兎
「結局俺じゃねーかぁああああ!」
心の中で叫んだ。
住んでみたい街No.1吉祥寺。
だけど俺にとっては嫌な街だ。
あぁ…暑い。今年の夏はいつもより暑いんじゃないか?夕方の生ぬるい風がヌルヌル顔にあたる。不快だ。
駅から家まで井の頭公園をつっきって歩くのが近道ではあるが、ここを歩いていると更に暑苦しい気分になる。
視線に入るカップルども。
こいつらが視界に入ると俺は心がくじけそうになる。それだけじゃない!
ラフな格好してますよみたいなら顔してメチャクチャおしゃれに決めてるイケメン達!
なんなんだ!?見てるこっちが恥ずかしくなるだろ!
今度は何だ!?犬!?
なんで犬にフリフリの服着せて散歩してるんだよ!しかも3匹も!うちの妹よりオシャレだぞこの犬!!!
一刻も早く家に帰るんだ。この公園。いや、この街ですれ違う人間と自分は違う。
なんとなく、いつも感じている負けてる感。
…イライラしているこの男は高岡裕也。
都内の高校に通う17歳である。
普段はおとなしく、穏やかな彼なのだが、今日から夏休みだというのに学校に行ってしまい朝からペースが乱れた。
それだけではない。そのまま学校から帰ろうと、閉じた校門から後ろを振り返ったのだ。
小学校から高校まで、ずっと仲がよかった男友達である小泉恭一がいるではないか。
声をかけよう!
走り寄った時に気づけばよかった。
奴は女の子と一緒にいた。同じクラスの田中さん…。手を…つないで…いる?
恭一と目が合い。あいつが、「あっ…」と気まずそうな声を出したのを聞き逃さなかった。
オイオイ、冗談じゃないぜ。俺たち中学から今まで、お互い眼鏡で冴えなくて、趣味はアニメ、ゲーラノベのパソコン部所属。全然モテナイをモットーにしたダブルボッチーだったんじゃないのか?
一瞬気まずい間が流れて、どうしていいかわからなくなってしまった。
少し遅れて俺の存在に気づく田中さん。
「あれ!高岡君!?嘘!」
いやいや、こっちが嘘かと聞きたいよ。
田中サン「やだー!小泉君っ!初デートに友達連れてくるのは反則だよw でも、友達に私と付き合ってるって紹介してくれる気持ち、嬉しい。…3人で遊ぶのも悪くないかもね!」
2人「ほわっ⁉⁉」
こうしてカップルに付き添う形で夏休み初日が終わってしまった。
だからなおさら、1人になって家に帰る途中。カップルとすれ違うたびイライラしてるのかもしれなかった。
「売れ残るのはお前か俺か!ザ!ダブルボッチー! …」
今日からただのボッチかよ!
苛立ちに身をまかせて足元の小石を蹴った。
あ!!!
小石が思いのほか跳ね上がって、前を歩いていたカップルの男に当ってしまった。
サーっと血の気がひく。
ヤバイ。今のはモロだ…
さっきまでの苛立ちが一気に吹っ飛んで、頭の中が白くなる。こういう場面にはめっぽう弱い俺…ヤバイ。
男がコッチに近寄ってくる。
明らかに怒ってる。
「おい、お前。」
「は、はい。」
「今、後ろから小石か何かが当たったんだが…後ろにはお前しかいない。」
「は…はい…。あ、えっと…あの…」
言葉が出てこない。後ずさりしそうになる。
そこに、今までポカンとしていた、この男のつれの女の子が口をひらく。
「あ、あ、あの...この人です!」
(石当てたのバレてる!)
と、思ったのだがどうやら様子がおかしい。
「おい、お前。高岡裕也か?」男が聞いてくる。
「え?そうですが...。」
(この女の子どっかで会ったことあるっけ?)
