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脱ヲタ

夏休み2日目。

高岡裕也は唯一といっていい友達、小泉恭一の家に向かっていた。


恭一の家は駅北口方面の住宅地にある。

このあたりの住宅地は一軒家にかっこいい車があって、ペットまで飼っている家が多い。


恭一の家に初めてきたのは小学校の低学年だったと思うが、自分の住むボロボロの鷹宮荘と、この大きな家を比べると、中の人間が同じ暮らしをしてるとは思えなかった。

こういう家に住む人間はどんな暮らしをしているのだろう。小さい俺はそんな事を考えて通った道だ。


まあそれも、何度か恭一の家にお邪魔しているうちにわかってきたのだけど。


恭一の家に着いてチャイムを鳴らす。

ピンポーン


インターホンから声がきこえてきた。


「お!裕也。鍵あけるから入って。」


ガチャリと鍵のあく音がしたので中へ入る。


「おじゃましまーす。」


入ると恭一が部屋から手だけ出して手招きしている。


「朝から電話で呼び出してどしたの?」

部屋に入って聞いてみる。なんだかいつもより部屋が散らかっている。


「いや、その、あれだな。コレクションを整理しようと思ったんだ。」


「へ?どういうこと?」


「つまりだなー…田中さんと付き合い初めて、俺は脱ヲタすることにしたんだ。」


…!!!


「な、なんだって!?脱ヲタ!?」

「おう。脱、ヲタクだ。」


よく見れば、俺と眼鏡コンビだったはずの恭一がメガネをしていない!それに、服装もいつもと雰囲気が違う!!!


「恭一…本気なんだな。」


自分を置いてリア充になる友達。

少しの寂しさと、羨ましい気持ちが入り混じるが、ここは友達として潔く送り出すのが男だろう。


「わかった。俺の屍をこえてゆけ。」

「おう。俺は変わるぞ」

「お前が男になるときがきた!!」

「っしゃーーー!」

「うひぃーーー!」

「どぅーーん!」


ガチャ


ドアがあいて恭一のお母さんがニコニコと立っていた。


「あらあら、裕也君お久しぶりね。お茶とケーキ持ってきたから食べてちょうだいね。」


パタン。


上がっていたテンションが急に恥ずかしくなって、2人は冷静を装う。


「で、俺は決意表明聞くために呼ばれたんですかね?」


「いえいえ、ちょっと頼みごとがありまして。」


「あぁ、コレクションの整理手伝うんですね。」


「はい。このダンボールに好きな物入れて持ち帰っていただければ…」


!! なんですと!?


「ほ、本当にいいのか?」

「男に二言はない。」

「持つべきものは友達とはこういうことか」


恭一のコレクション。つまり、アニメやゲームのフィギア、同人誌、時計や未開封のキャラグッズは、この広い部屋にところ狭しと置いてある。


ゴクリ。


宝の山で、好きなものを持っていけと言われると…


恐るおそる、前から狙っていた同人誌をダンボールにいれて恭一の様子を伺う。


「…」


こっちを見ないようにしているようだ。

何も言われないし、大丈夫…ということにしよう。


次に手にしたのは目覚まし時計。これは、俺もあいつも好きなキャラが、アラームで「起きてよ!ご主人さまぁ!朝!朝だよ!」と起こしてくれる数量限定発売のもの…


ドキドキ…ちらっ


様子を伺うが、やはり無言で耐えている。

これが大丈夫ということは他も本当に持っていっていいということか。


覚悟を決めよう。

この宝の山から財宝を持ち出すのは今しかない!お言葉に甘えて持ち帰ろうじゃないか!


