第2話 軍人たちが想定外すぎる
次回更新は未定です。
長谷川蘇芳。15歳。東京の外れの一戸建てに祖母と父と弟との4人暮らし。
父は大手ゼネコンの社長秘書を務めていて、会社では勤勉で面倒見がよく、家庭では寡黙で近寄り難い。家族との時間を大切にしている様子はないな。その母親がスオウの祖母なわけだが、この人は普通に疲れたお婆さんだ。息子らを持て余している風でもある。弟はクソ餓鬼。小学6年生。
「ふぅむ……ここの家庭は指揮官が不在のようでありますなー」
ボールが子供みたいな声で言う。ミッション開始後は俺たちの間で会話が可能となっている。自己紹介こそできないが、色々と制約も多い「介入」を上手く実施するため、4人で知恵を出し合い話し合わなければならない。軍人が多いから参謀会議みたいだな。指揮官とか言ってるし。
オタ知識のある軍人……駄目だ、やっぱり自衛隊員ってイメージがある。異世界って話しだし違うんだろうけど、微妙にサブカルの名言とかセオリーを踏襲してくるんだよな。このボールは。軍曹的な口調だしさ?
「片親が珍しくないというのは、私の知る社会とも共通するね。あまり愉快な家庭というわけでもないようだけど……それが彼の死に影響するのだろうか?」
グリーンは落ち着いたいい声をしている。今のところ最も常識的な人物……というかモノリスというか……として俺は認識している。どうも既婚者っぽいんだよな。発現の端々に大人の余裕やら変な含蓄みたいなものやらが垣間見える。軍人は軍人でも高級将官なのかもしれない。
ただ、彼の知る社会ってのは俺の知るものとかなり違う。「へえ、これが地球かぁ」とか言ってたし。そのくせ日本の名は知っていて、「日本海海戦は戦術レベルでも戦略レベルでも興味深いね」なんてことを言っていた。どういうこっちゃ。
「フ……この男は弟を持つか。見ものよのぅ」
レッドの声は怖い。言ってることも無駄に威厳があるというか、暴力的で圧倒的というか……恐らくは最も敵に回しちゃならんモノリスだ。体有りで出会ったなら一瞬で漏らす自信がある。軍人とかってよりも、配下に軍があるってレベルの御人なんじゃなかろうか。国家権力やら官僚機構やらってのでなく、こう、鋲付きのプロテクターで汚物を消毒ヒャッハー的な? 怖すぎる。
「ま、まあ、とりあえずは彼が寝ている間に、やれるだけのことをやっておきましょう」
ビビりつつも発言する俺だ。俺たちの目の前には自室で眠る長谷川蘇芳の姿がある。高校進学の前夜……明日は入学式ということで早寝をしたようだ。彼が通うこととなる高校は都心の私立高校で、偏差値は上の下か中の上かってところ。附属で大学がある。
「ん? 早速、介入するのかい?」
「はい、その方がいいと思うんです。彼がどういう理由で死ぬことになるのかはわかりませんが、クリアー条件に『幸せに』と明言されている以上、明日からの学校生活に何かしらのアドバンテージを与えておいた方がよくないですかね? 何事も最初が肝心ですし」
「『まず勝ちて、それから戦う』か……孫子だね」
「おお! それは戦争の格言でありますか!?」
「ほぅ……?」
いやいやいや、ないないない。何でも戦争につなげるんだな、軍人ってやつらは……これは俺的にはゲームのイージーモードという発想だ。強くてニューゲームなアレだよアレ。手っ取り早く所持金100億円とかやれるなら、それが一番楽なような気が……いや、そうでもないか。過ぎたる金は事件を招きかねない。何しろ、放っておけば3年間の内に死ぬ運命だ。
「俺が試してみたいのは、介入の中でも『技術付与』って奴なんですが……」
技術付与。あの女声の説明の中にあった介入の種類の内の1つだ。基本的な介入は意識誘導だが、それ以外にも強力な手段が俺たちに許されている。しばらく介入できなくなる代わりに一時的に体を支配したり、意のままにしゃべらせたり……それらを応用的な介入とするならば、技術付与は切り札的介入に分類されるだろう。
俺たちモノリスはたった1つだけ、長谷川蘇芳に技術を提供することができるのだ。関連付けさえ気をつければ相当に効果的な介入だ。例えば俺たちの内の誰かが英語ペラペラだとしたら、その英語力を彼に提供することができる。即席で得意科目の出来上がりだ。
「なるほど! ミッション中は効果が持続するという説明でありましたな! つまり今技術付与を行えば、ミッション終了までの最長の期間に作用するということでありますね!?」
まあ、そうなんだけど……ボールはテンションが高いよね。今ちょっと跳ねたよね?