あらためて女の子を見てみる。
真っ白な肌に、綺麗なサラサラストレートの黒髪。
体は華奢で、かわいらしい顔つきをしている。
(こ、こんなカワイイ娘会ったことないぞ!一度見たら忘れられないくらいの美少女だ)
男がヌッと割ってはいる。
「アホみてぇな面どうにかしろ。高岡、お前に話がある。行くぞ。」
そういうと男が歩きだした。女の子もそれにつられて歩き出す。
話があると言っているのだから一緒に行かなければならないようだった。
二人の後に付いていく形で歩き始める。
まったく知らない人間が、自分の名前を知っているのは不思議だ。
それに、この二人は最初カップルかと思っていたのだが、
よくよく見ると不自然な気がする。
女の子は俺と同じくらいの年に見えるし、かわいい私服姿。
それに対し、男は20代後半か30代くらいでスーツを着ている。
もしや援助交際とかそういう類なのかとも思ってしまったが、
この女の子は化粧っけもなく、無口で、男には敬語を使っているようだ。
女の子は男を「要さん」と呼び、男は「ウサコ」と呼んでいる。
どうも援助交際のような関係には思えない。
そもそもカップルが俺のような男子高校生をつれてどこに行くのだ。
そんなことを考えているうちに目的地へ付いたらしい。
「ついたぞ。」
『鷹宮荘』
「...って、俺の家じゃないですか!」
「まぁ、気にするな。」
「いやいやいや、気にするなじゃないですから。」
「あの、わたし、上に引っ越してきたんです。」
ウサコという女の子が気まずそうに言った。
「...え?」
「そういうことだ。」
二人はそう言って階段を昇っていった。
あっけにとられつつ後につづく。
通された部屋は202号室。
そもそも、鷹宮荘に部屋3部屋しかなく。そのうち2部屋は俺と妹が使っているのだから
当たり前なのだが。
家の中はほとんど何もない。本当に今日引っ越してきたのだろう。
「お二人は座っていてください。お茶入れてきますから。」
ウサコはキッチンに向かっていった。
なぜかテーブルを挟んで、男の真正面に座ってしまった。
ただでさえ狭いのに、この男は威圧感がある。
きまずい。
「自己紹介が遅れたな。」
そういうと男は名刺を渡してきた。
《ダッパーズ事務所マネージャー 色彩 要》
「俺は色彩要だ。今後お前とは関わることが増えるからな。電話番号とアドレスは登録しておけ。」
「は...はぁ。高岡裕也です。よろしくお願いします。」
(ダッパーズってなんだよ。うさんくさすぎる)
「あと、あいつはウサコな。」
ウサコがお茶を入れてきてくれた。
かわいいティーカップに緑茶...
「お茶菓子がなくてすみません...」
持ってきたのは、大量のサラダだ。
...この子は天然なのか?それとも痛い子なのか?
ウサコが自己紹介を始める。
「はじめまして、前園うさこです。よろしくお願いします。」
やっぱり、はじめましてだった。
疑問を口に出してみることにした。
「あのさ、ウサコさん?なんで俺の名前知ってるんです?」
「はい。...今から話すことよく聞いてくださいね。」
「お、おう。」
「私、この姿じゃない時に裕也さんにお世話になったんです。」
「...お、おう?」
意味がわからない。
ウサコが続ける。
「私がウサギの姿の時に会ったことがあるんです!」
ますます意味がわからない。
やっぱり痛い子だったのか。かわいいのに、残念な子だ。
「おい、ウサコ、その説明じゃぜんぜん伝わってないみたいだぞ。」
「え?あ...そうでしょうか。すみません。」
「変装とった方がわかりやすいんじゃないか?」
「は、はい。じゃあちょっととってきますね。」
そういうとウサコは風呂場に行ってしまった。
「あの、要さん。ウサコさんの会話についていける気がしないのですが。」
率直に言ってみた。
「だろうな。俺から説明する。」
「助かります。」
「だが、あいつが言ったことは嘘じゃない。」
「え?」
要が茶を一口飲んでから続ける。
「ダッパーズって初めてきいただろ?」
「ええ、まぁ。」
「ダッパーズっていうのは、特別な条件で人間の姿になっている動物達。または動物の魂のことだ。最初は驚くのも無理はない。信じなくても構わない。だが世の中には実在している。ウサコもそのなかの一人だ。俺はそういう奴らが人間界でうまくやれるように世話してやってる。」
唖然として言葉が出ない。
「ウサコは魂のほうだな。実際にはもう死んでいるんだ。ただ、あいつは成仏しなくてダッパーズになったんだ。魂がダッパーズになった場合、ほとんどの場合人間がらみの理由があってな。」
「は、はぁ」
「ウサコがダッパーズになった理由。それはお前だ。」
いろいろと信じられない言葉が続いて理解がおいつかない。
そこにウサコが現れる。
...!!
み...耳...
ウサコには、どう見てもウサギの耳としか思えない耳がついていた。
よく見たが、偽者ではない。
それに、さきほどまでの黒髪とうってかわって、フンワリ長い白髪。
瞳は澄んだ赤い色をしている。
もう、信じるほかなかった。
今まで自分が知らない世界があるのだと悟らされた瞬間だった。