「じゃあ、これと、これと…」

「ちょ、あっ。」


精巧にできたフィギアに手をかける。



「ちょ、ちょっ、ちょっと待ったあああ!!」


恭一がフィギアを奪い返す。


「ロロさんは俺の嫁だ!!いくら友達とはいえ、この可愛いい姿でお前があんなことや、こんなコトをしようだなんて許さない!」


ぽかーーん。


あまりの剣幕にも驚いたが、さっきまで男らしくなったと友人の成長を見たつもりでいたのに…なんだこの茶番は…


「おいおい。好きな物持っていっていいんじゃないのか?」


「ろ、ロロさんは別だ…!」


(はぁ、ヤレヤレ)


「じゃあルルタンもらっていきますわ。」

「…フィギアはダメだ。」

「…」

「抱き枕ならルル持っていっていいから…」

「…誰がお前の使用済み抱き枕を欲しがるんだよ。」

「…」


やっぱり男という生き物はバカなのかもしれない。


「脱ヲタするんじゃなかったのか?」

「…無理そうだ。ロロさんが、俺の目を見て助けを求めている…」


「じゃあ俺どうすればいいの?」

「そうだな…もし、この部屋に田中さんが来たら、ドン引きしないかな…」

「ドン引きだろうね。田中さん普通の女子高生だし。」

「だよな…せめて、クローゼットに隠しきれるようにしたかったんだよ。」


あぁ、なるほどね。


「じゃあ、恭一が諦めつくやつで、俺が欲しいのを持って帰ることにするわ。」

「ありがとう友よ!」


恭一はなんとも情けない顔をしていた。

単純でバカだけど、憎めないんだよな。



結局荷物はダンボール3箱にもなった。


ケーキをいただいて、帰る。

重いだろうからと、恭一が手伝ってくれて 鷹宮荘に一緒に戻ることにした。



なんでガタイのいい恭一が1箱で、体力も見た目も貧相な俺が2箱持ってあるかなければいけないのかわからないが、この荷物を持って歩くのには限界が近い…


案外重いぞこれ…恭一が重いの持ってくれて軽い2箱を俺が運んでいるんじゃないのか?

そうだとしたら弱音は吐けない!

無言でも運ぶのだ!


「あ、あの。手伝いましょうか?」


急に後ろから声をかけられたので、ビックリして荷物全部落とすところだった。


「ウサコ!」

「こんにちは、今後ろ姿が見えたものですから。…荷物重そうだし。」


恭一がポカーンとしている。

「ゆ、裕也、この子と知り合い?」


恭一が荷物を降ろして俺をウサコから遠ざけるように引っ張ると、耳打ちしてきた


「あんな可愛い子初めてみたぞ!お前…名前呼び捨てだったよな!?誰だ!?ま、ま、まさか彼女なんてことは…ないよな!?」


「まぁ、彼女ではないな。」


「じゃあ何!?どういう関係!?」


普通の人間は、ウサコが俺に恩返しするためにやってきたウサギの魂って言っても信じないだろうし、知らなくてもいいことだろう。


「ウサコは俺の住んでるアパートの入居者だよ。」


「そ、そうか…って!あ!」


恭一がウサコの方を指さしている。


「ん?…て、あ!!!あああ!!!」


さっき地面に置いたダンボールを、ウサコがゴソゴソと見ている。


「その箱はエロゲー!!!」


思わず叫んでしまった。

きょとんとするウサコ。

周りの視線が痛い。


一刻も早くこの場を離れなければならなかった。


急いでエロゲを箱にもどす。


「帰るぞ!」


さっきまでの疲れも忘れ、早歩きで帰る。

恭一も焦ってダンボールをもち、ついてくる。


男2人ね早歩きに合わせようと、ウサコもピョコピョコと小走りになっている。


無言の帰宅。


「今、冷たいお茶もってきます!」


ウサコが自分の部屋に戻るのを見届けて、急いでダンボール達を押入れにつめこむ。



「ウサコちゃんが見てたエロゲ、一番アカンやつだったな…ドンマイ。」


変な慰め方されても微妙な気持ちになるだけだった。


コンコン


ドアを叩く音がする。


「ドアあいてるよ。」


ウサコがお茶を持って入ってきた。


「コップ、借りますね」


なみなみと注がれる冷たい緑茶。

渡されると一気に飲み干した。


「ふぅ。生き返るね!」


恭一は最高の笑顔だった。


冷えた緑茶は美味いもんだ。

だが、さっきのショックで俺のテンションは上がらない。


「あと、よかったらこれも。」


差し出されたのは羊羹。


「うおぉ!」


歓喜の声をあげる恭一。


「お前、羊羹すきだったんだ?」


「そういうわけじゃないけど、これは…噂にしか聞いたことがない。早朝4時から並ばないと買えないという幻の羊羹じゃないか!」


「ほ、ほう。」


たしかに噂には聞いたことがある。

吉祥寺のアーケードにある、毎日行列ができる最中屋に、即効で売切れる羊羹があると…


これがその伝説の羊羹なのか…


薄い小豆色の羊羹を、口にいれてみる。


甘すぎない上品な味と共に、なぜか懐かしい気持ちを感じた。


(いつか、どこかで食べたことあったっけ?)


