魔女
今日は秋葉原の駅で恭一と待ち合わせだ。
昨日、ウサコに誘われて、彼女のバイト先に遊びに行くことになっている。
11時半か。12時には着くようにと言われていたが早すぎたか?
一応恭一に電話してみることにした。
(電車乗ってて出ないかもな。)
プルル…
「おう裕也!駅ついたか?俺早く付きすぎたからカフェの下見にきたんだが…お前も早く来た方がよさそうだぞ」
それだけ行って電話は切れた。
しょうがない。1人でいくことにした。
たしか、カフェの名前はミルクミルクで…電気街口でてまっすぐ…大通りの道沿いにあったはず…
それにしても秋葉原は男が多いな…
恭一を待たせてると思い、早歩きで歩く。
すると目に飛び込んできたのは、男たちの行列。
まったくむさ苦しい。
と、思ったらその中に恭一の姿が…
「恭一お前何してんの?」
「見ればわかるだろ?開店待ちだよ!」
よくよく先頭の方をみると、カフェミルクミルクのビルからのびる行列だった。
「マジですか…」
「場所の下見のつもりだったんだけど、どんどん人が並んでいくから。俺も並んじゃった。」
(なるほど。だけどカフェにしては混みすぎじゃないか?)
「なぁ裕也、さっきから気になってるんだが、ここに並んでる人達ってさ。なんか荷物もってない?」
今まで意識してなかったけど、確かにみんな紙袋を持っている。
「何が入ってるんだろうな?」
「さぁ。なんかデパ地下とかで売ってそうだよな」
そんな話をしていると店から男が出てきた。
見覚えあるその顔は色彩要であった。
要が客に向かって声をかける
「大変お待たせ致しました。店内の準備が整いましたので開店させていただきます。」
待ってましたとばかりに客がなだれこむ。
裕也たちも押されて店内に押し込まれる。
不思議な店内だった。
白やピンクで可愛らしくディスプレイされた店内だが、テーブルは、TVなどでよく見る大学の講義室のように、客が全員同じ方向を向いて座る形式のようだ。
「お帰りなさいませ!ご主人さま!」と、猫耳やらウサ耳やら、なんだかわからない耳を生やしたメイドさん達が席に案内してくれる。
(こ、ここはマサカ…噂のメイド喫茶ってやつなんじゃ!?)
圧倒されてフリーズしている俺たちに声をかけてくれたのは、黒髪に偽物ウサ耳をつけたウサコだった。
「来てくれて嬉しいです、ありがとうです。」
そう言うと、一番うしろの端っこの席に案内してくれた。
「たぶん、初心者さんはここが安全です」
安全の意味がわからなかったが、どっちみち、どこに座っていいのかわからなかったから従うことにした。
気づけば店内は満員。立ち見もいっぱいいる
…カフェ…だよな?
「メニューはこちらです。お決まりになったら、大きな声で、う、ウサターン!って呼んで下さい。」
ウサコは顔が赤い。察するに、ウサタンは自分でも恥ずかしいのだろう。
それに、呼びかけるこっちも恥ずかしい。
「今すぐ決めるよ、まってて!」
メニューを開くと、かなり良い値段のものばかりだ…
「お、おすすめは…」
「このスペシャルフルーツジュースです。」
1300円…
(ゴウニハイッタラゴウニシタガエ…)
「じゃあ、そ、それで。」
「ありがとうです。恭一さんは何にしますか?」
「ブレンドで」
1番安くて安全なの選んだな!
…だがコーヒー飲めない俺はどちらにせよたのめなかった…
「かしこまりました、じゃあ、そろそろショウが始まりますので、楽しんでいってくださいね!」
「ショウ!?」
やっぱメイド喫茶じゃん!!
いきなり店の照明が暗くなる
さっきまでのざわめきが止まり、客が息を呑むのがわかった。
パッ!
1番前の席に向かい合って設置された舞台にスポットライトがあたる。
見えているのはシマシマな薄茶色の猫のシッポ?
突然客がコールを始める。
「ニャンニャンみータン!ニャンニャンみータン!ニャンニャンみータン!ニャンニャンみータン!」
圧倒される俺たち。
照明がパッとピンクにかわる。
「みんな、今日は集まってくれてありがとー!!!」
そこに現れたのは、シッポと同じく薄茶色の、ゆるいパーマがかかったボブ。スラットした身体に、短いメイド服のスカートに黒いニーハイソックス。猫耳猫目のかわいい女の子。
最前列の客がたちあがる。
「みータン、お誕生日おめでとー!」
「おめでとおおおお!」
他の客も続く。
「僕たちから、みータンにささやかなプレゼントです。…起立!」
なんと客が一斉に起立したではないか。
「ではいきます。…せーの!