「確かに1つの方法だね。デメリットを挙げるなら臨機応変な付与ができなくなるところか。ここで使ってしまえば危急時に対応できなくなる。期間をとるか機会をとるか……前者をとるのならば、なるべく応用力のある技術を選択したほうがいいんじゃないかな?」
いや、やっぱグリーンさんだ。この人は頼りにできる。少々積極性に欠けるというか、のんびりしているようなところがあるのは玉に瑕だが、基本的に頭のいい人に違いない。実のところ、俺はこの人に学問的な技術を期待していたりする。色々とそちら方面の引き出しが多そうじゃないか。
「ふん……男に必要な技術など1つきりだ。拳よ」
レッドが何か訳分かんないオーラみたいの噴出してきて怖い。何このモノリス……拳どころか目鼻もない、平たい直方体の分際で。俺もだけど。
「拳……拳か……どちらにすべきなんだろう……」
俺の呟きにボールが「右拳か左拳か、どちらかってことでありますか?」とか言ってるけど、考えなしにそんなこと言ってるから、俺の中で君の序列が下がるんだ。上から帝王レッド、将校グリーン、軍曹ボールだぞ? いいのか?
頭を使うか体を使うか、それで悩んでるんだ。
平和な日本に生きる高校生が、幸せに三年間を過ごすためのアドバンテージとなる技術……それは結局のところ学力なんじゃないかと思う。誰かが言っていたが、学校に通ってる時代に経験する諸々の悩み事は、その8割以上が“勉強すればなんとかなる”ものなのだそうだ。
乱暴な理屈だが、現実的なところで、高い学力があって困ることはないはずだ。クラス内の格付けでも、教師の間での評判にしても、勉強はできた方がいいに決まっている。定期的にテストされ数字によってランク付けされるのだから、その1つ1つに優越感や達成感があった方が自信にも繋がるだろう。
だが、それはあくまでも一般論なんだ。長谷川蘇芳については別の要素を無視できない。即ち「3年間の内に死ぬ」という宣告だ。死因は謎だが、病死であれば為す術がない以上、恐らくは事故や事件に巻き込まれるんじゃないかと思うんだ。
ミッションの失敗を意味するそいつを避けるためには、生存術というか、一個の生物としての強さといったものが必要なのかもしれない。幸いにして、ここには赤緑球と3人の軍人がいる。非日常的な危機に対しての技術を身に修めているはずだ。拳というのもそんな類なんだろ?
「……実際問題、皆さんだったらどんな技術を提供できるんですか?」
長谷川蘇芳及び彼の生きる世界に一番近くあるのは俺だ。常識の磨り合わせも含めて、モノリスの中で“フィルター”になる必要がある。使える技術か否かを篩にかけるんだ。
「我輩の持つ技術の多くは地球と異なる文明に基づいておりますからして……そうでありますなぁ……地球に来てから身に付けた技術としては、掃除と模型製作に自信が!」
球却下。次。っていうかコイツ、異星人か何かか!?
