第1話 夢だけど覚めてくれない
新年から変な夢を見たので衝動的に仕上げてみました。
『アテンションプリーズ、アテンションプリーズ、貴方は囚われました』
それは冷たい女声によるアナウンス。
『ここは貴方にとっては夢の世界。けれどもう1つの現実です。ミッションを成功させない限り体に戻ることはできません。ミッションに制限時間はありませんし、ミッション中の経過時間は例え千年であろうともそれは一睡の夢。貴方の体が在る世界にとっては刹那の時間に過ぎません』
説明通りの体なき体……黒いモノリスとしての自分を確認し、そこに「音声のみにて失礼いたします」と書かれていることに少し動揺する。大丈夫か、これ。いろいろと、その……大丈夫か? これ??
『ミッションはチームで挑戦してもらいます。チームメイトを紹介しましょう』
言うが早いか、暗いんだか明るいんだかもわからないこの空間に、俺以外のモノリスが3つ出現した。東西南北から向かい合う位置取りだ。いよいよもって大丈夫だろうか、これ……大丈夫だよね?
さて、俺を北とするなら東には赤いモノリス。物凄くワイルドな毛筆書体で「俺に映像はない! あるのは音声のみ!!」と書かれている。何それちょっとカッコいい。俺のやつは大学ノートにシャーペンで適当に書いたみたいな文字なのに。
西には緑のモノリス。書いてある文字は「まあ、楽しくやってください」。意味がわからない。ここは音声関係のお断りを入れておくべきなんじゃないか? 空気読めよ……っていうか、何を楽しくやるんだよ。このふざけた状況をか? ミッションをか??
そして対面する形の南の緑のモノリス。おい。色かぶってるよ。そこはかぶんなよ。しかも文字がやばいそれはやばい! 「サウンドオンリーであります!」って、馬鹿、やめろ!! おいアナウンスしてる奴、どうにかしろ! ミッション始まる前に色々と終わっちまうぞ!!
『……ブラックより緊急の要請が入りました。対応を検討しますので少々お待ちください』
俺はブラックって名前なのか。実際は……って、あれ? 思い出せない? 自分の本名忘れるとか超気持ち悪い。でも、まぁ、体も無いし……問題ないのかな?
『お待たせいたしました。対応への処理を実施します』
おお、対面の馬鹿野郎が球形に変化した。色は緑のままか……そこは緊急性ないしな……けど球形かぁ。それはそれで、黒かったら危ないんだよな。違う角度で。まさに危険球。なんちゃって。
『…………チームメイトの紹介を再開します』
おい、今の間は何だ。おい。
『既にお気づきの方もおられますが、貴方たちは現在、自分のパーソナルデータを思い出すことについて一定のフィルターをかけられています。これは出身世界の異なる貴方たちが過度に情報交換をしないよう安全対策としてかけられた制限です』
ああ、やっぱり……って、何か凄いこと言ったな。出身世界が異なる? それはやはりアレか? 文化圏や何やらってよりも、異世界的なアレなのか? 対面の球野郎とか同類の気がしてならないが。
『ですから、チームとして協力するための必要最小限の情報で紹介していきます』
ふーん……勝手に自己紹介できない仕組みなのか。まあ、いいけど。そもそも自己アピール的なものって嫌いだしね。別に知ってほしくないというか……自慢するものもなけりゃ、媚びる気もないだけだ。どうせ人は1人1人違うんだ。説明しはじめたらきりがないだろ?
『ブラック以外は軍人です。ブラック以外は大勢の信奉者がいます。ブラック以外は男としてなかなかに隅に置けません』
どういう紹介だよコン畜生!! 何だよ! 俺だけ違うのかよ! のけ者かよ! っていうか俺以外は軍人!? ええ!? どういうミッションか知らんが、ドンパチ系なのか? え、でも、体無いじゃん。っていうか球野郎が軍人とか意味がわからない。ああ、でも、自衛隊員ってオタ多いって聞いた気が。
『では……レッド、グリーン、ボール、ブラック。貴方たちの挑戦するミッションについて説明します』
え、紹介終わり? え? それって俺を仲間外れにする以外のどんな必要最小限だった!? そしてもって球野郎はボールって名前か。更には名前順が最後だったってことに少し悪意というか隔意というか……早くも仲間外れ的な意図を感じる。これは被害妄想か?