「あの、どうですか?朝、並んで買ってみたんですけど…。」


「美味い。」


ウサコが嬉しそうに笑う。


冷たい緑茶で食う甘い羊羹。

なんだかテンションの上がってる恭一。

ニコニコと嬉しそうなウサコ。


(エロゲ見られたくらいで苛々しすぎたな)


もう流石に怒るような気分ではなくなっていた。


「なんか苛々しちゃって悪かった。」


「いえ、勝手に荷物見ちゃ駄目ですよね、ごめんなさい。…でも、裕也さん…。ああいうのがお好みだったんですね…。」


「いや、あれはコイツの趣味だ。」


「俺の性癖バラすなよ!」


ウサコなんだか楽しそうだ。


「えっと、聞くの遅くなっちゃったんですけど、裕也さんのお友達さん。お名前聞いていいですか?」


「僕の名前は小泉恭一。知っての通り、猫耳でエロいお姉様がタイプです。」


(吹っ切れやがった…)


「! なら、そんなお姉様に会いに行きませんか!?」


2人「え?」


「私、秋葉原のカフェでバイトしてるんです。彼女は猫耳つけてるかもしれませんし。明日出勤予定なので、よかったら遊びにきませんか?」


「いく行く!絶対行く!」

恭一が興奮して答えた。


田中さん…あなたの彼氏こんな奴ですよ…


「お、おい、恭一、田中さんが好きで告白したんじゃないのかよ!」


「へ?俺告白してないよ?」


「え?」


「告白されたから、付き合った。」


「じゃ、じゃあ、田中さんのことが好きで付き合ったんじゃないのか?」


「うーん。これから好きになる予定。リア充になってみたかったし。」


まさか、元ダブルボッチの相方が、告られてリア充になったとは考えていなかった。


それも、「告白されたから」って理由だけで付き合ってしまうなんて…確かにリア充は憧れではある。


「な、なるほど。…でも、お前、彼女いるんだぜ!もし、猫耳メイドのお姉様が超絶可愛かったらどうなる!」


「ファンになる。アイドルと彼女は別だろ?」


!!!


なんてことだ。甘かった。恭一は、もう既に考え方が今までとちがう。


「見た目だけでなく、頭の中までリア充になってしまったのか」


「俺は俺だけどな。」


自分で気づかないのは本物の証拠だ。

きっと、恭一にはリア充の素質があったんだ…告白されて目覚めてしまったようだ。


「明日メチャクチャ楽しみ!こうしちゃいられないな。俺帰りますわ!羊羹ごちそうさま!」


そう言って恭一は帰っていった。


「賑やかな人ですね。」


「お、おう。」



「そうだ、裕也さん。願い事は思いつきましたか?」


「そうだな…考えたところ。家族みんなで暮らせるとか…ありきたりかな。うち、親父は海外に転勤していて、母親は行方不明なんだ。」


「なるほどです…。」


ウサコは何か考えている様子だ。


「そういう系は違ったかな?」


「い、いえ。いい願いだと思います!私、手伝います!」


「そうか、ありがとう。」


願い事か。だけど、願い事ってまずは自分から叶うように努力をしなければ叶わないんだよな。


最近は妹の美優と2人で生活するのが当たり前になっていた。


父親はたまに電話をかけてくるから、話し合うということも可能か。


母親は…毎月、どこからか封筒に現金をそのまま入れて送ってくるのみ。


うちの生活費のほとんどはその金でまかなっているが、そもそも、手紙さえ入っていない名前だけの封筒。


母がどこで何をしているのかもわからない。



「じゃあ、わたし、裕也さんのお母さん探します!」


「へ?だって俺の母親は行方不明…」


「大丈夫です。絶対探しますから。」


いつも頼りなさそうな雰囲気のあるウサコだったが、今の姿を見ているとなんとかなるのではないかという気持ちにさえなった。



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