「私の技術も似たようなものだろうね。歴史が好きだけど、それは人類が銀河に広く生存圏を広げた後の話だし……うーん……唯一の取り得というか、年金を貰うための主な仕事となっているのは、宇宙艦隊の作戦指揮かなぁ」
ちょ、グリーン、おま、艦隊司令官とかかよ!? しかも宇宙艦隊って……未来人なのか!? しかして問題は、その凄さがまるで役に立たないことだよな……通学して勉強して友人関係を築く日常には宇宙艦隊とか出てこないし。いっそ科学者ならよかったのに。
「拳だ。俺の拳は天を目指す領域にある」
レッドさんの比喩は壮大過ぎてよくわからん。
「あの、もう少し詳しく教えてもらえますか? ええと……どういう風に戦うんですか?」
だが格闘術の類なら、他の2人よりもよっぽど現実的で使えるんじゃないか? 通り魔に襲われても身を守れそうだし、交通事故にしても身のこなしがよければ命を拾えるかもしれない。
「暗殺拳法だ。俺はその奥義をもって正面から何者をも打ち砕く!」
うん、意味がわからない。暗殺の技術て正面から行くってのは、どういうことだ? 打ち砕くってのは比喩なんだろうけど、それにしたって豪快な気配が伝わってくる。多分、護身術とかってレベルは超えてるんだろうな……事件の被害者でなく加害者になってしまいそうな、そんな予感がヒシヒシとする。
……おかしい。
俺以外の3人は信奉者もいるような、男として隅に置けない軍人なんだよな? それって頼り甲斐があるタフガイって意味じゃないのか? 頼れないぞ? 3人揃えて選択肢が「掃除」「模型製作」「宇宙艦隊の作戦指揮」「正々堂々とした暗殺拳法」ってどういうことなの……「掃除」に少し魅力を感じちゃうようなラインナップとか想定外過ぎるだろ……。
「ブラックは民間人ということだけど、どんな技術があるんだい?」
「えっ!?」
考えてみれば当然の流れだろうに、慌ててしまう俺である。だって思いつかないもの。他人様に誇れるような技術なんて……何かあったかなぁ? いや、宇宙艦隊とか暗殺拳法とかに匹敵するようなモノなんてあるはずがないだろう。さりとて何もないとは言えない。正面の球がそれを言わせない。確信する。あいつは絶対に調子に乗るタイプだ。相当にウザイ系で「ゲゲロゲゲロ」と嗤うだろう。
「…………作文と絵画、ですかね」
正確には妄想を文章にして楽しむ趣味と、妄想をイラストにして楽しむ趣味です。はいスイマセン。命の危険のある高校生には何ら恩恵のないものですよね。そもそも趣味ですからね。技術だなんて大層なこと言えないレベルですからね。ボールに対抗しただけですスイマセン。
「へぇ、いいじゃないか。それにするかい? 私の知る将官でも芸術に精通した人物がいるよ。攻守にバランスが良く、広範な任務を高く処理できる……正に万能タイプの人物だ。最も、敵だから困るけれど」
「ほぅ……否定はせん」
「地球はサブカルな娯楽が素晴らしいでありますからね! その方面に応用させれば充実した日々が過ごせるのでは!?」
妙に乗り気な……そして一部背筋を寒からしめる発言をする球を務めて無視しつつ、俺は必死の思いで断った。落ちつけと。そうじゃないだろうと。状況を理解してくれと。命の危機のあるやつを幸せにしなきゃならんのだぞ、と。
「ふん。死と隣り合わせなど当然のことよ。その上でいかに雄々しく生きるかであろうが」
しまった、こいつら、戦争上等の連中だったあ!!
結局、臨機応変に対処しようということに相成りました。
いざとなったら暗殺拳法だな。うん。突然学校が犯罪者集団に占拠されたら技術付与しよう。そうしよう。“沈黙の”学校にしてやるんだ。地上最強の長谷川蘇芳で全米が驚嘆だよ。HAHAHA。
……そんなミッションじゃないといいなぁ。