、ぬいぐるみ用の洋服とか小物を作ってたりするし。


 それだけじゃない。絵本の蔵書量も凄い。サイズばらばらの各種絵本……これも動物系がお好みのようで、朝飯前に1冊読んだくらいだ。「バルムンクとケロリオン」とかいう、万能の犬紳士が馬鹿なことばっかするクソ蛙の面倒を見ている物語。ほのぼのとしつつも美しく細密な絵が印象的だった。蛙はクソだが。他の巻も読みたいもんだな。


 おっと脱線。そうじゃない。長谷川蘇芳だ。俺は高校到着を待たずして不安の虜となっている。傍目と中身との乖離が酷過ぎるんだ。その結果に生じるのが、周囲の恐怖と彼の悲哀なんだから目も当てられない。


 横断歩道で信号を待っている時、彼の左右には人がいない。青になって渡る時も、彼の前では人波が割れて道ができる。電車内で立っていても然り。彼は何一つとして余計なことはしていないというのに、その最小限の動作ですらも、まるで洗練された武術家が戦闘モードで動作しているかのように錯覚されてしまうのだ。


 いっそ目を閉じたら楽なのかもしれない。彼を恐れ、青ざめ引き攣る顔たちを見なくて済む。ああ、しかし何という残念スペックなのか……平衡感覚の鈍い彼は、電車内で目を閉じようものなら速攻ですっ転ぶ。あ、前の席が空いた。良かった……でもなかった。立った奴はプレッシャーに負けて逃げただけだ。きょとんとして彼が座ると、その左右が身を寄せ合って間を開けた……よし、彼は気付いていない。


 今のでもわかるが、長谷川蘇芳はかなり鈍い。ホンワカした内面と相応の、ぽやぽやした感覚でもって世界を認識している。思考も遅い。遅すぎるほどだ。2駅くらい過ぎてから、どうして駅に到着したわけでもないのに席が空いたのかな、などと小首を傾げている。


 けど、きっと、それは幸運なんだ。周囲が彼に見せる残酷なまでの拒絶感を、その総量の内の半分も認識できないでいられることは、彼の幼い心にとっては祝福だろう。


 高校に到着しても何も変わらない。誰もがギョッとして彼を避ける。客観的に見れば不自然なそんな人々の動きも、彼の主観では日常的に過ぎてしまって、気付いてはいない。クラス分けが発表されている掲示板前は人だかりが出来ていたが、それを散らせて自らの名前を確認した。


 うあー、居たたまれない。コイツ、今、同じクラスの他の名前を見まわしたよ。それでもって、高校でこそ友達を作ろうとか決意してるんですけど。希望を胸に小さく握られた拳……それすら周囲を恐慌させてるっていうのに! うわああああ!!


「ど、どうしたんでありますか!? ブラック殿!?」

「み、皆さん……重要な山場が迫っています……最初にして最大の山場が!」


 入学式はいい。所詮は全体行事だ。彼1人がどんなでも滞りなく進むだろう。問題は次だ。各教室へ移動した後に始まる一大イベント……自己紹介こそがモスト! インポーゥタント!!


「いいですか、皆さん。これは今後を大きく左右する局面です。彼の高校生活が幸せになるかどうかの分水嶺ですよ! 我々の知恵と勇気とを絞りに絞って……ここに介入するんです!!」


 鼻もないのに鼻息が荒くなってきた。だってそうだろう? コイツ、こんなにイケメンのくせに人生の殆どをボッチで過ごしてきてるっぽいぞ? だって家族すらああだもの! 人生イージーモードだろうとか舐めててマジでゴメン! お前ってばぬいぐるみに笑顔で挨拶してる場合じゃねーよ! 頑張ってこうよ! 一緒に!!


「ああ、1人1人名乗って何かしらスピーチをするんだね。私は苦手だなぁ」


 いや、苦手じゃ済まないから! どうして貴方はそう他人事の態度かな!? 無責任とまでは言わないが、TOPに立たないと当事者意識がないタイプの大人って気がする……!


「拳で……「黙らっしゃい!!」……むぅ?!」


 意味のないこと言うんじゃないよ! 拳で語り合う初日とか、どんな男前塾だって話だよ! 知恵を絞れよ赤色野郎!! 人生いたるところに戦場あり、だ。平和な日常だろうが戦いはあるんだ! 暴力をとは違う力を使った戦いが! なぁ、おい、球っころ!