『貴方たちは、とある人物の無意識領域に潜入してもらいます。そこからその人物を監視し、言動や振る舞いに適時介入して、その人物を上手く導かなければなりません』
それは……何というか……ちょっと予想と違ったな。位置的には「神の声」とか「守護霊」とかって感じなのか? 主体性がないわけだろ? アドベンチャーゲームとかが近いのだろうか。
『潜入対象となる人物を紹介します』
俺たちモノリスの中央に学ランの男が表示された。完全に立体的な映像凄いとかは思わない。今更だ。それよりもこの、ゆっくりと回転している映像の……映像ですらわかるイケメンっぷりが気に障る。
長身で無駄のない体つき。サラサラとした黒髪はやや長めで、眉目秀麗な顔を隠すように垂れ下がり、ぼかすように散っている。出たよ。超主人公顔だよ、コイツ。やや切れ長の目がまた何とも小憎らしいカッコ良さで……幽玄な感じとでも言うのか? 何か日本刀で居合いとかやりそうなイメージだ。
ないわー。やってられんわー。こんな奴、放っておいたってハーレム作るに決まってるじゃん。やだやだ、こーゆー顔面格差。俺、鈍感系主人公に感情移入とか絶対無理なんだよなー。
『長谷川蘇芳。15歳。太陽系第3惑星地球の日本国首都東京に暮らす男性です』
スオウとか、名前まで雰囲気ありやがる……って、んん? 何か後半おかしくなかったか??
『彼は所属国家の義務教育を終え、高等教育過程に進む直前です。既に基本的な集団行動のノウハウと読み書き計算以上の基礎教養を習得済みですが、国家規模の官僚システムのレールに従い、より上位の学問を身に付けるべく受験というペーパーテストをクリアーしました』
やたら仰々しい説明だな、おい。要は高校生ってことで……ああ、そうか、俺以外は軍人だとか言ってたっけ。しかも異世界らしいし……常識が違うのかもしれない。在りうる話だ。
『高等教育過程は3年間ありますが、彼はこの期間の内に死にます』
え。
ええ!?
死ぬ!? 何、コイツ死ぬの?? うへー、マジかぁ……こんなに雰囲気あるイケメンでも死ぬのかよ……勿体無いというか何というか……ザマあ、とは思えないな。二十歳前だろ? まだ子供じゃん。親に先立つことになるんだろうし……気の毒だ。死因は病気か事故か……何にせよ不幸だよなぁ。
『ミッションの失敗条件は彼の死亡です。そうなった場合、貴方たちは夢の世界で永遠に彷徨うことになります。体の側の時間経過も促進され、意識不明のままに死ぬこととなるでしょう』
げええええっ!? 何だそれ! 何だそれ! 一蓮托生じゃんかよ!! おい馬鹿ふざけんな、スオウとかいうイケメン! 生きろ! そな……君は美しい!!
『ミッションの成功条件は彼が幸せに高等教育過程を完了することです。放置した場合は万に一つも訪れない未来であるそれを、適切な介入を重ねて成し遂げること……それが貴方たちのミッションというわけです。お分かりいただけたでしょうか?』
おおお……お分かりたくないが、お分かってしまったよ。これはアレだ。一種のデスゲームってわけだ。セーブもロードもない、一度こっきりの悪夢……このスオウってイケメンを上手いこと高校卒業させないと死んじまうんだ。俺も、レッドも、グリーンも、ボールも。
『次に、背景世界の概略について説明します。ここは……』
『次に、介入方法について説明します。これは……』
『最後に、開始後のサポートについて説明します。ここでは……』
『……質問がないようなら、以上で説明を終わります。よい夢を』
こうして、俺たちのミッションは始まった。
皮肉な話さ。思わず口をついて出る「夢なら覚めてくれ」ってありきたりな台詞が、正しい現状認識であり用意された正当なゴールでもあるんだから。さもなきゃ死ぬんだから、やるしかない。イケメン・スオウのブレインとして……って、これも言葉のまんまっぽいな……脳内に潜む決死の作戦集団として、3年間の高校生活を勝利していかなければならない。
まぁ、とはいえ、これほどのイケメンだし? 人生イージーモードなんだろうし? 健康面と安全面さえ軍人どもの協力でもって注意してきゃ、何とかなるんじゃね?
……なんて。
この時の俺は甘く考えていたんだ。
このミッションがいかに困難極まるかをまるで理解しないで。
スオウは外見通りの高スペックな性能を有すると無邪気に信じていた。
赤と緑と球は頼り甲斐のある軍事専門家だと盲目的に信じていた。
あいつは、あいつらは……駄目だ。色々と駄目駄目だったんだ。だから俺は目もない体で涙目になって奮闘努力することとなる。死なぬために。生きるために。このふざけた悪夢から目覚めるために。今日もあのボンクラどもの無駄な1票に怯え、がっかりイケメンの豆腐メンタルに一喜一憂するのだ。
ああ……畜生……夢なら覚めてくれ。夢なんだけど。覚めないんだけど。