ハッピバースデーみーターン!ハッピバースデーみーターン!」
客が…ハッピバースデー歌っている。
もう、異世界すぎて付いていけない。
「ふふ、ビックリしましたか?」
横にいたのはウサコだった。
「お待たせしました、特製フルーツジュースです。」
「あ、ああ。ありがとう。それにしても、すごいなショウって…ウサコもこんなことするの?」
「いえ、私は新米ですし。こんなパフォーマンスする勇気ないですよ。みーさんは特別なんです。」
なんか少しホッとした。
「へー、特別か。」
「はい。このお店がオープンした時からいるお姉さんで、熱狂的なファンの方がいっぱいいますし、出勤日も時間も少ないから出勤が決まるとお客さんが殺到します。」
「な、なるほど。誕生日じゃなくても人気な人なんだ。」
「はい!あ、でも。やっぱ今日はお誕生日なので、大阪とか北海道からも駆けつけてる人もいるらしいです!尊敬しちゃいます!」
ガチ勢おそるべし。
「この後ろの席に案内してもらえてよかった。そんな中には馴染めそうもないよ。な?」
恭一に同意を求めようとそちらを向く。
「ハッピバースデー!みーさああああん!」
そこには、起立してハッピバースデーを熱唱する恭一がいた。
「恭一さんは、馴染んでるようですね。」
まさか初来店でこんなに恭一が馴染んでしまうとは…あきれてものも言えなかった。
客「ウサコたーぁん!」
「あっ!は、はい!ご主人さま、すぐおうかがいしますっ!」
ウサコが耳もとでコソっと
「常連さんに呼ばれちゃいました、いってきますね。」と囁くと、ピョコピョコと駆けていった。
(新米って言ってたけど、ウサコにもファンはいるんだな…)
話し相手もいなくなり、ステージのミーさんを見る。
スポットを浴び、ニコニコと客の歌を聴いているだけにもかかわらず、笑顔がキラキラと輝いて見える。
(華があるってのはこういう人のことなのかなー。本当のアイドルみたいだ。)
ぼーっと見とれかかっていた裕也の顔のすぐ横から、急に男の声がした。
「またアホ面しているな。マセガキが。」
いつのまにか真横に要がいた。
「社長がお前を呼んでいる。ついて来い。」
「は、はい?」
ガシッと腕を掴まれて、そのまま店の奥のエレベーターに乗せられる。
エレベーターは店の4階まで上がって扉が開いた。
「失礼します。高岡裕也を連れてきました。」
要にうながされて部屋に入る。
さっきのカフェの可愛らしいゴチャゴチャした雰囲気とガラッとかわり、どこぞの古城に迷いこんだかのようなクラシックな雰囲気。
なにやら高級そうな彫刻品まで飾ってある部屋だ。
1番奥の机の向こうのソファに美しい女性が腰掛けている。
「社長に挨拶しないつもりか?」
要に肘てつを食らわされる。
「ぉぐっ!…は、は、はじめまして。高岡裕也です…。」
女性はフフフと笑うと話しかけてきた。
「私がここの社長、チルシャ-ベーネよ。」
(外国の人なのか…)
「よ、宜しくお願い、します。」
初対面で、しかも社長さんという偉い立場の人と話しているという緊張感で上手く喋れていない。
(穴があったら入りたい)
「緊張しなくていいのよ、高岡裕也くん?私はあなたのようなお子様は取って食べないから。フフ。」
(素敵な笑顔で凄いジョーダン言う人だぁ…)
「ところで…あなたの願い、ウサコちゃんから聞いたわ」
!
「え…?」
「ウサコちゃんをダッパーズにしたのは私よ?聞いてない?」
「は、はい。」
「色彩、彼に説明なさい。」
「はい。」
要が説明を始めた。
この店で働いている女の子達は全員ダッパーズであること。そのダッパーズは、要が条件を満たした動物や、魂と契約をして、ベーネ社長が人間の姿を与えていること。ベーネ社長は猫又のダッパーズであること…などなど
「…説明はそれくらいでいいわ。」
「はい。」
「このメイド喫茶はね、ダッパーズの女の子が人間の生活をするための生活費を十分に与えてるわ。そのかわり、私はここに集まったお客様から若さを貰っているのよ。」
「若さ…ですか?」
「ええ。猫又のダッパーズは、異性の人間の性的欲求を吸収して自分の寿命や若さをコントロールできるわ。それに、吸い取った欲求を力に変えて新しいダッパーズを作ることができるの。」
さっきの、取って喰う発言はガチだったようだ…いきなり目の前の美人社長が恐ろしい魔女に見えてくる。
と、いうか。本当に魔女だ。
「あ…あの、その社長さんが僕になんの御用でしょうか…?」
おそるおそる聞いてみる。
「あぁ、そうだったわ。あなたの願い事のことよ。自分で人間の姿にしたダッパーズの子たちは子供みたいに可愛いわ。だからダッパーズの子達が人間になってしたかったことをサポートしたいの。だけど…」
「だけど…?」
「あなたの1番の願い事を叶えるという、ウサコちゃんは…今のままじゃ成仏できないわ。」
!!!
「ど…どういうことですか?」
「貴方の母親、高岡咲は家に帰る気はないわ。」
「母さんを…知っているんですか…?」
「ええ。古くからの付き合いよ。」
!!!
3年前、急に居なくなってしまった母さん。
それまでは優しくて、家族とは仲良く暮らしていたはずだったのに、ある日帰ったら紙きれ1枚だけのこして消えていた母さん。
もう、会えないものだと諦めかけていた母さん。
そんな母さんの手がかりを知っている人が目の前にいる。気持ちが熱くなってゆく。
「母に、母に会わせてください!」
気持ちがはやる。
「まだ早いわ。」
「な!なんで!!」
「あなたがまだ幼いからよ。」
「僕はもう高校生です!」
「まだ社会が見えてないわ。」
「ならどうすれば!!?」
「現実を受け止める覚悟はある?」
「あります!」
チルシャベーネは鋭い目でこちらをみている。ここで怯んではいけない。目を離してはいけない。
「…なら、大人になりなさい。」
「…はい。」
「あなたの気持ちはわかったわ。会わせてあげる。ただし、私があなたを認めたらね。」
チルシャベーネはフゥっと息をつくと柔らかい表情にもどった。
「じゃ、明日からあなたをウチでバイトとして雇うから。せいぜい社会勉強してね。」
こうして俺は、得体の知れない魔女のもとでバイトをすることになったのだ。