「す、凄い迫力でありますね、ブラック殿……! 了解であります! 我が軍の総力をもってスオウ殿の前途を洋々たるものにしてみせようではありませんか!!」

「ボール……お前ってやつぁ!」

「ブラック殿!」


 視線で握手をするというモノリスならではの熱いコミュニケーションをかましつつ、俺は教室へと入る長谷川蘇芳を観察した。ああ……不安と期待で緊張したその顔が、教室に入るなり、暗く沈んでいった。誰もにあからさまに顔を背けられたからだ。ゆっくりと俯いていくも、痛みに耐えて頑張ろうと口元を引き締めるから、それがより一層の殺気になって……あああ。


 席は窓際の後ろから2番目か。その後ろの席には既に座っている男がいたが、ははは、物凄い顔して机と睨めっこしてるよ。絶対に顔上げない決意が伝わってくる。プルプル震えてるしね。


「ま……よ、よ……!」


 前なんだ宜しくね、と言いたかったんだよな? 長谷川蘇芳。ガチガチに緊張した上に相手の態度が態度なもんだから……もう訳わかんない状態になっちゃって、話せてない。言葉は口の中に消えた。いつものように彼独りで完結してしまったんだ。


 座ってからも、何とか友達を作る糸口を見つけようと、キョロキョロと周囲を見渡す。前も空席、隣も空席、そして誰1人として彼の方を見ようとはしない。たくさんの背が見えるこの光景……俺だったらもう諦めちまうが、コイツはまだチャンスを探している。友達が……欲しいんだな……。


「ん、誰か近づいてくるみたいだよ。彼は気づいていないけど」


 グリーンの指摘に教室の後ろを見てみると、小柄な女の子がそーっと歩み寄っているじゃないか。しかしまた随分と幼い感じの子だな……髪型もフワフワしてるし、大きめの制服に着られている感じなものだから、小学生が背伸びして紛れ込んでいるようにも見える。


「ふん……外でもこの者を見ていた者ではないか」

「え?」

「おや、ブラック殿は気付いていなかったのでありますか? 掲示板のところでずっと見ていたのでありますよ!」

「彼の側は開けているからね。小さな彼女はその恩恵で掲示板を見たんだ。まぁ、彼の雰囲気に気付いてからは……泣きそうになっていたかもしれないけど」

「へえー……」


 まるで気付いていなかった。いや、だって、長谷川蘇芳があんまりにあんまりで……おお? ビビッてる風だけど最接近してるな。ああ、そうか、隣の席なんだ。この子は。


(隣に座るのかな?)


 モノリスの間にモノリスでない声が響く。長谷川蘇芳の心の声だ。


(今度こそ挨拶したいな。でも小さな女の子だ。同じ学年なのはわかってるけど、僕は小さな子を何度も泣かせてしまってるから、駄目かもしれない。嫌な思いをさせてしまうのかもしれない。だったら我慢しなくちゃ。静かにしていなくちゃ)


 そう考えるんだな、お前は。今朝も子供が泣きながら逃げてったしなぁ。けどさ……そんな小さな諦めが積もり積もってお前を殺すように思えてならない。サイレントベビーって知ってるか? 親に相手にしてもらえない赤ん坊は、その内、泣くこともしなくなるんだよ。自分には構ってもらう価値がないって自認しちまって……壊れていくんだよ。


「介入するであります!!」


 ボールが飛び跳ねた!? 何その機能!!


「こんなに人がいるのに静かにしているだけなんて、そんなのおかしいであります! 我輩が同輩たちと青春を共にした軍学校は、もっと共鳴に満ち満ちていたであります! 鳴いたり笑ったりしてナンボであります!」

「そうだね。黙っているばかりじゃ、彼への誤解は深まりこそすれ解消されるとは思えない。介入するのならここだろう」

「覇気持つ者の孤独というものもあるが……この者は若く、この世界は覇王を必要としておらん。友もなく生きることはなかろう」


 ボール、グリーン、レッド……お前ら……! お前らは……!




『フ……何をしておる。座るがいい』




 何で! よりにもよってレッドで応用介入してるかなああああ!?


 眼光とか人殺せるレベルじゃんかよ! ズオオオって変な気配が教室中を支配しちゃってるだろうが! 見ろよ、見ろよ! ちっちゃい子、床に土下座してるじゃんかよぉおおお!? 自己紹介もまだだっつーのにぃぃいいい!!


 

 結局、担任が入ってくるまで教室は“沈黙の”教室になっていた……狙ってたけどコレじゃない。コレじゃないんだ、長谷川蘇芳。担任の女性教師もビビッてるし。「はいはーい、皆静かにし……って静か過ぎるよ!?」とか言ってたし。原因の彼が激しく落ち込んでいるので殺気は感じていないようだが。


 どうしてこんなことに……どうしてこんなことに……うあああああ!!

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[良い点]  「バルムンクとケロリオン」、バムケロですね!(笑)知っている本より壮大な神話を感じさせるネーミングで、イラストもそれに準じたものになりそうです。とても読みたくなりました。
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